第二話
目が覚めて、しばらくベッドの上でぼーっとしていた。
時刻は5時半。朝練もあるし、起きなくてはならない。けれど現実味のないこの今、部活なんかにも行く気にはなれなかった。それに今も親交のある友人なんて同じ部活に所属していた1人しかいない。クラスメイトの名前だって誰1人覚えていない。そんなことを考えていた時だった。
ツキンと鋭い痛みと目の前がチカチカして襲い来る記憶の波。20年前にはきっと普通に覚えていただろう記憶が一気に脳内に流れ込んでくる。
「う、ぐぁ…」
なんだこの痛みは。痛みでもがいていたらベッドから転げ落ちた。次いで襲ってくる吐き気。胃から何かが迫り上がってくる感覚に耐えかねて、胃液をフローリングにぶちまける。
「|明偉<あきひで>―、なんか大きな音したけど…大丈夫!?どうしたの!?」
おそらくベッドから落ちた音で目を覚ました母親が俺の部屋に入ってくる。頭を抱えながら、吐いている俺を見て意識が覚めたのか走って近寄ってきて背中をさすられる。
「おぇっ…はぁ、はぁ、だいじょうぶ…おふ…かあさん」
なぜだかわからないけど、ここでお袋と言ってはいけない気がしてとっさに大学生くらいまでの呼び方である母さんと呼び直した。
「全然大丈夫そうに見えないけど…とりあえず吐いてすっきりした?」
すっきりしたのは事実なので頷く。返事をしなかった理由は、ただ単に吐いて疲れて、声が出なかったからだ。
「病院行った方がいいとおもうんだけど、行ける?」
「びょういんは、だいじょうぶ。ねればなおる」
「そんなわけないでしょ!こんな急に吐いて…でも寝てたいっていうなら無理には病院に連れて行くのもなぁ…じゃあとりあえず今日は1日安静にすること。学校には、母さんが連絡しておくから。それからここの掃除もするからしばらくリビングのソファで寝てなさい。片付け終わったらまた呼ぶから…わかった?」
“親のありがたみ”というものは時たま感じていたが、こんなにはっきりと感じることは一人暮らしをし始めた時以来だ。ほんとに久しぶりに親のありがたみを感じた。
「ありがとう…母さん」
「どうしたの?素直になっちゃって、気持ち悪い。いつもならへいへいとかしか言わないくせに。まぁいいか。とりあえず、今は体調を回復させること」
「わかってるよ」
まだズキズキと痛む頭を押さえ、一階のリビングに向かった。洗面でうがいと洗顔をして若干すっきりとした後、常備薬の頭痛薬を飲みもう一眠りした。
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ふわりといい香りがして目が醒める。
「あ、明偉起きてる。母さん、これからパートにいくけど一応卵がゆ作ったからチンして食べるのよ。あ、それからもうあんたの部屋掃除してあるから。除菌スプレーもしたし、換気もしてあるから。じゃ、いってきまーす」
「…いってらっしゃーい」
そういって母親はできた卵がゆをどんぶりに入れて机の上に置いてパートに出ていった。卵と出汁のいい匂いを嗅いだら確かに腹は減っている気がする。手元にスマホがないのでわからないがパートに行くくらいだから結構俺は寝ていたんだろう。
ラップを剥がしてかゆを一口食べる。なつかしい味が口内に広がり、やっぱりこれは夢ではないのではと思う。それにさっき感じた、いや今もだがこの痛みや吐き気は現実味がありすぎて、到底夢だとは思えない。
それにさっき流れ込んできた記憶のおかげで、名前も思い出せなかったクラスメイトの名前がパッと思い出すことができる。この現象はよくラノベなんかであったタイムリープとかそういうやつなんだろうか。
(自分の身にこんなことが起こるなんて…ありえない)
もう一回寝て起きてもこの状況だったら、清く諦めて2度目の高校生活とやらを楽しんでやろうじゃないか。