第69話 諜報潜入:ゴーファ虫の発生源
「で、どうだったのじゃ?」
国王陛下の執務室。
ゴーファ虫の生息域を調べた結果の報告に続いて、陛下が尋ねた。
「どう……といいますと?」
「巣をついでに破壊してきたのじゃろう?
その影響がどうなりそうか、という事じゃ」
「巣だけを破壊したわけではなく、巻き込む形でゴーファ虫もたくさん倒してきましたし、扇動する形で隣国と戦うように仕向けてきましたので、もうしばらく戦い続けて、かなりの数が減るかと。
少なくとも、しばらく辺境伯の領地へは……来るかもしれませんが、落ち着くのではないでしょうか。巣を再建することに集中するかと思います。
あるいは逆に、巣の再建のために建材を求めて襲来する頻度が上がるかもしれませんが、これまでの様子を考えると、その可能性は低いと考えます」
「ふむ……元帥の見立てはどうじゃ?」
「宮廷魔術師殿に同意します。
また、万一襲来が頻発した場合でも、個体数が激減しているはずなので……辺境伯軍の損害を考えても、対処は容易かと思います。
場合によっては娘のルナ伯爵に応援を求め、ルナ伯爵の領地軍の初陣を飾るのではないでしょうか?」
「ふむ。では、しばらく問題は先送りできたということじゃな」
「先送り……」
「まさに先送りですな」
「うむ。時間が経てば元通り……いや、元通りと言うのは語弊があるかのぅ」
「発生そのものが異常事態ですから、異常事態になることを指して『元通り』とは言いたくありませんね」
「さもありなん。
いずれにせよ――」
「うむ、根本解決には、ゴーファ虫の根絶が必要じゃ。そこまでやって本当の『元通り』じゃな。
が、問題はその方法じゃ。
雑食性で畑や家畜を食い荒らすゆえ、食糧を断つのは難しい。地道に駆除し続けるしかないかのぅ。
そうなると隣国のどこから発生したのか、根絶したあと再発生する可能性はないか、というあたりの心配が必要じゃな」
「ご明察かと」
「御意の通りにございます」
「というわけで、じゃ。
戻ってきたばかりで悪いが、ニグレオスよ」
「マジっすか……?」
「頼むぞ」
「マジっすか……」
「こちらの諜報工作部隊を使えず、すまない。
だが、人の少ない場所で大規模な調査をするのは、どうしても目立ってしまうからな。姿をごまかせる宮廷魔術師殿に頼らざるを得ん」
「すっげーいい笑顔で言いますね、元帥閣下」
諜報工作員ではないのに、俺に諜報工作をやらせるので、わざと派手にやって責任を押し付けた。その仕返しか。
「さっき煮え湯を飲まされたばかりだからな」
「なのに、冷めるのも待たずお代わりを飲もうとなさるとは」
「おい……」
「では結果報告をお楽しみに」
「ちょっ……待て! おい! こら!」
◇
所変わって、隣国、コ・スイマネ辺境伯の屋敷。
コ・スイマネ辺境伯は、不安にかられていた。
「どうしよう……?」
「何を心配なさっておられるので?」
「ゴーファ虫の撃退用に配備された毒の保管庫が壊されただろう?」
「そうですね。ゴーファ虫の異常行動で。毒へ群がるとか、普通はありえません」
「だが起きてしまった。つまり、また起きる可能性がある。
そして容器が壊されたため、毒はほとんどなくなった。次に配備されるまで、我々は無防備ということだ」
「なるほど。異常行動がそうめったに起きるとは思えませんが、1度あることは2度あると申します。対策することは必要でしょう」
「そうだろ? ……どうしよう?」
「アイデアをご希望で?」
「うむ。お前は教育係だからな。私より見識が広いだろう? ならばアイデアも豊富に出るはずだ」
「この私をご自分より優秀であるとお認めになりましたか。そうまで言われては、期待に答えなくてはなりませんね」
「微妙にムカつくな、お前。
さっさと教えろ」
「まず、次からは分散して保管しましょう。そうすれば1箇所が襲われても残りは無事です。
それから、それぞれの保管庫の防御力を高めましょう。新たに作るのは、資金的にも時間的にも大変なので、既存の砦などに分散保管すればよろしいかと。
あとは、そもそもどうして異常行動が起きたのか、その原因調査ですね。そもそも発生しないように根本的対策が取れないか、検討してみましょう」
「ふむふむ……それ、私が考えたことにならんか?」
「なんというコスい真似を……さすがコスイマネ伯爵です」
「コ・スイマネ辺境伯だ。コとスの間は少し開けろ。伯爵と呼ぶな」
「器ちッせぇ……さすがです、伯爵」
「この野郎……。
とにかく実行せよ。
ああ、それと、このことが中央に知られてはならん。秘密裏にやれ」
「バレたら毒をちょろまかした事まで発覚してしまいますからね。
実にコスい真似です。さすがです、伯爵」
「お前ちょっと1発殴らせろ」
◇
ゴーファ虫の巣があった場所。
先の調査(ついでの襲撃)により、すでに巣は破壊され、鬱蒼と茂る森のあちこちが見るも無惨に荒れている。
「さて、予想通りに動いているか……?」
ハエに偽装した小型ゴーレムの大群を放ち、その目を借りて手広く周囲を観察する。飛び回るゴーレムたちの視界を次々と切り替え、全体を網羅的に把握していく。本体の俺は待っているだけなので、気分はモニター室の警備員だ。ピザでも食べたくなってくるな。ピザをつまみにビール……悪くないな。よし、やるか。
というわけで、ピザとビールの準備を始めたが、飲み食いする暇はなかった。
すぐにゴーファ虫を発見し、追跡すると、生き残った少数のゴーファ虫が、どこかへ向かって移動していた。巣からは離れていくし、迷っている様子はない。明らかに目的地を目指している動きだ。
「こいつは予想外だな……群ごとに巣を再建すると思ったのに……どこへ行くんだ?」
追いかけていくと、正面からコ・スイマネ辺境伯軍が現れた。
「居たぞ! やはり向かってきている!
応戦準備!
殲滅だ! 領都に近寄らせるな!」
司令官らしき兵士が叫び、周囲の兵士たちが一斉に戦闘態勢をとった。
構わずそのまま前進するゴーファ虫と、辺境伯軍との戦いが始まった。
決着はすぐで、結果は圧倒的だった。辺境伯軍は、ゴーファ虫を一方的に殲滅してのけた。
「……ふむ。あいつ何か知っていそうだな」
倒し方が鮮やか過ぎる。弱点を知り尽くし、ゴーファ虫に最適化した動きだ。
よほど研究しないと、こうまで無駄のない動きはできない。
「よし、全員回収してやろう。尋問すれば何か分かるだろう。
……問題になるか?
……いや、諜報工作は元帥の責任だし、俺が心配することじゃねーな」
よし、やろう。
というわけで、シンプルな毒ガスをプレゼントだ。
我々を取り巻く大気――酸素の濃度、21%。この比率を下回るにつれ、身体機能の低下もそれに比例する。目眩、悪寒、吐き気、嘔吐……そして昏倒。15%を下回っただけでも、かような諸症状が現れる。
そして6%――この数値を下回ったとき、たった1度の吸気で人は意識を失う。半日は目覚めない。ボクシングのノックアウトなどとは、わけが違う。
「生成――」
5分あまりも呼吸を止めていられるよう設計されている人間が、酸素比率6%以下の大気を吸気したなら、ただの1度で機能を失うという現実。
ならば簡単だ。生成魔法が得意な俺にとって、酸素比率6%以下の大気など。
「――窒素」
人体に無害なはずの窒素。大気中に76%も存在する窒素。これを兵士の周囲に大量生成する。その濃度、100%。
屋外でのこと――風があれば、すぐに流されてしまい、効果を失う。だが、ここは森だ。立ち並ぶ木々が、伸びた枝が、生い茂る木の葉が、たいがいの風を遮ってしまう。
「……無力化、完了」
あとは回収して帰るだけだ。
新たに鎧型ゴーレムを作って、意識を失った兵士たちに「装着」させ、拘束と搬送を同時並行で実現する。
◇
王国。
今回は、執務室に入り切らないので謁見の間だ。
「というわけで、こちらがその兵士たちです」
「アホぉー! なんちゅうモンを回収してきおったんじゃ!」
「手がかりがコレしかありませんでしたので」
せっかく見つけたゴーファ虫は彼らに殲滅されて、結局どこへ向かおうとしていたのか不明のままだ。
そのあと他のゴーファ虫を探したが、すでに移動した後だったらしく、見当たらなかった。
「兵士を拉致……! 国際問題が……! ぐおおお……胃が痛い……!」
「なお、念の為に申し上げますと、潜入工作は宮廷魔術師の仕事ではありませんので、今回のことは元帥隷下の諜報工作部隊の功績ということでお願いします」
「おま……元帥の胃をどんだけ痛めつける気じゃ!?
てゆーか、余の胃痛、これで『とばっちり』なのか!?」
「煮え湯のおかわりを希望されましたので、たっぷり召し上がっていただこうかと」
「わざとやっとんのかい!」
「では、あとはよろしくお願いします」
「おいコラ! 待たんか! どうするつもりじゃ、コレ!?」
「専門部署にお任せしま~す」
知らね。待つわけないよね。
さーて、帰ってビールでも飲もっと。
◇
その頃、コ・スイマネ辺境伯は、ひとつの報告を受けていた。
「兵士が全員、行方不明!?」
「はい、そのように報告が……」
「全員ってどういうことだ!? 何が起き……待て」
「はい?」
「全員、行方不明なんだな?」
「はい」
「じゃあ誰が報告しに来たんだ?」
「え?」
「え?」
「「…………」」




