第06話:金貨10万枚の防護壁。過剰なる会計秘書室の設立
絶望の荒野に建てられた簡素な木造小屋(宮殿)。その内部は今、物理的な意味で「黄金の輝き」に埋め尽くされていました。魔力回復草の独占販売によって得られた利益、金貨10万枚。一束の銅貨が金貨へと化けたその結果は、六歳の幼女が一生遊んで暮らせるどころか、小国の国家予算を軽々と飲み込むほどの濁流となって、この不毛の地に流れ込んでいたのです。
(ああ、見てください、この暴力的なまでの輝きを! これら一枚一枚が、お嬢様の叡智と決断の結晶。私、アンナ、この金貨の山を前にして心臓がドラムの連打のように鳴り響いております。もし許されるなら、この金貨をすべてお嬢様の肖像画に鋳造し直し、領地の境界線に並べて世界中にその偉大さを誇示したい! ですが、私は冷静な侍女。この莫大なキャッシュを、お嬢様の『全振り』を支えるための最強の盾へと変換するのが、私の真の役目ですわ!)
「お嬢様、金貨の検品と、各方面への支払い準備が整いましたわ。……ですが、この量を私一人で、あるいは今の領地の文官たちだけで管理するには、あまりに『中途半端』な体制かと存じます」
私は、お茶を飲みながら地図を広げているお嬢様の背後で、眼鏡をクイッと押し上げました。お嬢様は積み上がった金貨の山を一度も見ることなく、淡々と答えられました。
「ええ、そうね。お金は使わなければただの光るコインだもの。アンナ、管理は貴女に任せるわ。私は次のステップ、領地の構造改革に集中したいから」
「畏まりました。お嬢様の視界から、雑務という名の不純物をすべて排除して差し上げますわ」
私は深々と一礼し、部屋を出た瞬間に、懐から一冊の「人材リスト」を取り出しました。
(お嬢様は『任せる』と仰った。それは私に、世界最強のバックオフィスを構築する全権を与えてくださったも同義! 中途半端な会計士や事務員では、お嬢様の『狂気』に追いつけません。ならば、王都の銀行や王立アカデミーから、数字の亡者どもを物理的に引き抜いてくるまでですわ。予算? そんなものは今、この部屋に山積みにされていますもの。上限など存在しません!)
数日後、王都の主要な銀行から、十名のエリート行員たちが「ベルシュタイン領への極秘派遣」という名の拉致同然の招待によって、荒野のオフィスへと連行されてきました。彼らは、目の前に広がる金貨の山と、それを守るために私が配置した重武装のメイド軍団を前に、顔を真っ青にして震えています。
「な、なんだこれは……! なぜ、こんな辺境に、王国の全流通量に匹敵する金貨があるんだ!?」
「静かになさい。貴方たちには今日から、お嬢様の『秘書室・会計班』として二十四時間体制で働いていただきます」
私は冷徹な声で告げ、彼らの前に最新の魔導計算機と、「会計マニュアル」を叩きつけました。
「ま、まったくの誤差も許されない、だと? そんなの、神様でもなきゃ無理だ!」
「いいえ。お嬢様を信じる者なら、神を超えて当然ですわ。もし計算を間違えたら、その指が二度とペンを握れないようにして差し上げてもよろしくてよ? ……さあ、愛と数字の天国(地獄)へようこそ」
(ふふ、震えなさい、凡人ども。お嬢様が稼がれたこの資産は、一分一秒を惜しんで『投資』へと回されなければならない。そのための兵站を完璧に整える。それが、お嬢様を愛し、お嬢様にすべてを捧げる私の、狂おしいほどの情熱の形なのですから! お嬢様が『断絶の谷』に要塞を築くと仰るなら、私はその建設費を、世界で最も透明で、かつ最も苛烈な管理下で供給し続けますわ!)
お嬢様は「構造改革」の戦略に没頭され、その足元で私たちがどれほど血を吐くような速度で事務処理を進めているかには、一切気づいていらっしゃいません。それで良いのです。お嬢様の純粋な情熱を、事務作業という泥臭い現実で汚すわけにはいきません。
「アンナ、最近、必要な資材が頼む前に届いている気がするのだけれど。私の心を読んでるのかしら?」
お嬢様が、不思議そうに首を傾げて私を見上げました。その愛くるしい上目遣い! 私の理性という名のダムが崩壊しそうになりますが、私は鋼の自制心で耐え抜きます。
「滅相もございません、お嬢様。お嬢様の『全振り』の思考をトレースすれば、次に何が必要になるかは、統計学的に導き出せる当然の帰結にございます」
(実際は、私がお嬢様の寝言や独り言をすべて魔導具で録音し、三人の分析官に二十四時間体制で解析させ、予測される資材を隣国からあらかじめ強奪……いえ、ゴニョニョ取引で独占確保しているだけですわ。お嬢様の望みは、お嬢様が口にされる前に叶える。それが私の絶対不変の鉄則です!)
「そう。頼もしいわね、アンナ。……あ、でも、金貨10万枚を全部使い切るつもりだから、そのつもりでいてちょうだいね」
お嬢様はいたずらっぽく笑って仰いました。その笑顔に、私は一瞬だけ息が止まりそうになりました。
「左様でございますか。……ならば、私は金貨20万枚分の『価値』を、その10万枚から絞り出してみせましょう。お嬢様の投資効率を、物理的な限界まで高めます」
(全部使い切る? 私はすでにお嬢様の次の『全振り』に備え、他領の商会を経済的に支配し、さらなるキャッシュフローを生み出すための裏の仕組みを構築し始めておりますわ。お嬢様の軍資金が底を突くなど、私の眼鏡が割れてもあってはならないことですもの!)
不毛だった「絶望の荒野」は、今や大陸で最も高度な事務処理と、最も過剰な資本が集積する「影の司令部」へと変貌していました。お嬢様が「要塞都市」を夢見るなら、私はその心臓部として機能する、鉄の意志を持った組織を捧げる。中途半端な事務は、お嬢様の勝利への道を阻む障害に過ぎない。ならば、私はその障害を、物量と規律で粉砕し続けるだけです。
お嬢様の背後に控え、私は眼鏡を拭き直しました。これから始まる「構造改革」という名の、物理的なオールイン。その資金の川が、一滴の無駄もなく、かつ過剰なまでの勢いでお嬢様の夢へと流れ込むように。ベルシュタインの秘書室長は、静かな情熱を眼鏡の奥に燃やし、次の「不純物(中途半端な会計士)」への再教育へと向かうのでした。
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