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魔王の村長さん  作者: 神楽 弓楽
三章 
103/114

101 「自由過ぎる村人たち」


 傭兵ギルドを出ると、ポチがピクンと耳を動かして明後日の方角を見た。


「肉! あっちから肉の焼ける匂いがする! 」


 すんすんと鼻を鳴らしたポチは匂いのする方角に指をさし、興奮気味に操紫の袖を引っ張った。子供の姿になっているとはいえポチの力は操紫よりも遥かに強い。ポチが操紫の袖を乱暴に揺する度に、操紫の体は片足を浮かばせてガクガクと揺さぶられた。


「ポチ、おち、落ち着いてください」


 体を揺さぶられながら操紫が興奮するポチを宥めようとする。しかし、肉の匂いに意識が向いているポチの耳にその制止の声は届いていなかった。




 

「あっちは市場の方か……」


「ここの市場は、どういう市場なのにゃ? 」


「へぁ? 」


 ポチと操紫のやりとりを聞いていた新兵のヘイムが、なんとなくポチが指差す方角を見て呟くと、近くにいたタマがその呟きに反応した。すこぶる美人なタマから不意に声をかけられたヘイムの口からは、惚けた声が漏れた。


「あ、えっと、あそこの市場では日用雑貨や食料品が売られています。はい」


 すぐに自分の職務を思い出し、ヘイムは慌ててタマの質問に答えた。


「肉も売ってるのかにゃ? 」


「は、はい。歩きながら食べれる料理を売っている店もあるので、肉を焼いて売っている店はあると思います」


「なら、そこに食べに行きますかにゃー。ポチがもう限界みたいにゃ」


 別の場所に目を向けるタマの視線の先を追ってみると、ポチが操紫を引っ張りながら先に進んでいく姿があった。その姿は、小さい子供が大きなぬいぐるみを引きずって持ち歩いているようだった。


 どうやら肉の匂いのする市場へと向かうつもりのようだった。


 

 その後を追うべきなのか。連れ戻してくるべきなのか。

 案内人のオートンと護衛責任者のニダロ兵長は、置いて行かれている他の仲間たちに視線を向けながら、迷う素振りを見せた。


 しかし、仲間たちからすれば、基本的に団体行動を取るようにカケルから指示されている上にこのグループのリーダーである操紫は、ポチによって連れてかれてしまっている。ポチの強引さに苦笑しつつも、自分たちがついていくしかない、という反応を見せていた。


「ここから市場は歩いていけるような距離なのかにゃ? 」


「子供でもいける距離です。市場周辺の道は人で混むので、馬車から降りていた方が身動きが取りやすいと思います」


 タマの問いかけにヘイムが答えると、それを聞いていた仲間たちは、なら歩いていくかと歩き始めた。


 仲間たちがポチを追う選択を取ったので、オートンとニダロもその選択に従うことにした。オートンは、先導するために仲間たちより前に進み出て、ニダロはザッツリーとヘイムに指示を出した。


 

 2人に指示を出し終えたところで、ニダロは傭兵ギルドに停めっぱなしの馬車のことを思い出す。馬車をどうするのか聞くために、ニダロは近くにいたセレナに声をかけた。


「すまない。そなたたちの馬車はいかがなされる」


 ニダロにそう問いかけられたセレナは、「そう言えば」と今気づいた様子で頬に手を当てた。セレナがどうしましょうと困った様子で視線を巡らせ、最後尾ですりすりとすり足で歩いていたムイに声をかけた。


「ねぇムイ、あなた馬車もいけるかしら? 」


 セレナの具体性にかける問いかけにムイは首を傾げたが、セレナが「こうパクっとポーションみたいに」と身振りで表現すると理解を示して「できる」と短く答えた。


「なら頼めるかしら」


「ん」


 すぐに2人の間で話がつき、ムイが来た道を引き返して馬車を停めている場所へと向かった。

 ムイの正体を知らないニダロは、2人のやりとりについていけず、ムイとセレナの2人の間で視線が往復する。視線に気づいたセレナが、怪訝な顔をするニダロに対して微笑みかけた。


「大丈夫よ。馬車はムイが持ち運んでくれることになったから」


「それはどういう……」


 不思議なことを言うセレナの言葉の真意を問おうと口を開いたニダロは、その直後にムイが向かった傭兵ギルドの方で起きたどよめきに反応して、そちらに視線を向けた。


 そして、固まった。


 視線を向けた先で、カケル達が所有する2台の馬車に巨大な黒いスライムが覆い被さり、馬車を呑み込もうとしていた。


「なっ! 」


 思考の停止は、一瞬。

 瞬時に我に返ったニダロは腰の剣を抜剣しようと手にかけ、その手の上にそセレナの手がそっと重ねられた。


「大丈夫ですよ。あれはムイですから」


 何でもないことのように言うセレナの言葉よりもニダロの意識は、剣を持つ手に重ねられたセレナの手に向けられていた。


 狼人族の瞬発力でもって抜剣しようとした自分の動きをおっとりとした雰囲気を放つセレナが止めたことにニダロは驚いていた。重ねられた手に力は感じられないが、剣が抜けないようにしっかり押さえられていることに武の気配を感じた。


「ムイ様はスライムなのか? 」


「ええ、そうよ」


「先程まで黒髪の少女の姿をしていたと記憶しているが」


「村長との契約で人の姿を取ることができるのよ」


 セレナの言葉でニダロは今回護衛を任された一団が、この度ドラティオ山脈の向こう側にある村の村長に就任したカケルという魔物使いの配下と村人で構成されていることを思い出した。



 つまり、ムイというスライムは、そのカケルという魔物使いの配下ということなのだろう。


 そう理解したニダロは剣の柄から手を離した。しかし、その顔は不満を堪えた渋面をつくっていた。


「しかし、街中で突然あのようなことをされては困る。次に行う時は、一言私に伝えてください」


「ええ、わかったわ」


 セレナと約束をしたニダロは、セレナに先に向かうように伝えてからムイが起こした混乱を治めに向かった。





「まったく……護衛するのがこんな相手だとは聞いていなかったぞ」


 向かう最中に呟いたニダロの愚痴は雑踏の声に紛れて、誰の耳に届くことなく消えた。







 ポチが肉の匂いに惹かれて、操紫を引き摺ってまでして向かった市場は、ミシュラムの中で一番大きな市場だった。都市に暮らす住民という幅広い客層を対象にしているだけあって、市場では様々な商品が売りに出されていた。


 ポチが欲して求めた肉もまた市場の一角で、屋台料理としてさまざまな肉料理として売られていた。


「操紫、操紫! 肉! あれ、欲しい! 買って! 」


 よっぽど肉が食べたいのか、ポチは興奮を抑えきれない様子でガクガクと操紫の袖を揺すった。


「買います。買いますから、手を離してください」


 ここまで連れていかれただけでもう疲れていた操紫は、買うことを約束して解放してもらう。ポチに遠慮なく引っ張られた自前の燕尾服はヨレヨレだった。


 周囲の人からは、町民っぽい子供に連れ回された富裕層の紳士といった風に見られ、同情や嘲笑が混じった生温かい目が操紫に向けられていた。


 解放された操紫は、やれやれと言いたげに苦笑いを顔に浮かべながらずれたシルクハットを被り直し、よれよれの燕尾服の襟を正した。


 不思議なことに、操紫が襟を正して裾の皺を伸ばすように引っ張るとシワがしゃんと張り、千切れていたボタンが現れて、そのボタンで服を留め直した。


 自身の能力である【創造師】の力を少々使って衣服を整え直した操紫は、異国情緒ある服装の紳士に戻り、調子もまた取り戻した。


「それで、どの料理を食べますか? 」


「んー」


 問われたポチは、肉料理を売っている複数の屋台の間で視線を彷徨わせる。その表情は、難問に当たった研究者のような険しいものだった。ポチ一人では、いつまで経っても絞れそうにないので、操紫が助け舟を出した。


「食べれるのなら1品だけでなくてもいいですよ。そのためのお金は村長から頂いてますから」


 屋台の肉料理は、冒険者や日雇いの肉体労働者を対象としたものが多い。そのため、量が多めで値段は安めだった。

 カケルは、1人当たり金貨1枚を目安にお小遣いとして渡しているので、屋台の料理を2万食以上食べることにならない限り、金銭面での問題はなかった。


 食べれるだけ、という免罪符を操紫から与えられたポチの顔はぱっと晴れやかな笑顔を浮かべた。


「じゃあ、こっちからあっちまでぜーんぶ食べる! 」


 口から溢れてきたヨダレをごくりと呑み込んだポチは、指を目の前の屋台から十数軒先の屋台まで指して、にこやかにそう言い切った。


 操紫は、わかっていましたよと言わんばかりにため息をひとつ吐いて、懐から小銭を入れた革袋を出したのだった。






 操紫がポチに肉料理を片っ端から買ってあげていると、仲間たちが追いついてきた。


 もっきゅもっきゅと、大振りの串焼きを口いっぱいに頬張ってご満悦な表情で咀嚼するポチを見た仲間たちは、次いでポチが腕に抱えているものを見て苦笑を浮かべた。


「これはまたいっぱい買ってあげてるのにゃー……」


 ポチの腕には、骨付き肉やソーセージなどの屋台で変える肉料理がこれでもかと抱えられていた。


「なぁポチ、俺にも分けてもらえねぇか? 」


 ポチがあまりにもおいしそうに食べるので、アッシュが肉の誘惑に負けて頼んでみると、ポチは腕に抱えた肉料理の中から串焼きを一本アッシュへと分けた。


「うはっ、ありがとポチ! 」


 アッシュは、ポチに一言礼を言って串に刺さった大振りの肉に齧り付いた。しかし、すぐには噛み切れず、歯を立ててしばらく肉と格闘して、ようやく噛み千切った。その肉片を口の中で咀嚼しながらアッシュは、眉間に皺を寄せる。


 期待していた味とは違ったようで、リンダとローナが食べたがると残りを全部渡してしまった。


「んんー? 噛み切れない」


「んえ、獣くちゃい」


 リンダとローナの口にも合わなかったようだった。


「いらないなら、私がもらおうかにゃ? 」


「うん、どーぞ」


「ありがとうなのにゃ。んー、なかなか噛み応えがあっておいしいにゃ」


 子供たちの口には合わなかったが、タマの口にはあったようで、串焼きの残りは全部、タマの腹に収まった。


 他の仲間たちもソーセージや骨付き肉を少しポチに分けてもらったが、その感想は見事に分かれた。ポチやタマのように野生化でも肉を食らう仲間たちにはなかなか好評だったが、人間の舌に近い仲間たちからは臭みが強く筋張っていて食べにくいと評判が悪かった。



 普段から良いものを食べている子供たちや仲間たちの舌が肥えてしまい、懐に優しい分、味が二の次になっている屋台料理は口に合わなくなってしまっているようだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ポチの買い物がひと段落ついたところで、操紫はこれを機にと仲間たちに多少のお小遣いを与えた。


 今まで回ってきた場所と違って、市場は屋外で誘惑の多い場所なので、どうせはぐれるだろうと見越してのことだった。案の定、操紫からお小遣いをもらった赤兎馬が早々に姿を消した。



 操紫から金を受け取り、背を向けたかと思うと、赤兎馬の白髪混じりの金髪がパチパチと小さな音を立てて青白く帯電し始め、パチッ!という音と共に青白い電気だけをその場に残して姿を晦ました。




 エレナは、操紫に一言断りを入れてから市場のあちこちで売られていた工芸品に興味をもってあっちこっちにふらふらする頑冶について行った。


 ちなみに、頑冶は、先程の魔導具店で高い買い物をしたのでお小遣いを辞退していた。そのせいか、見て技を盗んでやると言わんばかりの真剣さと粘着さを見せて、店主たちに煙たがれた。付き添いのエレナは、そんな頑冶の代わりに店主に謝り、その店の小物を買っていた。


 露店に広げられた商品の中には悪品が混じっていることは多く、店主たちが言葉巧みにそれを売ろうとしていたが、エレナもまた一流の職人なので、悪品を掴まされるなどということはなかった。

 また、異世界で発展した技術を盗むのが目的なので、偽物や悪品ばかりを売っている性質の悪い店に2人が立ち寄る理由はなく、その手のトラブルは起きそうになかった。




「行かせてしまってよろしかったのですか? 」


「時間になったら、私から彼らに連絡致します。それよりも子供たちの護衛を引き続きよろしくお願い致します。迷子にならないように注意してあげてください。今後も何人かいなくなるかもしれませんが、子供たち以外は気にしないでください」


「……わかりました」



 自由過ぎる仲間たちに振り回されているオートンは、諦めた様子で操紫の言葉を受け入れた。





 操紫の言葉通り、操紫が子供たちと市場を見て回る途中から別行動を取り始める仲間もいた。


 月影は、子供たちの最後尾についてきていた筈なのだが、ちょっと目を離した隙に姿を変えたのか操紫たちの前から姿を消した。


 セレナは、水路の近くで現地の水精霊を見かけたので話がしたいということで行動を別にした。ムイもまたその時期に姿を消した。


 オリーは、野菜を売っている場所をもう少し見て回りたいと言って行動を別にし、オリーを1人にするのは、余計なトラブルを呼ぶということでアルフがそれに付き添った。


 肉料理をたらふく食べてご満悦のポチは、今度は市場で売られている物珍しい工芸品に興味を引かれてあっちへふらふら、こっちへふらふらしている内にいなくなった(迷子になった)



 これに困ったのは、ニダロたちだった。

 護衛対象が護衛である自分たちも気づかないうちに次々と行方をくらますので、操紫から探さなくてよいと伝えられていても気が気ではなかった。


 特に新兵のヘイムとザッツリーは、戻ったら兵長のニダロに罰を受けるのではないかと、この事態に戦々恐々としていた。なので、守れと言われた子供たちだけは絶対に見失わないようにしようと気張っていた。



 だからだろう。



 人混みに紛れたレオンの姿が一瞬のうちに市場から消えたのを、ヘイムはいち早く気づくことが出来た。


中学生の修学旅行並みに統制の取れない団体行動。間違いなく案内を頼まれたオートンや護衛のニダロたちは貧乏くじを引いてる。


・ムイが馬車を呑み込む行為

摩訶不思議な力に摩訶不思議な魔物がいる世界なので、兵士から説明されれば混乱が治まる範疇に収まってる。


仲間たちが自分の意思で姿をくらましたり、別行動を取る中、唯一迷子になるポチ。



19/02/18

改稿しました。

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