第08話:【常識人視点】愛着ある故郷が「資本の暴力」で更地にされた件
視点:北の砦に近い村の村長
わしは、このベルシュタイン領の北端にある村で生まれ育った。
先祖代々、痩せた土地を耕し、時には隣国からの小競り合いに怯えながらも、この地を守ってきたという自負がある。
それなのに、だ。
「……村ごと引っ越せだと? 冗談も休み休み言え!」
わしは、目の前に現れた領主様の使い――あの眼鏡を光らせた恐ろしい侍女、アンナ殿に向かって叫んだ。
聞けば、6歳になったばかりのリーゼロッテお嬢様が「一点突破の構造改革」とかいう横文字の作戦をぶち上げ、この北の砦の予算を「ゼロ」にしたらしい。
「いいか、ここはわしらの故郷だ! どうなろうが、わしらはここを動かんぞ!」
わしの後ろでは、村の若者たちも鍬を握りしめて頷いている。
そうだ。故郷とは、金や効率で測れるものではないのだ。
だが、アンナ殿は表情ひとつ変えず、伊達メガネをクイッと押し上げた。そのレンズが日に反射して、まるで魔物の目のように光る。
「村長さん。その中途半端なこだわりは、お嬢様の『全振り』に対する冒涜ですわ」
「ぼうとく……? 何を言っとるんだ、あんたは!」
「お嬢様は、貴方たちの『命』を救うために、この村を捨てるという英断を下されたのです。それを感情論で邪魔するというのなら……私は、物理的な解決策を講じるしかありませんわ」
物理的な解決策? 兵でも差し向けるつもりか?
わしが身構えた瞬間、アンナ殿が指をパチンと鳴らした。
すると、村の入り口に、見たこともない数の牛車と馬車、そして黒ずくめの「戦闘メイド」たちがズラリと並んだのだ。
「まず一つ。お嬢様が建設された要塞の裏に、貴方たちのための『新築住宅』を用意しました。全戸、最新の『魔導暖房』付きです」
「……ま、魔導暖房? 王都の貴族様が使うようなやつか?」
わしの声が少し震えた。
この北国で、冬の寒さは死活問題だ。薪を割る苦労なしに部屋が暖まるなど、夢のまた夢。
「二つ。これはお嬢様の私財から捻出された『引越し祝い金』です。……額面は、この村の年収五倍分に相当します」
アンナ殿が、ずっしりと重そうな革袋をわしの足元に置いた。
中からこぼれ落ちたのは、鈍く輝く本物の金貨だ。
「……ご、五倍? 今、五倍と言ったか?」
後ろで鍬を持っていた若者の手が、目に見えて震え始めた。
五倍だぞ。五年分、何もしなくても食っていけるどころか、街で商売だって始められる額だ。
「そして三つ。新天地では、あのお嬢様が独占販売している『魔力回復草』の栽培農家として、優先的に雇用いたします。……もちろん、今の三倍の時給で」
三倍。魔力回復草。
あの、一ヶ月で資産を一千倍に膨れ上がらせたという、伝説の「雑草投資」か。
もはや、それは「引越し」の提案ではない。「札束という名の砲弾による絨毯爆撃」だ。
「さあ、村長さん。選んでください。」
アンナ殿の背後では、メイドたちが家の屋根にロープをかけ始めていた。
「動かないなら家ごと運びますわ」という無言の圧力が、村全体を包み込む。
……わしは、握りしめていた杖を、そっと地面に置いた。
「……アンナ殿。一つだけ聞かせてくれ。お嬢様は、本当に六歳なのか?」
「お嬢様は、この世界の不条理を粉砕するために降臨された、我らが絶対神にございますわ」
……ダメだ、この侍女も話が通じない。
だが、わしは悟った。
六歳の幼女が、全財産を雑草に賭けて大儲けし、その金で他国の職人を拉致してまで要塞を建て、領民を金で黙らせる。
この「過剰」な流れに逆らうのは、嵐に向かって立ち小便をするようなものだ。
「わ、わかった。……引っ越そう。今すぐだ!」
わしの宣言と共に、村の若者たちは鍬を放り出し、喜び勇んで荷造りを始めた。
先祖代々の土地? そんなものは、魔導暖房と年収五倍の金貨の前では、ただの「未開発の荒地」でしかなかったのだ。
数ヶ月後。
わしは、断絶の谷に築かれた巨大な要塞の裏にある、ピカピカの新築住宅のソファに座っていた。
部屋は魔法の力でポカポカと暖かく、テーブルには見たこともない豪華な食事が並んでいる。
「……リーゼロッテ様、万歳……」
誰からともなく始まったその合唱に、わしも自然と声を合わせていた。
「リーゼロッテ様万歳! 要塞万歳!」
窓の外では、アンナ殿が「工期を三ヶ月に短縮しなさい!」と魔導師たちを鞭(のような指揮棒)で追い回しているのが見える。
わしは、故郷を失った悲しみよりも、「次のボーナスは何だろう」という期待に胸を膨らませている自分に気づき、少しだけ遠い目をした。
お嬢様。貴女様は確かにこの村を救いました。
ですが、わしらの「常識」という名の平穏な心は、貴女様によって、跡形もなく粉砕されてしまったようです。
「さて、明日の草むしりも、頑張るかのう……」
わしは、金貨の重みで少し沈んだソファに深く身を預け、新たな「忠誠心(という名の負い目)」を噛み締めるのだった。
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