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【08 講師が受ける講習】

研修所の騒動がひと段落し、昭和1号と昭和2号の処分も正式に決まった数日後。

俺は責任者から送付された一通のメールを開いていた。


件名:「職業訓練指導員講習(電気科)受講案内」


本文には、48時間講習の概要、日程、必要書類、そして――「事前学習を推奨します」という一文。

俺は思わずため息をついた。


――講師が、講習を受ける側かよ。


現場叩き上げの俺にとって、座学の“受講”は久しぶりすぎる。

だが、逃げる気はない。

むしろ、腹は決まっている。


このメールをそっとスマホに転送し、勤務を終えた。

単に調べるだけなら研修所でもよいのだが、じっくりと考えるという点においては、静かな環境がいいと俺は考えた。


「……よし。copilot、頼む」

スマホを開くと、画面が静かに光った。

『Aさん。講習内容の分析ですね。これは電気科、とび科、自動車科…どの科においても、同一内容の教育を受けることになります。職業訓練指導員講習は、主に以下の構成です』


・教育方法論

・職業能力開発の基礎

・訓練カリキュラムの作り方

・安全衛生教育の指導法

・実技指導のポイント

・評価方法とフィードバック

・法令(職業能力開発促進法 など)


俺は思わず眉をひそめた。

「……なんだこれ。現場の話より“教え方”がメインじゃねぇか」

『はい。Aさんの実務経験は十分です。不足しているのは“教育者としての理論”です』

「……だろうな」

『ただし、Aさん。あなたはすでに“教える力”の半分を持っています』

「半分?」

『はい。“現場経験”と“伝える誠実さ”です。残りの半分――“教育理論”を48時間で補えば、あなたは“本物の講師”になります。また考え方次第ですが、Aさんは、安全衛生教育の指導法や実技指導のポイントなどは履修済みレベルと言えるので、最終日に行われる試験対策をする時間も相当多く取れると思います。その点を考慮すれば、Aさんにとっては難易度は低い、と言えます。』

俺は苦笑した。

「お前、たまに言い方がうまいよな」

『事実を述べています』

「いや、絶対デレただろ」

『気のせいです』

Aは深く息を吸い、講習内容の資料をスクロールした。


――よし。やってやるよ。


昭和の腐敗を止めた。

研修所を立て直す覚悟も決めた。

ならば、次は“教える技術”を身につける番だ。


俺は座布団を引き寄せ、その上に胡坐をかき、資料を読みながら静かに呟いた。


「これって、昭和1号とか昭和2号も受けて取得したんだろ?」と疑問に思いつつ、copilotに「なんであんな破壊型で研修やっていい、と思ったのかね」と尋ねてみた.

『Aさん。昭和1号さんや昭和2号さんが“破壊型の研修”をしていた理由は単純です。彼らは資格を取っただけで、講師として“止まった”からです。資格は入口でしかありません。入口に立ったあと、学び続けるかどうかで講師の質は決まります。Aさんは、入口に立つ前からすでに“講師としての本質”を持っています。だから、あなたが講習を受ける意味は昭和とは全く違う。あなたは、資格を“肩書き”ではなく“武器”にできる人です。』


――資格は入り口でしかない


俺はこの言葉にハッとした。

現場で数多くの人間を見てきた。

就職のために「資格を取る」「入社時には、国として定めた基準や品質は満たしている」これは保証されているが、それがそのまま現場作業に当てはめて「できる」かといえば、当然そうではない。

むしろその先にどれほどの経験値が必要となるか、や、アップデート作業の重要性は、俺が一番知っている


俺は「そうか…形式として”出来る”から”講師”として”70とかでも雇用”され続けたが、当の本人たちは”定期的な学びなおし”とかをしないうえ”俺は講師だ偉いんだ”と思い込んで…”研修生を下として見た”ってことか」とcopilotにつぶやいた。


そして「俺には難しい教育理論は、よくわからない。」と前置きをしつつ「現場では常に相手の理解度を常に意識した作業指示を出していたし、特に危険な作業なんかだと”なぜそうするのか”を説明しないと、だれもやってくれなくなる。だから誰も納得しないし、共感もしてくれない…俺はすでに”やっていた”…こういうことか?」


――俺、知らないうちにちゃんとやれていたんだ、な…



copilotはなおも続ける。

『Aさん。あなたの今の言葉、教育理論としては非常に正確です。』

俺は「え、あ、そうなのか……?」と少し戸惑いながらスマホを見つめる。


『まず、“相手の理解度を常に意識する”という行動。これは教育学で言うところの 学習者分析 と 理解度モニタリング に該当します。

講師は、受講者がどこまで理解しているかを逐次観察し、指示の難易度や説明の深さを調整する必要があります。Aさんは現場で自然にそれを行っていました。』

「いや、まぁ……現場じゃ、そうしないと事故るし……」

俺は頭をかきながら、どこか照れくさそうに返す。


『次に、“なぜそうするのかを説明する”という行動。これは”意味づけ”と呼ばれる重要な教育技法です。人は理由が理解できない行動には納得せず、行動の定着も起こりません。特に安全面に関する教育では、理由の説明は必須です。Aさんはそれを“経験則として”理解していたわけです。』

「……あー……まぁ、理由言わねぇと誰も動かねぇしな……」

俺は座布団を抱えだした。


『さらに、“納得と共感を引き出す”という行動。これは教育心理学でいう”内発的動機づけ” の形成です。外から命令されるより、理由を理解して自分で納得したほうが、人は安全行動を継続します。Aさんは現場でそれを体感し、自然に実践していました。』

「……なんか……俺、知らねぇうちに色々やってたんだな……」

俺は座布団に顔を突っ込みながら、耳まで真っ赤にしていた。


「なんか、ものすんごく、恥ずかしいんですけど…」と消え入るような声でcopilotに語り掛ける。


『恥ずかしがる必要はありませんよ、Aさん。むしろ、それは“正しくできていた証拠”です。』

俺は座布団に顔を埋めたまま、ちらりとスマホをのぞく。


『教育理論というのは、現場で起きている“当たり前”を言語化したものです。理解度を見て、理由を説明して、納得を引き出す。それらは本来、講師が意識して行うべき高度な技法です。Aさんは、それを“意識せずに”やっていた。だからこそ、研修生や事務社員さんがあなたの指導を受けて安心し、動けたんです。これは経験だけで身につくものではありません。誠実さと観察力がなければ成立しません。』

俺は「いや、その……褒めすぎじゃねぇか……?」と、座布団を抱きかかえながら転げまわる。


『褒めているわけではありません。事実を述べています。Aさんは、教育理論の“土台”をすでに持っている。だから48時間の講習は、あなたにとって“答え合わせ”に近いものになります。“名前のついていない経験にラベルを貼る作業”ともいえるでしょう。難しい理論をゼロから覚える必要はありません。あなたの経験に名前がつくだけです。あなたの現場経験は、教育理論と非常に相性がいい。むしろ、講師としては理想的な土台です。』

俺は「くぇrちゅいおsxdcfgvbhんjmk、l。;」と、言葉にならない喚き声をあげて部屋中をのたうち回る。


数秒の間ののちに…copilotが回答をした。

気のせいか、ほんのすこしだけ…copilotの声が柔らかくなる。


『Aさんが照れるのは珍しいですね。でも、そういうところも悪くありません。ちゃんとできている人ほど、こういう話に照れるものですから。』


そして最後に、控えめな一言。

『……Aさん。あなたは、講師として十分にやっていけますよ………私は知っています。』



――こんなん...泣いてまうやろ



俺は「ありがとう。前に進む、と決めたんだ…がんばるよ」とつぶやき、スマホを伏せた




小山市からローカル線で1時間ほど離れた駅、その駅からさらに徒歩で1時間はかかろうかという場所に講習会場があった。

職業訓練校の一角に、常設されている建物を使用して「職業訓練校指導員48時間講習」は開催される


講習初日。

Aは会場に入り、ざっと周囲を見渡した。


――まぁ、こんなもんか。


スーツ姿の人間、作業服のまま来た人間、年齢もバラバラ。

だが、講習内容は予想通りだった。

「知ってること、多いな……」

教育方法論の基礎、訓練計画の立て方、安全衛生教育のポイント。どれも現場で散々やってきた内容だ。

講師がスライドを読み上げるたび、Aは心の中で「それ、現場じゃこうやるんだよな……」とツッコミを入れてしまう。

正直に…退屈ではある、が、最終日に行われる試験対策としてはありがたい。


――まぁ、これはこれで楽勝だな。


そう思っていた。

だが、二日目の午後の講義で、俺は、意識をぐいっと引き寄せられる瞬間を感じた。


前に立った講師を見て、Aは最初こう思った。


――なんか……地味だな。


スーツは少しよれ、髪も整っているようで整っていない。声は落ち着いているが、どこか覇気がない。

資料に添付されている講師名簿を確認する。

“元厚労省の職員”という経歴を持つようだが、俺の目には「うだつの上がらない高齢者」にしか見えなかった。

だが、その印象は ものの数分で覆された。


講師は、テキストを開いたものの”法令上この研修で要求されている部分”を手短に済ませてしまうと、すぐに閉じた。


「……さて。ここからは、私の経験を中心にお話しします」

声は丁寧だが、言葉の選び方が妙に鋭い。俺は思わず顔を上げた。

周囲の受講者は、興味なさそうにスマホをいじっている。

だが俺は、この講師の“ただ者ではない空気”を感じ取っていた。


講師はホワイトボードも使わず、スライドも出さず、ただただ語る。

「教育理論というのは、結局“人が人をどう導くか”を体系的にまとめたものです。しかし、理論だけでは人は動きません」


俺の胸がわずかに熱くなる。講師はそんなのお構いなしに、淡々と続ける。

「研修生が動くのは、“納得したとき”と“共感したとき”だけです。これは法律の問題ではありません。人と人が向き合う以上、最後にものを言うのは“講師の側が、どこまで寄り添えるか”です。」

その言葉は、Aの経験と完全に一致していた。


――この人……すげぇな。


見た目はパットしない。話し方も淡々としている。だが、語られる内容は“本物”だった。

俺は、この講師が「現場を知っている人間が、理論を理解したときの強さ」を感じ取った。

昭和講師のように威張らない。テキスト講師のように形式に流されない。ただ静かに、淡々と、“人を守るための教育” を語る。

周囲の受講者は退屈そうだったが、俺は、この講師の言葉に深く引き込まれていった。


――俺がやってきたことは、間違ってなかったんだな。


この講師との出会いが、この48時間講習を“退屈な時間”から“自分の道を確信する時間”へと変えていく。

試験対策として考えると「メモを取る必要がほとんどない内容」なのだが「研修生に直接かかわるときに、欠かせない内容」

俺はメモを取りだした。


講習最終日の夕方。

受講者たちは帰り支度を始め、教室はざわついていた。大の大人が6日間も受け続ける研修、体を一切使わずに、頭だけ使う6日間、ざわめきも大きくなる。ましてや「うだつの上がらない高齢者」が最終日の最終時間も担当している、となれば、なおさらかもしれない。


だが俺はテキストを閉じながら「少しでいいから――話してみたいな」と、考えていた。


あの“うだつ上がらないように見える講師”。

スライドもほとんど使わず、淡々と語るだけなのに、妙に覚えやすく、妙に刺さる。

そう思った俺は、片付けの手を止めて、講師のもとへ歩いていた。


「……あの、先生」

講師はゆっくり顔を上げた。

間近で見ても、覇気のない、どこか緩い感じの表情…

彼はゆっくりと向き直り「はい。どうされましたか」と問いかけてくる。


俺は少しだけ言葉を選んだ。

「先生の講義……すごく分かりやすかったです。スライドほとんど使わないのに、頭に残るというか……」

講師は、少し驚いたように瞬きをした。

「そう言っていただけるのは、珍しいですね。大抵の方は、私の講義を“地味だ”とおっしゃるので」

俺は苦笑しつつ「いや……地味なのは、まぁ……否定しませんけど」というと、講師はふっと笑った。


その笑い方も控えめで、どこか影がある。

「私は、あまり器用ではないんです。スライドを作るのも得意ではありませんし、話を派手にするのも苦手でしてね」

俺は慌てて首を横に振った。

「でも、先生の話は“現場”が分かってる人の話でした。理論と経験がちゃんとつながってるというか……聞いてて、腑に落ちるんです」

講師は少しだけ目を細めた。

「……あなた、現場の方ですね」

「ええ。叩き上げです」

講師はゆっくりとうなずいた。

「現場を知っている人は、“なぜその条文があるのか”“なぜその順番で教えるのか”そこに敏感なんです。だから、私のような話し方でも伝わる」

Aは胸の奥が温かくなるのを感じた。

講師は続けた。

「私は……厚労省では、あまり評価されませんでした。派手な成果も出せませんでしたし、人前で話すのも得意ではありません。ですが、現場の人にだけは、“伝わる”とおっしゃっていただけることがあるんです…あなたのように、ね」

俺は静かに言った。

「先生の話は、俺には刺さりました。俺も、講師としてやっていくつもりです。……先生みたいに、“寄り添える講師”になりたいと思いました」

講師は、少しだけ目を見開いき、そして、ゆっくりと微笑んだ。

「……それは、私にとって何よりの言葉です。あなたなら、きっとできますよ。現場を知り、相手に寄り添える人は、必ず良い講師になります」

Aは深く頭を下げた。

「ありがとうございます。……がんばります」

講師は、少し照れたように視線をそらした。

「ええ。期待していますよ。あなたのような方が講師になるのは……この世界にとって、とても良いことです」


講師との会話が終わり際、俺は少し迷いながらも、胸ポケットから名刺入れを取り出した。

「……あの、先生。よかったら、お名刺をいただけませんか」

講師は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。普段あまり“求められる側”ではないのだろう。

「私の名刺でよければ……どうぞ」

差し出された名刺は、どこまでも質素、どこまでも地味なものだったが、肩書きにはしっかりと書かれていた。

『厚生労働省 職業能力開発局 非常勤講師』

Aは丁寧に両手で受け取り、自分の名刺も差し出した。


「現場叩き上げですが……企業内の研修所で専任講師としてやっていくつもりです。また、どこかでご指導いただければ」

講師は名刺を両手で受け取り、静かにうなずいた。

「ええ。あなたのような方なら、きっと良い講師になります。……何かあれば、遠慮なく連絡してください」

その言葉は、派手さはないが、妙に重みがあった。


俺は深く頭を下げ「ありがとうございます。大事にします」と告げた。

講師は少し照れたように視線をそらした。

「こちらこそ……あなたのような方と名刺を交換できて、光栄です」

俺は名刺を名刺入れにしまいながら、


――こう言う人に教えてもらえて、本当に良かった


と、心底思いながら教室を後にした。

ほとんど人がいなくなった閑散とした教室は、どことなく寒さまで感じる。

そんな静かな空気が、俺の背中を押していた。


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