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20/25

20話

 翌朝、紅音が寝不足に仄暗い顔を覗かせると、リビングでは既に制服を着た水鳥が、普段通りに朝食の支度を済ませてテーブルで待ってくれていた。


「おはよう。先に食べていてよかったのに」


 と、紅音が引け目を感じながらも微笑むと、


「ううん、一緒に食べよう」


 水鳥は相変わらず、そんな風に言ってくれる。


 朝の風にレースのカーテンが揺れる、明るいリビング。朝日に照らされる両者の顔に昨晩の遺恨は無い。尤も、昨晩、帰宅を済ませてから特に和解の会話があった訳でもない。


 しかしながら、お互いに一晩経って冷静さを取り戻したというだけだ。


「昨日はごめんね、急な話で取り乱してた」


 紅音が席に着くと同時、先ずは水鳥から謝罪の先手が打たれる。


 やられた、と思いながら紅音も膝に両手を置いて深く頭を下げた。


「こっちこそ、言い方に配慮が足りていなかった。ごめんなさい」

「ううん、紅音の言い分が正しいと思った。私の人生なのに、私は紅音に選択肢を委ねようとしていた。選ぶ、という行為から逃げてた」


 否定を許さない口調で言い返した後、水鳥は卓上の料理を見詰める。


「少し、落ち着いて考えようと思う。決まったら、私から雨宮さんに連絡するね」


 首が錆び付いたか凍ったか、上手く頷けない紅音に対して、水鳥はこう続けた。


「進路は自分自身で決める。だけど、紅音も言いたいことがあったら遠慮なく言ってね。一昨日――伝えたけど、私は紅音が好き。できる限り気持ちを汲みたいから」


 この期に及んでそう言ってくれる水鳥に、紅音は濁りが沈んだ味噌汁の液面を見下ろす。


 思考が散らばって仕方が無い。どうするべきか、という思考の中にどうしたいかが紛れ込み、それを処理しようとすれば、次は恋愛感情が邪魔をする。グルグル、と、何かを片付けようとすれば別の何かが顔を覗かせて、そんな風に終わらない思考を飼いながら、紅音は頷いた。


「うん、私も少し……考えてみる」


 告白の返事をまだしていないなぁ、などと思いながら。






「どうした、黄昏れて」


 昼休み。紅音が授業を終えてからもしばらく、ぼんやり黒板を眺めていると、隣の席の緒方が立ち上がって頭を叩いた。叩いたと言うと語弊がある程度には、優しく手を乗せる。


「緒方」


 紅音はぐちゃぐちゃに混戦した鞄の中の充電ケーブルを放り投げるように緒方を一瞥し、暫時、瞑目する。それを見て本当に滅入っていることを察したのだろう。緒方は憎まれ口を続けようとした口を閉じて、紅音の言葉を待ってくれる。


 そんな緒方に、紅音は情けなくも縋った。


「少し、相談に乗ってほしい」

「……昼飯を奢るなら、その間くらいは話に付き合ってやるわ」


 そうして売店で日の丸弁当と総菜を購入した二人は、梅雨にしては珍しい晴れ空の下、中庭のベンチで横並びに昼食を食べていた。中庭は周囲を校舎に囲まれた芝生と木々の空間で、円形にベンチが配置されており、その内側は歩きやすいようにレンガが敷き詰められている。


 幸いにも、今日の利用者はあまり多くないので、二人は声を潜めずに話し合う。


「簡単に言うと――同居人の病気を治せる手があるかもしれなくてさ」


 すると、緒方は総菜のパックを開けながら淡々と答えた。


「治さなきゃ死ぬ病気なら選択の余地は無い。そうじゃないなら気分次第じゃない?」

「アメリカの権威的な人を頼れるかもしれなくて。一年は向こうに行くかもって。で、私も、それを聞かされた本人もどっちを選ぶか迷ってるって感じ」

「なるほどね。つまり……治すなら一年は離れ離れ。治さないなら一緒に居られる、か」


 最早紅音と水鳥の恋愛感情については確信気味に察しが付いているらしい。


「思考が全然纏まらないから壁打ちに付き合ってほしいんだけど」


 紅音が溜息混じりに懇願すると、唐揚げを頬張りながら「オーケー」と緒方は相槌。持つべきものは気の置けない悪友である。紅音は早速問いを投げた。


「取り敢えず、私の悩みって的外れで幼稚だと思う?」

「また随分と下らない体裁を気にしてるのね。別にそんなことはないんじゃない? この際だから言っちゃうけど、離人症でしょ? それも表情が出にくいだけ。死ぬわけじゃない。だったら環境の変化や別離への不安、その他諸々の条件を勘案するのは何ら間違っていないと思う」


 浅ましくも幾らか肩の荷が下りた紅音に、緒方は食事の隙間を縫って質問を重ねる。


「アンタの悩みっていうのは体裁的なもの? それとも実質的なもの?」

「実質に寄っているとは思う。同居人に治療を促すべきか否かで悩んでいる」

「治療を促した場合のメリットとデメリットは?」

「長年抱えている苦しみから解放される。デメリットは――離れ離れになる」

「それはアンタの認識? それとも同居人の? 或いは共通?」

「自惚れでなければ共通だと思う」

「じゃあ次に、治療を受けないように促した場合のメリット・デメリットは?」

「治療した時とは反対に、病気は抱え続けるけど一緒に居られる」

「じゃあアンタにとって同居人の苦しみと一緒に居られるか否かはどっちが大事?」

「……少なくとも彼女は私が居ればいいと言っていた」

「でも今は悩んでいる。それはどうして?」

「私は彼女にとって苦しい場所からの休憩所みたいなものでありたいけど、そこに住むのは少し、違う。それは依存だと思った」

「同居人は一緒に居られる方が大事だってことね。じゃあアンタ自身は?」

「……分かんない」

「どちらが重要かを決めかねてるから? それとも自分の内面と向き合えていないから?」

「前者――だと思う。社会経験の乏しい私が私情で彼女の人生を台無しにしていいのか」

「じゃあどうすれば納得のいく答えが出せると思う?」

「社会経験のある人に相談をする。それも、病気に詳しい人に――」


 ――そこまで壁打ちを終えた紅音は、すっかり整頓された思考で落ち着いて礼を伝える。


「……ありがとう。だいぶ、頭の中がスッキリした気がする」

「日の丸弁当五百円と唐揚げ二個百円。時給換算三万六千円なら妥当なところね」


 緒方は飄々と日の丸弁当のひじきを一口に頬張り、モグモグと咀嚼する。


 その脇で、紅音は礼も程々に思考に耽った。


 極端な話、彼女が病気を抱え続けてもそれが一切苦にならないのであれば、紅音はアメリカには行かせない。実際、水鳥は紅音との交流において病気が障害となり得ないからこそ、紅音の言葉に依存して、自分の将来を決めようとした。


 だが、実際には紅音一人を基準に決めるべきではないはずだ。離人症――彼女の場合は表情を上手に動かせないことによる感情表現、即ちコミュニケーションの問題は、これから真っ当な人生を送っていく上で、九割九分九厘以上の可能性で生じる。例えば胡桃沢炎上事件など、まさしくその筆頭だろう。彼女のこれからの交流で、そういう問題は確実に起き得る。


 しかし、発生するからといって、その規模がどの程度であるかは分からない。


 例えば胡桃沢炎上事件のようなものが頻発するなら、早急に治療をしたい。だが、ちょっとした周囲からの不理解程度であれば、水鳥が交友関係を広げたいという意思を持たない限り、それは然して障害となり得ないのが実情だろう。


 つまり、水鳥の治療を応援するか否かは、彼女が治療をしないことで、どれくらい社会的に困るかを分析した上で導き出すべきだ。しかし、紅音は社会に出たことがない。配信をして金を稼いでいる学生に過ぎず、経験に乏しい。故に社会的な物差しにおける結論を出せない。


 であれば、信頼できる大人に相談をするべきだ。


 誰がいいだろうか――真っ先に浮かんだのは父の裕二。だが、病気をどこまで話していいかが分からずに除外。そうなると病気を知る大人として、雪子、七緒、それから美琴が浮かぶ。しかし、雪子も七緒も、きっと紅音が望む言葉を紡いでくれてしまう。


 それに気付かぬフリして縋ってしまいたい気持ちを懸命に堪え、そうすると、必然的にベストアンサーは一名に。紅音はスマホを取り出して雪子へのチャットを開くと、そこに美琴と連絡先を繋いでほしい旨を打ち込んだ。






 さて、雪子に連絡をしたところ、ものの五分で本人承諾済みの連絡先が返ってきた。


 そうして返ってきた連絡先に、紅音が早速水鳥の件で相談したい旨を伝えると、その日の放課後にはアポイントメントを取り付けることができてしまった。


 『今日は遅くなります』とだけ水鳥に連絡を入れ、彼女から『OK』の可愛らしいスタンプメッセージが返ってきたのを見てから――紅音は、顔を上げた。


 時刻は十六時半。目の前にあるのは都心の洒落た十三階建てのホテルだった。


 壁面は高級感の漂うガラスを灰色の壁が格子状に覆っており、紅音の今後の人生でこれほどまでのホテルに宿泊することは無いだろうなぁ、と思わせるような悠然たる佇まいだった。


 意を決して中に足を踏み入れると、そこにはこちらの背筋が伸びるようなロビー。


 そして、そこから視線を右に逸らすとバーカウンターが置かれたラウンジがあった。その中の小さな二人掛けのテーブル席から、ひらひらと手を振ってくる知った女性が一名。かつてはその姿に警戒心を剥き出しにした紅音も、手のひらを返すような安心感と共に歩み寄った。


 紅音を案内しようとしていたスタッフも、待ち合わせと知ると速やかに席に通してくれる。


「お、お疲れ様です。すみません、急にお呼びしてしまって」


 紅音が近付いて腰を折ると、椛島美琴はわざわざ立って紅音を迎える。


「いえ、大事なことですからお気になさらず。それより、迷いませんでしたか?」

「迷いはしませんでしたが、入るのに一分掛かりました。――宿泊客でなくても利用できるんですね、ラウンジって」

「場所によりますね。ここは帰国してから何度か商談に利用しているので」


 そう言いながら美琴が対面の席を促すので、紅音は一礼して着座する。


 「お会計は私が。お好きに注文してください」と美琴からメニュー表を渡される。


 それに目を落としながら「いいんですか? お言葉に甘え――」と高そうなものを遠慮なく注文しようとするも、金額は全体的に紅音の想定の倍以上。目を丸くした紅音はあんぐりと口を開け、辛うじて遠慮しすぎていないと納得してもらえるような手頃な金額のスイーツを指す。


「これでお願いします」

「値段で遠慮していませんか?」

「豚に真珠、ということわざがございまして」

「しかし価値あるものを食べた、という経験には意味があるのでは?」


 舌戦では美琴がやや優勢か。「ぐぬぬ」と唸った紅音は、怖いものを見るようにビクビクと目を細めながら、一旦、金額は忘れる。その上で最も目を惹いたパフェと紅茶を指して「これとこれをお願いします」と伝えると、美琴はニッコリと微笑んで近くのスタッフに注文した。


「賄賂とは思わないでくださいね」


 去っていくスタッフの背中を一瞥し、卓上に手を組んだ美琴が呟く。


 何の話かと首を傾げた紅音は、すぐに水鳥のことだと思い至る。――水鳥に養子縁組を迫っている彼女が、自分に都合の良い方に事を動かすために紅音に高い注文をした、と、解釈しないでほしいという主張だ。そんな馬鹿げたことを、と思う反面、非はこちらにある。


「お、思いません思いません! その、この前は私も失礼な態度を……すみません」


 七緒と同様、紅音も露骨に美琴を警戒していたのだから、彼女の心配も当然か。


 そう思ってこちらこそと謝罪をするも、美琴は笑顔の傍で軽く手を振る。


「いえいえ、ふふ――警戒された方が私も安心できるというもの。寧ろ、貴女と氷室さんが私に身構えていたからこそ、私は後見人になる提案を撤回したのですから」


 紅音が丸い目を向けると、美琴は微笑む。


「現状の登録者数や同時接続数を定量的に分析すれば――するまでもなく、水鳥さんはこれから事務所の稼ぎ頭となっていくことが窺えます。そして、私の両親は経済的にそれほど豊かではありません――つまり、万が一、ということがあります。その際、頑として拒んでくれる方々が傍に居ると分かったのは何よりの収穫でした」


 どうやら紅音や七緒が美琴に向けた危惧と全く同じものを、彼女も両親に向けているらしい。


 「そうでしたか」と紅音は胸を撫で下ろしつつ、同時に、ここまで話してきて、本格的に彼女が信用に足る人間だと判断する。


「そんな訳ですので、私への警戒心は怠らなくても結構ですよ」

「そういう訳にもいきませんてば。あ、それと……敬語は大丈夫ですので」


 美琴ははたと口を押さえると、意識を切り替えるのに数秒。


「あら、そうかしら? それじゃあお言葉に甘えるわね」


 何とも貴婦人らしいお淑やかな言動であった。


 さて、軽いアイスブレイクを挟んでいると、やがて、注文した品が続々とテーブルに到着する。水鳥には悪いなと思いつつも、紅音は高級ホテルのラウンジのパフェに意気揚々とスプーンを挿し、上品で落ち着いた甘さと完璧に調和した初夏のフルーツの瑞々しさに舌鼓を打つ。


 その甘さを芳香な紅茶で流していると、無言で食べ進める紅音を美琴はニコニコと眺めていた。「美味しい?」と聞いてくれるので、紅音は少々頬を染めて「はい」と頷いた。


 食べながら話すのも行儀が悪いかと、紅音は一度注文した品々を全て食べ終えると、静かに手を合わせて「ご馳走様でした」と美琴に頭を下げる。美琴は嬉しそうに笑った。


 さて、充分に氷も融けたということで、満を持して美琴が本題を切り出す。


「それで――今日はどうしたの?」


 紅音は口の端の甘さを舌で拭き取ると、緩んでいた表情を引き締める。そして、途端に口を重たく錆び付かせた緊張を、決意のナイフで少しずつ削ぎ落して、告げた。


「水鳥の、治療についてです」


 紅音が改めて用件を伝え、厳かな面持ちでゆっくりと頷いた美琴へ、こう続ける。


「……背中を押すべきかどうか、迷っています」


 得心した美琴は相槌も無く思考に耽りながら、珈琲を一口。更にもう一口。


 音もなく静かにマグカップを置いた後、「なるほど」と呟いてから紅音を見詰めた。


「性急だけど、取り敢えず結論から伝えてもいいかしら?」


 「勿論です」と紅音が背筋を伸ばすと、美琴は勿体ぶることなく回答を告げた。


「――私が水鳥さんの立場なら治療を受けに行く。何故なら、彼女の抱える疾患はコミュニケーションのハンデとなるから。そのハンデはこれからの人生で必ず不利を生む」


 美琴の言葉は、紅音や水鳥の気持ちに全く忖度をせず、アメリカと日本を行き来するような激しい社会人生活に揉まれた人間として、一切の妥協をせずに紡がれていた。


 それは、紅音が望んでいた言葉だ。同時に、できれば聞きたくなかった言葉でもある。


 紅音は水鳥を、引き止めるべきではないのだろう。


 紅音は直視し難い真実に眉尻を下げて顔を歪め、けれども、重荷から解放されたことによる仄かな笑みを口元にだけ宿す。落胆と安堵を込めた吐息をこぼすと、膝に腕の杖を突く。


 しかし、


「一方で、私が貴女の立場なら、水鳥さんをアメリカには行かせない」


 毅然とした態度で、美琴はそう付け加えた。


 見開いた紅音の目が、鋭い眼光を宿す美琴の顔を直視する。


 彼女の言葉の意味が理解できなかった。矛盾している。


 もしも自分が水鳥の立場であれば治療を受ける。それなのに、紅音の立場なら止める。二人の相反する言葉に困惑した紅音は、「どういう――」意味なのかと訊く。すると、


「疾患によるハンデを補って余りある幸福を約束できるから。私なら、支えられるから」


 不遜にも思えるような、それでいて多種多様な経験に裏打ちされた確信が返る。


 紅音は暫し、呆然とした。脱力しきった顔で美琴を見詰め続ける。


 そう言える美琴が羨ましいと思った。紅音には、それを約束できるほどの実績と自信が無い。紅音の手で水鳥をそれほどまでに支えられるだろうか? 気持ちだけで成立する世界ではない。例えば、胡桃沢炎上事件のようなものがもう一度起きた時、美琴であれば伝手や培ってきたスキルで事態を切り抜けるかもしれないが、紅音にできることは、寄り添う程度。


 紅音にその言葉は吐けない。だから、紅音は、思わず苦笑して本心を吐露した。


「それは――私には、できそうにないですね」


 美琴のように実績に裏打ちされた自信は無い。あるのは限定的な労働の経験と学生には持て余すような金額だけ。その金というのも、水鳥とアメリカに行って彼女の無保険治療費を全額支払うには到底及ばない、些末なものである。


 美琴は少し申し訳なさそうに口許を押さえて目を細める。


「貴女は……意外と、自信が無いのね?」

「自信? ありますよ、私は可愛いしお金を持っているし配信者としては中堅以上です。でも、他人の将来を全て背負えるほど懐は広くないし未来を見通せるほど経験豊富でもない。だから過信をしないだけです。背伸びをせず、分を弁えて、身の丈に合った自信を持っています」


 その自信が言っている。――お前に水鳥は支えられない、と。


 紅音が自嘲気味な笑みで瞳を伏せると、はたと、計算を誤ったように美琴は死角で口を尖らせる。しかし、すぐにその表情を微笑に塗り替えると、「そう」と言葉を続ける。


「それなら話は戻って、水鳥さんの治療について。話をまとめると、私は合理的には疾患を治療するべきだと思うけれど、感情的には一緒に居ることを選ぶって主張になるかしら」


 紅音なら。水鳥なら。その言葉を、美琴は別の言葉に置き換えていた。


「合理と感情……ですか?」


 紅音が眉を顰めると、美琴は目を瞑って頷く。


「人間は合理だけでは生きていけないわ。当然、感情だけでも駄目。これには色んな人が色んな持論を持っていると思うけれど、私が思うに、感情を原動力に、合理を指針にして前に進むのが健全と言える。つまり、今の貴女は全く気が進まない方向にコンパスが向いている状態」


 この胸にあるチグハグを言い得て妙な言葉で表され、紅音は奇妙にも納得してしまう。


「椛島さんは、どちらに進むべきだと思いますか?」

「感情を選べば苦難が、合理を選べば後悔が付いてくる。私の経験則、こういう問題に正解は無いと思うわ。――ただ、それでも、もしも一つ、正解を定義するなら」


 美琴はテーブルに両腕を置いて視線をラウンジのガラス窓から外側へ。


 文明という煉瓦を積み重ねて出来上がったビル群を眺め、そこに自らの過去を見出す。若くしてアメリカに飛び出して、苦しい仕事を乗り越えて戻ってきた彼女が言うには、


「『納得』。それに勝る正解は無いと思う」


 「納得」と小さく重ねる紅音に、美琴は微笑に細められた目を向けた。


「合理の許容する限界と、感情が許容する限界の最大公約数――妥協点を模索する。社会的な自分と感情的な自分がどちらも納得できる場所を探して、それに従うべきだと思う」

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