第13話:影の掃除。お嬢様の視界から「不純物」を排除せよ
要塞の建設が進み、魔力回復草の取引でベルシュタイン領が空前の活気に沸く中、社交界では不穏な空気が流れていました。いえ、不穏というよりは、低俗な嫉妬と無知が混ざり合った、実に不愉快な雑音です。私はいつものように、お嬢様の斜め後ろで完璧な静止画のように控えていましたが、伊達メガネの奥の視神経は、周囲の貴族たちのささやき声を一つ残らず集音していました。
「聞いたか? ベルシュタインの令嬢、狂ったらしいぞ」
「ああ、荒野で雑草を集めているんだってな。挙句の果てに、砦を壊して一点に壁を作っているとか。正気の沙汰じゃない」
隣領のガッシュ伯爵の三男が、酒の入ったグラスを片手に下品な笑い声を上げています。その周囲にいる取り巻きたちも、同調するようにクスクスと肩を揺らしていました。
(……ほう。今、何と仰いました? 狂った? 正気の沙汰じゃない? 素晴らしい。その言葉、貴方様の家系図から最後の一人まで、物理的な絶望と共に後悔させて差し上げましょう。私のお嬢様が、どれほどの覚悟で運命を捻じ曲げようとしているのか。それを理解できないばかりか、泥を塗るような発言をするその不浄な口。今すぐ魔導溶接で塞いで差し上げたい。いえ、それだけでは温すぎますわね。お嬢様への冒涜は、このアンナが管理する宇宙における最大級の重罪です。貴方様の家を、明日には歴史の塵にして差し上げますわ)
私は心の中で、ガッシュ伯爵家の全資産と主要な取引先、そして隠し口座のリストを猛烈な勢いで検索し始めました。脳内にある「お嬢様の敵リスト」のトップに、赤い文字で彼らの名前を刻み込みます。
「アンナ、何かあったかしら? さっきから私の後ろで、すごい熱気が伝わってくるのだけれど」
お嬢様が不思議そうに振り返り、私の顔を覗き込みました。その透き通った瞳に見つめられると、私の汚れた殺意が浄化されそうになりますが、それはそれ、これはこれです。
「いいえ、お嬢様。少しだけ、室温の調整が『中途半端』だと感じましたので、私の愛の魔力で空間を暖めておいただけにございます」
「そうなの? アンナはいつも気が利くわね。でも、あまり無理をしないでちょうだい」
「勿体なきお言葉。」
私は深々と頭を下げ、お嬢様がティーカップを口に運んだ瞬間に、袖口に隠した通信魔導具を起動しました。秘書室長としての、裏の顔の出番です。
「秘書室第4班、聞こえますか。……ターゲットはガッシュ伯爵家。今すぐ彼らが商う主要作物を、全資金を使って差し押さえなさい。それと、彼らの領地から王都へ続く街道を、今この瞬間から『道路工事』の名目で物理的に封鎖。流通を完全にストップさせて」
魔導具の向こうで、私の教育を受けた精鋭たちが「了解、遂行します」と短く答えました。
(お嬢様は『一点突破』を教えてくださいました。ならば、この制裁も一点突破。ガッシュ家の収入源である小麦の物流を一点で封じ、その空隙に我が家の圧倒的な資本力を叩き込む。彼らの負債はお嬢様の身長を遥かに超えるでしょう。お嬢様の視界から、不快な雑音(不純物)を排除する。それが、お嬢様から兵站と管理を任された私の、愛の形なのです!)
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しばらくして、ベルシュタイン領のオフィスでは、お嬢様がいつものように地図を広げて戦略を練っていました。
「不思議ね、アンナ。最近、私をバカにするような手紙や噂話が、ぱったりと止んだの。世界は、私の『全振り』をようやく理解してくれたのかしら?」
「お嬢様の徳が、ついに愚民たちの厚い面皮を突き破ったのでしょう。当然の結果にございますわ」
私は優雅に紅茶を注ぎながら、今朝届いた「ガッシュ伯爵家、破産。全領民はベルシュタイン領への移住と開墾作業を希望」という極秘報告書を、心のシュレッダーにかけて消去しました。
(ええ、お嬢様。世界は優しいのです。私がお嬢様の周りにある棘を、根こそぎ抜き取って、ついでにその棘で刺してきた相手を地獄の果てまで追い回しているだけですわ。お嬢様が歩む道には、花びらと絨毯しか敷かせません。たとえ、その絨毯の下に、何人かの没落貴族が埋まっていたとしても、お嬢様が気づかなければ存在しないも同義ですわ)
「でも、なんだか寂しいわね。批判されるっていうのは、それだけ注目されている証拠だと思っていたから」
お嬢様が少しだけ寂しそうに仰いました。その瞬間、私の心臓が罪悪感で一瞬だけ止まりかけました。
(ああ! お嬢様! なんという強者の思考! 批判すらも活用しようとなさるなんて……! 私の過剰な掃除が、お嬢様の成長の機会を奪ってしまったのでしょうか!? いえ、しかし、お嬢様の尊いお耳に汚らわしい言葉が届くことだけは、私の魂が許しません!)
「アンナ? また眼鏡が光っているわよ」
「……失礼いたしました。お嬢様の輝きが反射しただけにございます。お嬢様、批判が足りないとお仰るなら、私が他領の商人に扮して、お嬢様の素晴らしさを理解できないフリをした論争を仕掛け、それを論破していただくという『マッチポンプ式プロモーション』を企画いたしましょうか?」
「……アンナ。それは、ちょっと中途半端に手が込みすぎじゃないかしら?」
「左様でございますか。……中途半端、それは悪にございますわね。以後、気をつけます」
私は深々と頭を下げました。お嬢様に「中途半端」と言われることほど、私にとっての屈辱はありません。
(お嬢様、申し訳ございません。私の愛が、また効率を無視した暴走を。次はもっと完璧に、お嬢様が『正当な評価を受けている』と実感できるような、高度な世論操作の物量作戦を展開いたしますわ。帝国の新聞社ごと買い取って、二十四時間体制でお嬢様の特集記事を流させれば良いのかしら。ええ、予算は、没収したガッシュ家の資産を全振りすれば足りますわね)
お嬢様は再び地図に向き合い、ギルバート様への次なる投資計画を立て始めました。その横顔は、どこまでも純粋で、情熱に満ちています。
「アンナ、ギルバート様に新しい魔導剣を贈りたいの。でも、ただの高級品じゃダメ。彼の魂を揺さぶるような、唯一無二の逸品が必要だわ。予算は……」
「『上限なし』。承知しております、お嬢様。大陸中の名工を今すぐこのオフィスに連行……いえ、招待いたしますわ。彼らが最高の剣を打つまで、この領地から一歩も出さないという『過剰なる歓迎』と共に」
お嬢様は「ふふ、頼もしいわね」と笑い、私はその笑顔を守るために、また一つ、影で誰かを経済的に抹殺する決意を固めるのでした。
お嬢様、貴女様はただ、真っ直ぐに突き進んでください。その足元に広がる泥沼は、私がすべて金貨で埋め立てて、最高級のシルクで覆い尽くして差し上げますわ。眼鏡を光らせ、私は次の「掃除」のターゲットをリストの最上段へと書き込むのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
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