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第05話:その予算は「過剰」に塗り替えさせていただきますわ

私の目の前には、文字通りの「黄金の山」が築かれていました。魔力回復草の独占販売。一束につき銅貨1枚で仕入れた雑草が、今や金貨1枚。資産価値1000倍という、経済学の教科書を物理的に書き換えるような暴挙を、私のお嬢様は成し遂げてしまったのです。


(ああ、お嬢様! 貴女様のその小さな手から生み出されたこの輝きは、もはや太陽さえも嫉妬するレベルですわ。この金貨の一枚一枚に、お嬢様の叡智が宿っていると思うと、掃除機で吸い込んで私の部屋に永久保存したい衝動に駆られます。しかし、私は冷静な侍女。この莫大なキャッシュを、お嬢様の望む『未来』へと一点投下するための、最強の財布番にならねばなりません!)


「アンナ、そんなに金貨を凝視してどうしたの? 汚れていたら、磨いておいてちょうだい」


「……滅相もございません、お嬢様。あまりの輝きに、少しだけ網膜が歓喜の悲鳴を上げただけですわ」


私は伊達メガネをクイッと押し上げ、表情を鉄の仮面へと戻しました。お嬢様は、積み上がった金貨の山を、まるで道端の石ころでも見るかのような涼やかな目で見つめています。


「さて、この軍資金を持って、お父様のところへ行くわ。ベルシュタイン領の『構造改革』の時間よ!」


お嬢様のその言葉とともに、私たちは旦那様の執務室へと向かいました。そこには、連日の国防問題でクマを作った旦那様が、頭を抱えて地図を広げていました。


「……やはり、東の砦の補修を削って、その分を西の街道の警備に回すか。だが、そうすると南の村が……」


旦那様の悩みは、実に見事な「リソース不足の中途半端な経営」そのものでした。あちらを立てればこちらが立たず。全体を均等に守ろうとして、結局どこも守れない。その弱気な背中に、お嬢様は金貨がぎっしり詰まった袋を、これでもかという重量感で机に叩きつけました。


ドスンッ!


「お父様。その中途半端な予算案、今すぐ破り捨ててくださる?」


「リ、リーゼロッテ!? また君か。……それに、この音は……?」


「ベルシュタイン領の全兵力の維持費、3年分ですわ。……でも、条件があります。この『断絶の谷』に、大陸一の巨城を築きましょう。他の一切の砦の予算をゼロにしてでも、ここに全リソースを集中させましょう!」


お嬢様の過激な提案に、旦那様だけでなく、周囲に控えていた文官たちも腰を抜かさんばかりに驚いています。


「馬鹿な! 全体を守るのが領主の義務だ!」


「お父様、それは『全員で仲良く死のう』と言っているのと同じですわ。弱者が勝つ道はただ一つ。戦場を限定し、そこだけで圧倒的に勝つことだけよ!」


(素晴らしい……! お嬢様のその『選択と集中』。これこそが強者をなぎ倒すための弱者の兵法! 旦那様が理想を語るなら、お嬢様は冷徹な現実を叩きつける。ああ、その凛々しい横顔を今すぐ等身大の銅像にして要塞の門に飾りたい。ですが、まずはこの『狂気の要塞』を現実にするのが私の役目ですわね)


私は旦那様が呆然としている隙に、すでに裏で用意していた「建設ロジスティクス案」をスッと差し出しました。


「旦那様。お嬢様が仰る通り、他を捨て、ここ一点に注力すれば、帝国の軍勢だとしても足止めは可能です。……つきましては、私の権限で、隣国すべての石材と石工を『力尽く』で確保する手はずを整えておりますわ」


「アンナ、君まで何を……! 力尽くとはどういうことだ!」


「文字通りの意味ですわ。他領の公共事業を物理的に停止させ、提示した額の3倍の給料と、お嬢様特製の『特別ボーナス』で彼らの魂を買い取りました。今頃、数百人の職人が馬車でこちらに向かっております。」


私はお嬢様の背後で、冷徹な微笑みを浮かべました。


(お嬢様が一点投下を望まれるなら、私はその一点を『物理的な飽和状態』にまで追い込みますわ。石材が足りない? ならば山一つ買い叩いて崩せばいい。人手が足りない? ならば大陸中の失業者を金でかき集めて軍隊並みの規律で働かせればいい。お嬢様の『確信』を、私は物量という名の暴力で具現化するのです!)


しかし、旦那様はなおも食い下がります。


「だが、村の守りを捨てれば、領民が納得しない!」


「だから、稼いだお金で、全領民を収容できるシェルターを作ります! 建物はまた建て直せますが、勝利の機会は一度失えば二度と戻りません!」


お嬢様が旦那様の襟元を掴んで言い放ったその瞬間、私はすでに「領民大移動計画」の実行ボタンを押していました。


(領民の納得? そんなものは『過剰なる補償』で黙らせれば済む話。不満を漏らす村長には、新築の家と一生遊んで暮らせる年金をセットで叩きつけましょう。お嬢様の視界から、不平不満という雑音を排除する。それが秘書たる私の、最低限の仕事です)


数日後、ベルシュタイン領では歴史に残る大工事が始まりました。断絶の谷には、昼夜を問わず数万人の労働者が溢れ、魔導具による重機が唸りを上げています。


お嬢様は「要塞を築く」と仰いましたが、私はその地下に、さらに過剰な備蓄倉庫と、お嬢様専用の豪華な避難宮殿を建設させています。たとえ地上で戦争が起きようとも、お嬢様のティータイムを妨げる砂埃一つ、地下には通させません。


「アンナ、このペースなら、3年で完成するかしら?」


お嬢様が工事現場を見下ろしながら、ポツリと仰いました。


「いいえ、お嬢様。私の計算では、3ヶ月で終わらせますわ」


「えっ? 3ヶ月? いくらなんでもそれは無茶よ」


(お嬢様。私は、隣国の魔導師ギルドを丸ごと買収し、土木魔法のスペシャリストを24時間交代で300人投入いたしました。彼らには『完成するまでここから出さない』という愛の鞭を振るっておりますので、ご安心ください)


私は眼鏡を指で押し上げ、現場で阿鼻叫喚の声を上げながら魔法を連発する魔導師たちを冷たく見下ろしました。


(ああ、お嬢様。貴女様が望む未来は、このアンナが、世界のあらゆる資源を強奪してでも最短ルートで引き寄せて差し上げます。たとえ神が定めた工期であっても、私の物量作戦の前では、ただの努力目標に過ぎませんのよ)


お嬢様の「全振り」という名のビジネス戦略。それを支えるのは、私という名の「過剰なる兵站ロジスティクス」です。


「……ふふ。アンナに任せれば、本当に何でもできちゃいそうね」


お嬢様が満足げに微笑まれました。その笑顔! その一言! 私の心臓は、今まさに大陸一の要塞をも吹き飛ばすほどの爆発を繰り返しています。


(今の言葉を魔導具で記録できなかったのが一生の不覚! ですが、その喜びをエネルギーに変えて、次は帝国の動きを物理的に封鎖するための情報戦に、全力を投入しますわ!)


私は、お嬢様の斜め後ろで深く頭を下げ、その瞳の奥に燃え盛る情熱を隠しました。お嬢様の「全振り」は、まだ始まったばかり。ならば、私の「過剰」もまた、限界を知ることはないのです。


お読みいただき、ありがとうございました。

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