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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
113/114

111 「領主、手札のジョーカーに頭を抱える」

お久しぶりです。大変遅くなりました。

【前十数話のあらすじ】

領都について、次の日に神殿組と領都観光組にわかれて行動。

神殿組は、幼竜の育児を任せられ、付設の孤児院で子供と交流して食事をした。


一方で、領都観光組は、一流の魔導具店を見物した後、傭兵ギルドに寄ってから商店街に。そして、各々が自由行動を取り始め、その隙にレオンが誘拐される。その後、レオンの影で寝ていたエヴァが起きて、誘拐犯を無力化した。

その間、別行動していた赤兎馬が仲間を誘拐犯にさらわれた浮浪児を気に入り、追手の悪魔を下して、アジトに乗り込むと、誘拐犯の甘い()の誘いに騙されて捕まっていたポチたちと合流する。

その後、ポチをつれて、攫われた後売られた浮浪児の仲間の追跡をしていき、下水路を行っていると、ちょうど食事中だったムイも合流する。

匂いを追跡した辿り着いた建物に豪快に侵入し、子供たちを解放していると、その騒動が、外にも伝わり、ルミネアやカケル達が、騒動になっている大商人の屋敷にかけつけ、赤兎馬とルミネアが衝突。パニクったカケルが大規模な防御魔法を展開して、その後すぐに小鴉が2人を取り押さえて、一連の騒動が終了。棚からぼた餅的に大商人が違法な奴隷売買をしていたことが判明するも、大騒動を仲間が犯したことにカケルは真っ青になった。




――時を遡り、カケルが孤児院で食事をしていた頃


 領主の城の中では、豪奢な両開きの扉の前に家令のラクイーネが立っていた。


――コンコン


「おはようございます、トール様。時間です」


 ラクイーネはノックをして扉に声をかけるが、しばらく待っても扉の奥からは返事はなかった。


「失礼します」


 一言断りを入れてから、扉を開ける。もう太陽が頂点へこようかという時間で、部屋の壁の一面にガラスが嵌められた窓がある部屋にも関わらず、分厚いカーテンで日差しを閉め切っており、部屋の中は薄暗かった。


 ラクイーネは、部屋の中へと入ると、微動だにしないベッドの膨らみを一瞥し、つかつかと部屋の中を歩き、閉め切られたカーテンを容赦なく開け放った。


 とたんに、薄闇に慣れた目が眩むほどの光量の日差しが部屋の中へと殺到した。

 そんな状況でも瞬きひとつせずに淡々とカーテンをすべて開け放ち、部屋を明るくすると、ベッドの方へと向き直り、深々と一礼をした。


「おはようございます、トール様。時間です」


 先程、扉の前で告げた言葉を変わらぬ口調で告げると、ベッドの膨らみが身動ぎし、中からくたびれた顔のトールが出てきた。


「……おはよう。もうそんな時間か」


「はい。トール様が、お決めになられた時間でございます。まだお休みになられますか? 」


「……いや、起きよう。いつもすまないね」


 甘美な誘惑にトールは惑わされるも、その誘惑を頭を振って振り払い、ベッドから出た。


 そこへ、ラクイーネが近づき、トールの顔に湿らせたタオルを押し当て、優しく拭う。慣れているのか、トールは驚くことなくされるがままであり、途中でラクイーネと交代し、自分で顔を拭い始める。その間に、ラクイーネは寝室のクローゼットに向かい、本日の衣服を持って、戻ってくる。


「トール様、失礼いたします」


「ん、頼む」


 脱がせやすいように、とトールが片手を自由にさせると、ラクイーネは手早くトールの寝間着を脱がしていき、軽くタオルで体を清め、着替えの服を着せていった。上だけでなく、下も脱がせて履かせるが、ラクイーネは眉ひとつも動かさない。しかし、トールはそうでもないようで、視線を上にして意識を別の場所に逸らそうとしていた。


「……なぁ、下くらいは自分でやってはダメか?」


「いけません」


 トールの提案は、ラクイーネに膠も無く断られる。


「私にされるのが嫌でしたら、他の者に代わりますがいかがしますか? メリーサなどはどうでしょう? 彼女は前々からトール様の側仕えを希望されております」


 メリーサという名前を聞いて、トールはげんなりとした顔をする。メリーサとは、今は別館で働いている淫魔の侍女の名である。


「勘弁してくれ……。あれが側仕えを希望しているのは、夜も含めてだろう。ただでさえ仕事が終わらないというのに、淫魔の相手をするほどの体力はない。それに、嫁も決まらない間にそういうことをする気はない」


「左様ですか」


 そうこうしていると、トールの着替えが終わった。ラクイーネは、トールの服の乱れを正すと、最後に懐から櫛を取り出してトールの髪を梳いて整えた。



「執務室に食事を届けるよう伝えております。まずは食事を摂るようにしてください。くれぐれもお忘れなきように」


 過去に何度か食事を抜いて仕事をしていたトールにラクイーネは、念を押してお願いをした。


「わかっている。そう何度も言わなくても、書類は食事を摂ってから見るようにするよ」


「よろしくお願い致します」



「ところで、捕らえた夜鷹の爪の様子はどうだ? 」


 トールは、執務室に向かいながら、後ろに従って歩くラクイーネに問いかける。


「今のところ問題は起きておりません。多少(・・)牢屋内で諍いがあったようですが、双方に死者は出ておりませんし、それ以降大人しくしているそうです。」


「あの噂の凶賊が大人しくしていると言われても俄かに信じられないな。呪印は結局施せたのか? 」


「いえ、やはり彼らの魔法抵抗力が高く、うまくいきませんでした。現状は、アダマンタイト合金製の枷で対応しています」


「アダマンタイト? そんな枷、この屋敷においていたか? 」


「いえ、カケル様からの提供です。道中の拘束で使っていたものをカケル様のご厚意でそのまま流用しております」


 ルデリック様から報告があったかと思いますが……と、ラクイーネが最後に告げた一言で、トールは確かに、そんな報告を受けていたなと思い出す。


「枷がアダマンタイト製とは聞いてないぞ」


「はい。昨夜、枷で檻を破壊(・・・・)した者が現れ、判明しました」


「いや、大人しくしてないじゃないか」


 あっさりと大問題を告げたラクイーネにトールは、思わず足を止めて、後ろを振り向く。


「いえ、問題ありません。すでにカケル様から提供していただいたスライムが捕縛、鎮圧しております」


「は??? 」


 スライムが夜鷹の爪を鎮圧したというラクイーネの報告に思わず、トールは問い返す。

 スライムと聞き、トールが真っ先に思い浮かべるのは、ゴブリンにすら劣る弱さで、自然の掃除屋とも呼べれる腐肉漁りのスライムの姿である。生きた生物を捕えるほどの俊敏さを持ち合わせているイメージはなく、ましてやそのスライムが暴れる夜鷹の爪を無力化したという荒唐無稽な話に、狐に化かされたような顔をする。


「そのスライムは、夜鷹の爪を清潔にするために傍に置いていたんじゃなかったのかい? 」


 ルデリックが面白おかしく話したスライム風呂(・・・・・・)を思い出しながら、トールは疑問を投げかける。


「普段の役割はそうです。しかしそれだけではなく、道中では、騒ぐ夜鷹の爪の監視と鎮圧も兼ねていたようです。カケル様の従魔であるスライムは、報告によるとルミネア様の白き雷撃も、ルデリック様の大剣の振り下ろしでも効果がないほどの高い魔法抵抗力と衝撃吸収力に優れているそうです。また、魔力量は竜に匹敵するほどとのことです。そのスライムは、一般的なスライムと同様に分体を生み出せるそうで、クロイス様がそこに目をつけられ、カケル様との交渉で一時的に1体借り受けておりました」


「竜に匹敵する魔力量……スライムはスライムでも、災厄級というわけか。厄には厄を当てるというわけか」


 トールは、カケルの従魔たちのあまりの規格外さにため息をつく。


 自然そのものともいえ、人とは魔力を対価に一時的に力を貸す契約を結ぶのが一般的な精霊。

 その中でも大精霊よりも高位の最上位に位置する精霊竜や精霊女王を従魔として、カケルは半永久的な魂を交える従属の契約を結んでいる。

 それだけでなく、部下のエルフによれば、ハイエルフよりもより上位の存在であるらしいエルフの女性やライストール家の家紋にもなっている雷獣まで従え、その他にもルミネアやルデリックという当代切っての英傑に匹敵する獣人や亜人を従者にしている。


 そんな報告を受け、実際に会ってその真偽を見極めたトールは、他がそうであって、連れているスライムがそうではないだろうと、現実味のなさを感じながらも受け入れた。


 今回、同行してきた面子だけでもライストール辺境伯家の総戦力に匹敵、いや上回る戦力である。他国、他領のスパイを疑うのすら馬鹿らしい強さであり、大規模の長距離転移をしたというカケルの身の上話を鵜呑みにする程度の説得力があった。


「つくづくカケル殿がこちらに対して友好的で、恭順の意まで示してくれてよかったと思うよ」


 下手な小国家よりも戦力を有する上位竜の群れともいうべき勢力が進んでこちらに恭順を示し、頭の痛い問題だった開拓村の村長として村の再興を担ってくれるというのだから、スパイを疑う以前に容認する以外の選択肢はなかった、



「ところで、カケル殿たちは今頃、パルテナ神殿か? 」


「はい。先程、同行した騎士から連絡が来ましたが、神殿長との面会は恙なく終わり、今は神殿に併設された孤児院の方で食事を摂っているそうです。また、真竜の世話は、継続してカケル様が行うことにとなったそうです」


「うん?幼竜の世話を神殿が放棄したのか? 」


「いえ、真竜の意思を尊重するとかで、懐かれているカケル様に託したそうです。それに伴ってパルテナ神殿は、カケル様を聖竜の守護者(・・・・・・)に任じ、幼竜の育成のためにカケル様を最大限援助する方針のようです」


「パルテナ神殿が後ろ盾になったのか。それはまた……」


 執務室の前までついたトールは、ラクイーネに扉を開けてもらいながら苦笑を浮かべる。

 

 神殿が個人を援助することは、そうある話ではない。ましてや、あの真実と秩序を司り、公平性を尊ぶパルテナ神殿が個人に肩入れし、最大限援助するというのは、ここ最近では聞いたことのない話である。パルテナ神殿の後ろ盾が加わったことで、カケルの重要度がさらに跳ね上がることになった。


「ラクイーネ、君は聖竜の守護者という役職を知っているか? 」


「いいえ。ですが、パルテナ神殿にとって聖竜の名は軽くありません。最大限の援助という言葉に偽りはないでしょう」


「君もそう思うか」


 トールにとって、神殿がカケルに与えた聖竜の守護者という称号は、あまり聞かない名ではあったが、そのパルテナ神殿の守護竜の系譜の真竜の面倒を見る者に与えられる名であり、最大限の援助を得られるなら、下手な貴族位よりもその社会的地位は高いと言える。少なくとも、神殿からすれば、その両者の間には雲泥の差があるに違いない。


 ラクイーネが執務室を去った後、トールは執務椅子に深く座り込んで、机に置かれた料理の前でカケルという、突如手元に転がってきた謎の青年の扱いについて思いに耽る。


「平民として、村二つは少なかったかな」


 あの時点では、素性のしれない流浪の者に対して、領民として認め、村を保有し、管理することを認めるというこれ以上ないくらいの褒美ではあったが、こうして神殿に身を保証されたとなると、最低限、自身の一存で決められる騎士爵くらい与えた方がよかったかもしれないとトールは思案する。


「いっそのこと、あの辺一帯を与えてしまうのもいいかも」


 ドラティオ山脈以北(より北)は、対外的には王国の領土とされていながらも、凶悪な魔物が跋扈する未開の地であり、過去に何度も開拓が進められているが、同じ数だけの失敗を重ね、夥しい数の人命と資金を喰らっている魔境の地である。

 そんな場所を広く保有し、四代前から積極的に開拓を進めているライストール辺境伯だが、開拓事業は歴代当主の本意で行っていることではなかった。

 元々は、ライストール辺境伯は、ドラティオ山脈以北の領地と同じくらいの広さの領地を統治している大領主だったが、歴代最低の愚物と称される五代前の当主の折に当時の王の勘気に触れて、領地のほとんどを召し上げられてしまい、なおかつ魔境の地の開拓を王命として命じられてしまったのである。

 先々代では、それを理由に反抗的な家臣に開拓を任じて遠ざける流刑地として活用するなど、碌でもない活用をしていたが、奇しくも遠ざけられたのが力のある有能な家臣たちだったために、一定の成果がでたりした。しかし、流行り病の流行や魔物の襲撃、過酷な冬による餓死や凍死で村が壊滅することも多く、資金ばかり出て、その回収の目途は一向に立っていなかった。

 そして、今回の夜鷹の爪の凶行によって、村は壊滅であり、なんとか村一つ分はカケル達の手により、再興の兆しがあるが、今年の税収は絶望的な状況だ。

 ただでさえ、当主の座を巡る内乱から領内はまだ立ち直っていないというのに、開拓に割ける予算や人員はなく、その対策でここ数日ろくに眠れていないのである。


 その案は、カケルに領土を切り取られて独立される危険を孕んでいたが、カケル達を危険と遠ざけてしまうには、カケル達の力は魅力的だった。その戦力だけでなく、たった一月で壊滅していた開拓村をまとめ上げて再興してしまえる力は、魔境の地の開拓に大いに役立つ。家督争いで一層人材不足に陥ったライストール辺境伯家が、みすみす手放すには惜しい力であった。

 また、当時最有力候補で現在も当主を望まれているルミネアから強引に当主につかされたトールからすれば、その座やその座に連なるモノの執着はひどく薄い。例えそんなことが起ころうと、厄介な魔境の領土を手放せるなら、対面を気にしないのであれば、喜んでトールはそれを追認するだろう。


「悪くないね」


 どの伝手を頼っても色よい返事が返ってこず、何度頭を捻っても碌な案が浮かばなかった魔境の地の開拓事業。だが、カケル達ならば易々と成し遂げることができるだろうとトールに思わせた。

 魔境の地全域を与えるとなると、相応の身分は最低でも騎士爵の上の男爵よりも上の子爵以上の爵位となる。男爵以上の爵位の就任には、国の認可が必要となる。そして、国の認可を得るために相応の功績や貴族の推薦が必要になる。

 故にその思い付きは、冗談ではあったが、悪くない案だとトールの頭の片隅に残った。


 突然手札に迷い込んできたカケルというジョーカー。それをどう扱うか頭の片隅で考えながらする執務は、まるで今までしていた重りを外したように晴れやかで軽やかな気分であり、いつもよりも捗った。




 しかし、そんな気分よく執務を行える時間は長続きしなかった。




――コンコン


 執務室のドアがノックされる。

 その音に気づいたトールが顔を上げると、部屋の主であるトールの返事も待たずにドアが開かれ、ラクイーネが入ってきた。


「ご報告があります」


 一礼して入ってくるなり、ラクイーネはそう言った。

 普段、形式を重んじるラクイーネにしては、いささか性急すぎる行動だった。そこに嫌な気配を感じたトールは、筆を置いて身構えた。

 

「君がそんなに慌てているのは珍しいな。何か問題が起きたのか? まさか夜鷹の爪が脱走したとかじゃ、ないよな? 」


「はい。夜鷹の爪は問題ありません。大人しくしています。しかし、本日領都の観光に行かれていた者たちで、問題が起きました」


 ラクイーネは、そこで言葉を一度区切った。そして、口を開いた。



「子供が人攫いにあったそうです」




 その言葉を聞き、理解するのに数拍の時間を要した。そして、理解したトールは、嫌な汗がじっとりと額に滲み出てくるのを感じた。

 ラクイーネは、一拍置いてから絶句したトールに向けて言葉を続ける。


「報告によりますと、攫われた子供はカケル様の配下ではなく、今回の旅に同行していたルズール村の生き残りだったレオンという少年です。市場で雑踏に逸れた隙に路地裏に迷い込み、そこで男3人に拉致されました」


「追跡は? 救出の目途はもう立っているのか? 」


 ラクイーネの報告の途中で、トールは思わず食い入るように質問を投げかけた。その質問に対してラクイーネは、一度口を閉じて頷いた。


「ご安心くださいトール様。誘拐が発覚してすぐにカケル様の従者様方が居場所を突き止め、犯人を無力化し、救出されたそうです。少年も目に見えるところの外傷はなかったそうです」


 その言葉に、トールはいつの間にか止めていた息を吐き出して、浮かしかけていた腰を落とし、椅子に深く沈み込み、背もたれに体重を預けた。


「そうか……よかった。護衛は? その時、何をやっていたんだ」


「どうも市場についてからカケル様の従者様方が自由行動を始めてしまい、護衛の意識が散漫になった隙を突かれる形になったようです」


 その報告を受けたトールは、天井を仰ぎ見て、片手で目元を押さえた。


 領都の治安の悪さから用心のためと、兵士が護衛する手を出すと面倒な存在という相手への警告のために護衛をつけたのだが、どうやらその意図をカケルの従者たちは汲み取ってはくれなかったようだった。


 いや、彼らはルミネアやルデリックに匹敵する実力者たちである。

 いくら治安の悪くともその辺のゴロツキでは相手にならない。それ故の油断が彼らにもあったのだろう。


 トールもまた、そんな彼らにわざわざ護衛をつけたのは、領主の客分に対する形式的なものが大きかった。また、ルデリック達から報告を受けて感じたこちらの常識を知らないところが、いらぬいざこざを起こさぬよう緩衝材になるように兵や案内人をつけていたところもあった。例外としてルズール村の生き残りの子供たちがいたが、彼らと兵に守られている子供に万が一はないだろうと、考えていた。


 トールは、彼らの実力にばかり目が向き、彼らの異世界の文化に対する好奇心の高さと油断による警戒心の低さを想定していなかった。それ故に、その子供が人攫いにあう状況なんて、トールは全く考えていなかった。


「兵士をもっとつけるべきだったか……いや、そもそも人攫いに対して、早急に対応しておくべきだったか」


 市場で白昼堂々の人攫い。

 しかも、兵が護衛についていた少年を攫うなんていうことが起きてしまったのは、家督争いの内戦で領都の治安が悪化し、スラムに潜む裏組織が勢力を拡大してしまったのが原因だった。何世代も前から陰で癒着していた違法な人身売買を中心とした裏組織は膨れ上がっており、当代になってから手を切り、取り締まりを厳しくしても、むしろ反発して裏組織の活動は活発化していた。

 それもまたトールの頭痛の種のひとつだった。スラム街というのはただでさえ脛に傷を持つ者が集まっているので仲間意識が強く排他的で、裏組織の動向を探るのには苦慮していた。


 しかし、起きてしまったことを今更悔やんでも仕方がない。トールは、思考を途中で切り上げて、ラクイーネへと指示を出した。


「……ともかく、無事に済んでよかった。速やかに別邸に戻るように指示し、別行動をしているカケル殿たちにも連絡を入れるようにしてくれ」


「かしこまりました。失礼致します」


 ラクイーネは、その場で深く一礼すると、執務室を後にした。



 ドアが閉まりきったのを確認した後、トールは張りつめていた息を吐き出した。


厄災去って厄災来る(一難去ってまた一難)……か。これ以上は増えないで欲しいものだ」



 そうトールが呟いた直後、執務室の窓から雷鳴が鳴り響き、窓を震わせた。


 本日は、晴天である。


 魔力の残滓を感じさせるその不自然な雷に心当たりがあったトールは、パタリと執務室に突っ伏し、現実から目を背けたのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「――それで、此度の一連の騒動、処分は如何致しましょうか? 」


「如何、か……」


――その日の日没後


 カケル達が領都で起こした一連の報告書がトールの下に届けられた。

 ラクイーネの下に構築された情報伝達速度は、そう悪くない。その情報網もそれなりに広く、領都内であれば、大きな動きがあれば、貴族が住まう中央地区はもちろん、スラム街でも情報をその日のうちに集めることができる。今回、カケル達を中心に起きた騒動は、よく目立つものであり、兵士たちの対応も迅速だったので、情報はすぐに集まった。


 その報告書に目を通し終えたトールは、何とも言えない顔で報告書の表紙を見つめていた。


「まず、昨今領都で騒ぎになっていた人身売買組織『夕闇の翼』だが、その頭は、パルテナ神殿の裁判を行うまでは尋問して、なるべく情報を吐かせてほしい。構成員も同様にだ。領内の人身売買はまだ水竜の尾(氷山の一角)に過ぎないんだ。できれば、違法奴隷が流れつく先を掴みたい。関与が認められるシャーナー家(大商人)もそうだ。情報を得る為に、ザップの助命を交渉材料にしてもいい。どうせ、今回のことで取り潰しはほぼ決まりだ。そうでなくとも財産没収は免れない。生きて戻れても(未来)はない」


「かしこまりました。それで、カケル様方の処分は如何致しましょうか? 」


 そのラクイーネの問いにトールは、困ったように眉を下げる。


「確かに、領都での大規模魔法の無断使用は違法だが、人身売買組織の拿捕に尽力し、領都に巣食っていたシャーナー家の悪事を暴いた者にどんな処罰を下せる? むしろ褒賞を追加で支払わないといけないくらいだ」


 トールが参ったと言わんばかりに深いため息をついた。

 そのタイミングで、執務室の扉が叩かれた。


「俺だ。今、時間あるか? 」


 扉越しの名乗り声で、トールは来訪者が誰かわかった。


「ああ、どうぞ」


 トールがラクイーネに目配せした後、入室の許可を出すと、トールの予想通りルデリックが扉を開けて入ってきた。そして、壁際に控えているラクイーネに気づくと、ルデリックは小さく呻いた。顔にはしまったと書かれているくらいわかりやすく顔に出ていた。


 ラクイーネは、そんな反応をされても顔色を変えずに一礼した。


「なんだ嬢ちゃんもいたのかよ。いるならいるって言ってくれよな」


「それは申し訳ありませんでしたルデリック様。人払いが必要ということでしたら、退室させていただきます」


「あーいや、そういうわけじゃあないんだ。むしろ嬢ちゃんがいてもらった方が話が早い」


「左様ですか。ところで、ルデリック様は、まだ騎士団長としての振舞いに慣れていないようですね。後日改めてお話があります。よろしいでしょうか? 」


「あー……はいはい。時間空けとくよ」


 ルデリックは、頭を掻きながら罰の悪そうな顔をしてしぶしぶ頷いた。



 2人のいつもの(・・・・)やり取りが終わったのを見計らって、トールはルデリックに尋ねた。


「それで、何の用だい。今回の報告ならきちんと受けているよ」


「カケルのことで話にきた。あんまり書面に残すような内容じゃないし、坊主……トール様のことだから読み間違えねぇとは思うが、念のためにな」


「彼のことか……彼の処遇にはちょうど頭を悩ませていたんだ。聞くよ」


 トールが聞く姿勢を見せると、ルデリックは「そりゃあ助かる」と、頭を掻きながらいった後、真顔になった。


「まず初めにだ。今回の一件は報告書にも書いてるが、今回のカケルたちの魔法使用と器物破損に関しては不問にしてほしい」


「それはもちろん。報告書には目を通したよ。こちらの失態の上でのあの状況下だったんだ。魔法使用に関わらず今回の一件で彼らを罪に問う気はないよ」


 先程議論していた内容だったので、トールは異論なく首肯した。それを聞いたルデリックが眉尻を下げた。


「そりゃよかった。カケルが随分と気に病んでいたからな。はっきりと聞けてよかった」


「随分と彼らのことが気に入ったようだね」


「……まぁ、確かにあいつらのことは気に入っているが、別にそういう心配からじゃない」


 ルデリックの心底安心した様子にトールがなんともなしに言うと、ルデリックは歯切れ悪く答えた後、改めて居住まいを正してトールを真っすぐとみた。


「トール様。雷光騎士団を預かる団長の立場として進言させていただきます。カケル達との敵対は絶対に避けてください」


 ライストール辺境伯家においての武力の一角の頂点に立つ団長としての進言ということ。よって、その言葉は、敵対した場合に相対すれば騎士団に看過できない被害を被るか、もしくは勝てないと言っているに近かった。


「……確かに彼らのもつ実力も技術も目を見張るものがある……が、全軍でもってもかい? 君もルミネアも彼には模擬戦では勝てたと聞くけど」


 珍しく真剣な顔で進言するルデリックに、トールは面白そうに顔に笑みを浮かべ、背もたれにもたれかかった。そんなトールの態度を軽視していると捉えたルデリックは、眉根を寄せてなおも言葉をつづけた。


「トール様。魔法使いに、魔法を使わない模擬戦で勝って上だと思いますか? 戦士に魔法戦を挑んで勝って弱いと断ぜますか? テイマーを相手に契約した従者や従魔を抜きに戦えと、そう言う話です。むしろ、自分やルミネアと戦い、試合の形になったことを評価すべき話です」


「なるほど。そう言われると、参考にならないね」


 トールが理解を示すと、ルデリックは安心したのか、寄っていた眉を緩めて、肩の力を抜いた。そして、団長としての意見は終わりなのか、砕けた口調で言葉を続けた。


「だろ? あいつ、俺と力比べができて、ルミネアの雷速を目視で追って素手で触れても平気な顔してやがるからな。それに、あいつら野営の度に立派な浴場を造設しちまうし、料理が冷めないようにってだけでオリジナルの呪文を編み出しちまう。それに自前で用意できるからって武器も道具も全部呪文を刻印した魔導具を使ってる。あそこの村は、内乱で荒れたここよりも飯はうまいし、寝床は快適だし、浴場は入り放題で、道は整備されて、ゴミひとつだって落ちてない。しかも闘争心の発散のためだけにとんでもねぇ規模の鍛錬場を建造して、そのついでにクラーケンが優に浸かれる湖まで片手間で生み出しちまう」


 ルデリックは、饒舌に今回の遠征で自分が体験したことも交えて嬉々として語る。


「わかるか? あいつらは、この地に飛ばされてきたって話がほんとなら、たった一ヵ月でそこまで村の水準を引き上げたんだ。それも夜鷹の爪で壊滅した村の生き残りを集めて、夜鷹の爪の残党の捕縛までやってのけた。地形まで変えちまう高位の精霊を従えて、それに匹敵する竜並みのお仲間がゴロゴロいやがる」


ルデリックは、なおも続ける。


「同行していて、よくわかった。あいつらは、どこにでも根を張れるし、何にも囚われないし、何であろうと屈しない。そんなやつらが、根を張って村を再興して、あっちから恭順を示してくれているのが今の状況だ。もちろん、もしドラティオ山脈を隔てた向こうで勢力を伸ばして独立されちまうのは、坊主の家としてはまずいから良いこと尽くしってわけではないが、それで敵対しちまうのは最悪の手ってのはわかるだろう? 」



 そこまで言いきり、ルデリックはトールの反応を窺った。トールは、背もたれにもたれたまま顔には苦笑を浮かべていた。


「それは自分も同じ気持ちだ。わかっているだけでも精霊竜(モグ)、真竜、最高位の治癒魔法を扱える天翼族(ミカエル)にルミネアよりも速い翼人族(小鴉)、高位のエルフに、高位のドワーフ、そしてライストール家の象徴でもある雷獣を従えているんだ。そんな国に紐づかない独立勢力、魔王とそう変わらない。敵対するのは愚策中の愚策だとわかっているつもりだよ」


 トールが出した魔王という言葉に、ルデリックは、笑い声をあげた。


「魔王! 確かにそうだ! カケルが今後悪事を働けば、すぐにでもどの神殿も魔王としてあいつらを認定するだろうよ。そうなれば、カケルは魔物使いで魔王で村長ってことになるわけか。そいつは、面白い。あいつなら数ある魔王の中でも指折りの大魔王にまで伸し上がりそうだ。もしかしたら、魔王を仲間にするなんてこともあいつならするかもな」


 そう軽口を叩くルデリックに、トールは苦笑を深めた。


「何れにしろ。内乱で荒れて、領地も人材も荒んでいる自分たちが、カケル殿をみすみす手放すなんていう愚行を犯す気はないですよ。彼らが魔境を開発してくれるならちょうどいい。それに、そこから産出しているものから何かを作ってくれるなら、いい商売に繋がるかもしれないしね。あちらとこちらの道中が安全になり、流通が活発になって、魔境の品がこちらに流れてくれるようになれば、ライストール家も息を吹き返せるようになるだろうね」


「トールが心得てるようで安心した。もしかしたら、ルミネアも後でくるかもしれないが、問題なさそうだな。邪魔して悪かったな。トールが気にしてなかったこと、心配で吐きそうになってるカケルに伝えとくぜ」


 ルデリックは、安心したように笑い、手をひらひらとさせながら退出していった。


 

 ルデリックが退出した後もトールは思考を続けていた。


 確かに彼らの力は、ライストール家に多くの益を生み出してくれるだろう。数々の精霊と幻獣、魔獣を従え、卓越した異国の技術を有している彼らがもたらす恩恵は計り知れない。

 しかし、それは同時に自分の懐に制御しきれない竜を飼うのに等しい行為だろう。


 彼らの行動がいつもうまくいくとは限らない。夜鷹の爪の捕縛でも、今回の騒動でも、一歩間違えればより大きな被害と混乱が彼らによって引き起こされていた可能性があった。もし、身内が攫われたことに怒り、無差別に力を奮われれば、スラム街は吹き飛んでいただろうし、シャーナー家での騒動では、死者が多数でてもおかしくはなかった。


 彼らを手元に置くことは、そういった未知数の恩恵(ハイリターン)と隣り合わせの危険性(ハイリスク)を抱え込むことである。

 

「……だが、手放す選択はない。とんだジョーカーだよ。彼らは」


 トールは、背もたれに身を預けてふっと笑った。



 その後、ルミネアが執務室に駆け込んできて、「自分の将来の夫になるのだから、大目にみよ! 」と騒ぎ立てるのだが、余談である。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。社会人となり、なかなか執筆に時間が割けず、また遅々として書けず、遅くなってしまいました。


今後も更新を続ける意思はあります。なるべく、早くなるよう頑張りますのでよろしくお願いします。



【裏話】

この世界にもトランプに相当するカードゲームが存在し、ジョーカーという道化の札が存在します。ちなみに、この世界のトランプの枚数の総数も365枚であり、一年の日数と同数で、遊戯以外にも占いに使われたりします。というか、占術師の遊戯から広まりました。



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