16 「1日の終わりと始まり」
話の続きを書いていると収まりが悪くなってしまったので、一部を前回の話の最後に挿入しました。すみません
レナを連れて俺たちは家に戻ってきた。
道中レナは俺の一歩後ろからついてきていたけど、鼻をすする音がよく後ろから聞こえてきた。
今回のことでレナは随分と泣いていた。
だからなのかレナは、家に着くとフラフラとした覚束ない足取りで二階に上がって自分のベッドに倒れ込むと、すぐに寝てしまった。
レナは靴が履きっぱなしだったので、起こさないようにそっと脱がして掛け布団をかけておいた。
その時、レナの顔を間近で見たが、レナの顔は瞼を中心に真っ赤に腫れていた。
「うわぁ……」
ちょっと目元が赤くなったって言うレベルではなかった。
随分と泣いてたからなー……泣き過ぎでここまで腫れたのを見るのは初めてかもしれない。
「【水の癒し】」
あまりにも痛々しかったので、顔に手を翳して一番低位の回復呪文をレナにかけてみた。
穏やかに眠るレナの顔がうっすらと青く光り、顔の腫れがすーっと引いて行った。特に腫れていた目元も腫れが治まり、赤くなっていた肌も元の色に戻っていた。
うん、よかった。
やっぱりゲームだと減少したHPを回復させる以外の変化が見られない回復呪文だけど、こっちだと軽い外傷もそうだけど腫れといった炎症とかも一緒に治してくれるみたいだ。
あ、そうだ。
レナは随分と泣いてたから喉が渇く筈だ。水差しも用意しとこう。
「【水よ】【氷よ】」
アイテムボックスから木製のコップと水差しを椅子の上に置き、木製の水差しの中を水で満たして、拳大の氷を2個程入れた。
あ、水差しに【付与】で冷却機能を付与すればよかった。……まぁ、いいか
「じゃ、おやすみ」
俺は眠るレナにそう言ってそっと彼女の部屋から出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あーー疲れたーー!! 」
自分の部屋として使ってる部屋に戻るなり、ベッドに飛び込んだ。
あー癒される。
ふかふかした布団に顔を埋めてすりすりすると鬱々とした気分が紛れる。
今日は色々あった。本当に色々あった。
何でこんなことになったんだろうか。何で俺がこんな思いをしなければならないんだろうか。
1人になるとそんな考えが頭を過ぎる。考えたって答え何て出るわけがないんだけどな。
気を取り直して別のことを考えようにも頭を過ぎるのは、レナや亡くなった村人たちのことばかりだ。
「はぁー……マジで疲れてるな俺」
ついガシガシと頭を掻き毟りながらため息をついてしまう。
ゴロンと寝転がりベッドの上で仰向けになる。いつもならアイテムボックスの整理やアイテムの製作を手慰みにしていたが今日はそんな気分にはなれなかった。
俺の両親は、もう年だ年だと言っているがまだまだ仕事をバリバリ働いている。
両親のどちらの祖父母も未だに健在で、片方は旅行が趣味だし、もう片方は趣味で農作業をしていてよくとれたての野菜を分けてくれる。腰が痛いや老眼だと言っているが、どちらも元気で病気らしい病気もない健康体だった。
祖父母と同世代の親戚でちらほらと亡くなる人が出始めていたけど、あまり面識がなかったから法事に参加したこともなかった。
だから俺はまだ身近な人が死ぬなんてことを経験したことがなかった。今思えばそれって幸せなことだったんだな。
レナは大丈夫なのか……そして、他の子はいつ目を覚ますんだろうか。
村人たちの埋葬のこともあるし、これから俺たちはどうするべきなのか。
ベッドの上に横になりながらそんなことを悶々と考える。
明日のやることを考えると、少し憂鬱な気分になる。
はぁー……明日なんて来なければいいのに
そんないろいろなことを思っている内にいつの間にか俺の意識は夢の中に旅立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――コンコン
カケルが眠ってからしばらくして部屋のドアを叩く音がした。
すぐにドアは開かれそこから天狐がひょっこりと顔を覗かせた。
「カケル、ちょっと話が………」
そう言いかけ天狐は、カケルがすでに寝ているのに気づいた。
天狐は、音を立てずに真っ暗闇の部屋の中に入り込むと、そっとドアを閉めた。
「今日は寝れてるのね」
寝ているカケルの顔を間近で覗きこむ天狐の表情はほっとしたような安堵の微笑みを浮かべていた。
暗闇であろうと、固有能力である【夜目】を持つ天狐には、昼間のようにはっきりとカケルが見えている。天狐は穏やかに寝息を立てて眠るカケルの寝顔にそっと手を伸ばし、目尻についた涙の雫を細い指で拭ってその指先を口元に持っていきペロリと舐めた。
「ふふっ」
思わずといった風に零れた笑い声と共にお尻から一本だけ生えた尻尾が上機嫌に揺れた。
天狐は両腕をカケルの後ろ首に回し、抱きかかえるようにしてそっと抱き締める。
「ううん……」
顔に豊満な胸を押しつけられたカケルが居心地悪そうに頭をぐりぐりと動かした。
目を覚ます、と思ったのか天狐はそんなカケルの仕草に笑みを浮かべながら、少し腕の位置を変えて右手をカケルの額に翳した。
「【一時の安息】」
天狐の右手に生まれた淡い桃色の光が暗闇の部屋の中でポッと一瞬光った。
その光が収まった頃には、カケルは脱力したように力が抜け、より深い眠りに入っていた。
「カケル、今はゆっくり休んでくださいね」
天狐はそう言ってカケルの頭をゆっくりと撫でた後、顔を綻ばせながらいそいそとカケルのベッドに潜り込んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う……あー……寝てたのか」
「おはよう、カケル」
「…………は? 」
いつの間にか寝ちゃってたなーと思いながら目を開けると天狐の金色の目とバッチリ目が合った。
そして、すぐに俺は自分の身に起きている状況に気づいて、言葉を失った。
天狐が間近で覗きこんでいたことはまだいい。しかし、何故俺は天狐に膝枕してもらっているんだ?
何を言っているかわからないかもしれないが、俺にもわけがわからない。
「えっと……何してるんだ? 」
「膝枕です」
「……何で? 」
「こうするとカケルが癒されると言ってました」
「誰がそんなこと言った!? 」
「ポチです。自分の体に顔を埋めて笑顔だったと言ってましたよ? 」
あれか!? ポチをもふもふして癒される~って言った時のあれか!?
「いや、それとこれは何か違う――っておわあっ!? 」
天狐の誤解を解こうと跳ね起きて一旦天狐から距離を取ろうとしたら失敗して俺はベッドから転げ落ちた。自分がベッドにいたことを忘れていた。
床に顔面がぶつかる直前、天狐の尻尾が間に滑り込みクッションになった。
「カケル大丈夫? 」
「あ、ああ……ごめん、ありがと」
ベッドの上から身を乗り出して心配そうに訊ねる天狐に、俺はなんとかそれだけ返した。
あービビった。改めて周囲を見渡してここが自分の部屋であることを確認した。閉め切った窓から漏れ出る光から考えるともう朝みたいだ。
「天狐いつからいたんだ? 」
「えっと……5時間くらい前かしら? 」
天狐は指折り数えてそんなことを言った。
「5時間……ってもしかしてその間ずっと膝枕してたのか」
「……嫌でしたか? 」
「いや、そういうわけじゃないけど、俺の寝顔なんて見てて楽しいか? 」
「はい。見ていて飽きませんし、落ち着きます」
「…………」
真正面から真顔で言われて、俺としてはなんて答えたらいいのかわからなかった。
いや、美人な天狐から言われて嫌なわけではないけど……うん、複雑だ。
思わず、その場にあぐらを組んで変な顔になっていないかぺたぺたと自分の顔を触って確認して、乱れた髪を整えた。
そんな俺の様子を見てて面白いのか天狐はクスクスと笑っていた。
「やはり、悩むより先にやってみるものですね」
「うん? 」
「いいえ、独り言ですよ。それよりもカケル、あまり一人で背負いこみすぎないでくださいね。また倒れないか心配です」
「あー……うん。無理しないように気をつけるよ」
俺のことを心配する天狐に俺はばつが悪そうにそう言うしかなかった。
「よし、天狐。一緒に朝食でも食べようか。そしたら一緒にレナのところに行こうか」
「――っ! はいっ! わかりましたっ」
また今日が始まった。今日も頑張るか。
【水の癒し】
【水魔法】の呪文
水属性回復呪文の中では最下級の呪文で、回復量はそれほど多くはないが、MP消費量が少なくて済む上に冷却時間も短く気軽に使える。
ゲームでならHPを回復するくらいしか効果がなかったが、軽い傷や炎症などをついでにも効果がある。
【水よ】
【水魔法】の呪文
MPを消費して水を生み出すだけ。MP消費量に応じて任意に水の量を増やせることが出来る。ただし、この呪文でバケツ一杯以上の水を生み出すのはコスト的には悪い。
飲用として使える。
料理やポーションなどの生産関連で素材として使うことはゲーム時代からよくあった。
【アイス】
【氷魔法】の呪文
MPを消費して氷を生み出すだけ。MP消費量に応じて任意に氷の量を増やせることが出来る。ただし、この呪文で頭ほどの氷を生み出すのはコスト的には悪い。
食用として使える。
用途としては、冷却するために料理や調合の際に使用したりなどに使う。
【一時の安息】
【無魔法】の呪文
無属性魔法の状態異常呪文の一種で、対象に状態異常:睡眠状態にする。
耐性持ちでもある程度までは突破できる特徴を持ち、抵抗に成功しても動きが一瞬止まるので隙を作りやすい呪文。
その反面、対象が他の状態異常にかかっていた場合解除してしまう上に睡眠にかかっても短時間で自然治癒してしまう。
無防備のカケルには、自動成功し、睡眠導入剤のような効果を発揮した。
【夜目】
夜行性の種族の多くが持っている固有能力。
固有能力の中では、ありふれた希少性の低いスキル。
しかし、暗闇のエリアでは持っていると持ってないでは格段に違いが現れるほどの有用なスキルでもある。




