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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
112/114

110 「村長は自問する」


 二度目の落雷は、一度目で空いた屋敷の屋根の穴に落ち、屋敷が轟音と共に窓という窓から青白い光を噴出させた。


 あー……これは、ルミネアさんのではない。


 直感的に俺はそう感じた。そして、実際に目にしたことで犯人を確信し、俺は頭を抱えた。


「やはり赤兎馬か」


「……あの駄馬は何をやっているのかしら」


 天狐もこの事態に眩暈を覚えるようで、額に指を当ててため息をつく。天狐が悪態をつくのは珍しい。しかし、その気持ちは俺も同じだった。



 何がどうなって赤兎馬が屋敷を襲撃しているのかはわからないが、非常にまずい状況としか言いようがない。どんな理由があろうと商人の屋敷を襲撃している赤兎馬は犯罪者であり、その赤兎馬の主は自分である。

 

 当然、自分も罪に問われるだろう。だが、それだけでなく天狐たちも罪に問われるかもしれない。そうでなくても俺は、罰として天狐たちとの契約の破棄を求められるかもしれない。


 それはダメだ。それだけはダメである。




「……みんな、すぐに赤兎馬を止めに行くぞ」


「いいの? 」


「ルミネアさんだけじゃ荷が重いだろ」


 これ以上、赤兎馬が罪を重ねないためにも、ルミネアさんに協力すべきだろう。赤兎馬が本気になれば、ルミネアさん一人では止められない。


「……わかった。村長は俺が守る」


「承知致しました」


 天狐の問いに答えると、ゴブ筋と小鴉が賛同してくれた。


「……屋敷への立ち入りは認められません。それ以上、近づかれる場合は武力をもって排除します」


 俺たちの不穏な問答が聞こえていた門番が、聞く前に答える。ルミネアさんの関係者と思われてるので、言葉こそ丁寧だが、これは最終通告なのだろう。姿勢が変わり、いつでも槍を構えれる姿勢になっていた。


 だが、こちらも引くわけにはいかない。


 天狐の方を見ると、天狐はため息をひとつついた。


「……わかったわ。それなら被害が広がる前に終わらせましょう」


 そう言うと、天狐の尾が1つから9つへと増え、天狐の金糸のような長い髪が重力に逆らい、ふわりと膨らんだ。


「退きなさい」


 その言葉とともに天狐の【神通力】が働き、2人の門番を背後の門に押し付け、門番ごと門を強引に押し開いた。門に縫い付けられたように貼りつく門番たちは、神通力の圧で呼吸もままならないようで言葉にならないうめき声しか出せないようだった。


「すみません」


 天狐のおかげで道はひらいた。俺は、門番たちに一言断ってから屋敷の敷地に足を踏み入れた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 屋敷の中は戦場と化していた。

 扉が吹き飛んでいる玄関から屋敷の中へと入ろうとすると、玄関の奥から青白い雷が迸ってきた。ゴブ筋が咄嗟に足元に落ちていた扉を拾って受け止めてくれた。衝撃が空気を伝播するが、ゴブ筋がしっかり受け止めきってくれた。


 今のは赤兎馬ではない。ルミネアさんのものだろう。


 すでにルミネアさんと赤兎馬は接敵しているみたいだった。ルミネアさんも赤兎馬のことは知っているはずだが、穏やかに話し合いとはならなかったみたいだ。最悪である。


 取り合えず、頭を抱えたくなる気持ちをおさえてゴブ筋にアイテムボックスから出した盾を渡す。ゴブ筋は無言で焼け焦げた扉を放り捨てて盾を受け取ると、すぐに構えて、第二射を警戒する。


 すると、今度は一層白い雷が屋敷の壁を貫き、天へと昇っていった。


 こっちは、赤兎馬だ。

 今のが水平に飛んでいたら、周囲の建物や人に被害が出ていただろう。危なかった。




 先に被害を屋敷に収めるようにするのが大事かもしれない。


 俺はアイテムボックスから呪符を複数出して、小鴉に渡した。


「小鴉。至急、四方の塀に貼ってきてくれ」


「御意」


 呪符を受け取った小鴉がその場から掻き消える。小鴉を待っている間に俺は別の作業を行う。


「【水龍封牢陣】」


 呪文を唱えて魔法を発動する際に、意識して魔力を練り上げ、呪文の効果を高める。周囲の地面から水がどこからともなく巻き上がり、一体の龍のように纏まると屋敷を囲うように蜷局を巻いていく。


 敵、というか敵のいる空間ごと水の牢で閉じ込めてしまう魔法である。魔法に対して高い抵抗力があり、特に雷属性の魔法に効果がある。赤兎馬やルミネアさんの雷を防ぐにはこれが一番向いている。


「設置終わりました」


「ありがとう」


 水龍が完全に屋敷を覆ってしまう前に隙間を縫って小鴉が舞い戻ってきた。礼を言って、俺は呪符を1枚地面に置いて、魔力を流し込んだ。


 呪符が黒ずみ、崩れ去るのに合わせて、屋敷を水龍ごと透明な結界が張られた。万が一、水龍封牢陣を突破された場合の結界だ。仲間たちの本気の攻撃でも1撃は耐えて見せるガッチガチに硬い取って置きだ。


 この呪符の補填は、赤兎馬にきっちりやってもらうつもりだ。




「あの……カケル、流石にこれは目立つわ」


「あ……」


 天狐に指摘されて、ハッとする。水龍封牢陣は被害を抑える有効な手段だが、巨大な水の龍が屋敷をまるまる一つ覆うのだからとにかく目立つ。街中でやれば、相当目立つだろう。


 いや、でも水龍封牢陣を解くというわけにはいかない。


 今も屋敷から飛び出した雷が水の壁に当たり、水に伝播することで霧散する。


 とっておきの結界は、本気でなくてもそのまま流れ弾を何度も受けるには耐久力に難がある。


「……今更かもしれないけど、私がここを幻覚で隠蔽するわ」


 悩んでいると、天狐がそう言って9つの尾の先から狐火を生み出し、空へと打ち上げた。打ち上げられた狐火は、水龍が空を覆う前にすり抜け、結界に当たる前に四散し、青白い炎がドーム状に波紋のように広がり、景色に溶け込むように消えた。


 多分、今のは【狐の幻炎】だ。幻覚で視覚情報を誤魔化して現実を隠蔽する魔法だ。でも、対象は自分や仲間で、空間そのものを隠蔽する類の魔法ではない。


 記憶との違いに疑問を覚えるが、うまくいっているようだし、天狐も無理はしてなさそうなので考えるのは後にした。



 そうして、屋敷を周囲から隔離した後に不備がないかを確認していると、ゴブ筋から声がかかった。


「村長、こっちに来る」


 誰が、と俺がゴブ筋の方に振り向く前に、俺の視界を青白い発光体が2筋の残光を虚空に残しながら横切っていった。


 時間にしたら一瞬だったが、その一瞬のうちに頭の中でギアが切り替わり、雷速で横切る2人を俺は捉えた。


 全身を白く輝かせる雷化したルミネアさんは口角をこれでもかと吊り上げた笑顔で、それから逃げる赤兎馬も愉快そうに笑っていた。



 そのまま庭に出た2人は、縦横無尽に雷速で駆け巡り、何度も衝突する。衝突の度に2人を中心に放電が起こり、周囲のものが薙ぎ払われていた。



 戦いに夢中で、ルミネアさんはすれ違った俺に気づいた様子はなかった。赤兎馬とは、一瞬目があった気がするが、戦いを止める気はないようだ。


 

「小鴉、赤兎馬を確保」


「ハッ」


 小鴉に指示を出すと、小鴉の姿がその場から掻き消えた。同時に、霞む(・・)速度で黒い影が虚空を鋭角的に飛び、空中を雷速で飛び回っていた赤兎馬に接触し、そのまま地面に突き落とした。


 落下の衝撃で地面が揺れ、土埃が巻き上がった。


 そこへ駆け寄ると、小鴉が指示通りに赤兎馬を拘束していた。赤兎馬に何か言おうと口を開いたところで、ルミネアさんから声がかかった。


「カケル、私は待っていろと言ったはずだが? 」


 雷化を解いたルミネアさんは、パチパチとスパーク音をさせながら不機嫌そうな声音で問いかけてきた。


「ルミネアさんがうちの赤兎馬と争ってたので止めに来ました。約束を破ってしまい、すみません」


 下手に言い訳をせずに理由を述べて謝る。ルミネアさんは不満そうにしていたが、小鴉に押さえつけられた赤兎馬を一瞥した後、許してくれた。


「まぁ、うむ。いささか興が乗ってしまったが、場を改めるべきであったな」


 ルミネアさんの妙な発言におや?と思った。


「……ルミネアさん、赤兎馬と争うことになった経緯を聞いても良いでしょうか? 」


 そう尋ねると、ルミネアさんの肩が跳ねた。そして、未だにパチパチとスパーク音を鳴らす髪を手櫛で梳きながら目を泳がせる。


「う、うむ。屋敷に立ち入ったところでザップが私を下手人だと思うて、喚いてきたのでな。カマをかけたら自分の悪事をあっさりと吐きおってな。もっと問い詰めてやろうと思うたら、そやつが屋敷に空けた穴の下から出てきて、ザップを伸してしまったのだ。好き勝手振舞うので、ちょっとお灸を据えてやろうとな、そのな……うむ。私は悪くない」


 最後にそう開き直ったルミネアさんを置いて、赤兎馬に目をやると、赤兎馬はやれやれと言った風に答えてくれた。


「儂は、友を攫われた小僧に手を貸してやっただけだ。そしたら、この屋敷の地下に捕らわれておったから解放して、脱出するために上をぶち抜いたら丁度、親玉と手下がおったのだ」


 だから、上を雷でちょちょいっと一掃したら、ルミネアさんに見咎められたと……


 赤兎馬の話に俺は頭が痛くなるのを感じた。

 2人の話からすると、ルミネアさんが言っていたこの屋敷の人がしていた悪事っていうのは誘拐とか人身売買で、赤兎馬は友人が攫われた子供に手を貸して殴り込みをかけたってことか。

 


 どうして、街の観光に行くだけでそんなことが起きてるのか叫びたい。


「その捕らわれていたっていう子供たちは? 」


「今は地下だ。もうそろそろポチが地上に連れ出してる頃だろう」


「ポチもいるのか!? 」


「うむ。ムイもいるぞ」



 くらっときた。

 他にもポチやムイまで関わっていると聞いて、立ち眩みが起きた。

 ふらついた背中を横にいた天狐が支えてくれた。


「大丈夫カケル? 」


「う、うん。ありがとう天狐」


 しかし、事態は決して良くない。

 屋敷の人は悪事を働いていたが、表の顔は領都屈指の豪商。その屋敷を白昼どうどう襲撃して、挙句の果てにルミネアさんと争ったとなったら、この世界のことが疎い俺でもまずいと思う。


 うぅ、頭だけじゃなくて、お腹も痛くなってきた……。


 どうやら、ルミネアさんはルデリックさんを呼んでくるそうなので、それまでにどうにか許してもらう方法を考えてみようと思う。


 どうしてこうなった。

カケルは結構パニクってます。次回は領主のトール様視点予定。


【水龍封牢陣】

【水魔法】で覚える呪文

海底洞窟のダンジョンを攻略することで覚えれる呪文。

一定範囲を水龍を模した複雑に渦巻く水流で覆う結界。

魔法に耐性があり、特に雷と水に高い耐性がある。

しかし、完全に隔離されるまでにはタイムラグがあり、完成すると中と外を完全に隔離してしまうので、使いどころは限られる。



・【狐の幻炎】

固有スキル【狐火】で覚える呪文。

幻覚を見せる狐火を纏って周囲に擬態するような隠蔽する呪文。イメージとしてはギリースーツ。

それを今回は、水龍ごと屋敷全体を問題ない風に隠蔽するために利用した。



雷速を見切るカケルの目で以てしても霞む小鴉の全力。

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