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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
109/114

107 「雷馬、白狼、黒は相見える」

没サブタイ「雷馬、白狼は不浄の地下を駆け、全てを呑む黒が不浄の底から現る」





 人攫いのアジトの地下で月影たちが監禁されていた子供たちを解放していると、上が俄かに騒がしくなる。


「―――!!」


「―――ッ!?」


 上の一階からドタドタという足音だけでなく、男たちの怒声がし、何かが倒れる物音がする。ただ事ではない様子だった。


「おや、バレてしまいましたかね? 」


 鍵が見つからなかったので檻を1つ1つこじ開けていた月影は、その手を止めて上を見上げる。子供たちが怯えるので大人しく伏せていたポチも耳を立てて、顔を上げた。


「ポチ、僕は引き続き檻を開けていくから、外のゴロツキの相手は頼めるかい? 」


「わふっ」


 控えめに鳴いたポチは、のっそりと立ち上がった。


「ひっ……! 」「ひぅっ」


 子供たちから怯えた声が漏れる。人攫いの男たちのように襲われるかもしれない不安が子供たちの間に浸透していた。目があって半泣きになる子供にポチは寂しそうに耳を伏せた。







 ポチが一階に上がると、十数人の男たちが床に転がっていた。


「わふ? 」


 前に地下に連れていかれる時に見た光景と違うことに、ポチは首を傾げる。周りを見渡すと、テーブルや椅子も倒れて転がっていた。



 誰かが争ったのだとポチが気づいたのと、その存在に声をかけられたのは同時だった。


「む? 何故ここにポチがおるのだ? 」


「うぉん! 」


 赤兎馬に気づいたポチが鳴くと、赤兎馬が脇に抱えていたものが動いた。


「おわっ、魔獣!? なんでこんなとこにいんだよっ」

 

 赤兎馬が子供を脇に抱えているのに気づいたポチは、首を傾げた。

 

「わう……? 」


「違う。この子供は攫ってない。拾ったのだ」


「わふっ! 」


「いや、そうではない。儂がちょっと手を貸してやっているだけだ」


「わふ? 」


「攫われた仲間を助ける手伝いだ」


「わふっ! 」


「手を貸してくれるのは助かるが、いいのか? 」


「うぉん! 」


 赤兎馬は、感謝を伝えるように力強く鳴いたポチの頭をぐりぐりと撫でた。



「おい、おっさん! その魔獣と知り合いなのか!? ってか話が出来んのか!? 」


 赤兎馬に抱えられた灰髪の少年が、やばそうな魔獣であるポチと会話をする赤兎馬に話しかけるも全く相手にされていなかった。


 少年は、赤兎馬に憤慨していた。

 手助けをするといって自分を攫い、情報収集といって人攫いの組織に再襲撃をかますような赤兎馬の行動とたった一人で片手間にアジトを制圧してしまう圧倒的な力に、少年は呆気に取られた。この力なら、自分の仲間を救う力になるのではないかと希望を抱いた。


 しかし、自分をまるで物のように小脇に抱えて持ち運び、何を言っても相手にしない扱いには我慢ならなかった。放せと叫ぶ少年の抗議が通ったのは、ポチの案内で地下室に降りることになってからだった。


「無視すんじゃねーよ、おっさん!! 」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「おや、こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 地下で檻をこじ開ける作業を続けていた月影は、ポチの後ろに赤兎馬の姿を見て目を見開いた。


「お互いにな。面白そうなことに首を突っ込んでいるようではないか」


「思っていたようなのとは違う結果になりましたけどね」


 こんな事態になったのはイレギュラーだと、月影は肩を竦めた。



「それで、どうしてここに? 何か面白いことでも嗅ぎつけてきたのですか? 」


「うむ。退屈しのぎによい感じのものをな」


 赤兎馬の傍にいる灰髪の少年に目を向けた月影の問いかけに、赤兎馬は頷いた。月影は、解放された子供たちの中から誰かを探す素振りを見せる少年を見て、何となく事情を察し、少しを眉を潜めた。


「あんまり趣味がいいことではないですよ」


「戯れに首を突っ込むのは、儂の性分だ。それに、主も大概じゃろ」


 月影は苦笑を浮かべただけで、その言葉を否定しなかった。

 




 月影と赤兎馬が談笑し、ポチが解放された子供と距離を詰めようとしている中、灰髪の少年は地下に監禁されていた子供の中から仲間の姿を探していた。


 一度自分だけで襲撃をした時は、地下の存在に気づかず、悪戯に人攫い達を刺激して逃げることしかできなかった。だからこそ、仲間の影を探していた。もしかしたら、商人に売られることなく地下に監禁されたままなのではないかという淡い希望を見てしまった。



 しかし、悪魔は何一つ嘘を言っていなかった。監禁されていた子供の中に仲間は誰一人いなかった。



「……ッ! 」


 一瞬でも希望を見てしまった少年は、自分の身にのしかかる絶望の重みを感じて、顔を歪めた。


あやつ(悪魔)の言う通り、お主の仲間はもうここにはおらんかったようだな」


 そんな時に赤兎馬のわかりきったような態度は、少年の神経を逆撫でした。少年が赤兎馬をキッと睨みつけるも、赤兎馬は飄々とした態度を変えなかった。むしろ、愉快そうに口角をつり上げた。



「そう睨むな。組織の頭に売った商人の居場所を直接聞こうと思うていたが、ポチに出会えたのは好都合だった。あやつの鼻の良さなら商人の居場所を突き止めるくらいわけない。約束通りお主の仲間を助けるまでは手を貸す」

 

 当てにしていたボスは、このアジトには残っていなかったが、赤兎馬はすでに人攫いのボスなど気にもかけていなかった。少年の仲間たちの元までの道案内は、ポチがいれば十分だった。



「勝手に動いてしまっていいんですか? 」


「何、これも人助け。訳を話せば、村長なら許してくれよう」


「天狐や小鴉もそうだといいですね」


「……まぁ、その時はその時だ。それくらいの刺激がなければつまらんではないか」


「はぁ」


 人助けを理由にひと暴れするつもりでいる赤兎馬に月影は半眼を向けるが、赤兎馬が気にした様子はなかった。そして、そんな会話をする2人の隣では軽自動車サイズのポチが、少年の匂いをしきりに嗅いでいた。



「おい、いい加減この魔獣を止めてくれ! あんたの仲間なんだろっ」


 自分の手のひらよりも大きい鼻がぼさぼさの髪に押し付けられて、少年は悲鳴をあげていた。


「お前の体に残っている仲間の匂いを探しているところだ。大人しくしていろ」


 少年の仲間が使っていた物が手元にないせいで、出会ったことのない少年の仲間の匂いを他の子供から探り出そうとしているのだから、ポチをして時間がかかっていた。


 それからしばらくして、少年からポチが顔を離した。そして、すんすんと鼻を鳴らして地面の匂いを嗅ぎはじめたポチは、不意に顔を上げて、道の一方に向くと鳴いた。


「ウォン! 」


「どうやら見つかったようだな。月影、村長にはうまいこと言っといてくれ」


 赤兎馬は、灰髪の少年を小脇に抱えると、走り出したポチに並走するように走り出し、そのまま風のように走り去ってしまった。


「罰を受けることになっても、弁護までしませんからね」


 月影は、ため息をついてそれを見送った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ポチが嗅ぎ分けた臭いを辿っていくと、スラム街の地下水路に行き着いた。


「本当にここなのかよ。この先は下水道だぞ? クソとスライムしかいないぞ」


 地下水路に続く螺旋階段まで降りたところで、小脇に抱えられた少年が赤兎馬に問いかける。地下水路から漂ってくる悪臭に、少年は顔をしかめて鼻声だった。


「さてな。少なくとも子供を運ぶ時にこのルートを選んだのは間違いあるまい。後ろ暗いことをしている自覚はあるようだな」


 地下水路の錆びついた扉は壊れていたようで簡単に押し開くことができた。扉を開くと、むわっとした質感をもった悪臭が赤兎馬たちの体に纏わりつくように漂ってきた。これには流石の赤兎馬も不快そうに顔を顰めた。


「ムイにも……いや、月影も連れてくればよかったか」


 誰にでも成り代われる月影を誰に化けさせて、どうさせたいのかが容易に想像がつく悪辣なことを赤兎馬は思い浮かべる。だが、今から引き返して連れてくるのは億劫だった。


 仕方ない、と赤兎馬は、袖口で鼻を覆ってポチの後に続いて下水道へと足を踏み込んだ。



 下水道には壁に沿うように狭い通路があった。濁った水路の水位はその通路の高さの拳一個分ほどの差しかなく、頻繁に溢れていることを示唆するように通路には泥のようになったものが悪臭を放っていた。


「おえぇ……本当にこんな場所を通ったのかよ」


「口を塞いでおけ。余計に吐きたくなるぞ」


 げぇげぇとえずく少年に赤兎馬は忠告しながら、通路の床に注視する。そこには人が通路の汚泥を踏みしめかき分けた痕跡が残っていた。人がここを利用しているのは間違いなかった。



 先頭を行くポチは、嗅覚が鋭いにも関わらずここの悪臭を気にした様子はなかった。しかし、臭いの識別には苦戦しているようで通路をしきりに嗅ぎ、少年の仲間の痕跡を探していた。



 下水道はスラム街に留まらず都市の地下をまるで網目状に分岐して広がっている上に、どうも脛に傷のある者たちの隠し通路として多用されているようで人の通った痕跡だけでは追跡することはできなかった。


 そのため、赤兎馬や少年の意思には反して、その歩みはゆっくりとしたものだった。




「こりゃ敵わんな」

 

 改めて言うまでもなく下水道の空気は最悪に近く、体の隅々、毛の一本にまで悪臭が染みついてしまいそうな劣悪な環境だった。一秒でも早くここを出たいのに出れないジレンマに、赤兎馬の口から泣き言が思わず零れた。




 そんな時、不意に幼い少女の声が下水道に響いた。


「ポチ? 」


「わう? 」


 名前を呼ばれたポチが顔を上げて、声のした方である水路の方に顔を向ける。その水面には、何やら艶のある黒いものが浮かんでいた。いや、浮かんでいるというよりは沈んでいる何かの一部が水面に出ているようだった。


 カケルが見れば、黒いゴミ袋みたいと言いそうなそれは、不意に水面から飛びあがった。汚水の飛沫をあげて、べしゃりとポチたちの前に落ちた。


 ポチと赤兎馬は、出てきたそれよりも散った汚水に注視し、身のこなしで飛び散った汚水をすべて避け切った。そして、ひとつため息をついて出てきた黒いものを睨みつけた。


 出てきた黒いものは形が変わって黒髪の色白な少女の姿へと変わっていた。水路から出てきたのは、ムイであった。


「もうちっとマシな出方はなかったのか。汚いではないか」


「わふ! 」


「ごめんなさい? 」


 ムイの行為を2人が抗議すると、ムイはこてんと首を傾げながらも謝った。ムイ自身は、何故咎められたのか理解できていないようだった。


「……まぁ、よい。どうして、お主はこのような場所にいるのだ? いや、聞くまでもないな。食事か? 」

 

 赤兎馬の問いかけにムイは、コクンと頷いた。


「ん。セレナに水路の掃除、頼まれた。食べ進めてたらここに行き着いた」


「セレナの頼みということは精霊絡みか……確かに精霊が棲むには、ここらの水はちと汚いな」


 赤兎馬は水路の水を一瞥し、さもありなんと頷く。水精霊は、本来飲み水にできる程度に清らかで、魔力が溶け込んだ水を好む。水精霊自身、そういった好ましい環境に変える力を有しているのだが、その力は井戸の水を清潔に保つのが精々で、都市中の下水を浄化するなんてことはできなかった。


「しかし、ムイにとっては、極上の餌場というわけか」


「ん。豊富」


 ムイは、お腹を擦って頷く。そして、徐に通路に落ちていたものを掬うと、ポチと赤兎馬に目を向け、それを差し出した。


「ポチと、赤兎馬も一緒に食べる? 」


「いらん! 」「ウォン! 」



赤兎馬「事前報告? このような些事、別に済んでからでも構わんだろ(確信犯)」

ポチ「この子の仲間が攫われたの!? なら僕も手を貸すよ!(カケルに報告する考えすらない)」

月影「知りませんよ(他人事)」

ムイ「おいちい(食べ歩き)」



大変遅くなりました。

就活の時期となりまして、そちらに忙殺されておりました。しばらく更新速度は、がた落ちすると思います。ご了承ください。


今話は、それぞれ別行動をとっていた仲間が合流する話だったので、難産でした。

行方不明のムイをどう登場させるかで、悩みました。


水精霊の浄水作用のイメージとしては、浄水器の濾過です。より力のある水精霊ほどこの力が強いです。最下級の精霊だとそれこそ一般家庭の蛇口につける浄水器レベルの浄化能力です。


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