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1話

 ある晩春の休日。レースのカーテンから朝日が差し込むその八畳の子供部屋には、幾つもの段ボールが積まれていた。ベッドフレームはすぐにでも運び出せるように解体されて、マットレスは傍に立て掛けてあり、今日、このまま引っ越しをします、とばかりの光景だった。


 それでいて、部屋の隅には不自然に手を付けていないテーブルと椅子が置いてある。


 テーブルの上にはモニターとパソコン、そしてマイクとカメラ。キーボードにマウス。


 椅子に座るのは、無造作なウェーブ気味の金髪をセミロングに伸ばした少女だ。


 年齢は十七歳。背丈は中背で、不健康に痩せ型かつ色白。ビッグシルエットのシャツを上から一枚で、下は緩めのハーフパンツ。素足にはスリッパを履いてパタパタとフローリングを叩きながら、「いける、勝てる! 勝てる勝てる勝てる! 押せ押せ押せ押せ押せ! 引くな引くな引くな引くな!」と叫びながら、真剣な表情でマウスとキーボードを操作していた。


 少女がダダダダ、と銃火器のような打鍵音を響かせながらキーボードを叩くと、その眼前のモニターに映るキャラクターは青白い光を帯びながら人間離れした動きをしつつ刀を抜く。


 そして、少女とキャラクターが完全に声を揃え、吠えた。


「竜神の剣を食らえぇぇぇぇ!」


 もしも偶然部屋を覗き込んだ人が居たとすれば、少女は傍目にはおかしな人であった。


 少女の操作に合わせてキャラクターが刀を振り回し、一名、二名、三名、四名、五名。


 敵プレイヤーを全て斬り伏せると、画面に表示される『WIN』の文字。


 少女は感極まった様子でイヤホンを外して放り投げ、「勝ったぁ!」と叫びながらゲーミングチェアに大きく寄り掛かって、汗の滲む顔面を両手で押さえて仰け反った。


 そして――テーブルに直置きされているスマホには、少女のモニターに映っている画面と少女の姿が映し出され、その下にはそれを称えるコメントが一斉に流れ始めた。


 少女――穂積(ほづみ)紅音(あかね)は十七歳の高校生でありながら、『配信者』と呼ばれる人間だった。


 昨今、多種多様な動画投稿プラットフォームが生み出された。だが、動画とは編集して投稿する『動画投稿』だけではなく、リアルタイムで視聴者とコミュニケーションを取りながらコンテンツを提供する『動画配信』にも需要がある。前者が好きな時、好きな時間に消費者を楽しませられるコンテンツだとすれば、後者は比較的、『今』で繋がるコンテンツと言える。


 紅音は画面の中に表示される自らのゲームランクが、緑から紫――最上位ティアに変わる様を感慨深く見詰め、そして欠伸混じりに大きく伸びをした。


「あー……! やっとここまで来た! 半年⁉ 半年くらいやってない? 私」


 そんな呟きに対して、比較的前向きなコメントが返ってくる。


『半年なら上等』

『かなり上手い方だと思うよ』


 スマホに流れたコメントを見た紅音は、ひとまず自分の成果を誇っておく。


「まあ、半年なら悪くないか。最近は君達も分を弁えて偉そうなこと言わなくなったし」


 そんな風に不遜な物言いをしてみると、内の一人がこんなことを言う。


『でもラストシーンのウルトは相手のスリープ見てからの方がいいのでは?』

 ※スリープ=行動を阻害する敵の技。


「スリープなんて見てから木の葉返し余裕ですよ。下界の物差しで測るのやめてね~」


 紅音が足を組んでニヤニヤと言ってやると、喧嘩腰のコメントが大量に流れ始める。


 紅音が使用しているのは動画配信に特化したプラットフォームで、当該サイトはサムネイルなどを凝らなくていい点が配信者に人気で視聴者人口も多め。今回は人気アクションゲームの超上位帯の昇格を懸けたランクマッチ配信ということで、いつもより少しだけ人が多く、視聴者は概ね三千人前後を推移している。


 超大手とは口が裂けても言えないが、チャンネル登録者数十五万人と言い換えれば多少の規模は分かるか。事務所無所属の配信者としては中堅に属する部類だと自認している。


 紅音はテーブルに置いていたエナジードリンクの残りを一気飲みして溜息を吐く。


「なんかやり切った感があるな。燃え尽き症候群っていうのかね。一応目指してたランクまでは来たから、しばらくは別のタイトルか雑談配信が多めになるかなぁ――皆、何かおすすめのゲームとかあったら教えてよ。………………あー、格ゲー? 格ゲーは生きている父親の遺言でちょっと駄目で。そう、生きている父さんが死んだときに遺した言葉が三つある。『自分に嘘を吐くな』、『間違いを謝れる人間になれ』、そして『負けたら礼儀正しくtank gap gg』。格ゲーは一対一の戦いでしょ? 責任転嫁ができないからやらないの」

 ※tank gap gg=タンク役の味方が弱すぎて負けたわ。


『child gap gg』

『英才教育じゃん』

『お父さん配信見てるんでしょ?』

「大丈夫大丈夫、この時間はリビングでプリキュアを見てるよ――」


 ――言った次の瞬間、スマホが震動。


 『観てるぞ、早くしなさい』の文字が父から送られたので、紅音は青ざめた顔に僅かな汗を滲ませながら「大変失礼いたしました」と笑顔で手を振っておく。


 全てを察したコメント欄が笑いだすのを尻目に、紅音はテーブルに広げている機材を片付けつつ、カメラだけ後回しにして、もう少し配信を続行しながら締めの挨拶に入る。


「そうそう、この前も言ったと思うけど、私、今日引っ越して恋人と同棲始めるので。環境が落ち着くまでは配信の時間と内容が不安定になると思うけど、ヨロシクゥ!」


 当然、恋人云々は防犯目的の大嘘だが、実際、ルームメイトは居ると聞いている。


 『今日は早いな。乙』『おつ』『了解』――と了承の意に紛れて、こんなコメントが。


『そういや甘党あずきも最近、格ゲー始めてたよ』


 雑多な配信機材を段ボールに詰め込む手を止め、紅音は丸い目でコメントを追った。


 甘党あずき――所謂、Vtuberと呼ばれるキャラクター兼配信者だ。


 説明は難しいが、つまるところ本質は紅音と同様に配信者である。


 しかし、紅音のようにカメラを用いて顔を出すのではなく、キャラクターのイラストを画面に表示するのだ。そして、現実の表情をカメラやソフトによってトラッキングして、キャラを自分と同じ表情で動かす。仮想世界における配信者の意である『Virtual』と、人気動画プラットフォームで活動をする『YouTuber』から文字を取り上げて、Vtuber。つまり造語だ。


「あずきちゃんもやってんの? マジか、私も格ゲー始めよっかな」


 そして甘党あずきとは、何を隠そう、穂積紅音の推しである。


 誰にでも伝わる言い方に変えると、つまり、穂積紅音とは甘党あずきのファンなのだ。


『推しの名前で手のひらを返す女』

『俺達がおすすめしても始めないくせに』


 スマホに流れる悔しそうなコメントに、紅音はふふんと肩を竦めた。


「自惚れるな、当然でしょうが。なんたって私はグッズまで買ってますからね」


 一個だが。そう思いながら荷造りした箱から取り出してカメラに見せびらかすのは、先日購入したコラボマウスパッド。一面に甘党あずきのイラストが描かれている。


 茶色の長髪をした童顔の少女キャラクターであり、和風の着物を着たお茶屋の看板娘という設定だ。喜怒哀楽豊かな表情と、それと対照的に少しクールかつ知的なツッコミが人気である。


「あーあ、いつかコラボとかしてみたいねぇ。数字が伸びたらできるのかな?」


 そう呟きつつ、流石に時間をかけ過ぎたかと、紅音は手短に配信を終了する。


「そんな訳で、チャンネル登録とかSNSでの宣伝等々よろしく! そんじゃ、バイバイ!」


 OBS――配信ソフトから配信を終了。配信画面を表示しているスマホで操作が完了したことを確かめた上で、パソコンをシャットダウンし、各種機材を速やかに解体、荷造り開始。残すは解体まで業者に任せたテーブルと椅子だけという具合まで進め、パンパンと手の埃を払う。


「よし!」


 紅音は随分と殺風景になった部屋を見回した後、部屋を出る。すると、目の前には人相悪く腕を組む胸板の厚い成人男性――紅音の父である穂積裕二が居た。


「わ」


 街中では怖がられて距離を置かれるような厳つい見た目だが、決してヤの付く自由業などではなく、実態はその逆。警視庁刑事部組織犯罪対策課に属する、厳しくも信頼できる父親だ。


「終わったか」

「終わったよ。お待たせいたしました」

「まさか本当に引っ越し当日、ギリギリまで配信をするとはな」


 呆れたように溜息を吐いて腕組みを解く裕二に、紅音はニヤリと笑って返す。


「いやあ、グラマスを目の前にして引っ越しに専念できる自信が無かったのさ」

「まあ、予定の十分前にはしっかり終わらせたから文句は無いがな。しかし、紅音」

「うん?」


 神妙な顔で改まる裕二に、紅音は目を丸くして首を傾げる。


「父さん素人だが、やっぱりスリープ見てから竜剣抜くべきだったと思うぞ」

「うるさいなあ! 勝ったんだからいいじゃん!」


 一度もプレイしたことがないくせに余計な知識ばかり蓄えていく父には困ったものだ。






 さて、それから引っ越し業者が家に到着して、十数分としない内に紅音の部屋の荷物だけを持ってさっさと走り出していった。それから間もなく、紅音も裕二の車で新居へ。


 今回引っ越すのは穂積家全員ではなく、紅音一人だ。


 理由は至って単純明快、夜にも配信活動をしやすいように、という判断だ。


 穂積家は一軒家であり、騒音問題はあまり気にしなくていいものの、声は家に響く。家族が寝静まるので、紅音は夜の配信はできる限り避けていたのだが、この度、配信活動に本腰を入れたいという思いで、稼ぎも充分であることから許可を得た。そして、知人の管理する防音性に優れた集合住宅で、同年代女子とルームシェアをすることになったのだった。


『――そんな訳で、引っ越しするのでしばらく配信が空くかもしれないけど、よろしくね』

「……あずきちゃんも引っ越すんだ」


 新居に向かうまでの車内。紅音は助手席でワイヤレスイヤホンを片耳に、甘党あずきの配信アーカイブを眺めていた。昨晩十九時に配信を開始した彼女が、申し訳なさそうに笑いながらそんな風に謝っていた。配信のコメントでは、そんな彼女に気にしないで、気を付けてといった応援の声。チャンネル登録者八十万人だというのに、紅音の場所とは大違いの品質だ。


「――あ、父さん。次の次の信号で左ね」


 先ほど見た地図アプリをもう一度確かめつつ、紅音は指で方向を示す。


「なんだ、しっかり助手席の役目を果たしてるな。動画を観てると思ったのに」


 裕二は軽く眉を上げ、手際よく車線変更をする。


「まあ、仮にも私の引っ越しの為に車まで出してもらってるからね。折角の休みに」

「心がけは立派だが、子供がそんな下らない気を遣わなくていい。親の役目だからな」

「そう言わずに。感謝くらいはさせてくださいな。ほら、私が大金持ちになったら四人で美味しいご飯でも食べに行こうよ。勿論、その際には私がお金を出しますとも」


 四人とは、紅音と裕二。そして家を空ける機会の多い母と姉のことだ。紅音がニヤリと笑って将来を語ると、「楽しみにしているよ」と裕二も相好を崩した。


「――そうだ、紅音。これからお前は事実上の一人暮らしをする訳だが」


 突然、裕二が改まって話し出すので、紅音はワイヤレスイヤホンを外す。


 高校二年生の春。進級から少し経った今、紅音は実家から離れた地に引っ越す。


 配信稼業で知り合った、とあるプロゲーミングチームのオーナーと夜間配信の騒音問題について話をした際、向こうから持ち掛けられたのだ。


 配信者や音楽家など、騒音問題を気にしている若者向けに、初期費用を抑えて活動できる場として保有している物件の一室を貸せるが、そこに住むかと。返答は半ば即決だった。


 新居は六階建てのマンションの四階角部屋であり、間取りは防音室を私室に内包した2LDK。当然、一人で使用するには広すぎるため、向こうからはもう一人、同性、同年代の相手を住まわせたいと思っている旨を伝えられたが、紅音としては全く問題なし。


「一人暮らしといってもルームシェアだけどね」


 紅音がそんな風に言うと、ふん、と裕二は鼻を鳴らして続ける。


「同じことだろう。結局、自分のことは自分でやる必要が出てくる。料理、洗濯、掃除に買い物。一部は同居される方と話し合って決めることになるだろうが――」

「そうだね。共用スペースの家事は交互に当番、私室は個々人の自由にする予定だよ」

「そうだろう。つまり、俺が何を言いたいかは分かるか?」

「『FPSで射線管理と遮蔽物をごっちゃにして射精管理って言った時気まずいよな』」

「そうだな。ところで父さん、車の任意保険に入ってないんだ」

「わー、ごめんなさいごめんなさい!」


 ――冗談だよな? 入ってるよな?


 少しだけドキドキしつつも、紅音は真面目に、それでいて不満そうに答えた。


「分かってるよ、自分の家事はしっかり自分でやれってことでしょ?」

「そうだ。お前は母さんに似てその辺りがズボラだ。俺が見ていないと三食カップ麺で済ませて二日間同じ服を着回すくらいは平然とやりそうでな。……おい、聞いているのか?」

「聞いてるよ。カップ麺は一日二食まで。服は三日間着回す」

「いいんだぞ、俺は。今から保護者権限でお前の引っ越しを取り消しても」

「冗談です、冗談です! ――うぅん、まあ、うん。頑張ります」


 真剣に父が心配している様子なので、紅音も渋々、善処する旨を答えた。


 裕二は深々と溜息を吐き、「同居人に迷惑をかけるんじゃないぞ」と釘を刺してきた。


「はいはい、適度な距離感で上手にやりますとも」

「寂しさより不安の方が強いよ、俺は。――そうだ、ルームメイトとはもう会ったのか?」

「まだだよ。オーナーがお互いの身元を保証してるし、上手くやれなければ別の部屋も用意してくれるらしいから、お互いにまあいいかって感じで話が進んで」


 わはははと愉快に笑う紅音を、裕二は度し難いものを見るように一瞬だけ一瞥。


 そして赤信号で停止してから、困り果てたように額を押さえて長く細い溜息を吐いた。


 暫く言葉を探した裕二は、やがて、あることに思い至ったようでハンドルを指で叩いた。


「――そういえば、お前のオシのVtuber。誰だったか」

「推しね、オシじゃなくてイチオシの推し。デブじゃなくて槍のイントネーションだから」

「それは失礼した。で、推しのVtuber。ええと、スイーツ……佐藤だったか」

「ルー大柴みたいに言わないでよ。甘党あずき」

「そう、甘党あずきさん。さっき、お前が配信を観ていた」


 信号が青に変わり、裕二はアクセルを踏む。


「――その子も丁度、引っ越すんだろう? 同居人はその子じゃないのか?」


 一瞬、紅音は耳を疑った。数秒経って、推しの名前と裕二の提唱した仮説が頭で結び付く。


 甘党あずきが今回の同居人? 何を馬鹿な。唖然とした顔で父をどう嘲笑したものかと考える紅音だったが、一概に否定できないことを胸の奥底で理解していたのか、呆然の方が勝り、「何を馬鹿な」と真顔で言い返してしまう。


「そんな漫画みたいな話がある訳ないでしょ。どんな確率?」

「そうか? 今は引っ越しのオフシーズン、新居はオーナーさんの意向で配信者や音楽活動家限定。今回のお前の同居人は同性かつ同年代。逆だよ、紅音。条件に合う人の方が珍しい」


 言われてみれば。紅音は口を押さえてぼんやりと考え込み、そしてその仮説を認める。


「父さんが刑事だって今更実感した」

「組対だけどな。それで、どうする。色紙でも買っていくか?」

「流石に初日からそんな度胸は無いよ。それに、」


 紅音は少しだけ悩んだ後、やや禁句の節はあるがハッキリと言う。


「Vtuberって設定上の年齢と中の人の年齢がかけ離れてること多いから。あずきちゃんの中の人がアラサーとかの可能性は全然ある。寧ろその可能性の方が高いくらい」


 裕二は前を向いたまま「何だって?」と心底驚いたような声を出す。


「詐欺じゃないか」

「こ、こら! なんてことを言うの!」

「ファンはその事実を知っているのか?」

「いや、それはっ――その…………何か違うんだよね! 父さんは何も分かってないよ」


 紅音は父が職場の若者と上手くやれているのか心配になりながら、紅音は説教する。


「アイドルなんてさ、十中八九、恋人が居るでしょ? あんな可愛い人達に」

「まあ、そうだな。それを表に出さないのがプロ意識と言えるかもしれん」

「それと似たようなものでね。Vtuberには中の人が居るし、中の人がアラフィフの可能性もあるけれど、そこには目を瞑って、その可愛らしいイラストと声を推しているの」


 裕二は険しい顔で眉根を顰めて道路を見詰めること数秒、慎重にこう答えた。


「そうか……俺には理解できないが、そういう文化として尊重しよう」

「そう、それでいいの。あまり外で迂闊なこと言っちゃ駄目だよ。刺されるから」

「安心しなさい。過去に暴力団の家宅捜索で経験している……青褪めるな、冗談だ」

「組対がそういう冗談を真顔で言わないでほしいな」


 紅音は悪趣味な父親の冗談に呆れ果てて溜息を吐き、窓の外に視線を向けた。


 実際、甘党あずきの中の人がどれくらいの年齢で、どういう人かは分からない。確かにタイミングは重なっているし、客観的に見て今回の同居人の条件を満たす人間は世界中を探してもそう多くはないが、しかし、だからといってそんな出来過ぎた話が――






 三時間後、荷運びと荷解きを終えた紅音が新居で管理人と談笑していると、呼び鈴が鳴ってルームメイトとその保護者、そして引っ越し業者が到着した。


「――今日からお世話になります、若菜(わかな)水鳥(みどり)です。よろしくお願いいたします」


 業者が少ない荷物を運ぶ中、ルームメイトの少女はリビングに居た紅音と管理人を見つけると、丁寧にお辞儀をしながらそう挨拶した。


 その声が、紅音のよく知る彼女のものだったから、「へぁ?」と変な声が出た。


 少女の背丈は紅音と然程も変わらないだろう。


 年齢は明らかに十代後半。つまり、こちらも紅音と大差はないはずだ。


 髪は焦げ茶色で、毛先の方に緩いウェーブがかかった毛量の多いロング。


 そして何よりも目を惹くのは恐ろしいほど端整な容姿。完璧なバランスで配置された二つの瞼には、昼下がりの陽光と焦げ茶の髪の照り返しを浴びて琥珀色に光る褐色の瞳。鼻筋は真っ直ぐ、柔らかそうな唇は自己主張をせず、その美貌における調和の役割を担っている。


 少女――若菜水鳥は無表情に遠くの引っ越し業者を一瞥すると、声を潜めて続けた。




「Vtuber事務所『エスポワール』にて、甘党あずきという名前で活動しています」




 その声は、紅音の推しである『甘党あずき』の声、そのものだった。



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