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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
107/114

105 「飄々と駆ける雷馬」


 レオンの一件で、カケル達がバタバタしている頃、別行動を取っていた赤兎馬は、市場での観光をほどほどに、スラム街をぶらぶらしていた。市場から出てはいけないと言われていない。というのが、赤兎馬の言い分である。


 適当な時間に戻れば問題なかろう、と高を括っていた。


「……しかし、この辺りは随分と寂れているのだな」


 柄なしの赤茶けた着物を着流した赤兎馬は、異臭漂う小汚い路地を歩きながら見渡す。廃材で作ったような歪な掘っ建て小屋が乱立し、複雑に分岐した路地を作り出していた。時折、見かける石造りの建物も廃墟のようにボロボロだった。


 見かける人の目はギラギラと飢えた獣のように危うい光を放っているか、全てを諦めたような生気のない目をしていた。昼間から路上で酒に溺れている者もいた。


 活気のあった市場とは違い、ここは澱んだ空気が漂っていた。


「訪れる場所を間違ったのかもしれぬな」


 人の負の気配が強いせいで瘴気の濃度も濃く、聖気を好む霊獣に属する赤兎馬からすれば、あまり居心地のいい場所とは言えなかった。


「戻るか」


 そう判断して、踵を返そうとしたところで、赤兎馬の鋭敏な聴覚が争いの声を捉えた。


「ふむ……それを見てからにするか」


 野次馬根性が強い赤兎馬は、聞こえてきた方角に顔を向けると、その現場へと飛んだ。



 スラム街の上空を一条の青白い雷が走る。青白い雷が掘っ建て小屋の屋根に落ちたかと思うと、そこにはいつの間にか赤兎馬が立っていた。



「クソガキがぁ! 待ちやがれ! 」


 赤兎馬が体に帯電する青白い電気を払うかのように服の表面を叩いていると、男の野太い怒声と物音が近くで響いてきた。


「ふむ。ちょうどいい位置だったか」


 しゃがんで下を覗いた赤兎馬は、数人の男たちから逃げている灰髪の少年がこちらへと向かってくるのを見て呟く。


 薄汚れた姿の灰髪の少年は、すれ違い様に路地に積まれた廃材や木箱を崩して男たちの妨害を行いながら走っていた。少年が路地の途中の分かれ道で曲がる。それに合わせて赤兎馬も先回りするように屋根の上を移動して後を追う。



 男たちの方が足は早いようだったが、少年の方がこの辺りの道を熟知しているようだった。障害物で男たちの妨害を行いつつ、巧みに分かれ道を利用して逃げていた。


「いい逃げっぷりだ」


 赤兎馬もその逃げ足には感心したように声を零した。


 しかし、男たちはよっぽど少年にご執心のようで、いくら距離を離されても執念で食らいついていた。



 それでも少年の方が一枚上手だった。



 男たちからそれなりの距離を取ったところで、少年は曲がり角を曲がった直後にあった生ゴミの詰まった麻袋の山に素早く体を潜り込ませた。そして、男たちが追い付くよりも早く潜り込むのに成功すると、数メートル先の山積みにされた廃材を風魔法でわざと崩した。


 がらがらと音を立てて廃材が崩れていく。


 ちょうどその時、男たちが曲がり角に差し掛かり、崩れ落ちていく廃材に目が向けられた。今までの行いからそれが少年の妨害だと思った男たちは、その先に少年が逃げて行ったと疑うことなく信じた。


「クソガキがぁ! 逃がさねぇぞ! 」


 先頭を走る男が怒声をあげながら、路地を塞ぐ廃材の山を飛び越えてかけていく。後続の男たちもそれに続いていった。


「ふむ。終わりのようだな」


 争いの終結を悟った赤兎馬は、腰を上げた。赤兎馬が見下ろす視線の先では、路地のゴミ山が動き、そこから灰髪の頭が覗いたところだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 周囲をキョロキョロと見回した少年は、男たちが去ったことを確認するとゴミ袋の山から這い出てきた。少年は周囲を警戒しながら、男たちが去って行った路地とは反対側の路地へと向かおうとした。



 しかし、それを遮るようにローブで顔を隠した男が少年の前に現れた。


「そこまでだ」


 少年が咄嗟に踵を返そうとすると、男の上げた手から黒い魔力弾が放たれた。

 放たれた魔力弾は、少年の横を通り過ぎて背後のゴミ山に着弾し、吹き飛ばした。


 吹き飛んだ生ゴミが空から雨のようになって少年に降り注ぐ。


「逃げようとしたら、次は足を吹き飛ばすぞ」


 冗談ではないというかのように、少年に向けられた男の手の先で魔力が収束し、新たな魔力弾が形成される。


 少年は、目の前に突き付けられた魔力弾に体を強張らせる。しかし、ローブから覗く男の赤褐色の腕に気づくと、男の方を見てキッと睨みつけた。



「お前は……! 俺の……俺の仲間をどこにやった!! 」


「お前……あの時のガキか」


 男は最初、少年の言葉が分からないようで首を傾げる素振りを見せたが、改めて少年の顔を見て、思い出したようだった。


「あいつらならとっくに商人に売り払われてる。無駄足だったな」


 そう言ってから男は何かに気づいたかのように声をあげた。


「ん? おい、ということはなんだ? お前は仲間を助ける為にうちのアジトに一人で襲撃してきたのか? 」


「そうだ! 」


 男の問いかけに少年が即答すると、男は堪え切れずに哄笑を上げた。


「クハハハッ!! こいつは傑作だ! なんて命知らずなガキだ! お前もうちのボスの恐ろしさを知ってるだろうに! 」


「うるさい! 今あいつらはどこにいる! 」


「んなこと知るかよ。クククッ。俺はお前みたいな奴は好きだぜ。酒を奢ってやりたいくらいだ」


 ひとしきり笑った男は、先程よりも砕けた口調になっていた。


 しかし、少年に向けられた手は下ろされていなかった。


「だが、悪いな。これも契約なんだ。お前を見逃すことはできない」


 残念だ。といった様子で男は、冷たく少年を見据える。


「ボスにはお前をなるべく生かして連れてこいと言われたが、アジトに連れ帰ったらどうせ拷問かリンチに合った上で殺されるだろ。だから、俺が今ここでお前を殺してやるよ。安心しろ。頭を吹き飛ばしたら、痛みも感じねぇよ」


「ッ!! 」


 足を狙ってやや下に向けられていた男の手が少年の目の高さまで上げられる。顔に魔力弾を突き付けられて、少年は後退る。


「あばよ。恨んでくれて構わないぜ」


 男の手から魔力弾が放たれた。直後、少年と男との間に青白い閃光が生じる。魔力弾が何かに直撃し爆発した。爆風が吹き荒れた。


 そんな中でローブの男の行動は迅速だった。

 閃光に一瞬目を眩ました素振りを見せたが、それで怯むことなく一歩踏み込み、魔力弾の衝撃も意に介さず、拳を振り抜いた。


 だが、その拳は半ばで何者かによって受け止められた。受け止められた衝撃で、巻き上がっていた土埃が吹き飛ばされた。


「お前、何もんだ? 」


「なに、ただの通りすがりの野次馬だ。面白い見世物を見せてもらったのでな。出しゃばりにきた」


 少年との間に割って入る形で、ローブの男の拳を手で受け止めた赤兎馬は、飄々と名乗りをあげる。

 

「ふざけてんのか? 」


「ふざけていうことなのか? 」


 男の拳をギリギリと掴んだまま赤兎馬は惚けたように問い返す。


「面白ぇ! なら、ぶっ倒してどこのどいつか吐かせてやる! 」


 手を振り解くことを諦めた男は、もう片方の手を赤兎馬に突き付けて魔力弾を放った。


ドン! ドンドンドン!


 高濃度の瘴気を含んだ魔力弾を連続で四発、至近距離で放たれた。



 赤兎馬の後ろで腰を抜かしていた少年は、その光景に唖然とした。


「嘘だろおい……至近距離だぞ。上級悪魔かよあんた……」


 男は、傷一つない赤兎馬を信じられないといった顔で見る。

 至近距離で魔力弾を放てば、顔を庇うために少なくとも手は放すだろうと高を括っていた男は、ノーガードでノーダメージに見える赤兎馬の姿に唖然とする。それを他所に赤兎馬は魔力弾の余波で露わになった男の素顔を見て納得したように頷く。


「ふむ、やはり悪魔だったか」


 どこまでも飄々とした赤兎馬に、男は少し毒気を抜かれた顔になる。


「まぁ、な。隠すつもりはなかったが、この姿だと騒がれるからな」


 男は赤褐色の肌を晒し、露わになった頭からは節くれだった双角が後ろに伸びていた。



「で、そういうあんたこそ誰なんだ。どう考えても純粋なヒューマンじゃねぇだろ」


「そうだな。今はこんな身なりだが、ヒューマンではないな」


 赤兎馬は人でないことを認めつつも自らの種族に対しての明言を避けた。この領地で自分の種族を安易に口にするのは面倒事の元だとこの旅の間に学んでいた。


 赤兎馬が自身の種族を明かす気はないと勘づいた男は、内心で舌打ちをする。


「(まったく、得体の知れない爺さんだな……)」


「ところで、そこの子供の仲間を攫って売ったようなことを言っていたが、本当なのか? 」


「あん? それがあんたに関係あるのか? 」


「ないことはないだろう。助けた子供に関することだ」


 それはないに等しいだろ。と思ったが、口には出さなかった。代わりに男は条件を口に出した。

 

「いつまでも握っている俺の手を離してくれたら答えてやるよ」


「ふむ。いいだろう」


 条件を出されると、赤兎馬はあっさりと男の手を離した。


「なんか調子の狂う爺さんだな……ったく、口約束とはいえ契約だ。答えてやるよ。答えは、YES(イエス)だ。そこのスラム街のガキのグループを襲って、攫って商人に売り払ったのは俺たちがやったことだ」


 赤兎馬の背後で、ギリッと奥歯を噛む音がした。赤兎馬が背後を一瞥すると、少年が血涙を流しそうなくらいの形相で男を睨みつけていた。その少年は男の目にも映っていたが、男は無視して話をつづけた。


「まぁ、俺自身は襲撃の時の付き添いについてったくらいしか関わってないけどな。雇われの身に近いんで普段は用心棒をしてるくらいしか仕事はないんだ。まぁ、そこのガキが一人でうちのアジトに襲撃して逃げたせいで俺に仕事が回ってきたわけだが」

 

「なるほど……」


 男の話で、先程までの逃走劇の背景が把握でき、赤兎馬は納得したように頷いた。そして、その上で男へと問いかけた。


「それで、引く気はあるか? 」


「ハッ、悪いがこっちも契約で動いてるんだ。戦わずに引けるかよ」 


 得意の魔力弾の至近距離での連射ですら傷つけることができなかった相手とこのまま戦ったとしても勝てる気はしなかった。だが、だとしても戦わずに引くことは男にはできなかった。



「そうか……」


――できるだけ穏便に済ませたかったのだがな。



 そうか、の後に続く言葉を男が理解することはできなかった。



 不意に赤兎馬が現れた時のような青白い閃光が男の眼前で生まれた。直後、男は後方へと吹き飛んだ。路地に面していた掘っ建て小屋の壁を突き破って、男は赤兎馬たちの前から姿を消した。




 男が胸に掌打を叩き込まれたのだと知ったのは、少年を探していた男たちが元は掘っ建て小屋だった瓦礫の山の中から男を助け出した後だった。



「悪魔ならあれくらいで死なんだろ」


 男を一撃で場外へと張り飛ばした赤兎馬は飄々とそう言ってのけ、背後の少年へと目を向けた。地面に腰をつけたまま目を庇うように腕を上げていた少年は、ぽかんとした表情で赤兎馬を見ていた。



「ついでだ。お前の攫われた仲間を連れ戻すのに一時だけ手を貸してやろう」


 少年に対し赤兎馬は一方的にそう告げると、少年を小脇に抱えた。


 騒ぎを聞きつけて戻ってきた男たちを尻目に、少年を抱えた赤兎馬は、虚空を踏みしめて屋根の上へと駆けあがってその場から逃げ出したのだった。





この場面は、時系列的にタマがレオンを見つけた辺りです。


さて、別行動を取っている仲間は、あと何人?


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