第74話 災害対策:新しい夢と新しい同志
しばらくルナに身を任せていたら、不意にルナが俺を離した。
「師匠って、魔術師として戦ったら、どうなるんですか?」
「え?」
「だって、今のは剣士としての戦い方に寄せていたじゃないですか」
「あー……」
魔術師が無理に剣士を真似ている。それが今の俺だと。
ちゃんと魔術師として戦ったほうが強いんじゃないかと。
「……でもそれは俺のやりたい事じゃないんだよ」
「守破離ですよ。師匠が教えてくれたじゃないですか」
「うん?」
守破離――師匠の教えを守る、師匠の教えを破る、師匠の教えを離れる。技術の継承・習得における3段階のことだ。言葉を変えるなら、基礎を覚えて、応用を始めて、独自の高みに至るということである。
「師匠の剣は『守』で、着る魔法を強化魔法の代わりに使うのは『破』でしょ?
じゃあもっと魔術師らしくアレンジした『離』があるべきじゃないですか」
「…………なるほど」
確かにそうだ。
そう言われてみると、俺はまだ「離」に達していない。
ルナは俺から剣を学んでおきながら、背丈ほどもある特大剣を振り回す。それはすっかり「離」の段階に至った証拠だ。俺には使えない強化魔法を使って「破」を始めた結果、普通の剣では物足りなくなって、俺の教えを「離」れたのである。
「たしかに、あるべきだ。
よし、考えてみよう」
◇
考えてみたので、試してみることにした。
「じゃあ行くぞ。まずは【雨】」
研究所の破壊に使った「鉄の雨」の改良型だ。
ただの鉄球を落とすのではなく、手裏剣を落とす。
切断力と貫通力が加わって、威力が高くなっているという仕組みだ。
「厄介ですが、この剣はこういう使い方もできますよ」
ルナは特大剣を背負うようにして、降り注ぐ【雨】に対する盾にした。
「じゃあこれは? 【雷】」
ルナの特大剣を見習った特大の棒手裏剣を落とす。
サイズ的には棒というより柱と呼ぶべきだ。重量もkg単位ではなくトン単位になる。
「ひゃあ!? それは無理です!」
落雷のように降り注ぐ鉄の柱から、ルナは走って逃げた。
そのまま俺の方へ走ってきて、反撃に転じる。
俺に近すぎると【雷】は危なくて使えない。いい判断だ。
空を飛んで距離を取る方法もあるが、今回はせっかくなので別の技も試したい。
「こういうのもあるぞ。【霧】」
無数の手裏剣を浮かべて、周囲を旋回させる。
触れれば切れる半透明の壁ができた。
もちろんこの壁の厚みを増せば、周辺一帯を【霧】で包むことも可能だ。
「範囲がもっと広ければ、これが一番厄介ですね。
でもこの程度なら……おりゃあ!」
剣を横向きに持ったまま、横薙ぎの大振り。
幅の広さを利用したその一撃は、飛ばしていた手裏剣をまとめて吹っ飛ばしてしまった。芭蕉扇かよ。強化魔法の理不尽さの権化だな。
「でもまあ、対処できるのは1つずつか。
なら、全部混ぜれば……」
「あっ、降参です」
ルナが剣を手放して両手を上げた。
俺は攻撃をやめた。
「あとは自分で剣を振るのと、どう組み合わせるかだな」
「これ以上強くなるんですか……」
「新しい目標をありがとう、ルナ」
俺は剣士になりたかった。その事に囚われすぎて、剣士としての限界を低くしてしまっていた。
ルナのおかげで、俺は目が開いた。もっと上を目指せる。とても剣士には見えない姿だとしても、俺にとっては剣の延長だ。
◇
国王陛下の私室。
「お久しぶりです、王妃陛下。
気が済んだので戻ってまいりました」
「おかえりなさい、ニグレオスさん。スッキリした顔になりましたね」
「よくぞ戻ってくれた、ニグレオス」
「あれ? 国王陛下。なんか、すごく久しぶりですね」
「う、うむ……すまぬな。
お前には詫びねばならん。宮廷魔術師の職分を外れた無茶な要求ばかりしてすまんかった。今後は潜入工作など頼まぬから、どうか許してほしい。
隣国のことは、余と軍部に任せよ。お前は宮廷魔術師として、国を富ませる研究に専念してくれればよい」
「マジっすか」
「マジじゃ」
「陛下」
「うむ?」
「喜んでいいですか?」
「もちろんじゃ」
「では失礼して」
収納魔法からビールを取り出し、一気にあおる。
「……かぁーっ! よっしゃー! ばんざーい!」
凄い解放感だ。
テスト期間が終わった学生のような、全てが許された感覚である。
「……あれ? 陛下、どうしたんですか?」
俺が喜ぶほど、国王陛下がなんだかシュンとしている。
王妃陛下が「フンス!」と鼻息荒くドヤ顔をしているではないか。腕組みまでして国王陛下を見下ろしている。
「いや、なんでもないのじゃ。
ニグレオスよ、今まですまなかった。やはりお前は軍事に関わりたくないのじゃな?」
これはいい機会かもしれない。
「……そうですね。正確に申し上げると、戦争を激化する技術を開発したくありません」
「激化すれば死者数が増えて国が荒れるからのぅ」
「いえ、そうではなく」
「では何じゃ?」
「人類が絶滅するからです」
「「は?」」
まるで理解が及ばないという顔をした両陛下に、俺はどう説明するべきか考えた。
核兵器という明確な答えは、教えるべきではないだろう。
「……効率的に敵軍を殲滅する。
軍事技術の開発というのは、つまるところ、それが目的です」
「うむ」
「であるなら、遠い将来その行き着く先は『一撃で敵軍を全滅させる大規模攻撃』という事になるでしょう。
都市ひとつ丸ごと飲み込む規模の即死攻撃。そんな感じの攻撃手段が開発された場合には、防ぐことは不可能になり、やられたらやり返すしかありません。するとA国が開発したら使われることを恐れた周辺国も同じものを開発し、その周辺国がさらに開発して、最後は世界中のすべての国がそれを保有する。
そしてどこかの国が1発使えば、国際的な利害関係に基づいて報復攻撃が始まり、その報復に対する報復という応酬が拡大して、ついには全世界が即死攻撃に包まれる。
結果、人類は絶滅……という可能性があり得ると思うのです」
「悪夢のような話じゃな。
しかし、遠い将来ならあり得ると思うのじゃな?」
「はい。そしてこの話を荒唐無稽でバカバカしいと切り捨てられる時代を、できるだけ長く保たねばなりません。現実味を帯びてからでは遅いのです」
「前例がないから起きるはずがないと侮った結果、起きてしまった事故や災害……起きてから慌てる愚……戦争に限らずに考えれば、決して珍しくない話じゃ。
国際条約ですべての国が『そんな物は作ってはならぬ』と約束すればよかろうが、抜け駆けを考える国も出てこよう。ちょうど隣にそんな国がある。難しい問題じゃ。しかし取り組む価値がある。人類が絶滅する危険を放置しては、国家の安寧もクソもあるまい。
技術的にどうにかできるなら、ニグレオス、お前に任せよう。
じゃが、現実的にどうするかは、余の仕事……いや、我ら王族の、末代までの使命じゃな」
「そう思ってくださいますか」
「うむ。可能な限り手を尽くすと誓おう。任せておくがよい」
「ありがとうございます」
心強い同志を得た。
俺の頭は自然と下がっていた。
最後まで呼んでくれた方、ありがとう。
72話と73話のタイトルがおかしくなっているのは、主人公が認識に異常をきたしているという演出です。
うつ病の始まりは、多くの場合本人には自覚症状がないか、疲労やストレスだと誤認され、気づきにくいものです。日常の些細な変化が原因で起こることもあり、本人が気づかない間に症状が進行するケースも少なくありません。周囲の人が本人の「いつもと違う」変化(無表情、元気がない、言葉数が減るなど)に気づくことが早期発見につながり、心身の専門家による早期の受診が、症状の悪化を防ぎ回復を早める重要なポイントです。
主人公は救われました。
あなたや、あなたの周りの人は、大丈夫ですか?




