プロローグ
・この話の主人公は特に仲間のモンスターに怯えたり、見栄を張ったりしません。
・世界征服なんてしません。
・仲間のモンスターは特に人間に対して偏見を持ってません。
・主人公の精神は、人間やめてません。
VRゲーム。
空想と呼ばれていたVR技術が現実のものとなり、医療、軍事あらゆる方面で利用されるようになった世界で、最も一般に普及し人々を熱狂させたのが、VR技術を使った疑似体験ができるVRゲームだった。
発売当初の頃は様々な課題があったVRゲームだったが、発売から50年の歳月が経つ頃には課題の多くは大幅に改善され、その性能は洗練されていった。
一般家庭でも気軽に買える値段。
カプセルベッド型から軽量小型化されたヘッドギア型のゲーム機。
現実と遜色無いほどに精巧に再現された五感。
そして、あらゆるトラブルを想定して作られた強固な安全プログラムが出来るまでに至ったVRゲーム機は、一般家庭に当たり前のように置かれる存在となっていた。
50年という歳月の間に世界中で数多くの名作VRゲームが生みだされた。
そんな名作と呼ばれるVRゲームの中に『モントモ!! ~新たな人生をモンスターと共に~』というタイトルの一人用VRシミュレーションゲームがあった。
VRゲームを初めて世に送り出した大手ゲーム会社のアルテミスが40周年の年に出した名作。
モンスターが跋扈するファンタジーな世界の広大な疑似世界を舞台としたそのゲームの遊び方は正に千差万別。
モンスターと共に未開の地を冒険する者がいれば、モンスターと共にダンジョンを作り迷い込んだ者を狩る者がいた。
モンスターと共に土地を開墾し、農耕をする者がいれば、モンスターと共に国を興し、領土を広げる者がいた。
モンスターと共に素材を集め、物を作る者がいれば、モンスターと共に商売をする者がいた。
プレイヤーと行動を共にするモンスターが最低でも1体いることを除けば、全てがプレイヤーの自由だった。
高度なAI技術と発売当初では最先端のVR技術が惜しげなく使われたそのゲームは、多くの者を魅了し、発売当初から現在に至るまでに200万本を超える大ヒットとなった。
そんなモントモに魅了された者の中に藤沢翔という大学生がいた。
高2の春から今に至るまで魅了され続けているその男は、その日も普段と変わらずゲームを起動した。
◆◇◆◇◆◇◆
仮想空間に作られた雲一つない青空の下で、カケルは大きく伸びをした。手には刈り取ったばかりの稲が握られていた。たわわに実った黄金色の稲穂が風で揺れていた。
カケルの周りには、刈り取られた稲が無造作に山のように積まれていた。手馴れた様子でカケルが空中に指を走らせると、無造作に積まれていた稲は形を崩れさせて光の粒子となって、カケルのアイテムボックスに収納された。
視界に展開された仮想ウィンドウで、カケルはアイテムボックスに収納された稲を確認する。そして、周囲を見回し、残りがないことを確認した。
「収穫おわりっ。水流していいぞ~」
カケルが口頭で指示を出すと、いきますよ~と遠くから声が返ってきた。しばらくして、干からびた田んぼに水が入ってきた。
「おっと、いけない。濡れる濡れる」
濡れるのを嫌ったカケルは慌てて田んぼから出て、近くの土手に腰を下ろした。
「さてと、収穫が終わったけど、次は何をしようかな。今日はこれといって何かをやる予定もないしなー」
土手に座ってカケルがこれからの行動を考えていると、早速水が敷かれた田んぼに新たな苗が植えられ始めていた。
その作業をしているのは、カケルの村の住人達であり、カケルの仲間であるモンスター達である。
全身が毛で覆われている者や角や翼を生やした異形な者たちが、作業服を着て泥にまみれながら田植えをしている光景は異様な光景だが、カケルにとっては見慣れた光景だった。
「村長」
「ん? あぁ、ゴブ筋か……どうした? 」
後ろからかけられた声にカケルは、振り返って見上げた。そこには、身長が2メートル以上ある筋骨隆々の大男が深緑の全身鎧を身に着けて立っていた。武装した大男の露出した肌は緑色で、額から角を生やした異形の怪物だった。
その大男、ゴブ筋もまた、カケルの仲間の1人であった。
「狩り、行ってくる」
「あー、もうそんな時間か。……そうだな。久々に俺も一緒に行こうかな。他には誰が? 」
ゴブ筋に村周辺のモンスターを定期的に狩るように指示を出していたことをカケルは思い出した。暇を持て余していたカケルは、気まぐれで自らもその狩りに参加することを決めた。
「小鴉、赤椿、飛燕、時雨の4名。村長、来るなら、遠出? 」
「んー、いや、気分転換程度だからいつも通りで」
「分かった」
カケルの言葉にゴブ筋は頷き、のっしのっしと去って行った。
「装備は着替えたが方がいいか? いや、この辺のモンスターは大したことないしいいか。そもそも俺が戦うわけでもないし」
ゴブ筋が去った後に、カケルは自分の戦闘向きではない作業着を見て着替えようかと考えたが、今回狩りに行く場所のモンスターがそれほど強くないこともあって、結局そのまま行くことにした。
戦闘を仲間のモンスターに任せたきりになって久しいカケルは、そもそも直接戦うつもりはなかった。
そうと決まれば準備することのないカケルは、土手から腰を上げた。
そして、田植えをしている村民達に指示を出して、ゴブ筋達が待機する村の入り口に向かおうとした。
しかし、いざ行こうとしたところで空中に展開していた仮想ウィンドウの一つにノイズが走った。
「ん? 」
それに気づいたカケルは足を止めて、その仮想ウィンドウに注目した。
そのノイズは、カケルが見る間に悪化していき、終いには空中に展開されていた全ての仮想ウィンドウが乱れ、画面に表示されていた内容が文字化けし始めた。
「ちょ、何だこれっ!? 」
今まで一度も起きなかった異常事態にカケルは一瞬でパニックに陥った。
カケルは、文字化けした仮想ウィンドウを消しては、もう一度開いてみたりするなど意味のない行動を繰り返した。これがやばい事態だとは漠然と分かっていても、未経験だったが故に適切な対処の仕方が咄嗟に思いつかなかった。
「どうしよう、直らん……」
一向に良くなる気配のない仮想ウィンドウ群の前でカケルは途方に暮れた。
しかも最悪なことに、気づけば仮想空間のあちこちにもノイズが走り始め、空間そのものが歪み始めていた。
「えーっと、えーっと……こういう時どうすればいいんだっけ……! 」
VR空間そのものが歪み始めた時点で、かなりやばい状況だと感じたカケルは、頭をフル回転させてこんな時の対処方法を必死に思い出そうとした。
「そうだ、強制ログアウトだ! 」
今まで経験したこともないゲームの不具合に焦る中、カケルはなんとか強制ログアウトのことを思い出した。それは、何らかのソフトのトラブルで正規の手順でログアウトできなくなった場合のゲーム機に搭載された安全プログラムの一つだった。
「確かコマンドは……《コマンド:強制ログアウト》! 」
カケルはコマンドをすぐに唱えた。
その瞬間、VR技術によって構成されていたモントモの疑似世界は消失し、カケルの視界はホワイトアウトした。
それと同時にカケルは頭に鈍器で殴られたような強い衝撃を感じ、意識を失った。
この時――
これがきっかけで異世界に飛ばされることになろうとは、カケルは思ってもいなかった。
17/04/30
改稿しました。