99 「村長と異世界の遊戯と食事」
※この話の後半では、以前の「とある兵士の日常」で登場した大きな芋虫のミッドピギーの料理が出てきます。食感などの描写が入ってますので、予めご注意ください。
ルミネアさんを誘った後、小鴉とゴブ筋を呼び寄せて集まった。
「して、どんな遊びをするのだ? 悪いが、妾は子供の遊びなんぞほとんど知らんぞ」
「恥ずかしながら某も……」
「かくれんぼと鬼ごっこという遊びならやったことがある」
ゴブ筋が厳かにそう言うと、小鴉とルミネアさんが揃ってゴブ筋を見た。
「……前に村でしていた遊びか? 」
「そうだ。村長から教わった」
ゴブ筋がそう言うと、2人とも今度はこっちを見てきた。
「それはどういう遊びなのだ? 」
ルミネアさんに説明を求められたので、前にゴブ筋に説明したように答えた。
「かくれんぼは、隠れる人と探す人に分かれて隠れた人を探す遊びです。鬼ごっこは、逃げる人とそれを追う人に分かれて追いかけっこをする遊びです」
「ほぅ。単純だが面白そうだな。それは、カケルのいたところの遊びなのか? 」
「えぇ、はい。昔からある遊びです」
そうだな。
鬼ごっこやかくれんぼは、小さい子でも何度かやれば理解できるくらいルールは簡単だし、きっかけとする遊びとしてちょうどいいかもしれない。
かくれんぼをやるには、中庭は隠れる場所が限られているからやるなら鬼ごっこかな。
ルミネアさんにそう提案してみたら、「うむ、面白そうだな」と賛成してくれた。ゴブ筋と小鴉もそれで構わないと頷いた。
「じゃあ、鬼ごっこのルールを先に教えときますね」
そう言って俺は、3人に改めて鬼ごっこのルールを教えた。
遠巻きにされていたけど、鬼ごっこに誘ってみると、子供たちは興味を持ってくれた。
しかし、ルールを教えていると、ちょっと想定外のことが起きた。
「それ、わたし知ってる! 『狩人と兎』っていうんだよ! 」
「僕も知ってる! 狩人の子が兎の子を追いかけるの! 」
「兎の子が地面に円を描いた巣の中に入ったら狩人は入ってこれないの! 」
「でも10数えるうちに出なかったり、他の兎の子が入ってきたら絶対に出ないといけないの! 」
「狩人に捕まったら兎は、小屋に連れていかれるんだよ! 兎が全員捕まったら狩人の勝ち! 」
「でも小屋の兎にまだ捕まっていない兎の子が触ったら一緒に逃げれるの! 最後まで逃げきれたら兎の勝ちなの! 」
どうやら似た遊びがこの世界にもあったみたいだ。話を聞いていると、鬼ごっこというよりは警察と泥棒に分かれて遊ぶケイドロに近いみたいだ。
どうする? という視線がルミネアさんから向けられる。
事前に打ち合わせをした分、このまま鬼ごっこをしたいけど、子供の中にはその『狩人と兎』っていう遊びのルールと混ざって混乱しそうな気がする。
仕方ない。
「そんな遊びがあるんだ。お兄さん、知らなかったなぁ。じゃあ、お兄さんからのお願いなんだけど、その遊びをお兄さんたちと一緒にしてくれないかな? 」
「うん、一緒に遊ぼ! 」
子供たちは、にぱっと顔を輝かせて応えてくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなわけで、『狩人と兎』を子供たちと遊ぶことになった。
やってみると、やっぱりケイドロみたいだった。幼稚園くらいの子供たちなので、もちろん手加減をして参加していたけど、子供たちの身体能力は思った以上に高かった。
ゴブ筋に追いかけられていた子が中庭に生えていた木を利用した三角飛びでゴブ筋の背後に回って振り切った時は驚いた。
しかし、流石に体力はまだまだなようで、10分くらいで子供たち全員の息が上がり始めて、様子を見ていたナタリーさんから終わりの合図が出た。
子供たちの息が戻るまでの小休憩を取った後の2回目からは、様子を見ていた子供たちとモグとラビリンスも新たに加わって一層盛り上がった。
そして、3回目の振り分けでは、こんな風になっていた。
・狩人:小鴉、ゴブ筋、カケル、子供×2
・兎:モグ、ラビリンス、ルミネア、子供×6
「ゴブキン! あっちに兎! 」
「了解した」
「キャー、ゴブキンが来た! 」
「よしっ、奴が小屋を離れた今のうちに妾たちは捕まった仲間を解放しにいくぞ! 」
「うんっ! 」
「某を忘れてはいないか? 」
「くっ、こ奴がこっちに来たか! 」
「あっ、マスターがお腹抑えて苦しそうにしてる! 」
「なにっ!? 」
「今だっ!! 」
参加している子供たちも全力で楽しんでいたけど、ルミネアさん達も熱が入っていた。
ルミネアさんは、積極的に子供たちと関わり、協力し合うことで仲を深めていた。というより、ルミネアさん自身もこの遊びを純粋に楽しんでいるようだった。
ゴブ筋は、狩人役の走り疲れた子を肩車して、その子の足代わりとなることで力をセーブしつつ、上手く子供と交流していた。
小鴉は、生真面目に力をセーブしつつ狩人の役目を全うしていたけど、ラビリンスの古典的なひっかけに引っかかってルミネアさん達に出し抜かれていた。仕掛けたラビリンス自身、まさか素直にひっかかるとは思っていなくてちょっとびっくりしていた。
こちらを見てくる小鴉になんともないよ、と苦笑しつつ手を振ってやったら、騙されたことに気づいた小鴉が目を細めてギラリとした眼光をラビリンスに向けた。
「ぴぃ!? 」
まだダンジョンで小鴉に脅されてから間もないラビリンスは、その鋭い眼光に射抜かれて蛇に睨まれたカエルのようにその場から動けなくなっていた。
小鴉に捕まったラビリンスは、襟首を掴まれて連行されていき、ルミネアさん達によって解放されて空っぽになった地面に円を描いた小屋の陣地の中に放り込まれていた。
「はい。捕まえた」
「あー! 捕まっちゃたー」
その間に俺も逃げていた子供を一人捕まえた。全力で逃げていた子供は、捕まった途端にその場に座り込んでしまった。すぐに立てそうになかったので、その子を抱っこして小屋まで運んであげた。
小屋まで戻ると小鴉が申し訳なさそうに立っていたので、どんまいと言って肩を叩いてやった。
それから遅れて、ゴブ筋が両手に一人ずつ兎の子供たちを抱き上げて小屋にやってきていた。
その後も捕まえては解放される一進一退の攻防を続いた。
そして、参加していた子供たちの体力が力尽きるころに様子を見ていたナタリーさんの終わりの合図がかかって、兎が勝利した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの遊びは実に楽しかったな」
遊びが終わると、ルミネアさんはいい汗をかいたとばかりに笑っていた。
最後の方は、兎のルミネアさんと狩人の小鴉で高速の攻防を繰り広げていたので、確かに楽しめたのだろう。その攻防は参加していた子供たちだけでなく、外野の子供たちにも受けて、中庭は大盛り上がりだった。
おかげで、その攻防戦を行った小鴉は、子供たちからヒーローのようなすごい人を見る目で囲まれていた。そんな子供たちの反応は、小鴉にとっては、どう接すればいいか分からない事態だったようで、動揺を隠すように口元の布を深く上げ直していた。
困っている小鴉には悪いけど、微笑ましいのでもう少し様子を見させてもらおうと思ってる。
一方で、ゴブ筋は、肩車をせがむ子供たちに囲まれていた。二メートルを超えるゴブ筋の肩の上から見える景色は子供たちにとって抗い難い魅力みたいだ。ゴブ筋は、普段から子供たちと接していただけあって慣れた様子で子供たちを順番に抱き上げて、肩車をしてあげていた。
最初こそ、その見た目から敬遠されるけど、ゴブ筋も随分と子供との距離の詰め方に慣れてきたなと思う。
ゴブ筋の努力と成長が垣間見えてちょっとうれしい気持ちになった。
モグとラビリンスは、遊びを通してより一層、子供たちと仲良くなったようで、モグが地面を隆起させて作り出したちょっとした遊具くらいの土くれのお城で遊んでいた。
遊びに参加していなかったミカエルは、おままごとの一環で子供の1人と一緒に泥団子と葉っぱの料理を作っていた。背中にべったり張り付いている子がいるけど、子持ちの母親みたいな役なのかな?
ジャンヌは、少年たちに手頃な枝を持たせて素振りをさせていた。子供たちは、お手本を見せるジャンヌの鋭い素振りを真似て一生懸命楽しそうに木の枝を振っていた。
天狐は、木陰に移動していた。
木陰に広げられた天狐のもふもふとした暖かい尻尾の絨毯の中で子供たちが埋まって、すやすやと心地よさそうに寝ていた。俺と視線があった天狐は、ちょっと困ったようなそれでいて嬉しそうな顔を向けてきた。
あれではしばらく天狐は動けそうにないな、と苦笑が浮かんだ。
子供たちと中庭でいっぱい遊んだ後、ナタリーさんからのご厚意で昼食を孤児院で子供たちとご一緒させてもらうことになった。
出された料理は、黒パンと豆のスープ、それとデザートにモレカという果物がついてきた。
……そして、大きな芋虫と野菜の炒めものが出てきた。
大きなソーセージくらいはある芋虫がゴロゴロと野菜と一緒の皿に入れられて出された時は、一瞬とはいえ嫌われているのかと疑い、ラビリンスの「ぴゃぁああ!? 」という悲鳴で我に返った。
周囲を見回すと、自分の皿だけでなく隣の天狐やゴブ筋の皿にもあった。
それに孤児院の子供やルデリックさん、ルミネアさんの皿にも入っていた。心なしか、ルデリックさんやルミネアさんの皿には芋虫の数が多いように思える。
まさか、歓迎していた騎士団の団長たちに嫌がらせでしたってことはないと思う。
現にルデリックさんやルミネアさんが皿の中の芋虫を気にした様子はなく、芋虫に驚いたラビリンスの悲鳴に注意が向いていた。子供たちも目の前に芋虫が出されて泣いているような子は、女の子も含めていなかった。
あ、でも何人かの子は、嫌そうに顔をしかめていた。
どうやら、この緑色の大きな芋虫は異世界ではありふれた食材みたいだ。地球でも東南アジアとかで虫を食べる地域があるとは、聞いたことがあるけど、多分ここもそんな地域なのだろう。
……そう言えば、村でも育てている農作物や保存している食料については調べたけど、名称などは違っても食べ物が地球と似てたから食生活についてはあまり気にかけたことはなかった。基本的に自分たちで食材を採ってきて料理してたしね。
思いっきり拒絶反応を出しているラビリンス以外の仲間たちは、大きな芋虫がゴロゴロと出されても平然としていた。
いや、よく見たらミカエルの顔が若干青ざめていた。心なしか体から漏れ出ている聖気も陰っている気がする。
ラビリンスの狼狽に気づいたナタリーさんが、ラビリンスの元に現れた。
「ごめんなさい。もしかしてミッドピギーは嫌いでしたか? 良ければ、他のものに変えますが」
「ぅえ!? ええっと……あ、いえ、このままで大丈夫です。うぅ……」
ナタリーさんからそんな提案をされたけど、ラビリンスは周囲を見渡して自分に視線が集中しているのと芋虫は自分の皿だけでないことに気づくと、口籠りながらも左右に頭をぶんぶんと振ってその提案を断った。
無理しているんだろうなぁ……と思いつつ、こちらで替えを頼むか否かで悩み、ここが孤児院であることを考慮すると、今回はそのまま様子を見ることにした。最悪残すようであれば、責任もってこちらで処理しよう。
頑張ったラビリンスには、あとで何かご褒美をあげないとな。
そんな一幕が最初にありつつも昼食は始まった。
まずは、一番無難そうな豆のスープを啜ってみた。
……味が薄い。何だか水っぽくて全体的にぼやけていた。多分これは塩味が足りない。そして、そら豆くらいの大きさの豆は、ぼそぼそとしていて青臭くえぐみのような苦みがあった。
黒パンは、前に村で保存されていた黒パン並みに硬く、酸っぱく、ぼそぼそとしていた。パンを齧ってゴリッという石を削った時のような音がするのは、パンとしてどうなのだろうか。まぁ、食べれないことはないけど、パンだけではすぐに口の中が乾ききってしまいそうだった。
一緒に出されていたデザートっぽい果物のカナンは、舐めてみたけど、レモンかと思うくらいかなり酸っぱかった。いや、酸味の純粋な強さはレモンを超えてるかも。ひと舐めしただけで唾液が出てきた。
そして、ミッドピギーと呼ばれているらしい芋虫と野菜の炒め物。
大きなソーセージ並みの大きさの芋虫を食べることに少なからずの嫌悪感はあったけど、好奇心が勝った。
郷に入っては郷に従えだ。
意を決して食べてみた。
不思議な食感だった。表面がパリッと焼けた皮はソーセージの皮のようで、中身はエビのようなプルリとした食感をしていた。噛んでいると、プチっと何かが弾ける食感とともにドロッとした体液が口の中に溢れ出てきた。意外とクリーミーな味わいがした。
しかし、そのクリーミーさには青臭い苦みがついてきた。一緒に食べた野菜も野性味溢れる強烈な青臭さを主張してきていた。
これはなかなか……
自然と眉間に皺がよりそうになるのを努めて真顔で取り繕う。
咀嚼し、味の薄いスープで口の中のものを雑味ごと胃の中へと押し流した。
おっ、芋虫から出てきた旨味と混ざるとクリームシチューを飲んだ時のような風味が一瞬した。
ここでちらっとルデリックさんや子供たちの食事風景を窺った。フォークで芋虫と野菜を口に運んだ後、飲み込まずに千切ったパンをスープに浸して食べていた。
そうやって食べるのか。
見よう見真似で芋虫を食べた後にスープに浸けた黒パンを食べてみた。
なるほど。悪くない。
スープに浸すことでパンがふやけて、ぼそぼそがなくなった。黒パンの酸味が青臭さを誤魔化し、パンと一緒に食べることで混ざって青臭さ自体も薄まった気がする。それでいて、スープの旨味と芋虫の旨味が合わさって味に深みが増した。芋虫のエビのような食感とふやけたパンと野菜の食感がアクセントにもなってて悪くない。少なくとも単体で食べるより遥かに食べやすかった。
「おいしいですね」
それとなくこちらを窺っているナタリーさんにそう笑いかけると、微笑を浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「この芋虫は初めて食べたけどいけるわね。フライやスープにすると面白いかも」
「おいしかった」
隣の席で食べていた天狐とゴブ筋からもそんな感想が出た。お皿を見ると、天狐はもう半分以上食べて進めていて、ゴブ筋に至っては食べ終わっていた。
他の仲間の皿を見てみると、ジャンヌは完食。モグはあと少し。小鴉とミカエルは、半分くらい。そして、ラビリンスは全くと言っていいほど食が進んでいなかった。
芋虫をわざわざ選り分けているようだったけど、野菜もかなり青臭いので炒め物自体ほとんど減っていなかった。今は黒パンをスープに浸しては、もそもそと食べているようだった。
膝に乗っていた幼竜が芋虫に興味を示してたけど、まだ早いかと思って今回は見送った。
指に魔力を込めてあげるとおいしそうに指をちゅーちゅーと吸った。
今が人間でいうところの授乳期みたいな段階だけど、真竜だと離乳食が必要になるのはいつくらいからなんだろう。リントン神父さんに後で聞いてみよう。
何だかんだで、子供たちが全員食べ終わる頃には僕たちも食べ終わっていた。
ラビリンスは、こっそり隣のモグに芋虫を食べてもらっていたけど、今回は目を瞑った。
昼食も終わり、俺たちは孤児院を後にすることになった。
最後に案内をしてくれたナタリーさんに礼を言った。
「今日は突然の訪問に快く迎え入れて下さりありがとうございました。食事もありがとうございました。おいしかったです」
「こちらこそ本日はありがとうございました。子供たちのお相手をしてくださりありがとうございました。子供たちも大変喜んでおりました。機会がありましたら、また子供たちの顔を見に来てください」
「ありがとうございます。あっ、これは本日の感謝の気持ちです。受け取ってください」
そう言って、俺は用意していた蜘蛛の刺繍の入った白いハンカチをナタリーさんに手渡した。折りたたまれたハンカチの中には、金貨を一枚だけだけど入っている。
ナタリーさんは、受け取った時の感触でハンカチの中の硬貨の存在に気づいたようだった。
「あなた方の進む道がパラミア様によって明るく照らされますように」
そう言ってナタリーさんは、ハンカチをそのまま胸にそっと押し抱いて静かに頭を下げた。
「狩人と兎」
異世界版、ケイドロのようなもの。地域色の強い外遊びの一種。細かいルールは、地域によって異なるが基本的に狩人と兎の2グループに別れて、狩人が追いかける側で、兎が逃げる側である。
気づけば、100話まであと一話。感慨深いです。
といいつつ、プロローグを含めれば今回が100話に当たるんですけど。
ですが、終わりは、までまだまだ先の話。
これからもよろしくお願いします。




