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第12話:【常識人視点】公務員になったはずが、経済兵団の特攻兵に改造された件

視点:辺境伯領の若手文官マルクス


私は、後悔している。

数年前、ベルシュタイン領の文官試験に合格した時、私は「これで一生安泰だ」と確信していた。地方領主の事務仕事なんて、のんびりとしたものだと思っていたのだ。


だが、今、私の目の前には、血走った目で魔導計算機を叩き続ける同僚たちと、教壇で鞭を振るう「悪魔の教育係」アンナ殿の姿がある。


「全員、整列なさい! 今からお嬢様の叡智、『聖典ソン・シ』の講義を始めます!」


アンナ殿の声が講堂に響く。

時刻は深夜二時。今日の通常業務が終わった直後に、私たちはこの「深夜の過激な教育実習ブートキャンプ」に強制招集されたのだ。


私の手元には、アンナ殿が編纂したという分厚い教本がある。

タイトルは『聖典ソン・シ』。

そこには「選択と集中」「一点突破」「中途半端なリスクヘッジは死への最短ルート」といった、6歳のお嬢様の口から漏れたという、あまりにも苛烈なビジネス理論がびっしりと記されていた。


「アンナさん……無茶ですよ! 明日の朝までに第一章から第十章まで暗唱しろなんて、人間業じゃありません!」


かつての私なら、そう言って泣きついただろう。

実際、同期の一人が震える声でそう異を唱えた。

しかし、アンナ殿は音もなく彼の間近に詰め寄り、冷たい指先で彼の喉元にペン先を突きつけたのだ。


「無茶? お嬢様は6歳にして、この領地の未来に全てを懸けていらっしゃるのよ。……理解できない者は、今すぐ北の荒野の開墾担当へと異動なさい。あそこなら、嫌というほど自分を『集中』させる時間が取れますわよ?」


その冷徹な微笑みを見て、私たちは悟った。

ここには「労働基準法」も「人権」も存在しない。あるのは「お嬢様の勝利」という絶対的なゴールと、それを支える「物量と規律」だけなのだ。


それからの数時間は、まさに地獄だった。

「プライベート、趣味、睡眠。これらはすべて『不要なリソース』です」とアンナ殿は言い切った。

私たちは、お嬢様の理論を脳細胞の隅々にまで刻み込むため、白目を剥きながら聖典を唱え続けた。


「報告書は最短ルートで! 予算配分はまったくの無駄もなく! すべてを要塞建設に一点投下しろ!」


執務室では、怒号のような指示が飛び交っている。

かつてののんびりした雰囲気は微塵もない。

私たちは今や、お嬢様専用の「部品」へと再構築されていた。


ふと見ると、窓の外ではリーゼロッテお嬢様が、不思議そうな顔をしてこちらを眺めていらした。


「アンナ、最近みんなの動きがすごく早いわね。何か魔法でもかけたの?」


天使のようなお嬢様が、首を傾げてそう仰る。

お嬢様、違います。魔法ではありません。

アンナ殿の「物理的な教育(脅し)」と、私たちが流した「血と涙のロジスティクス」の結果です。


「いいえ、お嬢様。皆様がお嬢様の『志』に感銘を受け、自発的に全振りを決意した結果にございますわ」


アンナ殿が、一分の隙もない笑顔で答える。

その背後で、私たちは目の下に深いクマを作りながら、狂ったような速度で書類を捌き続けている。

お嬢様が「みんな、やる気があって嬉しいわ」と微笑まれるたびに、私たちは「もう後戻りはできない」と絶望し、そして同時に、なぜか奇妙な高揚感を感じてしまうのだ。


現在、私たちは「絶望の荒野」に建てられた、小屋(という名の宮殿)で、金貨10万枚という暴力的なキャッシュを管理している。

王都のエリート行員たちが拉致同然で連れてこられ、「計算を間違えたら指が……」と震えながら二十四時間体制で働かされているのを見て、私は「自分だけじゃないんだ」と少しだけ救われた気持ちになった。


「……おい、マルクス。次の要塞の石材発注、隣国の商隊を物理的に足止めして確保したぞ。予算は『上限なし』だ」


隣の席の文官が、虚ろな目でそう報告してくる。

私たちはもう、普通の世界には戻れないだろう。


私たちがこの手で作り上げた「鉄壁の要塞」が完成し、お嬢様が最高の笑顔で勝利を宣言される。

その瞬間のためだけに、私たちは今日もお嬢様のビジネス理論を「聖典」として唱え、心臓を削って書類を積み上げていく。


「さて……。今夜の『聖典ソン・シ』第十一章の講義に備えて、栄養剤をもう一本打っておくか……」


私は、お嬢様の「全振り」を支えるための過剰な歯車として、今日も泥のように働き続けるのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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