シャワー室 2
“乱暴してる”といった旨のアンネゲルトの発言を無視することは出来なかったらしく、ベンジャミンは反論する。
「あのな、俺は必要だったからやっただけだぞ」
「そうですか」
「思春期のガキが抱えるような変な考えは持ち合わせていない」
「そうですか」
「うわぁい信じてない目しやがってこいつぅ」
『まあまあベンちゃん。私、ベンちゃんの性癖を受け止めるぐらいの心の広さはあるよ?』
「俺がどんな性癖を持ってるって言うんだよ。もうこの話はやめろ、混乱しか起こさない」
ベンジャミンは「ひどい奴らだ」などとぶつくさ言いながらずらりと並ぶロッカーのうちの一つを開く。
中から白いバスタオルを取り出し、少女に投げた。
「シャワーの使い方とシャンプー、リンスの見分け方は分かるな?」
『えっと、ドロドロしてるほうがシャンプーでデロデロしてるほうがリンスだよね』
「その擬音は良く分からないが、まあそうだと思う」
バスタオルを身体の前を隠すように広げてから拘束衣を脱ぐ。下着の類いは着けていない。
それから胸や下半身が露出しないよう気を使いながら慎重に身体に巻いていく。
『じゃあ、いってくる』
「おう」
ぺたぺたと奥のシャワー室へと少女が行くと脱衣場にはベンジャミンとアンネゲルトが残された。
もう一度ベンジャミンはロッカーを開け、紙袋をふたつ持ってきた。
アンネゲルトはひとつが女性ブランド衣服のものだと気づく。もう一つはどうやら靴らしい。
ベンジャミンがぽつりと言う。
「七十年前とか言ってもあいつの精神年齢は十代のまんま、なんだよな」
「だから、女の子らしい格好をさせてあげたいと?」
「…かもしれない。それと恩返しというのもある」
「恩返しとは?」
アンネゲルトが上司の顔を伺う。彼の表情には影がさしていた。
「…すみません。ずけずけと無礼な質問を」
「いや。いいんだ」
質問したこと自体は許しても答える気はないらしい。
アンネゲルトも無理に聞こうとは思わなかった。他人の背負う十字架を眺める趣味はない。
暗くなってきた会話を戻そうと彼女は紙袋を指差した。
「この中、何が入っているんですか?」
「実際に見れば分かる。ほら」
出てきたのは胸元にリボンがついたブラウスとプリーツスカート、そしてレース付きの靴下だった。
アンネゲルトはそっとスカートに触れる。上等な布なのかするりと指先が滑った。
「黒髪には赤色が似合うと思ったから、こうなった」
「…そうなんですか。私には分かりませんが」
現在彼女が着ているのは洒落っけなしの黒いスーツだ。
仕事柄普段からスーツなのと、お洒落なスーツを選ぶのがめんどくさいのと、彼女の“病気”上の理由でこうなってしまう。
だがべつにアンネゲルト自身は困っていない。
身体目的で言い寄る男も眉間に皺をよせて歩けば勝手に避けてくれる。逆に、ほとんどの男性に怖がられてしまうのも難点だが。
「ミスタースミスは…あの子のこと、とても大切なんですね」
「いいや?たださっさとバケモノを討ち取ってもらいたいだけだ。そのためにはご機嫌もとらなきゃな」
嘘だろう。
ならば久しぶりの再会でもあそこまでの関係は築けていないはすだ。
何があったかは知らないが――この男と少女はかなり強い結びつきがある。
そこでアンネゲルトは思考を切った。
腰に手をのばし、ひやりと冷たいソレに触れる。
無言でベンジャミンを見ると彼は小さく頷いて出入口を顎でさした。
沈黙の中、遠くからシャワーが床を叩く音が聞こえる。
「……ひとり…いや、ふたりか」
「はい」
ピリピリとした緊張感があたりを満たす。
それはあちらも同じだろう。
「囮となってくれないか、アンネゲルト」
「了解しました」