112 「悪戯な風は嫉妬し、領都の闇は蠢動する」
お久しぶりです。大変遅くなりました。
【前十数話のあらすじ】
領都について、次の日に神殿組と領都観光組にわかれて行動。
神殿組は、幼竜の育児を任せられ、付設の孤児院で子供と交流して食事をした。
一方で、領都観光組は、一流の魔導具店を見物した後、傭兵ギルドに寄ってから商店街に。そして、各々が自由行動を取り始め、その隙にレオンが誘拐される。その後、レオンの影で寝ていたエヴァが起きて、誘拐犯を無力化した。
その間、別行動していた赤兎馬が仲間を誘拐犯にさらわれた浮浪児を気に入り、追手の悪魔を下して、アジトに乗り込むと、誘拐犯の甘い肉の誘いに騙されて捕まっていたポチたちと合流する。
その後、ポチをつれて、攫われた後売られた浮浪児の仲間の追跡をしていき、下水路を行っていると、ちょうど食事中だったムイも合流する。
匂いを追跡した辿り着いた建物に豪快に侵入し、子供たちを解放していると、その騒動が、外にも伝わり、ルミネアやカケル達が、騒動になっている大商人の屋敷にかけつけ、赤兎馬とルミネアが衝突。パニクったカケルが大規模な防御魔法を展開して、その後すぐに小鴉が2人を取り押さえて、一連の騒動が終了。棚からぼた餅的に大商人が違法な奴隷売買をしていたことが判明するも、大騒動を仲間が犯したことにカケルは真っ青になった。
その一連の騒動の報告を聞いて領主のトールは頭を抱えるが、リスクとリターンを天秤にかけて、このジョーカーともいうべきカケル達を手元に置くことにする
「あーやっぱり、わたしも行きたかったー! 」
「あっ、もう。食事中に私の胸を急に揉むのはやめなさい。ご飯を落としちゃうでしょ」
「むぅ~~! 」
ここは、カケル達の村、ルズール村の青空食堂である。夕刻になり、茜色に照らされる中、アラクネが一緒に服飾をしている班のメンバーと食事を取っていると、一陣の風が吹いた。
その風は、アラクネの前でつむじを巻いて少女の姿となった。さらしのような糸の束で押さえられただけのアラクネの胸が、その風の少女、シルフィーの手によってタポタポと確かな重量感で揺れる。
アラクネの忠告をシルフィーは彼女の豊かな胸の谷間に顔を埋めることで無視をした。谷間に顔を埋めながら唸るシルフィーを見て、アラクネはため息をひとつ零す。
「あなた、その言葉今日だけで3回目よ。今度は何が不満なの」
「だってだってだって、あいつらだけ街の中で堂々と観光して派手に好き勝手してずるくない!? わたしも一緒だったらレオンも逸れずにもっと派手にスマートにできたのに! 」
「やめなさい。あなたまで騒ぎに手を貸したらカケルが、また倒れるわ。あなただってあっちの子で十分好き勝手してるでしょ」
「それはそれ。これはこれ! 小鴉兄や赤兎馬が感づくからあの騒ぎに関われなかったもん! 」
ぶーぶーと自分の胸の中で文句をいうシルフィーにアラクネは再びため息をつく。
カケルとの約束を曲解して、分身体を送ったシルフィーとそのお目付け役として感覚共有ができる眷属の子蜘蛛をつけたアラクネは、領都にいるカケル達の動向を大方把握していた。
当然、今日領都にいるカケル達に起きたレオンの誘拐騒動や赤兎馬が起こした騒動を、アラクネとシルフィーは把握していた。
といっても、同時多発的に起きた騒ぎをリアルタイムで追えたわけではない。
騒ぎが起こるまでは、シルフィーは領都観光と称して、露店の果実を盗み食いしたり、女のスカートを捲り上げたり、男のズボンをずり下ろしたり、スリを行った者をすっ転ばしたり、積み上げていたものを崩れさせたり、物陰で婦女に悪さをしようとする者を近くの衛兵の耳元でチクったりと満喫していた。
なので、カケル達の騒ぎを知ったのはレオンが攫われた後であり、赤兎馬が商人の館に雷を落とした後に遠目で見物し、後からその地の風精霊の聞き込みなどで情報の補完を行っていた。
そして、好き勝手していた赤兎馬や、騒ぎが起こるまでこの世界の技術を用いられた製作物を思う存分物色していた頑冶にシルフィーは嫉妬していた。
「やっぱり、私が直接現地に行くべきだったのよ!!」
「ほぉ、面白い話をしているな」
「げっ!? サタン兄」
アラクネにあやされながらぐっと握りこぶしをつくったシルフィーは、アラクネの背後から声をかけてきたサタンの姿に声を上げた。
「シルフィー、お前どうやら抜け道を知ってるようだな」
「えへ、えへへへへへ……じゃっ! 」
「あっ、逃げやがった! 」
「結局こうなるのね……。ほら、嵐が来る前に早く食べ終えてしまいましょ」
サタンに詰問されそうになったシルフィーが一陣の風となって姿を消し、サタンがその風を追って飛び出していくのをアラクネは、首を左右に振って見送った。そして、シルフィーがこれからこの村で巻き起こす騒動に巻き込まれないよう、アラクネは仲間を急かすのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の帳が下りている中、月の光すら差さぬ地下水道を歩く者の姿があった。自分の手すら見えぬ暗闇の中で、その者の足取りに迷いはなかった。
コツコツとその者の足音が静かな地下水道の中で反響する。それが、ある場所で止まり、おもむろに壁を蹴る。
――トントン、ドンドン。
すると、壁の一部のレンガが沈み、穴が空く。そこから淡い光が漏れる。
「ここは」 「そこは」
「竜の地」 「汚れた地」
「悪には」 「血に」
「悪を」 「混沌を」
穴の奥からの問いかけに間髪入れずに答えきる。壁のレンガの溝に沿って光が走り、レンガが動いて人が一人通れるくらいの隙間をつくった。
その者はそこに体を滑り込ませるように中へと入った。隙間はすぐに閉じられ、地下水道には再び静寂が訪れた。
壁の奥は、粗末なテーブルが置かれ、2人が座れるように椅子が置いてあった。先程まで真っ暗闇の地下水道にいた者は、壁にかけられた魔力で光る魔法灯の明るさに目を細める。
中へと招き入れた者は、入口で立ち止まる者を無視して席へと座る。遅れて、入ってきた者も反対の席へとついた。
「どうだった」
「シャーナーが捕らえられた」
「やはりか。しかし、理由もなく商家を襲撃するとは、領主の横暴ではないのか? 」
「いや、それが呪印で縛った奴隷が明るみに出たせいで、パルテナ神殿からの追認もあった。此度のことで抗議の声をあげるのも難しい。我らにまで疑いの目を向けられかねない」
2人はお互いの顔を見合い、揃って苦笑いを浮かべた。
「痛い腹を探られては堪らない。我らとシャーナーの繋がりはまだバレてはいないのだな」
「あの館に我らとの繋がりを示すものはない。我らと奴の間には幾人かの小物を挟んでいる。我らまで追えまい。あとは奴の口を封じておけば、問題はなかろう」
「そうだな。奴は我らの表の顔を知っていても、本当の顔を知らない。であれば、我ら教団を知られることはあるまい」
「すでに遣いを送った。今夜中に方が付くだろう」
「それは重畳。遣いと言えば、夜鷹の爪が捕まり、ここにいるそうだな。また空を飛ばせることは出来そうか? 」
「流石に警備が厳しく、それは何とも……しかし、此度の遣いは一番腕の立つ者に行かせた。鳥籠を開け放つくらいやってくれるだろう。何せ、奴らは籠で飼えるような鳥ではない。放たれれば、血と混沌を撒き散らしてくれる。攪乱にはもってこいの鳥だろう」
「そうだな。しかし、また数が減った。手配しなければな」
「また信者に呼びかけなければなりませんね」
そこで一度、話が止まった。しばらく静寂が2人の間で流れ、再び入ってきた者が口を開いた。
「……しかし、ここ最近うまく行かぬことばかりですな」
「我らが神は、血と混沌を求める殺戮の方。我らの血を求めることもあるだろう。次は奴らの血を捧げればよいだけのこと。そして、我らの商機は血が流れる混沌の世の中にあるもの。この地はまだ乱れていてもらわねば困る」
その言葉にもう一人は静かに首肯する。
「して、アレはどうだ? 」
「まだ世間で騒ぎになるほど広まってはいない様子。しかし、神殿では性質の悪い風邪が出てきていると噂になってきている」
「ふふっ、それは上々。あのカラクリに気づける者はいまい。であれば、神殿の権威は失墜。まさに我らが神のお望みの血と混沌の地になろう。いや、我らがそうするのだ! 」
「然り。邪竜で汚された地には相応しきこと。堕落した奴らの血でこの地を洗い流してやろう」
「ところで、この辺りでは大規模な清掃作業でもあったのか? 」
「何のことだ? そんな話は聞いてないぞ」
「道中、随分と綺麗になっていたぞ」
「大方、スライムでも大繁殖していたんだろ。奴らは何でも食うからな」
「そうか。いや、つまらぬことを聞いた」
遅くなりました。
短めです。次からはカケル視点で話が進み始める予定です。




