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絶対秘密同盟  作者: 山東京子
3/6

懸念

 その翌日、6時間目の授業が終わって一息つくと、昨日のことを思い出した。

 

 昨日は比較的早く帰れたが、一晩で源氏全てをさらうことなど土台無理だし、もう出たとこ勝負で行こうと決め、結局何の準備もしなかった。

 


 もし私にとっても難しい場所を選ばれたら、きっと彼は国語教師である私に幻滅するだろうし、折角興味を持ち始めた古典もやる気がそがれるかもしれない、という危険性はあったがそれはもう仕方のないことだ。


 


 高三にもなるとほぼ選択の授業ばかりとなり、生徒によっては一日に一時間しかコマがない、というようなこともありうる。しかし、石川君は選択科目が多いため、今日もフルで6時間授業を受けていた。

 

 ただそんな彼といえども、毎日6時間授業があるわけではないので、今日、火曜日の放課後が週一回の古典のマンツーマン授業にふさわしいかもしれないと思った。


 



 いまどきの教員は、授業準備にはほとんど時間を割けない。

 担任を持っていればなおさらである。特に私は高三という一番大事な学年を持っている。


 

 三年前にも一度高三を持ったが、あのときは何もわからず本当に苦労したし、知識と経験が不足していたために路頭に迷わせた生徒もいたのではないかといまだに悔恨の思いがある。


 進路指導が鍵となるこの仕事は、受験について最新の情報を色々と知っていなければならないのはもちろん、専門学校や就職も含めて様々なことを知っていなければならない。





 

 さて放課後である。日によっては授業が少ない日もあり、そういう日は生徒の進路指導関連に存分に時間を割けるし、体力的にも余裕があるが、今日は5時間授業があったのでさすがに少々疲れる。いくら慣れているとは言ってもやはり授業が少ない日よりも疲れることは確かだ。




 「ふう、やれやれ」


 教員室に戻って伸びをしていると、



 「お疲れさまです」


 と声がかかる。


 山田先生だ。




 「あー先生、高一の現代文で使った資料、まとめて机に入れといたけど見ました?」


 「あ、はい、とても勉強になりました!ありがとうございました」




 高一の現代文は必修、8クラスあるため、私が4クラス、山田先生が4クラスと分担で受け持っている。

 教材はもちろん同じだが、教えるポイントはやはり個々の先生によって微妙に異なることもあるため、各クラスで使った資料はお互いに渡しあうことが原則である。お互い何をやっているかできるだけ細かく確認していかないといけない。

 


 なぜこんなことをするかというと、もちろんテスト問題に関わってくるからである。

 


 この学校では、輪番で先生が交代で毎回テストを作っているが、例えば今回は山田先生が一学期中間テストを作ることになっていて、彼の作った問題部分に、私が教えていない部分、あるいは軽くすっとばした部分が重要問題として入っている可能性もある。


 そういうときにはその部分を変えてもらうか、配点をずっと軽くしてもらうなどという処置を行う。 しかし、テストを作る前にお互い何をやっているかわかったらその方がずっとよい。


 作ってからあれこれ変更するのは手間だし、テストの期日も近づいてくる中での変更はミスが出る可能性も高くなる。



 ただ、一つ一つの授業で細かく共同の先生と話し合いができるかといえば、やはり時間の制約もありなかなかそういうわけにもいかず、結局こんな風に作ったプリントを渡すだけ…というようなことになってしまう。


 

 とほほ。






 「特にこのプリント、いいですよね。個人的にも勉強になりました」



 と山田先生が持っているのは、「メディアを信じるな! 嘘もいっぱい書かれているぞ!」という主旨の論文。


 



 最近の受験現代文(論説文)には必須のテーマ「メディア」-それでまあ授業でも積極的にこの手の論文は読んでいこうということになっているんだけど、最近の高校生はまあ、インターネットとかテレビとか新聞とか、何でも書かれてあることをすぐに信じてしまうんだよね。


 特にインターネットなんて嘘ばっかりだから、個人的に生徒には「疑う」人になってほしい、「真偽を自分自身で見極められる」人になってほしいという思いで、もちろん受験国語にも役立つんだけど、それ以上に生徒のためになると思って毎年この資料(「メディアを信じるな!」のプリント)は使っている。





 と、そこへ。





 「僕もすごく感銘を受けました。この論文、今でも覚えてます。このプリント見てから、僕は調べものをするときにインターネットだけじゃなく、本とか複数の文献にあたるようにしてます」




 と静かながら、断固とした口調でわれわれの会話に入ってきたのは石川君。



 いつの間に…。


 そして手にはもちろん『源氏物語』。


 すごいやる気だなー…。引き受けておいてなんだけど、圧倒される…。


 と思いつつも、口からは、




 「それは偉い! 本当にね、今は子どもだけじゃなく、大人だってインターネットにだまされる時代だから、だまされないようにこっちが気をつけないとね」



 と石川君を褒め称える言葉が飛び出してくる。

 



 が、山田先生は会話に割って入られたからか、


 「石川君、僕たちはちょっと今忙しいから少し待っててくれるかな」


 と彼をたしなめた。




 山田先生は若いに似合わず厳格なまでに礼儀正しいので、生徒が教員の会話に立ち入るなど失礼きわまりないと思っているのかもしれない。




 石川君は少しむっとした様子だったが、「はい、わかりました。失礼しました」と言って押し黙った。





 わわわ、何でこんな険悪なんだ、この二人は…。こ、怖い。


 気まずくなった私は、努めて明るく、




 「ええと、山田先生とのお話が終わったら後で行くから先に国語科室行って待っててくれる?」




 石川君は黙礼してその場を立ち去った。




 「で、何か私の資料について質問とかある?」


 私は、山田先生が資料についてもっと色々話したいのかと思っていたが、山田先生は少し言いよどんでこう言った。




 「いや、資料については大丈夫ですが…。ちょっとここでは話しにくいので、あちらの給湯室に来ていただいてもよろしいですか?」



 

 試験期間の前後以外は教員室には生徒は自由に出入りできるため、大事な話はしにくい。


 隣の給湯室と教員用ロッカーのみが教員の心のオアシスである(いや、オアシスということもないか…)。

 




 給湯室で、山田先生は声を低めて言った。  

 


 「…岸森先生、あの石川ってあんなに国語に熱心な生徒でしたっけ?」

 


 「うん、それが私も驚いてるんだけど、何か最近古典に目覚めたとかで、教えて下さい、って昨日来たのもそれだったの。でも古典だけかと思ったら、意外と高一のときの現代文の授業なんかも覚えてたみたいね。

 

 あんまり態度や成績に表れない子だったけど、結構前から国語は好きだったのかもねえ。


 担任は初めてだけど、高一のときから彼のことはずっと授業では見てきたはずなのに、目が行き届いてないわねえ、私も」

 



 私は正直なところ、少し落ち込んでいた。


 生徒一人一人のことを熟知していないといけないのが教員である。


 もちろん私は大ベテランの先生方に比べればペーペーだが、それでも経験は7年ある。


 それなのに、毎年、自分のダメさ加減が身にしみて、本当に教員なんかやっていていいんだろうかと思うことしばしばで、「昔に比べれば前進している!」と思うことは稀である。


 




 

 しかし、山田先生は、私を励ましてくれようとしてか、

 


 「僕、あの子に去年現代文教えてましたけど、彼は岸森先生の授業がとても好きだったようですよ」

 

 

 「え、そうなの?先生にそんなこと言ったの?」

 


 「いや、僕が教室に入る直前でたまたま彼らの会話が聞こえてきたんですけど、石川は「俺、山田の授業あんまり好きじゃない。きっしーの授業に比べると骨がないっつーか、何か思想的に学ぶことが少ない気がする」って言ってたんですよね」




 「きっしー」とは、ちなみに私のあだ名であるが、しかし…そんなことを言っていたのか…。


 

 というか、思想的に学ぶ??…て私は哲学者か!!


 何ということを言ってるんだ、石川よ。

 私は生徒に思想統制をしようとしているんではないぞ!

 まあ自分で考えることができる人になってほしいとは思ってるけど…てそれも思想統制の一種??




 色々なことを考えつつも、あまり深くまで突っ込まないほうが自分のためでもあると思い、とりあえずこう言った。



 「…へえ。変わった子ね~。


 でも、私の授業は結構趣味に走っているところもあるし、面白いと思う生徒はいるかもしれないけど、わかりやすさや万人受けで言ったら絶対山田先生の方よ。



 私も他の生徒が「きっしーの授業、難し過ぎてわかんねえ。やまてぃーの方が説明わかりやすい」って言ってるの何回も聞いたことあるし」


 (ちなみに「やまてぃー」とは山田先生のあだ名…なんて言わなくてもわかるか…)






 私は山田先生が自分の授業をけなされて落ち込んでいるのかと思ってそう言ったのだが…。




 山田先生はなぜか難しい顔をしている。

 


 「まあ、でも山田先生だって生徒全員に好かれるってわけにはいかないわよ。

 気にすることないって。


 教員は人気とりの仕事じゃないんだし、先生はちゃんとやってるんだから。


 それに、あの子、こう言っちゃなんだけど、もしかして自分の好きな子が山田先生のファンだったりするんじゃないの?逆恨みかもよ」


 最後は少しからかうようになってしまい、すると案の定先生はキッと険しい顔になってこちらを向いた。



 ヤバ。ちょっと下世話だったかな??



 と思ったら、山田先生は思いがけないことを言った。








 「先生、あの石川って生徒、腹に何か一物ありそうだから気をつけた方がいいですよ」








 腹に一物って…。おいおい、石川君は何かの黒幕か?


 私は思わず笑ってしまった。

 



 「やあだ、先生、何言ってるの? ただの一生徒でしょ~。彼の態度に変化が見られるようになったっていうのは、受験に本腰入れるようになったってことじゃないの? 歓迎すべきことよ」





 しかし、山田先生はとても真面目な顔をしている。




 「いや、先生、本当に気をつけて下さい」





 気をつけるって…あの、何を???





 どうも山田先生の考えていることがよくわからなかったが、とりあえず「はいはい」と言って会話を終わらせた。



 当の石川君を、国語科室の前で待たせたままにしているのも申し訳ない。




 国語科室の鍵を持って階段をあがっていくと、石川君が本を手にして熱心に読んでいるのが見えた。



 「お待たせして、ごめんなさいね」


 受験生の貴重な時間を無駄にしてはいけない。



 「いえ、大丈夫です」


 

 にこやかな石川君。こんなにニコニコした生徒だったか…。

 本当に調子が狂う。 


 





 とにもかくにも、そうして放課後の古典の授業が始まるわけだが。





 その授業は、最終的には古典とは縁もゆかりもないものとなってしまうこととなる…。


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