第68話 調査開拓:ゴーファ虫の生息域
俺の執務室に、元帥がやってきた。
「失礼するよ。今、大丈夫かね?」
「これは元帥閣下。珍しい来客ですね。呼び出していただけば、こちらから出向きましたのに」
「それでは筋が通らぬと思ってな……実は頼みがある」
「嫌です」
「嫌です!? 断るとかじゃなくて!?」
「だって元帥からのお話でしょ? どうせいつもの『ふっ……私のことが嫌いかね』ってやつじゃないですか」
「ふむ……宮廷魔術師殿は、やっぱり私のことが嫌いなのかね?」
「いえいえ、元帥閣下には感謝しかありません。
でも持ってくる話は大嫌いです」
「正直だな。切り分けて考えられる点も高評価だ。
それで、頼みたい事は――」
「断る!」
「まだ内容を言ってないが!?」
「どうせロクでもない事でしょう!? しかも私にとってロクでもない! 国益のためにお前ひとりで損をかぶって犠牲になれ的な話でしょうが!?」
「うむ、その通り。ゴーファ虫の生息域を調査してほしい。群の大きさから考えて巣があるはずだ。発生源を叩けば状況は変わるだろう」
「やっぱりロクでもねぇぇぇぇぇ!
隣国に潜入しろって事でしょう!?」
ゴーファ虫は、隣国の方角から来るし、隣国が異世界から召喚した魔物の特徴を持っている。ほぼ確実に隣国が何かやった結果、発生した魔物だ。つまり、生息域はほとんど隣国である。
「そうなるな。国内についてはゴーファ辺境伯に頼めばいいから、君には隣国での生息域を探ってほしい」
「バカですか!? 越境したら国際問題になるでしょうが!」
「君なら大丈夫だ」
「なんにも大丈夫じゃない! 外交官でも冒険者でもないんですよ!?」
「君には実績がある」
「からかってます? 気は確かですか?
やらせた張本人が言うことじゃないでしょう……!?」
「だが結果は優秀だ。君ほど優れた諜報工作員もいない」
「俺は学者だ!」
「じゃあビールで手を打とう」
「ぐぬぬ……」
魅力的だ。非常に魅力的な提案だ。
し、しかし……! ここで流されてはダメだ……!
安全にのんびりビールを楽しむのが好きなのであって、ビールのために命をかけるのでは本末転倒。この話は断るのが正解だ。
……でも実績があるのも事実。俺なら簡単に潜入できてしまう。隣国の防諜能力は俺には通用しないので、国王に下剤を盛って数日トイレに立てこもらせた事もある。つまり「命がけ」の中でも安全な部類で、冒険者的な感覚でいうと「おいしい依頼」だ。
「……はっ!?」
その時、脳裏に国王陛下の顔がよぎった。
脳裏の陛下は、気安い感じでニヤニヤ笑っている。「お前なら大丈夫じゃろ」と言わんばかりだ。ちょっとムカつく。
だが今は感謝しよう。陛下の顔がよぎったおかげで、大事なことを思い出した。
「陛下はこの事をご存知で? 万一戻ってこられなかった場合のことは、どうお考えですか?」
元帥は軍務大臣を兼務する「軍の最高責任者」だが、俺は宮廷魔術師なので軍属ではない。文部大臣の下にある学術研究機関の一員だ。大臣同士は並列で、その上に宰相がいて陛下の政務補佐をしている。
つまり元帥は「他部署の上司」であって、俺に対して命令権がない。
「ふむ……そうだな。一応、保険をかけておくほうがいいか。
では、また後で陛下の執務室で会おう」
「うわ、陛下を経由する気だ……」
その後、陛下に呼び出されて命令された。
「元帥め……無茶苦茶しやがる。
諜報工作員なんて、元帥の下に専門部署があるじゃねーか。なんでそっち使わないんだよ……はっ!?」
ひらめいた。
これなら元帥に一泡吹かせてやれるぞ!
◇
隣国。
王国に接した領地を持つ、隣国の辺境伯。その名をコ・スイマネという。
その手に今、ひとつの報告書があった。
「ふーむ……これなら使えるか。
造魔……あ、いや、今は『ゴーファ虫』と呼ぶのだったか。あれの撃退用に使う毒を支給された分から0.1%だけ例の工場へ回しておけ。1000倍希釈で農薬代わりに散布した結果が良好だ。本格的に使うことにする」
「コスイマネ伯爵、またそんなコスい真似を……毎度毎度よく思いつきますな」
「コ・スイマネだ! 続けて読むんじゃない! コとスの間はちょっとあけろ!
あと辺境伯だ! 伯爵じゃなくて辺境伯と呼べ!」
「そういう所がコスい真似なのですよ、伯爵。ちッせぇ事を気にしてマァ……。
辺境伯って『辺境担当伯爵』の略なんですから、結局は伯爵じゃないですか。周りからちょっと格上に見られるのは事実だとしても、自分から誇りに行くのはすごく小物臭いですよ? まさにコスい真似です、伯爵」
「このやろう……首チョンパするぞコラ?」
「だから、そういうのがコスい真似ですってば。器ちッせぇな……。
私は伯爵の教育係を兼務しておりますから、これは正当な職務の遂行です。立派な伯爵になるための指導が仕事なんですから、私に指摘されたことは素直に受け止めてください」
「だとしても言い方がサァ……お前、わざと煽ってるだろ? アァン?」
「貴族同士でこのぐらいの言い合いは珍しくありませんからね。怒りに任せてバカな真似を……おっと失礼、コスい真似をしないようにという精神修養の一環です」
「なんで言い直した!?」
そこへ兵士が飛び込んできた。
「ご歓談中、失礼します!」
「誰がご歓談中だテメエ!?」
「まさにご歓談中でしたな」
「あァン!?」
「なにか?」
「あ……あの……!」
「黙ってろ! 今こいつと言い合ってんだろ!」
「わーお。なんて器の小さい振る舞い……いや失礼、器のちッせぇ振る舞い」
「だからなんで言い直した!?」
「あの……! ゴーファ虫の巣が壊滅状態に……! ゴーファ虫の一部が突然暴走を始めまして……!」
「それを早く言えぇぇぇ!」
「ひぃ!? 理不尽!? あっ、失礼……コっスい!」
「お前もなんで言い直した!?」
「あと撃退用の毒の保管庫も壊れて毒が流出しました。ゴーファ虫がこちらにも迫っています」
「それを早く言えぇぇぇ!」
「農薬に転用するために分けていたほうの倉庫は無事です。コスイマネ伯爵のコスい真似が役立ちました」
「コ・スイマネだ! 続けて読むんじゃない! コとスの間はちょっとあけろ!
あと辺境伯だ! 伯爵じゃなくて辺境伯と呼べ!」
「伯爵。ちッせぇ事を気にしている場合ではありません」
◇
国王陛下の執務室。
俺は国王陛下と元帥に結果を報告していた。
「というわけで、ゴーファ虫に似せたゴーレム軍団を派遣した作戦は、無事に完了しました」
なおゴーレムを操作していた俺は、自宅でのんびり過ごし、ゴーレムの操作に集中していた。作戦後は魔法を解除してゴーレムを消せば、証拠は何も残らないし、追跡も不可能だ。
「無事に!?」
「どこが!?」
おや?
陛下と元帥は、俺の完璧な仕事ぶりが、どういうわけか気に入らないらしい。
「え? ちゃんと生息域を調査して、巣も発見しましたよ? 発生源を叩くためという話でしたので、ついでに叩いておきましたし」
改めて攻撃部隊を派遣するのは二度手間なので、プチッとやっておいた。
「それは優秀だけど……!」
「それだけじゃないだろう!?」
そうだね。
もうひとつ、ついでにやったね。
「なんか隣国の辺境伯がコソコソやってたので、ついでに潰しておきました」
「やりすぎだー!」
「国際問題になっちゃうだろー!?」
「大丈夫ですって。それ対策でゴーファ虫に偽装したんですし、ゴーファ虫の暴走ですよ。ね?」
そういう事にする。
そういう事だと言い張ることにする。
外交ではこういうのが大事だ。ゴーレムは消去済みで証拠はないので、突き崩される心配もない。
「うぬぬ……!」
「まあ、何かあっても元帥が責任とってくれますよ。俺は文部大臣の下にいる研究職ですから。諜報工作は元帥の下の専門部署の仕事でしょ? 宮廷魔術師は何もしていない。そういう事になってますよね?」
そういう事にする。
そういう事だと言い張ることにする。
内政でもこういうのが大事だ。今回の成果は、元帥隷下の諜報工作部隊によるものとして内部処理される。俺は何もしていない。そうでなければ諜報工作部隊の存在意義は?
「うぐぐ……!」
「元帥……」
「してやられました……」
元帥が肩を落とした。
作戦は成功したので、俺の勝ち。




