第09話:第四皇子(投資対象)への、過剰なるおもてなし
第四皇子は領内の迎賓館に到着された後、お嬢様が「ギルバート様を、私のオフィスでおもてなしする。離れの部屋を用意して」と仰ったため、彼をこの荒野の離宮へ送り届ける手配を整えました。かつて絶望の荒野と呼ばれたこの場所に、白亜の離宮は突如として出現しています。お嬢様が「離れの部屋を用意して」と仰ったその日から、私は一睡もせずに大陸中の石工と魔導師をかき集めました。
(ああ、見てください、あのお嬢様の満足げな横顔を。サファイアの瞳が宝石のように輝いています。お嬢様が『将来のラスボスを味方にする』という壮大なオールイン(全振り)を決意されたのです。ならば、私はその投資対象を、世界で最も贅沢な温室で育つ最高級の果実へと作り上げなければなりません。呪われた皇子? 権力争いの敗者? ふん、笑わせないで。私のお嬢様が目をつけられた以上、彼は今日からこの世で最も幸運な者となるのですから)
「アンナ、準備はいいかしら? ギルバート様がお着きになるわよ」
「はい、お嬢様。お出迎えの準備は整っております」
私は伊達メガネを指でクイッと押し上げ、冷徹な微笑みを浮かべました。視線の先には、帝国の紋章が入った、しかしひどく煤けた馬車が見えてきました。中から降りてきたのは、銀髪の、どこか飢えた野犬のような目をした少年です。第四皇子、ギルバート・フォン・ガーネット。
「……ここが、僕の死に場所か。随分と、悪趣味な砂遊びをしているんだな」
ギルバート様は、荒野に建つあまりに豪華すぎる宮殿を見上げ、吐き捨てるように仰いました。その言葉に、私は心の中で静かに、しかし激しく燃え上がる炎を感じました。
(死に場所? 砂遊び? お黙りなさい、このひな鳥が。ここは私のお嬢様が、貴方の価値を認めてリソースを全振りされた聖域ですわ。その価値を理解できないのであれば、私が力尽くで脳髄に叩き込んで差し上げます。お嬢様の投資を無駄にすること、それは万死に値する不敬です。今日から貴方の細胞一つ一つ、毛穴の一つ一つに至るまで、ベルシュタインの金と愛で塗りつぶして差し上げますわ!)
「ようこそ、ギルバート様! 私、リーゼロッテ・フォン・ベルシュタインです。今日から貴方は私の、最高に大切なお友達(投資対象)ですわ!」
お嬢様が眩い笑顔で駆け寄ります。ギルバート様は呆然として立ち尽くしていました。それもそうでしょう。追放された身で待っていたのが、天使のような幼女と、一分の隙もないメイド、そして帝国本国をも凌ぐ豪華な食事の香りなのですから。
「アンナ、まずはギルバート様のお風呂の世話をして差し上げて。」
「畏まりました。……全員、配置につきなさい!」
私の合図とともに、離宮の物陰から五十人のメイドが飛び出しました。
「な、なんだ!? 捕まえるつもりか!」
「滅相もございません。お嬢様が『上限なし』の予算を許可されたのです。貴方様をもてなすためだけに、王都から魔導式全自動洗浄機を三台、部品ごと強奪……いえ、取り寄せました。使用する石鹸は、一グラムで金貨一枚のバラの精油を配合した特注品ですわ」
私はギルバート様が抵抗する暇も与えず、メイドたちに命じて彼を浴室へと運び込ませました。
(お嬢様は『清潔に』と仰った。ならば、単に洗うだけでは不十分。毛穴の奥に残った帝国の埃、そしてその心に張り付いた劣等感さえも、高圧洗浄で根こそぎ洗い流して差し上げますわ。貴方の皮膚の一枚まで、お嬢様の資産として磨き上げます)
一時間後、浴室から出てきたギルバート様は、もはや別人のように輝いていました。ピカピカに磨かれた肌に、私が用意した最高級の絹の服。しかし、彼はまだ戸惑い、震える手で豪華な椅子に座りました。
「……何のつもりだ。こんな贅沢、僕には返せるものなんて何もないぞ」
「返す必要なんてありませんわ、ギルバート様! 私が欲しいのは、貴方との『友情』だけですの。さあ、アンナ! 投資の第一段階、お披露目よ!」
「承知いたしました。一品目、大陸産の幻の白トリュフを添えた、魔導牛のステーキでございます」
私が銀のカバーを開けるたびに、ギルバート様の瞳が大きく見開かれます。
「な、なんだこれは……。帝国の晩餐会でも、こんな料理は出なかったぞ……」
「当然ですわ。料理長は帝国の宮廷から、彼の全親族の生活を一生保証するという条件で、半ば物理的にスカウトしてきましたから。お嬢様のゲストに、二流の味は許されません」
(ふふ、驚くがいいですわ。お嬢様が『おもてなし』と仰った以上、それは私の辞書では『精神的な圧倒』と同義。貴方が今まで受けてきた虐待や孤独を、この一皿の暴力的なまでの美味で粉砕して差し上げます。美味しいでしょう? 震えるほどに感動しているでしょう? その感情のすべてを、私のお嬢様への負債として計上しなさい!)
「……リーゼロッテ。君は、本当に僕に賭けているのか? こんな、捨てられた僕に」
ギルバート様が、ステーキを口に運びながら、絞り出すような声で仰いました。
「ええ、そうですわ! 中途半端な同情なんていたしません。私は、貴方が皇帝になると確信して、全てベットしているんですもの! だから、中途半端に遠慮なんてしないでちょうだい!」
お嬢様がテーブルを叩いて叫ばれました。その気迫に、ギルバート様は一瞬圧倒され、それから、初めて、ふっと小さく微笑んだのです。
「……わかった。君がそこまで狂っているなら、僕も中途半端に受け取るのはやめる。……最高に美味いよ、リーゼロッテ」
その瞬間、お嬢様の顔がパアッと明るくなりました。
(ああ! その笑顔! 投資が回収され始めた瞬間ですわね! お嬢様の喜びは、私の全存在の喜びです。ギルバート様、今の一言でお嬢様の幸福度指数が跳ね上がりました。その報酬として、明日の朝食には隣国からドラゴン便で運ばせた伝説の黄金卵を使用したオムレツを追加することを、たった今決定いたしましたわ!)
私は背後で静かに、しかし狂喜乱舞しながらメモを取りました。
「アンナ、彼が学びたいと言っていることはすべてリストアップして。家庭教師も、教材も、魔導具も、全部大陸一のものを揃えてちょうだい!」
「御意にございます、お嬢様。……ギルバート様、明日からはお覚悟くださいませ。私が選び抜いた『愛の鞭』が、貴方様を世界一の皇帝に育てるため、二十四時間体制で過剰なまでの教育を施しますわ」
「……あ、ああ。お手柔らかに頼むよ、アンナさん」
ギルバート様が少しだけ引きつった笑顔を見せましたが、私は眼鏡を光らせるだけで答えました。
(お手柔らか? そんな言葉、私の辞書には載っていません。お嬢様が『上限なし』と仰った以上、私は貴方の限界をも、物量と根性で上限突破させて差し上げます。お嬢様の全振りに応えられない資産など不要。このアンナが磨き上げて差し上げますわ)
お嬢様の「友情への全振り」を、私は「過剰なまでの育成環境」へと変換し、ギルバートという名の原石を、史上最強のダイヤモンドへと研磨し始めるのでした。お嬢様、見ていてくださいませ。14年後、彼は侵略者ではなく、貴女様の忠実なる盾、そして最強の剣として完成しているはずですから。
お読みいただき、ありがとうございました。
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