17 「村娘と村娘の初対面」
朝食を食べ終えた俺は、レナと天狐を引き合わせるためにレナの寝室の前に来ていた。
隣には、レナの朝食を持った天狐もいる。天狐がこのままでと強く推してきたので、天狐の姿は人の姿ではあるが耳や尻尾が狐の特徴を持っている、所謂獣人の姿だった。
俺としては余計に緊張させるのは嫌だったのだが、これから天狐だけでなく多くの俺の仲間と顔を会わせることを考えると今のうちから慣れてしまった方がいいと言われて、結局押し切られてしまった。
……コンコン
寝ているかもしれないので軽くドアをノックする。
しばらくして中からレナの返事があった。
「ちょっと待ってください……わきゃぁ!? 」
何かが倒れる音と水が跳ねる音がした。
「大丈夫か!? 」
心配になって思わずドアを開けようとしたら、隣の天狐に腕をがっちりホールドされた。
「だ、大丈夫です。はい」
天狐の行動に戸惑っていると再びドアの向こう側からレナの声がして、すぐにレナがドアを開けてこちらに顔を出してきた。
「カ、カケルさんおはようございま……ッ! 」
レナは、俺の隣にいる天狐に気付くなり体をビクッと硬直させ目を見開いて驚いていた。
「初めましてレナさん」
天狐はレナのそんな態度を気にした様子もなく穏やかな笑みを浮かべてレナに挨拶をした。
「あっ……は、初めましてレナと言います……」
レナはまだ驚きから立ち直っていなかったが、天狐の挨拶に反応して返事を返した。
「レナ、朝早くから悪いが俺の仲間の1人を紹介しにきた。天狐だ。見ての通り……」
見ての通り……って素直に九天狐って答えていいのだろうか?
「獣人よ。驚かせてしまったらごめんなさいね」
一瞬言葉を詰まらせていると天狐が俺の後を引き継いでくれた。
「あ、ごめんなさい。私ボバドルさん以外に獣人の人にあったことがなかったので……」
「大丈夫よ。気にしてないから。それよりさっき大きな音がしたけど大丈夫だった? 」
「……あっ! カケルさん、ごめんなさい。床を水浸しにしてしまって」
レナは思い出したように後ろを振り返り、床に出来た水たまりを見て頭を下げた。
「え? ああ、いいよいいよ。俺こそもう少し考えて置いておくべきだったし、レナは怪我してないか? 」
「私は大丈夫です」
気にしなくていいのにな。
申し訳なさそうにするレナの頭をポンポンと撫でて俺はレナの部屋の中に入らせてもらう。
「朝食持ってきたからレナは下に降りて食べてくるといいよ。天狐はレナの傍にいてくれたらいいよ」
「え、あ、あの……」
「さっ、カケルもそう言ってるんだしそうしましょう。昨日の夜は食べてないんだからお腹空いてるでしょ」
戸惑うレナを天狐はぐいぐいと押しながら連れて行ってくれた。まぁ、これがどうなるかはわからないけど、レナが天狐と仲良くなってくれたらいいなーと思う。
そんなことを思いながら俺は、適当に水をふき取れるものをアイテムボックスから探してみたが、良さそうなのが紙ぐらいしかなかったので半紙ほどの大きさの紙を出して、床に零れた水を吸い取っていく。
こういう時に使える便利な魔法ってないかなーと思うが、残念ながら俺を記憶する中ではそんな都合のいい魔法はないので、水を全て吸い取るまで地道に水を含んだ紙を何度か取り替えていった。
「まぁ、これでいいかな? 後は……」
水のふき取りはそれほどかからずに完了した。水が少し残った水差しとコップは回収して、乱れたベッドは【清浄な風】で生み出した風を当てた後、綺麗に整えた。
あー……そう言えば、レナの着替えも用意しないと。
流石に男である俺の手から下着とか渡すのはマズイよな……いや、年頃の女の子のスリーサイズを把握している時点でアウトな気もするけど。
やっぱ天狐を通して渡すのが無難かなー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、レナは一階で朝食を摂っていた。テーブルの対面側には天狐が座って薬茶を啜っている。
この薬茶はこの村に来るまでの道中でカケルたちが摘んだ薬草の一つで、緑茶に近い風味でお茶として代用できる。ゲームでも登場し、カケルたちも何度か飲む機会があった馴染み深い飲み物だった。
この薬茶、もとはポーションの材料にもなることもある薬草を使うだけあって多少の鎮静作用と自然治癒力の促進効果があった。
レナの朝食は昨日の野菜スープにモンスターの肉が新たに加えられ再度ことこと煮込まれたスープで、飲み物に薬茶ではなくオリーの実から絞ったジュースというものだった。
カケルからすれば、豪勢とはとても言えない朝食だが、辺境の村で暮らしているレナからすれば、手間をかけてつくられた肉も入った具だくさんのスープや果物を絞った甘くおいしいジュースというのは、随分と贅沢な朝食だった。
「………」
初対面の天狐に見守られながらの食事にレナは、居心地が悪そうにしつつも空腹には逆らえず手に持ったスプーンは何度も口とスープの間を往復していた。
「これ、テンコさんが作ったんですか? 」
「いいえ違うわ。カケルが作ったのよ、おいしいでしょ? 」
「はい、おいしいです。カケルさんは料理上手なんですね」
「そうよー。カケルは料理だけじゃなく何でも作れちゃうのよ」
「何でも作れちゃうんですか」
「レナの着てるその服や下着だってカケルの手作りなのよ」
「え……そうなんですか? 」
「すごいでしょ? 他にもね――」
カケルが褒められて上機嫌になった天狐は、レナが複雑な表情になっていることに気付かず饒舌にカケルが如何にすごいかレナに語り始めた。
それは、カケルの生産者や魔法使いとしてのすごさから始まり、天狐がまだ火狐だった頃の昔話にまで及んだ。
「カケルさんは、優しい方なんですね」
天狐の口から語られるカケルの人となりと自分が見てきたカケルの言動や態度を照らし合わせてレナはそんな感想を持った。
どうして赤の他人であるカケルが、自分達を助けてここまでよくしてくれるのか。
その理由が分からず、レナは今まで何か下心があるんじゃないかと、カケルの気遣いに感謝しつつも一抹の不安を隠せずにいた。
しかし、天狐の話を聞いていると何もレナ達に限った話ではなく、カケルは過去に似たような事情を持つモンスターや人を助けることがあることを知った。
見知らぬこの地に迷い込み、住んでいた場所も全て失ったと言ったカケルや天狐の話がもし本当だと言うのなら、そんな状況にも関わらず地下室でただ死を待つだけだった見ず知らずの自分達を助け、十分すぎる衣食を用意してくれるなんてお人好しだとレナは思った。
村はレナ達があのまま死んでいれば、生きる人のいない無人の廃村になっていたのだ。カケルたちにとったらそちらの方が都合が良かった筈なのだから、お人好しだとしか思えなかった。
「ええ、そうよ。カケルは優しい人。……見てて心配になるほどね」
何となしにカケルがいる二階に目を向けながら天狐は呟いた。カケルを語っていた時の上機嫌さが鳴りを潜めていた。そんな天狐の様子が父親がモンスター狩りで出かけた日の母の姿とレナには重なって見えた。
「テンコさんは、カケルさんのことが好きなんですか? 」
レナは、脳裏に過ぎった疑問を気付けば天狐にそのまま投げかけていた。
「ええ、好きよ。大好きよ。愛してると言ってもいいわ。カケルが傍にいない世界なんて考えたくもないわ」
「そ、そうなんですか」
即答で応えた天狐の熱い返答に、初心なレナは顔を赤くしながらそう答えるしかなかった。
村娘と村娘(天狐)です。
天狐が娘……? って思った人。天狐はまだ四歳です。十分幼年です。ハイ。
天狐の熱い返答もその辺りを考慮して考えてください。
天狐の熱い返答でレナが両親を失った悲しみで再び泣き出すという展開もあったのですが、この調子だとレナが本当に些細なことで今後も泣いちゃうことになってしまうので、なしにしました。




