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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
110/114

108 「雷馬が嗤う救出劇」


「わたしも行く」


 事情を聴くと、ムイも一緒に行くと言い出した。赤兎馬たちは、諸手を上げて迎え入れた。




「主が同行してくれるのならば心強い。我々だけで、この悪路を進むのに難儀していたところだ」


 赤兎馬が汚物塗れの下水道の床や壁を見渡しながらぼやくと、ムイもその視線をなぞるように周囲を見渡し、理解したように頷いた。


「掃除ならまかせて」


「頼もしいな」


 お腹に手を当ててのムイの宣言に赤兎馬は、頼もしさを感じた。そんなムイのお腹がまるで風船に空気を入れたようにゆっくりと膨らみ始める。



「んっ、まって。小さいわたし増やす」


 そう言うと、ゴポリゴポリと粘着質な音を立てて、ボーリング球ほどの黒い粘体の塊がムイの股を伝って地面へと落ちた。その正体は、ムイの生み出したベビースライムであり、ムイが指示を出すまでもなく地面を這いずり、汚物の処理を始めていた。


「うっ」


 それを目にした灰髪の少年の口から呻き声が零れた。

 黒い粘体は間違っても小さな少女の体からいくつも出てくるようなものではなかった。その得体の知れなさに少年は本能的な恐怖を覚える。ムイが黒い粘体から少女へと姿を変えるところを目にしていなければ、少年は間違いなく喚き散らしていただろう。


「魔獣だけじゃなく、スライムみたいなガキとも知り合いなのかよ。……おっさん、あんた本当に何者なんだよ」


 赤兎馬は、「ふむ」と息を吐き出し、答えた。


「あやつらとは主を同じとする同じ釜の飯を食う仲、という奴だな」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ムイの加入で、下水道の道中は劇的に改善した。奥から流れてくる悪臭こそ無くならないものの、足場の汚れを気にせず進めるようになっていた。


 少年は、足場が綺麗になったこともあって床に降ろされたのだが、床や壁を這いずるベビースライムを警戒しているようで、解放されたにも関わらず、ぴったりと赤兎馬の背に身を寄せて、ベビースライムの這いずる音に過敏に反応していた。

 

 ムイと出会うまであれ程威勢のよかった少年の変わり様に、赤兎馬は口元をにやりと歪ませる。



「ムイの分け身に怖気づいて儂の背に隠れていて、仲間を助けられるのか? 」


「うっせーよ! 仲間を攫った奴らよりあんたらの方がやべぇっての! 俺は別にあんなのにびびってるわけじゃねぇ! ただ暗くて前が見えねぇからだ! 」


 少年にそう言われ、赤兎馬は少年が暗くてものが見えていないことに気づいた。少年以外は明かり一つない下水道の暗闇を当然のように見通していたので、赤兎馬たちは必要と思わず、明かりも持たずにこれまで道を進んできていた。


「ふむ。そう言えば、ヒューマンの目はあまり良くなかったな」


「明かりもなしに道を歩けるあんたらの方がおかしいんだよ! 」


「どれ、これでよいだろ」


 キャンキャンと吠える少年の反論をスルーし、赤兎馬は髪を帯電させた。赤兎馬の帯電した金髪が青白く下水道を照らした。髪の帯電する具合を調節し、先頭のポチの後ろ耳が見えるくらい明るさにした。


 少年は、赤兎馬の青白く輝く髪を唖然とした顔で見た後、面白がる赤兎馬の顔を見てハッとなった。


「できるんならさっさとやれよな! 」


 そう言って、腹立ち紛れに赤兎馬の足を蹴った少年は、あまりの硬さに足を押さえて涙目になるのだった。






 それから時に左や右に曲がりながら下水道を進んでいくと、道の途中の壁の前でポチが止まった。確認するように床や壁のにおいを嗅いだポチは、赤兎馬へと顔を向けた。


「ふむ。においはここで途切れたか」


「ここでにおいが途切れた……まさか見失ったのか」


「そう逸るな。ポチの鼻を誤魔化せる者はそうおらん。周りをよく見てみろ」


 焦燥感に駆られたところを赤兎馬に宥められ、少年は視線を左右に巡らした。来た道や壁などを見るが、ここまで一本道であり、壁も梯子がついているわけでもなく今までの道と変わったところは見られなかった。

 もう一度、赤兎馬に文句を言ってやろうと少年が口を開いたところで赤兎馬が上を指し示した。


「どうやらお主の仲間は、上に連れていかれたようだな」


 ハッとなって少年が見上げると、ちょうど真上の下水道の天井に穴が空いており、まっすぐと上に伸びていた。

 

 すぐに上に行って確かめようと思った少年だったが、壁に梯子のようなものはなく、取っ掛かりになりそうな出っ張りもなかった。


「何をしてる」


 少年が壁を探っていると、赤兎馬が後ろからひょいと少年を持ち上げて小脇に抱えてしまった。


「うわっ、何すんだよ。離せっ」


「暴れるな。今からお主を上に連れていってやるのだから、大人しくしていろ」


「はぁ? 何言ってんだよおっさん」


 少年は、赤兎馬の言葉を反射的に否定したが、すぐに赤兎馬の身体能力を思い出した。まさか、という顔で少年は赤兎馬を見やる。少年と赤兎馬の目があった。


「覚悟はもうできてるな。お主の手で仲間を助けるのだろ? 」


「ああ、当たり前だ! 」


「いい目だ」


 少年の言葉にふっと笑った赤兎馬は、少年から視線を外して上を見上げた。


「小僧が始めて、儂が手を貸した戦だ。一番槍は、もらうぞ! 」


 ポチとムイに向けてそう言い放った赤兎馬は、少年を小脇に抱え、青白い残光を残して天井の穴へと垂直に飛び上がった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 まるで下から上へ昇る雷のように昇った赤兎馬は、すぐに穴を塞ぐ金属の格子蓋にぶち当たった。しかし、蓋は直後に衝撃に耐えきれずに吹き飛び、赤兎馬と少年はあっさりと下水道の外へと出た。


 床に降り立った赤兎馬は、周りを見回して肩を落とす。


「なんだ。誰もいないではないか」


 赤兎馬が出た場所は地下の小さな部屋のようで、ガランガランと吹き飛んだ金属蓋が耳障りな音が鳴り響くが、そこには誰もいなかった。


「――ッ! 」「――!! 」


 しかし、部屋の外には人がいたようで、部屋の異常を聞きつけて、外はにわかに騒がしくなっていた。


「ふむ。外れではないようだな」


 外の人が階段の先のドアを開けようとしているようで、ガチャガチャと音を立てる。


「どれ。手伝ってやろう」


 赤兎馬は、一足飛びで階段を踏み飛ばしてドアの前まで行くと、無造作にドアを蹴った。

 バコン! と蝶番のついてた壁ごともげる音を立ててドアが蹴倒され、赤兎馬と少年は部屋の外へと出た。


 外には、痩せた小男が一人、ポカンとした顔で出てきた赤兎馬を見ていた。いや、他にもう一人、赤兎馬が蹴倒したドアに下敷きにされて男がのびていた。



「なんだおm――カハッ!!? 」


 取り合えず、赤兎馬は小男を空いた手で掴み、地面へと加減して叩きつけた。背中を強かに打って、空気を全て吐き出した小男は悶絶する。その胸を足で圧迫しながら問いかけた。


「ここに連れてこられたスラムの子供を知ってるか? 」


「なん、でっ……そんなことをっ、聞く……? 」


「訊ねてるのは儂だ。無駄な問答をする気はないぞ」


「わかった……! わかったから止めてくれ……! ガキならあっちだ……! あっちの部屋にいる……!! 」


 赤兎馬が踏む力を強めると、小男は必死にもがきながら通路の奥を指した。


「ご苦労」


 赤兎馬は小男にそれだけ言うと、電気を流して気絶させた。



「一気に行くぞ。気をしっかりと持っておれよ」


 気絶した小男から足を退かした赤兎馬は、通路の奥へと駆け出した。



 蛇行する通路を、行く手を阻む鉄扉を二度、三度蹴倒しながら抜けると、小男の言っていた通り、子供が入れられた牢屋に辿り着いた。薄暗い牢屋に十数人の子供が押し込められていた。足には足枷があり、首に入れ墨のような呪印が入っていた。


「ほれ、お主の仲間はおるか? 」


「俺だ! 灰被りのグレンだ! みんな、助けに来たぞ! 誰かいるか!! 」


 少年は、赤兎馬に解放されるなり、牢屋の格子にぶつかる勢いでへばりつき、中の子供たちへと呼びかける。すると、中にいた子供の半数がグレンの声に反応した。



「グレン!? 」「グレン! 生きてたのね! 」「お前どうやってここに! 」「本当に助けに来たのか!! 」



「オズ! ベッカ! ルモー! カズキ!! 他のみんなも無事だったかっ! 」


 仲間との再会で気が緩んだのか、少年の瞳から涙が溢れだす。


「グスッ……まってろ。すぐにこっから出してやるからな! おっさん、牢屋の鍵を――」


「この程度の牢なら鍵なんぞ無くとも開けるのは容易い」


 赤兎馬が格子に手をかけると、ぐにょりと金属の格子が曲がり、人一人が通れる隙間があっさりとできた。



「……おい、グレン。そのおっさんは何なんだ? 」


「そんなの俺が知りてぇよ。気紛れで手を貸してくれてんだ」


 仲間に格子越しに囁かれた少年は、説明することを放棄したように頭を振った。


「ほれ、さっさと出てこい。騒ぎが大きくなる前に脱出するぞ」



 赤兎馬に言われて、困惑していた子供たちはハッとなった。ドアを破る度にした大音響は、異常があったことを敵に知らせている。異変に気付いた敵が大挙してここにやってくるのも時間の問題だった。



 子供たちにされていた足枷を握力で握りつぶして自由にした赤兎馬は、来た道を振り返る。ドタバタといくつもの足音がこちらにやってきていた。


「ふむ。思ったよりも動きが早いな」


 足音に混じってガチャガチャと金属音がすることから敵は武装しているようだった。


 どうしようか。と赤兎馬が思索しかけたところで、足音が急に乱れて、怒号や悲鳴が通路に響いて聞こえてきた。


 その突然の悲鳴に、助けられた子供たちは怯え竦みあがるが、赤兎馬と少年は、その原因に心当たりがあった。


「べすとたいみんぐ、という奴だな」


 赤兎馬は、慣れない言葉を機嫌よく呟いて、子供たちについてくるように促した。





 蛇行した通路は、来た時とは違って床や壁が白く凍りつき、真冬のように冷え切っていた。

 子供たちを少年に任せて、赤兎馬が一足先にやってくると、巨大な漆黒のスライムの姿で十数人の男女の氷像を呑み込んでいたムイとポチが出迎えてくれた。



「目的は達した。すぐにここを出るぞ」


「……どうやって、出る? 」


 ムイは解凍した人たちを通路のすみに吐き出し、少女の姿に変わると、赤兎馬に問いかけた。


「無論、ここから地上に出る。人身売買は、違法のようだからな。堂々と正面から出てやろうではないか」


「ウォン! 」


 赤兎馬の言葉に、ポチは面白そう!と言わんばかりに尻尾をぶんぶんと振って鳴いた。

 

「ここの主の表の顔は知らぬが、人身売買が公になれば、さぞかし愉快なことになるだろうな」



――嗚呼、楽しみだ。


 そう言わんばかりの赤兎馬の顔は、とても愉快そうに嗤っていた。




ポチがてっとり早く氷漬けにしたものの、そのまま放置してたら死ぬのでムイが解凍。当人たちは氷漬けのショックで失神してる。手練れだったんだけど、開幕即死攻撃には勝てなかった。


お久しぶりです。数カ月ぶりに筆を執りました。

これからぼちぼち更新していけたらと思います。次からカケルの視点に戻ります。


レオンが攫われ、ポチが攫われ、月影が人攫い組織を壊滅させ、赤兎馬たちが違法奴隷にされた子供たちを解放した。


ちょっとした町の観光でどうしてこうなった。

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