第六話
昼下がりの5限目。教科は数2。
「この式Aの答えをそうだなー…伊藤、答えてー」
「はい」
大人になってから勉強の楽しさに気づいて、高校時代の教科書を読み漁ってた俺にとって数2なんて簡単だった。だからと言って授業を落とすのは嫌だから、授業は寝ずにいた。昼食後の眠気に負けてほとんどが寝ている中、起きていたのは俺と伊藤さん含め7人くらいしかいなかった。
「この、式は…」
そう呟きながら、ふらっとする伊藤さん。
(あ、倒れる)
そう思うと、伊藤さんは椅子にもたれかかるようにして倒れ込んでしまった。
「え、いと、え!ちょ、大丈夫!?」
数学の先生って言っても俺より年下の教師が慌ててわたわたしている。俺は酔っ払いとか、てんかんで倒れる人の介抱もしたことあるし、この慌てて何もできない教師よりかは動くことができるだろうと思い、伊藤さんの席に向かう。
目は開いてるし、自発呼吸もしてる。瞳孔の大きさが変化してるわけでもない。脈が早いからおそらく貧血だろう。
「伊藤さん、返事できる?できたら頷いてね」
できるだけそう優しく声をかけると、伊藤さんはこくりと頷いた。
「寒かったりする?」
こくり。
「息苦しい感じする?」
こくり。
「答えにくかったら返事しなくていいけど、女の子の日?」
…こくり。
最後の質問は答えにくいだろうから小声で一応聞いた。素人だけど質問の感じからするに、やっぱり貧血だろう。
「先生。伊藤さんを保健室まで運んでくるので、僕たちのことは気にせず授業続けててください」
「いや、先生も着いていくよ。皆はちょっと自習してて」
先生は着いてくるらしい。俺は伊藤さんを保健室に運ぶべく、準備をする。
「保健室に運ぶから、ちょっと触るね」
伊藤さんの腰に着てたブレザーを巻いてパンツが見えないようにして、姫抱きにする。姫抱きにしたら伊藤さんは、俺のシャツを掴んでたから意識は割とはっきりとしてるのかもしれない。
姫抱きにしたら、隣にいた先生がおおぉ、とか言っていた。そんなこと言ってる暇があったら、教室のドアを開けてほしい。
「先生、ドア開けてくれませんか」
「そ、そうだな」
そうして、伊藤さんを保健室まで運びベッドに寝かせた。
「動悸と寒気があって、生理だそうなので多分貧血だと思います」
そう保健医に伝える。
「そうね…彼女の健康診断の記録見てもてんかんとかの症状を持ってるわけじゃないから、私も貧血だと思うわ。けど5分しても体調が回復しなかったら救急車で運ぼうと思うわ。えーと…」
「高井です」
「高井くんね。彼女のことを運んでくれてありがとうね。2人は授業に戻ってくださって平気です」
保健医に礼を言われたので一応会釈する。俺としては、やっぱり警察官だったころの記憶で、勝手に手が出ただけだから何とも言えない。
「そうですか…では、よろしくお願いします」
先生がそう言い、礼をしたので俺もそれにつられて礼をして保健室を後にする。ちなみに教室に帰るまでに、高井ってすげーなって3回くらい言われた。
「いや…そんなことないです」
「すごいって。俺わたわたしかできなかったし。俺がもし倒れても安心だな」
そう言って笑って場を和まして、授業に戻った。
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5限の終わりのチャイムが鳴り、授業が終わる。休み時間になり、6限の準備をしてると伊藤さんが戻ってきた。体調が良くなって俺も一安心だ。
「高井くん、さっきはありがとう。はいこれ、上着。わざわざ下着見えないようにしてくれてたって保健の先生から聞いた」
「大したことないから気にしないで。体調良くなったみたいで安心したよ」
事実を言うと、何故か伊藤さんは顔を若干赤らめてた。
「うん。さっきみたいに寒いのとかは無くなったかな。けど色々迷惑かけちゃったし後でジュースでも奢らせて」
「…うーん。ジュースはいいよ。俺が勝手にやっただけだし。俺にジュース買うくらいだったら、伊藤さんが鉄分入りのジュース飲んでほしいな」
「…わかった。さっきはありがとうね」
伊藤さんは俺の席を離れると、いつも一緒にいるグループに混ざっていた。元気そうでなによりだ。
このとき翠から
<まーた女の子好きにさせて>
<罪作りな男だなww>
ってメッセージが来てイラッとした俺が、部活中に翠への当たりが強くなってしまったのは仕方ないと思う。