表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/25

8話

 それから二人は、最寄り駅から電車に乗って、少し離れた複合商業施設を訪ねた。


 最初に訪れたのは一階のフードコート。早速二人はアイスクリーム屋に寄って、トリプルとホットティーを注文し、十五分ほど談笑しながらゆっくりと食べ終える。それからフラッと書店に立ち寄って、流行りの漫画や雑誌コーナーを巡回するも、気になるものが無かったので、突き刺さる店員の視線に痛みを覚えながら、そのまま店を出る。


 三番目に立ち寄ったのは本命の服屋だ。


 カジュアルなファッションブランドとして有名な、赤と白の看板が目印のユニクロ。


「初めて自分で服を選ぶから、少しドキドキする」


 そう言いながら店の敷地に恐る恐る足を踏み入れる水鳥の顔を、紅音は驚き覗き込む。


「施設だと自分で選べないの?」

「ううん、そんなことはないよ。ただ、私を担当してくれた職員さんは、早く済ませるために選択肢の中から選ばせるようにしてくれる人だったから。完全な自由は初めて」


 なるほど――確かに、子供の優柔不断に付き合っていては仕事もできないだろう。


 しかし、だとすれば猶更、今日、ここに水鳥を連れてきてよかった。


 紅音は「そっかぁ」と微笑むと、水鳥の手を引っ張って婦人服の方へ歩き出す。


「それじゃ、一緒に自由を満喫しよう」


 そう伝えると、心なしか明るい声色で水鳥は「うん」と頷いた。


 自由と責任は表裏一体で、昔より自由に過ごせるようになったということは、その分だけ自己責任で遂行するべき物事が増えたということ。しかしながら、実際には後見人である雪子が大半の責任を負ってくれる。それでいて、水鳥は昔より自由だ。この差異は、共同生活であるが故に規則の下で画一的に、公正に管理することと、事情を知る人間が融通を利かせてくれることの間に生まれる。前者には繋がりの良さがある反面、後者には孤独という自由がある。繋がりを噛み締められない水鳥にとっては、孤独の方がずっと居心地が良いのだろう。


 紅音は親の責任というものに想いを馳せながら『自分は家族に恵まれているんだなぁ』とひしひしと感じつつ、水鳥の服を選び始める。


「それではお客様、気になるお召し物はございますか?」


 紅音が手を揉みながらお姫様の顔色を窺うと、水鳥は「うむ」と不器用に不遜な態度を取る。


「私、あんまりスカートを持ってないから見てみたい」

「なるほど、それでしたらこちらですね」


 紅音が手で促した場所には、様々なスカートが陳列されている。


 初夏らしい生地が薄めの膝丈スカート、ミディスカートから、ロングスカート。それから、少し脚が見えすぎるのではないかと心配になるようなミニスカートまで。シルエットはタイトにプリーツにフレア。デニムにバルーンと幅広い品揃えで目が回りそうだ。


 そんな中、水鳥が真っ先に近付いたのは、カジュアル筆頭のデニムロングスカート。


「これ、私に似合うと思う?」


 水鳥が手に取ってこちらに確かめてくれるので、紅音は嬉しくなりながら頷いた。


「水鳥ならカジュアルな着こなしも様になると思うよ。不安なら、試着してみる?」

「あ、うん。でも――試着室予約してないから」


 そう言いながら一瞥するように試着室に向けた目を、水鳥はひょいとスカートに戻す。


 紅音は押し黙って、真顔で腕組みして首を傾げた。予約――? 何を言っているんだ? と、そんな風に十秒ほど黙って考えた紅音は、ハッと顔を上げて唖然と水鳥を見詰めた。


「もしかして、試着に予約が必要だと思ってる?」

「……必要だよ?」

「ひ、必要ないよ! 少なくともユニクロは必要ない!」


 しばらく黙って紅音の顔を見詰めた水鳥は、相変わらずの無表情のまま徐にスマホを取り出して調べ物を始めた。そして、十数秒後、物言わぬまま口を押さえて、更に十秒黙った。


「知らなかった。流石にちょっと恥ずかしいかもしれない」


 どうやら誤解は解けたようで、紅音は胸を撫で下ろしながらフォローを入れる。


「まあ、知らないことは調べるけど、間違った知識を調べ直すのって切っ掛けが必要だもんね」

「下手なフォローをされると余計に恥ずかしいからやめて。黙って忘れて」

「これは失礼いたしました。それで――試着してみる?」

「うん、する。これって何枚か持っていって大丈夫?」

「常識の範囲内なら大丈夫だよ!」


 サムズアップする紅音に頷いて、水鳥は気になるスカートをカゴの中に積んでいく。


 博識で常識的で、理性的な水鳥もそういう勘違いがあるんだなぁ――と、横顔を眺めながらしみじみと思った紅音は、その根源が児童養護施設という環境にあるのかと考え始める。しかし水鳥の話を聞いている限りでは、水鳥には合わなかったというだけで、大人が見守る理想的な共同生活の場ではあるのだろう。では、彼女が時折見せる歯車の狂いはどこに由来するものなのかと思考を展開していくと、やはり、行き着くのは生まれ。


 ――親なのだろう。水鳥がどういう家庭に産まれたかはさておき、単なる別離以上の毒(なにか)が水鳥と親の間にあった。それが今も彼女の生活を蝕んでいるように思う。


 そんなことを考えていると、水鳥は試着したいスカートを見繕い終えたのか、カゴを持って歩き出そうとする。その背中を追って紅音も歩こうとすると、不意に水鳥が止まった。


 視線の先にはプリーツのミニスカート。一瞬、明らかに彼女の目がそれを捉えた。


 しかし水鳥は視線を切って試着室へ向かおうとするので、紅音は思わず服の裾を摘まんだ。


「あれも試着してみたら?」


 純粋な問い掛けだったが、水鳥は疚しさを隠すように目を逸らす。


「あんまり可愛いのは私に似合わないと思う」


 確かに――表情がクールなので可愛い寄りの格好はチグハグな印象を与えるかもしれない。


 しかし、『かもしれない』可能性に怯えて歩みを止めるのは勿体ないと紅音は思う。


「まあ、まずは試着してみよう。大丈夫、似合わなくても今日は私しか見ないから。私に似合わない服を見せると思って、一回。どうかな」


 そう思ってハンガーを外して手渡すと、水鳥は少し考え込むように、黙ってそれを見詰める。


 やがて恐る恐るそれを頷くと、無表情ながらも緊張を察せるくらい、ぎこちなく頷いた。


「分かった」


 ――そう言って試着室に消えていった水鳥を、紅音は少し離れた場所で待つ。


 初めての試着ということで、少し躊躇いがあったのだろう。三十秒ほどでようやく彼女の穿いていたパンツがストンと試着室の床に落ちるのが、カーテンの下から見えた。何だか疚しい気持ちになった紅音は目を瞑って天井を仰ぎ、衣擦れの音に耳を傾けながら水鳥を待つ。


 やがて、カーテンが開いてデニムのロングスカートを穿いた水鳥が出てきた。


「どうかな」


 上は当然ながらオフショルダーのシャツのまま。下はくるぶし辺りまでのデニムスカート。


 ボトムス一つでここまで印象が変わるのかというくらい、彼女の姿に大人っぽい清楚さが加わった。それでいて、デニムという材質が堅苦しくないカジュアルさを支えている。


 紅音は満面の笑みでサムズアップを返した。


「とても似合う! それは買おう!」


 すると、水鳥は黙って頷く。こういう時に返事をしない彼女は照れているか嬉しいのだと段々と分かってきた紅音は、不安に思うことも無く、笑顔でカーテンが閉まるのを見送る。


 それから三着ほど試したスカートの全てが、全く異なる印象を与えつつもよく似合っていたので、会計を心配する水鳥をよそに、紅音は全て購入することにした。


 そして最後の一着。カーテンが開くと、そこに立っていたのは太ももの半ばより少し長い丈のスカートを穿いた水鳥だった。彼女は裾の方を気にしながら無言で紅音を見詰める。


 『どうかな』とも言わないのは、水鳥がその服を似合っていないと思っているかだろうか。或いは、それとは無関係に恥ずかしいだけか。さておき、紅音は正直に可愛いと伝えようとして――ふと、水鳥の視線が俯いたことに気付く。不安なのだろう。


 水鳥にとって、これは初めての体験だ。初めて自由に服屋を見て回り、初めて試着室を使って、初めて短いスカートを穿いた。その不安を『可愛い』の一言で済ませるのは、何だか少しだけ寂しいような気がして、紅音は一拍を置くと、少しだけ言葉を尽くす。


「水鳥はそういうの、自分に似合わないって思うかもしれないけれど――私は、とても似合うと思った。やっぱり、可愛い系も凄く合ってて好きだな」


 努めて不安を拭えるように言葉を費やすと、水鳥は一度、静かに身体を揺らした。


 そして不安そうに裾を摘まんでいた華奢な手が、何かを取り戻すように胸元まで戻り、俯いていた琥珀のような眼差しが、揺れながら星を見るように紅音へと戻る。紅音の能天気な笑顔を中心に捉えた水鳥は、表情は変わらぬまま、けれども確かに、安心した。


「これも買いたい」


 その言葉が水鳥の口から聞けただけで、背中を押した甲斐があるというもの。


 紅音は「もちろん!」と笑顔で快諾し、それを受け止めた水鳥は――「――ありがとう」と、真っ直ぐに紅音を見詰めながら、表情に乗せられない感情を沢山込めて、そんな感謝を告げた。


 さて、そうして試着室から出てきた水鳥の持つスカートを、紅音は全てカゴで受け止める。


「ところで、お金は大丈夫?」


 不意に、水鳥が紅音の顔を覗き込みながらそう尋ねてきた。心配なのだろうか。


 紅音はカゴの中のスカートを一瞥し、軽薄に肩を竦め、敢えて軽い口で言い返した。


「大丈夫大丈夫、私、これでもお金はけっこう持ってるから」

「……でも、お金があるからって、お礼程度でここまで出させるのは不健全な気がする」


 そう言って財布を取り出そうと水鳥がポケットに手を伸ばそうとするので、それを見た紅音は反射的に手を伸ばして、手首を優しく掴むように制止する。トクトク、と、脈が指先から伝わってきた。皮膚が柔らかい。体温は紅音より少し高いような気がした。細い。女の子の手首だ。――何だか疚しい感情が芽生えそうになった紅音は、それを笑みの裏に隠す。


「私が水鳥にスカートを穿かせたいから買うの。出させてほしいな」


 ――本題は料理を作ってくれることに対するお礼ではあるが、水鳥の境遇の諸々を聞いて、彼女がここまでこの日を楽しんでくれたのだとすれば、その気持ちに報いたい思いも強い。


 水鳥からすれば、納得するのは難しいだろう。


 けれども彼女も、どうにか紅音の意思を汲んでくれた。


「じゃあ、次があったら私に紅音の服も選ばせて」


 友人が次を確約してくれたのが、何だか無性に嬉しくて、紅音は頬を綻ばせる。「うん」と頷くその言葉が嬉しくて弾まないように自制するのが、大変だった。


「さて、それじゃあ他のも見に行こうか」


 トップスにアウターに下着。選べるものはまだまだ沢山ある。


 そう思って先導しようとした紅音を引き留めるのは水鳥。出発前は服を掴んでいた彼女は、今回は先程の紅音と同じように手首を掴み返してきた。痕にならないように優しく、けれども慣れていないスキンシップで少したどたどしい所作で。


「今回はもう大丈夫。お会計したい」


 紅音は目を丸くしてその意味を尋ねると、水鳥は真っ直ぐに紅音を見詰めて言った。


「そうすれば、また次も君に服を見てもらえる」


 ――本当に、可愛い少女だ。可愛くて仕方が無い。


 紅音は胸がぎゅんぎゅんと締め付けられるのを真剣な表情で隠し、どうにか緩みそうになる頬を常識的な範囲で抑え込んで、「そっか!」と了承した。


「服を買うのってすごく楽しいね」


 会計に向かう道中、一緒にカゴを持つ水鳥がそう呟くので、紅音は「ならよかった」と、今日の為に色々下調べした全てを報われた気持ちになりながら、笑った。


 ――会計後、商業施設を歩き回って、やがて二人は青背景に黄色い文字が煌々と輝く看板の輸入食品店『KALDI』に行き着く。この前の番組で水鳥が興味深そうに見ていたので喜んでくれるかと思ったが、想像以上に嬉しかった様子で、水鳥は並んでいた紅音を振り切るような急ぎ足でスタスタと店の中に入っていってしまった。


 本当に分かりやすいなぁ、と紅音はニコニコしながらその背を追う。


 水鳥は表情を少しも変えず、しかし、棚の上の方にある紅茶を見付けると、それをジッと見詰めたまま踵を浮かせて、一生懸命に手に取った。そして箱の文章を黙って十秒ほど流し読みした水鳥は、キョロキョロと辺りを見回す。そこに、紅音はカゴを差し出した。


「こちらをどうぞ、お姫様」

「うむ、苦しゅうない」


 ――と、水鳥は弾かれたように商品の金額を確かめようとするので、紅音はひょいと踵を上げて値段を隠す。無機質な水鳥の目が紅音を見詰めるも、紅音は飄々と笑って「どうぞ」と繰り返した。「いつか必ず返すから」と呟く水鳥に、「楽しみにしてる」と紅音は頷いた。


 さて、知らない部屋に踏み入った猫のように店内を探検する水鳥へ、紅音はカゴを片手に付いて行く。店内には輸入食品が大量に並んでおり、中には文字が全く読めないものも。しかし、各商品の値札に品名と簡単な商品概要が付いているので、紅音も安心して気になる商品へ次々と手を伸ばすことができた。紅茶、ドリップコーヒー、ビスケット、それからジャムにお菓子。珍しい飲み物。帰りの荷物のことは、今だけは忘れることにする。


 カゴを持つ紅音の上腕二頭筋が悲鳴を上げ始めた頃、賑やかな声が行き交っていた店の外から、やや不快感を煽る甲高い泣き声が響いてきた。


 「わ」「む」と紅音、水鳥が死角になっている店の外の方を見た。同じように店に居た他の客も、何名かが視線をそちらに向ける。外に何があるかは分からないが、どうやら子供が泣いているらしい。


「ご両親も大変だねぇ」


 紅音が他人事のように呟くと、水鳥も深く頷いた。そして「でも」と、呟く。


「泣けないよりはずっと良いよ。感情を表に出せるのは良いことだと思う」


 その言葉には深い思いと寂寥感が滲んでおり、紅音は水鳥の横顔を見詰めた。


 どんな励ましの言葉を掛けるべきか、分かりかねる。紅音は自分が感情的で、それを存分に表現できる人間だと自負している。故に共感をすることは不快感を抱かせることになるかもしれない。だからといって、敬遠するべきでもない。


 少しだけ悩んだ紅音は、ピンと指を立て、ニヤリと言ってみた。


「今度、玉ねぎ料理でも作ろうか」


 すると意味をすぐに理解した水鳥は、真顔で紅音を見詰め返した。


「――正直、面白いと思った」

「ふふふ、トークが売り物の人間ですから。頭の回転には自信があるよ」

「たまに滑るけどね」

「あれおかしいな、玉ねぎは切ってないのに」


 紅音がよよと涙を拭う素振りを見せると、水鳥は軽く流して商品に目を向けた。


 やれやれと肩を竦めた紅音が一緒に商品を眺め始め――その間も、店の外の泣き声は止まない。子供など泣き止ませようとしてできるものではないのだから、多少は仕方がないとはいえ、こうも続くと少し居心地が悪いというのも事実。後で様子を見てみようか。


 そうして満足するまで品物を見漁った二人は、重たいカゴを持ってレジへ。


 袋詰めした商品を水鳥が受け取り、紅音が支払って財布を仕舞い――そして一緒に店の外に出ようとする間も、まだ子供は泣き続けていた。


 流石に心配になって、二人で店の外に出るや否や、泣き声の方を見る。


 すると、そこには親子連れは居なかった。


 居るのは棒立ちで泣き喚く五歳くらいの少女だ。


「ありゃ!」

「――親御さんは居ないみたいだね?」


 行き交う人は心配そうにチラチラと見ているものの、少女に声を掛ける気配は無い。


 紅音は一先ず辺りを見回してそれらしい親の姿を探してみるも、すぐには見つからない。


 紅音がそんな風に原因療法を図ろうとする傍ら、水鳥は迷いない足取りで少女に歩み寄ると、対症療法としてまずは少女と対話することを選んだ。


「こんにちは。お母さんとお父さんは一緒? 迷子になっちゃった?」


 水鳥が少し腰を屈めて尋ねると、少女の泣き声は少しだけ収まる。


 真っ赤に腫れた目で水鳥を――その心配の覗かない無表情な顔を見た少女は、時折しゃくり上げながら、「わかんない」とだけ呟く。すると、水鳥はもう少しだけ前のめりになった。


「どこでお母さん達と離れたの? お姉さん達が一緒に行くよ」


 そう言葉を重ねるも、「わ、わかんないっ!」と自棄になった様子で叫び返す少女。水鳥は表情を僅かも動かさず、しかし困っていることはハッキリと分かる様子で顎を摘まんだ。そんな水鳥を、少女は怖がるように警戒の眼差しで見詰める。水鳥も、すぐそれに気付いた。


 そして水鳥は己の強張った顔を懸命に捏ねて解した後、どうにか笑みを浮かべる。目は笑わず、口許だけを吊り上げる不気味な笑顔で。すると、少女は口を噤んだまま睨み付けた。


 流石に水鳥は相性が悪そうだと気付き、慌てて紅音はその間に割って入った。


「こんにちはぁ、お嬢ちゃん! ややっ、今日は可愛い服を着てるね!」


 紅音は満面の笑みをニッコニコと浮かべながら少女の真横に膝を折って屈み、横並びになって少女と視線を合わせた。「良いお洋服じゃあん」と笑いながら指してみると、少女は洟をすすりながら「うん」と、絞り出すように小さく頷いた。


「めっちゃ可愛いけど自分で選んだの⁉」

「……んーん、ママがかってくれた」

「あら、君のママはセンスがいいねぇ! 私の服も選んでくれないかなーなんて思うんだけど、ママは迷子になっちゃったのかな? どこに居るかわかる?」

「わかんない」

「そっかぁ。お姉さんと一緒に探す?」

「うん」


 そう言って紅音が少女の手を掴むと、すっかり泣き止んだ少女は紅音の手を握り返す。


 そんな様子を黙ってみていた水鳥は、視線を伏せながら小さく「ごめん」とだけ呟いた。不甲斐なくて申し訳なく思っているのだろうが、向き不向きがある。紅音は「気にしないで」と水鳥を励ますように柔らかく微笑み、「それより――」と話を進めた。


 それから、水鳥は一人で商業施設の迷子センターに直行して少女の外見を職員に報告。並行して、少女にヒアリングした情報を基に、紅音は少女と手を繋ぎながら直接親を探す。


 ものの十分程度で迷子センターに両親が駆け付けたそうなので、その連絡を水鳥から受けた紅音が少女を連れて行って、無事に引き渡し完了。職員や両親から何度もお礼を貰いながら、紅音と水鳥は手を振り返してその場を離れ、そして見えなくなった辺りで一息を吐く。


 とんだアクシデントだったが、無事に済んで何よりだ。そう思う紅音の隣で、水鳥は先程から押し黙ったまま顔を俯かせている。分かりやすいなぁ、と紅音は微笑んだ。


「――相性の問題だよ。そんなに落ち込まないで」


 少女は明らかに水鳥を警戒していたし、明らかに紅音には気を許していた。


 その違いは明確に初期の対応の差だとは思うが、そこには当然、表情も含まれている。仏頂面で話しかけてくる大人よりも、笑顔で話しかけてくる大人の方が、子供は安心だろう。


「……落ち込んでないよ。慣れてるから」


 水鳥はそう呟くと、感情を隠すように前を見詰めてこう続けた。


「昔から、『何考えてるか分からなくて不気味だ』って言われ続けてる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ