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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
104/114

102 「消えた少年、探す新兵」



 生まれて初めて訪れた町は、村よりもはるかに大きくて、人でいっぱいだった。まだルズール村がルズール村だった時では、ほとんど見かけることはなかった異種族の姿もちらほらとあった。


 いろんな物を売っているという市場は、僕が想像してい以上にいろんな物を売っていた。それを買いに来た人で通りが溢れかえっていて、そこは活気で満ちていた。


 村から生まれて一度も出たことのなかった僕にとっては、市場で売られている物はどれも物珍しかった。


 もっとじっくり眺めていたかったけど、一緒に回っているレナお姉ちゃんたちの歩きは速かった。

 レナお姉ちゃんからは、絶対に逸れないように、と口酸っぱく言われていたし、お守りとして同行している兵士の人がこちらをじっと見てきているので、僕は、後ろ髪を引かれる思いで、先を行くレナお姉ちゃん達の後を追おうとした。



 だけど、運悪く、僕の行く道を分断するように人の波が押し寄せてきて、僕はそれに呑まれてしまった。アッシュと違って、小柄で体のひょろい僕はその流れに抗って前に進むことはできず、その場に留まって人の波が過ぎ去るのを待つことくらいしかできなかった。



 ブチッ。


 

 その最中に革袋を提げていた腰の辺りから嫌な音がしたのを僕は感じ取った。


 まさか、と思って手を腰にやると、革袋の紐が半ばから切れて、革袋がなくなっていた。



 革袋には、操紫がくれたお小遣いだけでなく、道中にもらったエヴァを模した宝石人形も入れいていた。


 あれは、失くしたくない宝物だった。



 宝物が手元からなくなった焦りを感じながら、人混みで視界の悪い中で周りを見回していると、人混みの向こう側でさっき僕にぶつかったみすぼらしい男の人が僕のにそっくりな革袋を懐にしまっているのが目に入った。


「あっ」


 待って!! それは僕のだ!


 そんな思いで僕が人を押しのけて男の人に手を伸ばそうとしていたら、男の人と目が合った。男の人は、こっちを見て嘲笑った笑みを一瞬浮かべた気がした。


 男の人は、露店同士の僅かな隙間に体を滑り込ませて、奥の路地へと消えた。



 僕も遅れて、男の人を追ってその路地へと足を踏み入れた。



 レナお姉ちゃんとの約束を気にする余裕は、僕にはなかった。









 村で最近運動をしていたのが功を奏したのか、僕は男の人を見失う前に追いつくことが出来た。


「待って、待ってください。それ、僕のです」


「あん? 何言ってんだこのガキ」


 息も絶え絶えに僕が言うと、男の人は億劫そうに振り返って惚けた顔をした。


「おじさんがさっき懐に入れた革袋、僕のです。返して」


 僕の続けた言葉でも男の人は、惚けた顔を続けた。それどころか、指摘する僕を嘲笑うかのように笑った。


「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞクソガキ。お前の革袋なんか知るかよ」


「嘘つき! 僕さっき見た! おじさん、嘘つき! 人の物を盗ったらダメだって村長も言ってたぞ! 」


 まともに取り合おうとしない男の人に頭が来て、声を張り上げて僕は主張した。



 そうしたら、男の人は認める気になったのか苛立たし気に舌打ちをしてから懐から僕の革袋を出した。


「お前のってのは、これか? 」


 男の人の問いに僕はコクコクと無言で頷く。そしたら、男の人は「ほら」と言ってぞんざいに僕の革袋をこっちに放り投げてきた。




 放り投げられたそれを受取ろうと、僕は注意を革袋を向けた。


「――馬鹿が」


 男に蹴られたのだと気付いたのは、地面にこけてからだった。


 

 地面に転がったまま突然蹴られたことに戸惑っていると、続けて振るわれた男の蹴りが僕のお腹に入った。


「ピーピー、うるせぇんだよクソガキ。盗られる方が、悪いん、だよっ。クソがっ! 」


 男の怒声と共に蹴りが何度も僕のお腹に振るわれた。男が僕に向けてくる暴力と悪意が怖くて、僕は身を縮めさせてされるがままに蹴られ続けた。


 ひとしきり、僕のお腹を蹴った後、男は僕を足で転がして仰向けにした。涙を浮かべた僕を上から見下ろし、僕の頭の上に足を置いて、ぐりぐりと僕の顔を地面に擦りつけるように踏みにじられた。その時に見えた男の顔には、嗜虐の色が浮かんでいた。


 悔しくて、僕は唇を噛み締める。


 情けない。アッシュだったら反撃してただろうに。


 臆病で、この程度のことで動けないでいる自分が情けなかった。



 男は、僕の頭を踏んで抑え込んだまま仲間を呼んだ。呼ばれてきた2人の男の人とその場で僕の手足を荒縄で縛り、口に布を噛ませて縛つけた。


 今更になって、僕は拘束から逃れようと暴れたけど、大の男3人の力を振り切ることはできなかった。


「悪い大人にのこのこついてきたことを後悔するんだな。クソガキ」



 袋を被される前に見た最後の光景は、情けない僕を嘲笑う男の顔だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 護衛対象のレオンが市場から姿を消したのに真っ先に気づいたのは、ヘイムだった。


 レナたちに合流しようとしたレオンが人波に呑まれてから行方不明になったことで、護衛についていたヘイムは大いに焦った。


(えっ、えっ。ちょっと待って! さっきまでそこにいたよね!? まさかさっきの人混みに流されて!? )


 ヘイムは、ババッと視線を彷徨わせてレオンの姿を探すが、市場のどこにもレオンの姿はなかった。


「すいませんっ! さっきそこにいた緑髪の少年を知らないですかっ!? 」


 なりふりかまわず、近くの露店の店主に尋ねて回ると、露店で買い物をしていた主婦が知っていた。



「その子なら、さっきそこを抜けて路地に入っていったのを見かけたよ」


「そうでしたか。ありがとうございます! 」



(どうして路地に? とにかく、早く見つけて連れ戻さなきゃ! )


 レオンの迷子を自分の失態だと思い込んでいたヘイムは、上司であるニダロ兵長に報告することも忘れて単身で路地へと入って消えたレオンの後を追った。






「まずいな……」


 消えたレオンの姿を追って路地の奥へと進むヘイムは、路地の様相が粗雑になり、悪臭が漂い始めてスラム街のそれに変わり始めたことに苦虫を潰したような顔になる。


 子供がスラム街に迷い込んだだけでも問題はあるが、今は特に時期が悪かった。


「人攫いにあってなければいいけど……」


 そうぼやきながら路地の角を曲がったところで、道の先で見すぼらしい姿の三人の男たちを捉える。男の一人が子供が一人入れそうなくらいの麻袋を背負って歩く姿が印象的だった。



 男が背負うマアサで編んだ麻袋は丈夫で、物を入れたり、土を詰めたりと幅広い用途で普及しているので、それ自体を背負っていることにヘイムは、疑問を抱かなかった。


 しかし、その中身がまるで生きているようにもぞもぞと動いていては、話が別だった。


「おい! お前たち、何を背負っている! 」


 ヘイムが怒声をあげて男たちを誰何するのと、男たちが全力で走り出したのは同時だった。


 最早、条件反射と言っていい程の見事な反応で、振り返って確認するよりも先にその場から逃走を始めた。


「やっぱり、人攫いかっ! 」


 反応からしてクロであり、その身なりと動きからスラム出身の人攫いだとヘイムは当たりをつける。


「あっ、まてっ! 」


 孤児院出身で、一時期はスラム街にいたことさえあるヘイムにとって、人攫いという人種は、ただでさえ許しがたい存在であったが、その背中に背負っているのが護衛中の子供の可能性が高いとなれば、みすみす見逃せるはずがなかった。


 ヘイムは、逃げ出した3人の後を追って、スラム街と変わり始めた路地の奥へと進んだ。



 スラム街に変わり始めたことで路地は狭くなり、壁は廃材を利用したようなチグハグなものになり、路上に瓦礫のような障害物が目立ち始める。


 葉の葉脈のような細かい道の分岐も増え始め、男たちはそれら地の利を巧みに利用して、追手のヘイムを撒こうとしてきた。


「舐めるな……! こっちだって、元を辿ればスラム出身だっ! 」


 しかし、末席とはいえ貴族出身のザッツリーと比べて育ちのよくないヘイムは、スラムの路地には慣れていた。



「しつけぇ、兵士さんだな。クソがッ! 」


 男の一人が悪態を吐きながら振り返ったかと思うと、路地に転がっていた生ゴミの入った麻袋をヘイムに向って蹴り上げた。


「――風よ 荒れよ!【ブラスト】」


 男の手から突風が吹き、蹴り上げ巻き上げられた生ゴミが風に乗って、ヘイムに殺到した。


「うわっ!? 」


 思わず、ヘイムは顔を腕で覆って立ち止まる。




 風が治まった頃には、男たちの姿はどこにもなかった。




「最悪だ……」


 この失態をどう報告すればいいのか。

 男たちを見失ったヘイムは、体中から悪臭を発しながら青い顔で頭を抱えるのだった。


【ブラスト】

風魔法に属する呪文。

ごく初歩的な呪文で、非殺傷の一時的な強風を生み出す。上手く使えば、目くらましに使える。


悪戯小僧御用達の呪文。別名『悪戯な風』



もうちょっと、カケル以外の視点が続くと思います。

新機能の誤字報告の受け付けをできるようにしました。よろしくお願いします。

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