第五話
昼休みももう終わりという頃、俺は廊下でふらふらと何かを抱える三輪さんを発見した。横を通ると多分次の授業で使うであろう、英語のノートをまとめて持っていた。多分今日の日直が三輪さんだったから頼まれたんだろう。
俺のクラスを担当している英語の教師はなぜか、授業をとる時のノートと自習用のノートを作らせていた。だから40人分のノート、つまり80冊のノートを持っていた。俺の方が力があるし、こないだのこともあるしなんとなく放って置けず、俺は三輪さんに話しかけていた。
「三輪さん、ノート持つよ」
そういって、三輪さんが持っていたノートの3分の2を奪うような形で持つ。全部持ってかれると、先生に怒られる気もするからあえて3分の1くらいの軽い量を三輪さんには持ってもらった。
「高井くん…ありがとう」
「いや。腕もしびれちゃうだろうし。いいんだよ、こういう時は力がある方に任せておけばいいんだから」
「…こないだも思ったけどほんとに高井くんって優しいし、イケメンだよね。背も大きいし。イケメンっていうか包容力があるっていうの?なんか年上のお兄さんって感じする」
確信をつかれた発言に俺はドキッとしたが、表情を頑張って変えずに応える。
「イケメン?俺が?背が高いのは認めるけどイケメンではないと思うなぁ。しかも年上のお兄さんって何。同い年じゃん」
実際の俺はお兄さんではなく、おっさんである。そんな俺にこんな言葉をかけられてもあんまり嬉しいともならない。背は187 cmあって大きいからそれを褒めてるならまぁそうだよねーとはなるんだけど。
「なんか溢れ出るオーラ?みたいなのに、年上の魅力みたいなの感じるの。同じ年なのに不思議だよね。なんか皆好きにさせちゃいそうな感じ」
「なんだそれ。俺にはそんな魅力ないよ」
マジでなんだそれ、って思う。たしかに年上なことは間違ってないけど、魅力は絶対にないと思う。だって俺、平凡な37歳の独身男性だし。魅力があったら結婚もして、子供とかもいる年齢だ。実際に仲の良い同僚の多くは、結婚もして子供がいる人がほとんどだったし。
「それからこないだはありがとうね。まだ電車乗るのが怖くて、お母さんに車で送ってもらってるんだけど、あの時高井くんが犯人を捕まえてくれなかったら私、男性恐怖症になってたかもしれない」
そうだよな。まだ怖くて電車に乗れないのは、可哀想って思うけど俺と話せるくらいには男が怖いって思うようになってなくてよかった。三輪さんには高校生活楽しんでほしいし、男性恐怖症とかになってなくてよかった。
「…そっか。でも未然にふせげたわけじゃないから、俺としてはもやもやするな」
「そういうとこだよ。優しいっていうのは」
そんなことを会話していたら、教室に着いていた。
「ドア開けるからちょっと待って」
そう言ってノートを片手で持って開けると、後ろから三輪さんがぽそっと呟いた。
「高井くんって力持ちなんだねー」
「そんなことないよ、はいどうぞ」
「え!?今声出てた?…恥ずかし」
若干俯いて前髪で顔が隠れてしまい、表情が全くわからなくなってしまった。
「あら、青春ねー」
なぜか英語の教師に、尊いものを見る目で見られたが全くわからない。俺は変な発言をしただろうか。でも、注意しないってことはそこまで変なことじゃなかったんだろう、と自分を納得させる。ノートを置き席に戻ると、色恋大好き翠が俺の席を陣取っていた。
「イケメンめ。下園さんの次は三輪さんか。気づいたら学年1美人とか言われてる新田さんとかにもしかけんの?」
「翠…俺はイケメンじゃないし。新田さんって誰だよ」
「はぁ!?お前新田さん知らねーの!?モデルで配信者のnana!ほら、この子!」
そう言ってスマホで新田さんと思しき女の子が踊ってる様子の動画を見せられたが、全く見覚えがない。
「はぁ…まぁきっとそこがアキのいいとこなんだろうな。俺が仕込んでやる!!」
なんか懐かしいな。こういって前は翠にいろんなことを教わって落ち着いた翠と反対に、俺は大学時代に遊んだもんだ。
「変なこと言ってないで席戻れ。授業始まるぞ」
「へーい。真面目くんのアキくんに従いますよーだ」
そういって翠が席に戻ろうとするとチャイムがなり、他の生徒も自席に戻っていく。翠が変わってないことに安心しつつ、俺は授業に向けて頭を切り替えるのだった。