12 「村娘の思い」
木造の部屋の中央に鎮座した簡素な、しかし丁寧な作りのベッドにレナが丸くなって寝ていた。
「………ん」
微笑を浮かべて寝ていたレナは身じろぎすると、薄く目を開いた。
「……わたし、寝てたのか」
ベッドから身を起こしたレナは、虚空を悲しげな表情で見つめる。
「お母さん……お父さん……」
真っ赤に腫れたレナの瞳から涙が零れ、布団を濡らす。
「わたし、さびしいよぉ……」
人の温かみを欲してレナは布団を抱き抱えて顔を埋めた。
この世界の人間にとって、死はカケルが生きていた日本よりもずっと身近な存在だった。
寒い日の朝、冷たくなっていた妹。
家族と薬草を採ってくると出かけ、火鳥に襲われ半身が炭化した姿で父の腕に抱かれて帰ってきた少女。
登ってた木から転落して死んだ少年や不治の病に罹って死んだ老人。
レナはこれまでに親しい人の死を何度も体験していた。故に人の死というものを理解していた。
カケルから両親たちの死を聞かされた時、レナはそれを疑うことなく受け止めた。
カケルの言葉を嘘だとは思わなかった。レナは、カケルに尋ねる前から両親たちの死を覚悟し、気づいていた。
だから、レナは悲しかった。寂しかった。
あの人たちの笑顔がもう見れない。声が聞けない。一緒に遊べない。遊んでもらえない。助けてもらえない。
大好きだったお母さんの手料理がもう食べれない。子守唄が聞けない。頭を撫でて貰えない。
大好きだったお父さんが畑仕事をする姿がもう見れない。助けてもらえない。痛くも感じる抱擁をしてもらえない。
そう思うとレナは、胸が締め付けられるように悲しかった。寂しかった。
レナは布団を抱きしめてその悲しみを、その寂しさを1人で抱え込み泣き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ひとしきり泣いたレナは、覚束ない足取りでベッドから出てドアに向かった。
「トイレ……どこだろう」
ドアから恐る恐る顔を出して部屋の外を伺うレナ。
木造の廊下には誰もいなかった。しかし、左手に下に降りる階段を見つけた。
「トイレは……一階にあるよね」
自分の知識と照らし合わせてそう考えたレナは、階段に向かった。
階段を素足でペタペタと降りたレナは、広い部屋に出た。中央に木製の大きなテーブルと椅子が何脚かあるだけの簡素な部屋だった。しかし、周りの床や壁は新築かと思う程綺麗に磨き上げられて汚れ一つなかった。
レナは、その部屋の隅にある踏み固められた土が露出し石が埋め込まれた場所ににペタペタと移動した。
「ここかな? 」
レナは躊躇いもなく素足で石の上に立ち、目の前にある木造のドアを開けた。
そこは外に通じるドアだった。外と言ってもそこは中庭のような場所のようで、四方は木造の家で囲まれていた。地面に埋め込まれた石が道となって離れにある小屋まで伸びていた。
「あ……」
外の様子を見てレナは、ここがどこの家なのか気付いた。
「ここ、お役人さんの家だ」
時折村に訪れる徴税官や行商人が寝泊まりする建物で、レナのような子供達には「お役人さんの家」と呼ばれている村の中で一番大きくて立派な家だった。村の集会などでも使われたりするような場所だった。
「ケティたちもこの家にいるのかな? 」
ケティ達に会いたい。
一度そう思うと、レナはすぐにでもケティ達に会いたくなった。
たった5人だけになったレナの大切な人たち。
カケルから無事を聞かされていたが、直接会って触って生きていることを確かめたかった。
ケティ達を探そう。
レナはそう思いながら、まずはトイレに向かった。
離れにある小屋であるトイレの中は清潔だった。トイレ特有の異臭もしない。
和式便器に近い形の便器に、木の板が被せられてレナが木の板を取り外すとぽっかりと開いた穴が顔を覗かせた。このトイレは、汲み取り式便所だった。
横の壁に作られた棚には、孫の手のような形状の金属棒と大きな葉っぱが束でまとめられたものがあった。
金属棒は「水洗棒」と呼ばれるもので、魔力を流すと鉤爪の先からちょろちょろと水が流れる仕組みで、それを使っておしりを洗浄する。
束でまとめられて置かれている葉っぱは、葉の表面に付着した水分を吸収する性質を持つ葉で、トイレットペーパーの代わりになるものだった。
水洗棒は、簡易ながらも魔導具であるが故に、辺境の村すべての家に普及しているわけではなかったが、徴税官が使用するようなトイレには、当然のように用意されていた。
用を済ませたレナは、トイレから出てきた。若干時間がかったのは、普段、着慣れているカボチャパンツのようなものと違う形状の下着の着脱に手間取ってしまったからだ。
いつもの下着と違うことに気付かなかった時は気にならなかったが、一度それに気づくと下着に違和感を感じてレナは体をもじもじとさせた。
(うーん……なんか慣れないなぁ)
レナは、そう思いながらも家に戻った。
その時、地面に映るレナの影が不自然に蠢いたことにレナは気付かなかった。
『水洗棒』
孫の手のような形状をした金属棒。
柄の部分を握って使用者の魔力を流すと鉤爪の先から水がちょろちょろと流れる。
簡易なものながら魔導具。辺境の村にもあるほど広く普及している。
値段は魔導具にしては、最低価格に近い値段だが、それでも鉄製の剣を買えるくらいの値段はする。
『束でまとめられた大きな葉っぱ』
一般的にトイレに添えつけられているトイレットペーパー代わりの葉っぱ。
葉の表面に付着した水分を吸収し、葉っぱ内に貯めこむ性質がある。
比較的どこにでも生えてる低木で、生垣代わりに使われることが多い。
雨水を貯めて、葉に貯めこまれた水は飲用にも適している。
トイレで使用するものは、一度乾燥されている。
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