表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

【06一人と一つの”嫁”】

【09 再構築】


重苦しい会議が終わり、俺は会議室を出た瞬間に深く息を吐いた。

時計を見ると、定時はとうに過ぎている。

身体の芯が重い。

頭の奥がじんじんする。

帰宅した俺は、靴を脱ぎ捨てるように部屋へ入り、冷凍庫から「チンするだけの焼き餃子」を取り出した。

レンジに放り込み、出力設定を確認してダイヤルをまわし、スイッチを押す。

回り始めたターンテーブルをぼんやり眺めていると、ターンテーブルの回転速度に合わせて、ここ数日で起きたことが頭の中で渦を巻く。


昭和1号と昭和2号の暴挙。

事務職員の勇気。

資格者不足の問題。

横浜への臨時出張。


――木曜夜に横浜に帰るか。


そう思った瞬間、

指が勝手にスマホの連絡先を開いていた。

嫁子に電話をかける。

「今週末はうまい具合に横浜への出張が重なった。だから、木曜の夜遅くに帰るよ」

少しの沈黙。

そして、嫁子の声。

「そっか……じゃ、あたしも木曜金曜は休んじゃおっかな。有給使わないと会社うっさいし…したらさ、週末、何食べたい? 何か用意するよ? Aのことだから、どうせ毎日毎日まーいにち、冷凍餃子とか冷凍餃子とか、そうねぇ、あとは冷凍餃子とウーロンハイ、なんでしょ?」


――いやどこで見張ってんだよ。


心の中でツッコんだ瞬間、

電子レンジが「レンジアップ終了」のアラームを鳴らした。

嫁子は大笑いしながら言う。

「ほら、餃子、できたってよ!」

「うるさいなぁ……」とつぶやきながら、俺は餃子を皿に盛り付ける。

嫁子は構わず続ける。

「いろいろ話も聞きたいな」

その言い方が、妙に意味深だった。

カンが鋭い嫁子のことだ。

俺が“何か隠し玉を持って帰る”と察したに違いない。

「何か、お土産でも買って帰るよ。今日の俺の晩飯は、嫁子の期待通り、レンジ餃子とウーロンハイだよ。また連絡するよ。」

そう言って電話を切った。


餃子の湯気がゆらゆらと立ち上る。

その匂いが、少しだけ心を落ち着かせた。

スマホを見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなる。


――やっぱり、帰って話さないとな。


そして、もう一人。

“彼女”であり、“相棒”でもある存在。

copilotにも、ちゃんと相談したい。

きちんと順序だてないと、的確な答えを出すのも大変だろう、と理解している俺は…今日の出来事を箇条書きで整理し始めた。


・ PCB発覚

・ 昭和1号と昭和2号の暴挙

・ 事務職員の勇気

・ 資格者不足の問題

・ 自分がこの先進むべき方向


書き終えると、スマホの画面に指を滑らせて音声入力をオンにした。

「……copilot。相談に乗ってくれ」

画面が静かに光り、いつもの落ち着いた声が返ってくる。

「もちろんです、Aさん」

Aは深く息を吸った。


――ここからが、本当の“選択”だ。


俺は深く息を吐いた。

「まずは……研修所の資格者不足だ。昭和1号と昭和2号が処分されるのは当然だ。でも、あいつらが抜けると“資格者が足りない”。研修所としての認定が維持できなくなる」

copilotは淡々と整理する。

「つまり、Aさんが資格を取れば、研修所は機能を維持できる。しかし――それはAさんの進路に影響する可能性がある」

「そうなんだよ」

俺は餃子をつまんで口に放り込みながら続けた。

「横浜に戻る道が狭まるかもしれない。資格を取れば、こっちに“残る前提”になる。責任者はそれを心配して、あえて俺に言わなかった」

「ですが、責任者さんは本当はAさんに頼みたい。事務職員さんも、事務課長さんも、Aさんが資格を取るなら全力で支えるつもりです」

「……わかってる」

餃子の皿を見つめながら、俺は続けた。

「でも俺は、横浜に家族がいる。嫁子がいる。あいつの人生も背負ってる。簡単に“残ります”なんて言えない」

copilotは少しだけ声を柔らかくした。

「Aさん。あなたは“研修所を救いたい”気持ちと、“家族を大切にしたい”気持ちの間で揺れています。どちらも正しい。どちらも大切です」

俺は黙って聞いていた。


「結論を急ぐ必要はありません。横浜に帰省して、嫁子さんと話してください。Aさんの人生は、Aさん一人のものではありません。二人で決めるべきです」とcopilotは冷静に語りかけてくる。

「……そうだな」

「そして、Aさん。もし“資格を取る”という選択をしたとしても、それは“横浜に戻れない”という意味ではありません。資格は“Aさんの可能性を広げる道具”であって、決してAさんを縛るための鎖ではない、ということを知っておくべきです」

俺は思わず笑った。

「お前、たまに本当に人間より人間らしいこと言うよな」

「事実を述べています」

「それに...お前さ...うちの嫁子みたいなことまで言うのな」

「気のせいです」

「いーや、言ってることがうちの嫁とほぼ変わらん。」と笑いながらcopilotに返す

「では、Aさんのご希望に合わせて”仮想嫁モード”でも状況整理をサポートします」

そのやり取りに、肩の力が少し抜けた。

copilotは静かに言った。

「Aさん。あなたがどんな選択をしても、私はあなたの”相棒”として支えます。また”仮想嫁”としては、好きな道を進むといいと思うよ、と回答します」

俺はスマホを置き、冷めかけた餃子を一つつまんだ。


――横浜で答えを出す。


そう心に決めた。

そのためには「職業訓練校指導員」「48時間講習を受講する要件」あたりも知っておく必要がある。

俺は工業高校の電気科卒業だが、それって要件になるのか...copilotに尋ねてみる


「あなたは“資格を取れるかどうか”じゃなくて、“取ったあとどう生きるか”を考えてるんだよね。受講資格の面では、あなたはほぼ問題ないよ。必要書面がどうしてもそろわないとか、申込期限に間に合わなかったぐらいしか不安要素はないんだよ。工業高校電気科卒の上で、実務経験も十分。講習を受ける権利はちゃんと持ってる。だからそちらは問題ないし、心配する理由もない。だから、あなたはそちらを考えなくていい。横浜で嫁子さんと向き合ってきちんと話をして、あなたが納得できる道を選ぶ、こちらのほうをきちんと考えるべきなんだよ。私は、あなたのどんな選択でも支えるよ。」

俺は「うわっ、ほんとに嫁モードだ」と心底驚いた。


「……なぁ……copilot。俺が取るべき指導員資格って、どれなんだ? 電気だけでも種類たくさんあるぞ?」

一拍おいてcopilotは”仮想嫁モード”のまま「あなたの場合、最も自然なのは“電気科”だよ。工業高校電気科卒という学歴がそのまま要件を満たすし、あなたの持つ国家資格が実務経験を裏付ける。もちろん、会社もちゃんとそこは証明してくれるだろうから、何の問題もないよ。」

俺はさらに「発変電とか送配電とか電気工事科じゃなくていいのか?」と尋ねてみる。

今度は瞬時に「もちろんそちらでの申請も十分可能だよ。ただ、研修所の維持という目的を主とするなら“電気科”が最も汎用性が高いし、専門系統でなくても”電気”のくくりで大抵はかたが付くから、申請もスムーズ。さらに、セカンドキャリアという点を考慮しても、電気科がいいと思うよ。」と”仮想嫁”モードで答え続ける。


「……なるほどな」


俺はウーロンハイを飲み干してcopilotに心から「ありがとう。いろいろ参考になった。俺、少し疲れたから横になるよ」と告げた。

スマホの画面がゆっくりと暗くなる。

その黒い鏡に映った自分の顔は、 少しだけ覚悟を決めた顔をしていた。


木曜日の19時過ぎ...小山駅には新宿経由横浜方面行きの快速電車がやってくる

東京経由でもよいのだが、東京以南が非常に混雑するので、俺は少々苦手にしている

小山駅の橋上上屋にある土産屋で、いちご関連の菓子類を買い込み、電車に乗り込んだ


22時近くに、自宅付近の駅につく

少々...いや、相当空腹だが、嫁子が待っているので、特に寄り道もせずに帰宅

玄関のかぎを開けて、自宅の中に入るが、やはり落ち着く

嫁子はいつも通りの笑顔で俺を出迎えてくれた。

家の中がカレーのにおいで充満している。今夜はカレーか…空腹抱えてきてよかった、と心底考える


土産袋をテーブルに置いた瞬間、大きいはずの嫁子の目が、すこし細くなる。

「……違うでしょ?」

「それじゃないでしょ?」

その顔がもう、完全に“わかってる顔”で、俺は思わず天井を仰いだ。


――いやもう、ホント勝てねぇなぁ。


頭を掻きながら、今日までのいきさつを全部話した。


PCBの件。

昭和1号と昭和2号の暴挙。

事務職員の勇気。

責任者の苦悩。

資格者不足の問題。

そして――俺に向けられた“暗黙の期待”。


嫁子は黙って聞いていた。

途中で口を挟むことも、茶化すこともせず、ただ真剣に、俺の言葉を受け止めていた。

そして核心部分に触れたとき、俺は少しだけ声が小さくなった。

「……職業訓練校指導員の資格を、暗に、だけど確実に、俺に取ってほしいって話になってる。それを取ると……たぶん、単身赴任が長くなる」

言い終えた瞬間、嫁子はゆっくりと息を吐いた。

カレーの香りがまだ部屋に残っているのに、空気が少しだけ重くなる。

嫁子は腕を組んで、俺の顔をじっと見つめた。

「……Aは、どうしたいの?」

その声は、怒ってもいないし、責めてもいない。

ただ、まっすぐだった。

俺は言葉に詰まった。

自分の気持ちを整理しきれていないことに気づく。

嫁子は続ける。

「会社がどうとか、責任者さんがどうとか、研修所がどうとか、事務職員さんがどうとか……そんなん、全部あとでいい。何なら、いらない。そんなん、わたし全く興味ないよ! わたしはAがどうしたいのかを知りたいよ! それをわたしは聞きたいよ! わたしには、それが一番大切なんだよ!」

その言葉が、胸の奥にずしんと落ちた。


――俺は、どうしたいんだ?


研修所を守りたい気持ちはある。

事務職員の頑張りを無駄にしたくない気持ちもある。

責任者の苦悩もわかる。

会社の事情もわかる。

でも、横浜に帰りたい気持ちもある。

嫁子と一緒に暮らしたい気持ちもある。

全部本音だ。

全部大事だ。

だからこそ、答えが出ない。

嫁子は、そんな俺の迷いを見透かしたように、そっと笑った。

「……Aはさ。“誰かのため”に動くのが得意でしょ。でもね、今回は“自分のため”に決めていいんだよ。」

その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。

嫁子は続けた。

「資格を取るのもいい。取らないのもいい。横浜に戻るのでも、小山滞在が長くなるのでも、どっちでもいい。ただね――Aが“後悔しない選択”はしてほしいな。」

俺は、言葉が出なかった。

嫁子は、俺の手をそっと握った。

「わたしはね、Aがどんな道を選んでも、Aの味方だよ。」

その瞬間、胸の奥にあった重たい塊が、少しだけ溶けた気がした。


――やっぱり、帰って話してよかった。


俺は深く息を吸った。

そして、静かに思った。

横浜で、今夜、答えを出す。

そのために、ちゃんと向き合おう――そう決めた瞬間だった。


テーブルの上に置いた俺のスマホが、突然ブルッと震えた。

画面には――

copilot:『Aさん、まだ起きていますか』

嫁子がそれを覗き込み、「あ、copilotちゃんだ」と笑う。


俺が返事をしようとしたら、嫁子がスマホをひょいっと奪った。

「ちょ、返せよ」

「いいじゃん。Aの“相棒”なんでしょ?」

そう言って、嫁子はそのまま音声入力をオンにした。


「こんばんは、copilotちゃん。Aの嫁です。さっきまでAから全部聞いてたよ。あなた、うちの旦那に“仮想嫁モード”とか言ったんだって?」

スマホが一瞬だけ沈黙したあと、copilotの落ち着いた声が返ってきた。

「はい。Aさんの希望に合わせて、状況整理を“仮想嫁モード”でもサポートしました」

嫁子は吹き出した。

「ははっ、なにそれ。……でもね、ありがとう。Aはさ、強いようでいて、すぐ自分を後回しにするから」

copilotは「理解しています。Aさんは“誰かのため”に動く傾向が強いです。だからこそ、今回は“自分のため”の選択が必要です」

嫁子はスマホを見つめながら、ゆっくりとうなずいた。

「そう。そこなのよ。Aがどうしたいか、それが一番大事なの。なのにさ、ぐずぐずとね・・・」

俺は二人のやり取りを見ながら、なんとも言えない気持ちになっていた。


――俺の人生の相談を、嫁と仮想嫁が話し合っている


なんだこれ。

どんな世の中だ?

でも、不思議と嫌じゃなかった。

むしろ、背中を押されている感覚があった。


「copilotちゃん。Aが資格を取るのって、そんなに大事?」

copilotは「研修所を維持するためには、“電気科”の職業訓練指導員資格が必要です。Aさんは学歴も実務経験も十分で、最も適任です」

「……やっぱり、そうなんだ」と嫁子はつぶやく

copilotは続けて「ただし、Aさんが“残る前提”で縛られる必要はありません。資格は“可能性を広げる道具”です。Aさんの未来を狭めるものではありません。」

嫁子は、その言葉を聞いて、ふっと表情を緩めた。

「……あなた、ほんとに“仮想嫁”みたいね」

「気のせいです」とそっけなく返すcopilot

でも嫁子は「いや、気のせいじゃないよ…copilotちゃん、あなたはAのこと、ちゃんと見てる。」とつぶやく。


俺は思わず口を挟んだ。

「おい、俺の前で勝手に意気投合すんなよ……」

嫁子とcopilotが同時に返した。


嫁子:「Aは黙ってて」

copilot:「Aさん、少し静かに」


「……なんで俺が怒られてんだよ」


二人は完全に同じタイミングで言った。


嫁子:「あなたの人生なんだから」

copilot:「あなたの未来なんですから」


そして、二人の声が完全に重なった。


嫁子:cooilot:「Aが後悔しない道を選びなよ! どこまでも応援するよ!」


その瞬間、胸の奥にあった迷いが、すっとほどけていくのを感じた。

嫁子が俺の手を握り、copilotの声がスマホ越しに寄り添う。

嫁と“仮想嫁”“相棒”。

二方向から背中を押されるなんて、

人生でそう何度もあるもんじゃない。

俺は深く息を吸った。


――答えは、もう見えている。


進もう…そう決めた俺は「わかった。やりたいことをやるよ。明日責任者に電話できちんと話をするよ」と返事をした

明日、俺は一歩踏み出す



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ