98 「村長と孤児たちの触れ合い」
『最近、この街で戻りつつある秩序をまた乱そうとする者たちがいます。気を付けなさい』
気が付いたら、磨き上げられた石の床が目に入った。
ハッとなって顔をあげた。
俺は今まで神像が奉られた広間で頭を下げていたようだった。
周りを見回したら、みんなはまだ頭を下げていて、礼拝の最中だった。
……時間が経っていない?
少なくともあの白い空間には、体感で10分以上はいたはずである。神様との問答がみんなの礼拝が終わる数秒で終わったとは思えない。
まるで夢を見ていたような気分だった。
――ポーン
『真実と秩序の女神パラミアの加護を獲得しました』
『女神パラミアの加護を得たことにより、称号 《女神パラミアの加護》を獲得しました』
『称号《女神パラミアの加護》を得たことによって、スキル【信仰】が開放されます。――既に開放されています』
『熟練度12ポイントが加算されました』
ダンジョンコアに触れた時のように勝手に仮想ウィンドウが次々と目の前に表示された。
夢じゃない、ってことなんだろうなぁ……
加算された熟練度が微妙なポイントなのは、恐らくスキルの開放に伴う5ポイントに、神様と接触したことと神託をもらったことが関係している。
神様から神託をもらうことや神様と話すことは、世間的に珍しいことではあるけれど、ありえないことではないことを事前に知っていたのは、幸いだった。
でなければ、すぐにでも村に帰って引きこもっていたかもしれない。
モントモのゲームの世界でなら神様と会って神託という態でクエストを受けることはあったけど、まさか異世界に来てまでこんなことになるとは思わなかった。
まさかゲームの時のような冒険をこの世界でもすることになるなんてことはないよな。
パラミア様が最後に残した面倒事の香りのする言葉を思い返して、俺は遠い目をした。
地球に帰りたいなんて贅沢は言わないから、村でのんびり仲間と平和に暮らしたいなぁ……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パラミア様との出会いとその後に起きたことで、俺は現実逃避気味に物思いにふけっていた。
その間に周りから振ってきた話に適当に相槌を打っていたら、礼拝を終えたミカエルたちと女神官の間で神殿経営の孤児院に顔を出す話になっていたようで、いつの間にか全員でいくことになっていた。
特にミカエルが孤児院の子供たちに興味を持っているようで、他の仲間たちも子供と触れ合うことに乗り気だった。ルデリックさん達も乗り気だった。
「カケル、さっきからぼうっとしているようだけど大丈夫? 何か考え事でもしてるの? 」
「んーっと、それについては後で夜にでも話すよ。今は気にしなくていいよ」
「……わかったわ。忘れないでね」
「忘れないよ」
今回は一人で抱え込むようなものでもないと思ったので、仲間には話すつもりだった。けど、少なくとも神殿関係者がいる前で迂闊に話せる内容でもないので、話すなら別館の自室に戻ってからになると思っている。
天狐はそれで納得したようで、それ以上は聞いてこなかった。
孤児院は神殿の正面入り口から反対の位置に建てられていて、神殿とは渡り廊下で繋がっていた。
案内をしてくれた女神官の方が先に中へと入って、事情を説明してくれた。
しばらくして、孤児院で世話係をしているナタリーという女神官の方が出迎えてくれた。
「皆さま、ようこそお越しくださいました。私、ここで子供たちの世話係を務めていますナタリーと申します」
ナタリーの着ている服は、白が主色の他の神官と違って黒が主色だった。
「よっ、久しぶりだな。ガキんちょ達は、元気にしてるのか? 」
「これは、ルデリック様。いつもありがとうございます。子供たちもルデリック様が訪れることをいつも心待ちにしておりました」
ルデリックさんとナタリーさんは、知り合いのようだ。
親しそうに話す2人を眺めていると、ルミネアさんがこっちへ寄ってきて耳元で囁いてきた。パチパチと電気が爆ぜる音とともにルミネアさんの声が耳元で聞こえてきて、ちょっとこそばゆい。
「ルデリックは、あれで子供を相手にするのが好きな性分でな。暇さえあれば、街の孤児院に手土産片手によく顔を出しておるのだぞ。ここの孤児院には、傭兵時代から顔を見せているそうだ」
そう囁くルミネアさんの口元は、悪戯めいた笑みを浮かべていた。
「そうなんですか。ルデリックさんらしいですね」
「なんだ、意外ではないのか? 」
「だって、ルデリックさん面倒見がいいですからね。旅の途中では、子供たちの相手をよくしてくれたんですよ」
「ふん、知っていたのか」
当てが外れた、とばかりにルミネアさんは俺から身を引いた。
こういう悪戯っぽいところが仲間に似ていて俺は、嫌いではなかった。
ルデリックさんが世間話のついでに今日来た用件を伝えると、ナタリーさんは快く俺たちを中に入れてくれた。ゴブ筋や天狐たちの様子を見ても何も反応しなかったことを見るに、種による差別のようなものは感じられなかった。
孤児院の中では、子供たちが長椅子に座って勉強をしているところだった。初老の神官が分厚い本の朗読をして、子供たちが黙々と薄い石板に羽ペンのようなもので書き綴っていた。
文化の違いを感じさせる授業風景に興味を惹かれるが授業の邪魔をするのは悪いので、見学もほどほどに中庭の方に案内してもらった。
中庭では、先程孤児院の中で勉強していた子供たちよりも年下の幼い子供たちが元気に遊び回っていた。
「みなさん、集まってください」
そんな子供たちがナタリーさんのかけ声で、わーっと集まってきた。呼びかけを無視して遊びに没頭する子供は一人もいない。教育が行き届いているようだった。
「「「こんにちはー!! 」」」
「今日は、ここにいるみなさんが遊び相手になってくれそうです」
ナタリーさんの言葉に、子供たちはわっと歓声をあげた。
ナタリーさんからGOサインが出ると、一部の子供たちは真っ先にルデリックさんに駆け寄って飛びついた。
「しっかりしがみつけよぉ! 」
ルデリックさんは、慣れたように飛びついてきた少年少女を抱え込むと、軽々と振り回していた。ルデリックさんにしがみつく子供たちは、「きゃー! 」と楽しそうな悲鳴を上げていた。
「ねーねー、翼のお姉さんお姉さん。あっちでおままごと、しよ? 」
「お姉さん何で剣持ってるの? 騎士さまなの? 剣、みせてみせて! 」
「ねぇ、一緒に遊ぼ! 」
幼稚園くらいの幼いながらも元気いっぱいな孤児院の子供たちは、こういったことに慣れているのか積極的に初対面である俺たちに関わってきた。
そして、やはり女性陣の方が受け入れられやすいようだった。
ミカエルは2人くらいの女の子に両腕を引かれてどこかへと連れていかれ、ジャンヌは帯剣している剣に興味を持った少年にちょっかいをかけられていた。そして、モグとラビリンスは、自分たちと同じ子供だと判断されたのか、別々で遊びに誘われていた。
積極的な子供たちがあっという間に4人を連れて、この場を後にして、大人しそうな子供たちが数人だけ残った。その内の1人の少女が天狐の方へとやってきた。
自分のところに来ていることに気づいた天狐は、少女を余計な圧迫感を与えないためにしゃがんで目線を少女に合わせた。
「狐のお姉さん。尻尾触っても、いい? 」
「ええ、いいわよ」
少女のお願いに天狐は、にっこりと微笑んで頷いた。天狐の許しが出たことで、少女はぱぁぁっと顔を輝かせて、天狐の背中で揺れていたふわふわの尻尾に手が伸びた。天狐は、触りやすいように尻尾の位置を動かしてあげていた。
「ふわぁ、ふかふか。あったかい」
尻尾の中に小さな手を埋めた少女がびっくりしたように呟く。その声に釣られてか残っていた子供たちが天狐の方に流れてきた。それに気づいた天狐は微笑を浮かべて、隠していた残りの尻尾も全て曝け出した。尻尾が9本も現れたことに子供たちはびっくりしたようだけど、好奇心が勝ったようでおっかなびっくり触っていた。
子供たちが慣れてきたころに天狐は、尻尾で子供たちを絡めとった。子供たちは、一度は驚いて悲鳴を上げたが、ふかふかの尻尾に包まれてその悲鳴は笑い声へと変わった。
風が少し冷たい今日のような日には、ぬくぬくとして心地いいのだろう。
子供たちは、自分からも抱きついてもふもふを堪能していた。
他の女性陣も誘ってきた子供たちとうまく交流できているようだった。
ラビリンスも子供たちと追いかけっこみたいなことをして中庭を走り回っていた。子供たちと遊ぶことに乗り気だっただけあって心配はなさそうだった。
天狐たちはうまくやってるな。
そこまで思って、ふと気づいた。
自分の周りに子供たちの姿はなかった。ゴブ筋と小鴉の周囲にも子供たちの姿はなかった。
どうやら俺を含めて見知らぬ男性連中は、子供たちに人気がないみたいだ。
いや、ちらちらとこちらを窺う子供たちの視線を感じるので、様子見をしているのかな?
子供が近寄ってこないことに小鴉は気にした様子はなかったけど、ゴブ筋は子供たちの相手をしたかったようでしょんぼりとした雰囲気を出していた。
それと、意外なことにルミネアさんも手持ち無沙汰だった。
「うん? どうしたカケル? 私が子供に好かれていないのが意外か? 」
俺が向ける視線に気づいたルミネアさんが、そう聞いてきた。
「そんなこと言ってないですよ」
「顔がそう言っている」
ルミネアさんは、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「昔から子供には好かれないのだ。この体質のせいでな」
「体質、ですか? 」
「ああ、私の体は普段から微弱な電気を帯びている。大人くらいになると気にならない程度らしいが、子供や小動物は、そういうのに敏感なようでな。一度近寄ってからは、近づいてこない」
こんな感じだな。とルミネアさんが俺の素肌に触れるか触れないくらいの位置まで手を近づけると、パチパチと非常に小さな音を立てて指先と肌の間で青白くか細い光が走った。指が完全に肌と接触するとその放電は治まった。
その反応は意識していないと気付かないようなものだったけど、彼女と接触する直前に静電気みたいなのが発生していた。意識すると、その部分の肌の産毛が刺激されて逆立っていて、ちょっとくすぐったさを感じた。
実は、ルミネアさんと握手をする時や頬を指で押された時に一瞬発する音や光には気づいていたけど、ゲームの感覚で演出のようなもので幻影に近いものだと脳が勝手に解釈して疑問に思っていなかった。
この身体は高性能だけど、集中しないと些細な情報は、不要な情報として処理されてしまう節があるので、気づかなかった。
あの能力にそんな弊害があったのか。
ってことは、赤兎馬もそんな体質なのか? 帰ったら確認しよう。
「あれ? でも、前にローナやリンダと遊んでなかったですか? 」
ルミネアさんが旅の道中に加わったのは短い間だったけど、リンダとローナはその僅かな間にルミネアさんに遊んでもらっている姿を休憩中に何度か見かけている。
ルミネアさんは、隙あらば俺のところに顔を出してきていたので接する機会は何度もあったと思う。
それを指摘すると、ルミネアさんは苦笑を浮かべた。
「あれは、あの子たちが特別だ。電気で肌がピリピリする感覚が気に入ったのか、怖がるどころかわざわざ私に抱きついてきていた。まったく豪胆な子たちだよ。成人したら私の騎士団に入団させたいくらいだ」
流石、好奇心旺盛な2人である。
よく考えたら静電気よりも刺激が少ないので、子供の方が敏感に反応するといってもさほど痛みは感じないはずだ。
それくらいで彼女たちの好奇心は、抑えられなかったのだろう。
そうなると、それだけで孤児院の子供たちに彼女が避けられるというのはよくわからないけど、それはルミネアさんの身分とかも関係してくるのかもしれない。
ルミネアさんが避けられているのをそう結論付けた俺は、ルミネアさんに手を差し伸べた。
「そう言うことなら、俺も手伝いますよ。ここにいる4人で子供たちと一緒に遊びましょう。大丈夫です。直接触れなくても子供たちと一緒に遊べる遊びはいっぱい知ってます」
そう言って、俺はルミネアさんを遊びに誘った。
新称号『女神パラミアの加護』
異界の女神パラミアの加護。
ゲームに存在しない女神からの加護の称号のため、ステータスに多少の補正が入ったこと以外は詳細不明。(カケルがそこまで確認してないため
モントモに存在した神から得られる加護の称号は、ステータス全体に微補正とその神に関連強い一部ステータスとスキルの効果に中補正。
【信仰】
神殿で祈ったり、捧げものをしたり、神様からの神託という名のクエストを受けて達成することで上昇していくスキル。
熟練度が上がることで覚える【祈祷】や【奉納】といったアーツは、使用することでその行動で上昇する【信仰】の熟練度をあげるというものであり、あまり役に立たない。
熟練度が500を超えると【神託】を覚えるが、ランダム発生の神託クエストを受けやすくするだけ。
熟練度が800で覚える【神降ろし】は、神託クエストを確定で発生させて、神関連の称号の獲得率を上昇させる。
熟練度が上がることで、神から『祝福』『加護』『寵愛』等の称号を得やすくなる。
なお、ゲーム内に神は複数存在したが、各神様ごとに称号は別で存在し、それを得るために各神様に設定された好感度のようなものを伸ばさなければいけないので、非常に面倒。
主に【光魔法】で覚えられる呪文の取得条件として、【信仰】の熟練度が一定数、求められることがある。例としては、【聖域】
ルデリックは騎士団長になる以前から孤児院に通っていたので打ち解けれていない関係を築けています。
ルミネアさんは、体質だけじゃなくいろいろな要因が合わさって、子供たちと上手く打ち解けれてません。
カケル→なんか主要人物っぽい
小鴉→近寄り難い
ゴブ筋→怖い




