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襲来者 1

 囮になるということに関して、損な役回りだとは思わなかった。

 自分より上司が実力も経験もはるかに上回っていることをアンネゲルトは理解している。

 彼女は細く長く息を吐いた。

 交感神経がアドレナリンを放出し、心拍数と体温が上がっていくのを感じる。

 瞳孔が幾ばくか開いたものの、表情は相変わらず無いに等しい。

「……」

 話し声を聞いていたなら場所がだいぶ絞りこまれているはずだ。

 十中八九、あの少女狙いだろう。

 どうして少女があそこまで拘束され、監禁されていたのか。

 上司から受けた最初の説明で「利用しようとは考えるな」と言っていたのか。

 それらは謎ではあるが、まあ今は意味の無い疑問だ。

 アンネゲルトの視界の中にはすでにベンジャミンの姿はなかった。

「そろそろ、ですね」

 小さく言った矢先にものものしい格好をした人間がふたり、女子シャワー室に侵入してきた。



「おやおや」

 彼女自身、ひどいと思うぐらいに棒読みだった。

「ここは女子シャワー室で、男子用はあちらですが?」

「ゆっくりと手を上げろ」

 ライフルを突きつけてきた。引金に人差し指が添えてある。

 変な動きをしたら撃つぞ、という意味だろう。

 話を聞くつもりはまったくないようだ。予想はしていたが。

 アンネゲルトは言われるままに肩のあたりまで手を上げた。

「ベンジャミン・スミスはどこだ」

 先ほどと同じ人間が強い口調で聞いてきた。リーダー格らしい。

「知りません」

「嘘をつくな、しっかり調べあげてるんだよこっちは。奴が貴様とデートをしていたこともな」

 誤解は止めてほしいと切にアンネゲルトは思う。

 確かに近くの喫茶店で待ち合わせをしたが、デートで牢獄など悪趣味にもほどがあるだろう。

 何よりあの男性は既婚者だ。元、だが。

「そうは言われましても、ここは女子シャワー室ですから。出ていってもらいましたよ」

「…誰かシャワーを浴びているようだな。誰だ?」

「……」

 数秒、思考する。

 狙われている少女を出していいものか。

 彼女の実力を信じることにした。

「友人です」

「友人?ベンジャミン・スミスのか」

 上司も上司で狙われていたようだ。

 少女関係かまでは分からない。

「私の、です」

 強調したにも関わらず騙されてはくれなかった。

 リーダーらしき人間は左肩をあげると後ろについていたもう一人がシャワー室へ向かっていく。

 銃を突きつけられているためにアンネゲルトは動くことができない。

 横目で見送った。

「覗きとは趣味が悪い」

「そんなものにこだわって死ぬつもりか?」

「あら。殺しますか、私を」

「最終的にはな」

「というと?」

「あいつから“重要機密兵器”のすべてを聞き出さなくてはならない。そのためには――」

「尋問ですか」

「いいや、拷問だ」

「……理解しました。私を彼の前で痛め付けるんですね」

 親しい仲であるなら効果はてきめんであるだろう。

 ふん、とその男は笑った。

 物わかりがいいとばかりに。

「――問題はそれで彼は吐いてくれるのか、ということですが。ねぇ、ミスタースミス?」

 呼びかけに応じるように男の右肩から血と肉がはぜる。

「うぐああぁぁああ!?」

 ライフルを支えていた腕を負傷したために、それは手から滑り落ちた。

 アンネゲルトは腰から拳銃を取り出し男の左肩と右膝、左膝に弾を撃ち込む。

 糸が切れたマリオットのようにがくりと男は後ろに倒れた。

「失礼だな。かわいい部下が苦しむところなんて見たくなんだが?」

 ひらりとベンジャミンは天井の穴から出てきた。

 天井の一部を外して大丈夫なのか気になったが、普段使わない場所なのでアンネゲルトは深く考えない選択をした。

「さぁ…どうでしょうかね」

「長い付き合いじゃないからな。もっと期間が長ければ――うるさい」

 激痛に呻く男の顔を容赦なく踏みつけた。

 それから冷めた目で見下ろす。

「…思った以上にサディストですね」

「いやいや、これでもクジラを食べられないぐらいには優しい心を持ってるから」

「嘘ですね」

「嘘だ。ニホンで食ったことあるんだが、クジラの竜田揚げ旨いぞ」

「へぇ、そうですか」

 足元が血溜まりになっていくことにまるで興味を払わず会話をする二人。

 マグロの竜田揚げも美味しいと言いかけたところでベンジャミンは口を閉じる。

 シャワー室の奥からなにか重いものを引きずる音がしたからだ。

「――どうやらあいつも一仕事終えたみたいだな」

「……」

 ベンジャミンもアンネゲルトも、だいたい予想はついていた。

『――ベンちゃん、アンネちゃん』

 少女が、真っ赤なバスタオルで身体を巻いた少女が脱衣場の一歩手前で止まる。

 困ったように首を傾げた。

『一応、息はしてるけど』

 左手に襟元を掴まれた男がいた。

 動かない。引きずられるままだ。

『いきなり銃を向けてきたからさ。つい』

 ぼそぼそと言い訳しながらバツが悪そうに目を逸らす。

「つい、か」

『うん』

「武器は?」

『持ってなかったから手で』

「そうか」

 ベンジャミンはその男の全身を眺める。

 少女は、丸腰で、〈つい〉彼の両手首を切り落としたらしい。

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