第73話 医療:ストレスケア
ルナの屋敷。
「おっす! 遊びに来たぞ」
「師匠! なんだかお久しぶりです!」
「いい物を見つけてな。
ほれ、土産だ」
「なんですか、これ?」
「たこ焼き」
「なん……です……って……?」
「? どうした? 嫌いなのか?」
「とんでもない! 大好物ですよ! 昔、父に連れられて南部貴族のところへ出かけたときに食べて以来……はふはふっ……うンまァァァ~いっ! 幸せだぁ! 幸せの味だよぉ!」
「落ち着け。ゆっくり食べないと火傷するぞ」
「タコが悪いんですよ! あの見た目! こんなに美味しいのに、まったく流通しないんですから!」
「あ~……悪魔的だもんな、あの見た目は」
「ごちそうさまでした!
で、何をして遊びますか?」
「ルナと、ちょっと戦ってみようかなと思ってね」
「私と?」
「着る魔法の改良もだいぶ進んで、そろそろいい線いけるんじゃないかと思ってね。その確認だ。ドラゴンに挑むのもいいが、俺の剣はどちらかというと対人用だから、それならドラゴンスレイヤーにお相手願おうかなと思ってさ」
「魔法ありで戦うんですか? 確かに師匠の着る魔法は、生成魔法でありながら強化魔法のような効果を出せますが……それでも強化率は私のほうがはるかに上では?」
言外に「危ないですよ」と言ってくる。
それほど気遣われる存在だということだ。剣の技量では師匠なんて呼ばれても、実際に戦えば勝ちは揺るがないと思われている。
「勝てないなら勝てないで良いんだ。今はまだそのレベルに居るっていう確認になるからな。
……だが、ただでは負けん」
「師匠……なんか、意地になってます?」
「ああ。意地があるんだ、男の子にはな」
「……分かりました。
じゃあ、私が勝ったら、師匠がどうしてそんなに意地になっているのか教えて下さい。
師匠が勝ったら、私のこと好きにしていいです」
「それは勝っても負けてもお前の得になるやつじゃないか」
「あっ、バレた」
「バレバレだ」
「……師匠」
「何だよ?」
「ストレス、抱えてますよね?」
「…………」
「発散、しに来たんでしょう?
だったら、ちゃんと発散しないと。中途半端じゃなくて」
「はぁ~……精神状態を見透かされるようじゃあ、俺もまだまだ未熟だな。
それじゃあ、遠慮なく発散させてもらおうか。今日は手加減なしだ」
◇
荒野。
戦闘による周辺被害を考えて、俺達は人も設備も資源もない場所へ移動した。
こういうとき、ルナの領地は便利だ。なにしろ、ほとんど「そういう場所」しか無い。だいぶ開拓が進んだとはいえ、まだまだ未開の土地ばかりだ。
「このあたりでいいでしょう」
完全武装で走っていたルナが立ち止まる。
背丈ほどもある巨大な剣は、肉厚で幅広で、盾としても使えそうな代物だ。重量はゆうに50kgを超えるだろう。
ルナはそれを片手でひょいと、まるで小枝のように軽々と振り回す。
「そうだな。じゃあ始めるか」
着る魔法を発動。
各種魔法金属をベースにした合金の複合素材でできた鎧を、位置を調整して「着用済み」の状態で生成する。
同じように生成したロングソードを1本、俺は両手で正眼に構えた。
◇
師匠がおかしい。
妙に明るく振る舞って現れたかと思ったら、軽口を叩くのに勢いがない。
陰がある感じだ。ストレスを抱えているらしい。
「このあたりでいいでしょう」
私と戦いたいという師匠を連れて、荒野へ移動した。
剣としての分類が不能な特注の特大剣を手に取り、久しぶりに握ったので軽く素振りする。すぐに重さが手に馴染み、違和感がなくなった。準備完了だ。
「そうだな。じゃあ始めるか」
師匠が魔法を展開し、鎧と剣を生成する。
剣はシンプルなロングソード。
正眼に構えたとたんに、師匠の気配から迷いが――いや、気配そのものが消えた。
「…………」
動けなかった。
これが本気の師匠か……。魔力さえも凪いで空気に同化している。目の前に居るのに、見失ってしまいそうだ。
まるでそういう置物か、あるいは――死体のような。
あまりに凪いだ立ち姿からは、次にどう動いてくるのかまったく読めない。それでいて、こちらがどう打ち込んでも対処されてしまうのが、ありありと分かる。
「……く……」
仕掛けようとわずかに重心を動かしたとたん――いや、動かそうと思ったときにはすでに、師匠がピタリと追ってくる。
結果、そのまま仕掛けると自分から師匠の剣に突き刺さりに行ってしまう形。
ならばフェイントを入れて……と思ったとたんに、フェイントと本命の両方へ対応する位置へ動かれてしまう。
これはわざとだ。「わかっているぞ」と示すための動きだ。引っかかったふりをして逆に誘い込むこともできるだろうに、今も私を鍛えるつもりなのか、わざと示してくれる。
師匠の動きは最小限だ。構えている剣をほんの少し、角度を変えるだけ。それだけで私の攻撃が失敗するのが分かってしまう。私が「こうしよう」と思ったときには、すでに師匠は対応を完了しているのだ。私の体が実際に動き出すのはその後。
こういうレベルで対応されると、もはやスピードだのパワーだのは役に立たない。私がそこへ行こうと思ったところに、すでに師匠の剣が置いてあるのだから、武器のリーチさえ意味を成さない。身の丈ほどもある特大剣が、まるで果物ナイフのように心許ない。
「さすがですね、師匠……!」
まだ1合も切り結んでいないのに、私はもう負けた。
でもこの負けは「このまま切り結べば」という話。
「ドラゴンスレイヤーとして戦ってくれ」
そう。
師匠が私に求めているのは、剣士としての戦い方ではない。
竜殺しの戦い方だ。
「では遠慮なく」
私は後方へ跳んだ。
師匠の気配が一瞬だけ追ってきたが、師匠の体は動かなかった。
飛び退く隙を突こうと思えば突けるぞ、という事か。
生半可な攻撃では通じない。今の師匠は、人型のドラゴンだと思わなくては。
「ふっ……!」
十分に距離をとったところで、地面を蹴る。
蹴った地面が砕けて、まるで爆発が起きたような有り様になる。
それだけの踏み込みで加速し、急接近する。剣は脇構えだ。
間合いが詰まって、師匠の剣が届かず私の剣だけが届く最も有利な距離に到達。
「はあっ!」
全身のバネを使って、脇構えからの真っ向唐竹割り。
シンプルだが、それでいい。強化魔法に複雑な技は必要ない。強化魔法はそれを極めるだけで全ての動きが必殺技になるのだから。
事実、私はこの技でドラゴンの首を切り落とした。
「……!?」
攻撃が当たる直前、師匠が奇妙な動きをした。
1歩踏み込んで間合いを潰したかと思ったら、くるりと回って背を向けたのだ。
そのまま私の前でひょいとお辞儀をするような動きをした。
「――うわっ!?」
師匠の肩に私の腕が乗った。テコの原理で私の体が少し浮く。私の攻撃力がそのまま返ってきた形だ。
間髪入れず、師匠がお辞儀。結果、私は背負投げを食らった形になり、ひっくり返った。
「く……おおおっ!」
攻撃する時こそ、最も隙が大きくなる瞬間だ。
私がまさに食らったように、師匠もまた今この瞬間が最も隙だらけのはず。
起き上がるよりも、地面を転がって剣を強引に振り上げた。私の剣の長さなら、寝たまま振っても届くはず。
「……うっそ。自由すぎません?」
師匠は私の攻撃を避けていた。
なんと空中に逆さ吊り状態で浮いている。
考えてみれば、着る魔法は空を飛ぶために開発されたもの。空中での自由な動きができて当然だ。
「むんっ!」
師匠が突いてきた。速い。爆発音が聞こえた。爆風で加速を?
剣を防御に回すのは間に合わない。片手を剣から離して、師匠の突きを横へ払う。
師匠の剣がそれて地面に刺さった。
「えいっ」
私は足を振り上げた。
師匠を蹴って吹っ飛ばす。距離と時間をかせいで立ち上がらなくては。自由に飛べる師匠相手に、地面に寝たまま戦うのは無謀すぎる。
でも一応、よくない所に当たっちゃうかもしれないので、優しく蹴らないと。未来の旦那様を私の手で(もとい足で)種無しにするわけにはいかない。
「おっと。お前、それはヒドくね?」
師匠も嫌だったらしく、手でガードされた。
とにかく吹っ飛ばすことには成功。私は立ち上がった。
「一応、潰さないように優しめに蹴りました。
私、師匠の子供ほしいので」
「…………」
「なんでそんな複雑な顔を?」
「子供を持つつもりはないんだ。
別に子供が嫌いってわけじゃないんだがな」
「どういうことです?」
「家庭の事情さ。
まあ、勝ったら教えてやる」
不敵に言い放ったが、俺は次の一撃で負けた。
◇
直撃したのに、へし折れた。
剣を捨てて、俺は両手を上げた。
「降参。俺の負けだ」
剣を再生成することはできるが、俺の攻撃ではルナの防御を貫けないのが分かったので、続ける意味がない。
まあでも、思ったより戦えたな。逃げ回るだけなら十分に可能。無視されなければ、引き付けておく事ぐらいはできるか。ルナ相手にこれだけ出来るなら、ドラゴン相手でも同じだけ出来るはずだ。
実際にやると大騒ぎになるのでやらないが。どれだけ出来るかなんて事は、俺だけが知っていればいい。武力は、普通にできる程度のことを誇示するものだ。上限を誇示するものではない。対策されたときに負けが確定する。つまり奥の手は見せないから奥の手たり得るのだ。
「攻撃力かぁ……」
爆風を利用した単純加速装置ではダメだった。
そうなると、次はどうしようか……。
すでにいくつか案はあるが、作ること自体は簡単でも、それを使ってちゃんと居合術の動きができるように調整するのが面倒だ。パワーショベルで窓ガラスの雑巾がけをする感じ、と言えば分かるだろうか。
「それじゃあ、話してもらいますよ、師匠」
「……ああ。とりあえずビール飲んでいいか?」
しらふでする話でもない。
つまみは、たこ焼きでいいか。
「俺は、剣士になりたかったんだ。強化魔法を使ってドラゴンを討伐するような……お前みたいな剣士になりたかった。
でも俺は生成魔法しか使えない。適性がないからな。こればかりは努力で解決できないことだ。だから生成魔法で何とかしようと工夫を重ねているんだよ。
これは俺の意地だ。今日は負けたが、手応えは良かった。次は俺が勝つからな」
「はい。では、また今度やりましょう。
それにしても、剣の技術にも磨きがかかってませんか? 構えたとたんに気配のゆらぎがなくなったんですけど」
「戦う前から死んでおく、というのが理想だな。
すでに死んでいるから、恐れることも痛がることもない。淡々と必要な時に必要な場所へ必要な行動を置くだけ。負けたくないとか勝ちたいとか考えるのも雑念だ」
「ははぁ……でもその割に金的は嫌がってましたね」
「まだまだ俺も未熟ということだ」
沈黙が訪れ、しばし飲み食いの音だけが響いた。
しばらくして、ルナが再び口を開いた。
「……子供を持ちたくないというのは?」
「祖母がひどい長男教でな。生まれたばかりの俺を両親から取り上げて、自分が母親のように振る舞い続けた。
俺が祖母の望む通りのことをすれば褒めちぎる反面、失敗するとコケにするし、望む以外のことではいくら成果を出しても無関心で、何の役にも立たないと鼻で笑う。
……ちょっと世間を知れば気づくことだが、祖母はあからさまに俺を操り人形にしようとしていた。そのことに気づかないように、友人を作らせず、自分の懐へ囲い込むようにしてな」
「何のために、そんな……? 自分が叶えられなかった夢を代わりに叶えさせよう、とかですか?」
「そんな御大層なものじゃない。
ただ家の跡継ぎを作るだけの目的だ。外へ出ていかず、家を継ぐことを第一に考えるように洗脳して、それだけが目的で、その後どうするという目的はなかった。
もし『継いだ家をどうする』という視点や夢があったなら、もう少しまともな育て方をしただろう。だって何もかも祖母の言う通りにしか動かない操り人形を後継者にしたって、無能なお飾りにしかならない」
「……なんか、話だけ聞いていると、王位継承だけが目的のダメ王子を育てる野心家王妃みたいな……」
「まさにそれだな。継承したあとの国家運営のビジョンがない。
だが笑っちまうのが、俺の家はただの農家で、無能な傀儡を後継者にしてまで残すほど立派な価値などありはしないってことだ。
しかも無能なコミュ障に育てた結果、俺が家を継いでも結婚相手が見つからずに途絶えるしかないっていうね」
「私が居ますよ」
「俺が農家を継いでいたら、出会わなかったさ。辺境伯の娘と農民だぞ? 領民でもないのに」
「それは……」
「……ずっと祖母に塞がれていた目を開いて、周りを見て、やっとのこと自分は異常な環境で異常な教育を受けていると悟った結果、家を飛び出して今の俺がある。
確かに今の俺には、ルナという選択肢がある。
だが、ダメだ」
「ダメ?」
「なるべく『普通』を理解しようとしたが、俺という人間はどうにもならないほど歪んでいて、理解できた事さえ実行できない。変なクセがついている。たとえば『この場面では相手を気遣うべきだ』と分かっても、じゃあ気遣うためにどうすればいいか、どういう言葉を選べばいいか、というのは1つも分からない。
子供を作るってことは、作るだけで終わりじゃない。一人前の人間になるように守り育てて、教え導いてやらないといけない。だが、そういう役目を果たすには、俺はあまりにも不完全で歪んでいる」
「師匠……えいっ」
「おわっ……!?」
いきなり頭を抱き寄せられた。
もふっ、と豊満な感触が……来なかった。完全武装しているせいで、鎧のゴツゴツした感触だけだ。
それでも不思議と、柔らかく包まれている感じがした。
「世の中に完璧な人間なんて居ません。
やるべきことが分かっているなら、それで十分じゃないですか。
あとは自分なりに努力すれば、それで精一杯ですよ。それ以上のことをやろうとしても、それこそ失敗するだけです」
「そうか……」
「そうですよ」
「……そうだな」
俺はしばらくそのままルナに身を任せた。




