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第67話 環境改善:忌避剤

 今日は国王陛下の執務室だ。


「ゴーファ辺境伯の領地で、例のゴーファ虫が数を増しつつ何度も襲来しているらしい。それで応援要請を受けたのじゃ」


 トカゲのようなフォルムで、カニのように甲殻があり、全体として虫っぽい。

 ネーミングに困って案を募集したところ、ゴーファ虫で定着した。ゴーファ辺境伯の領地にやってくる虫っぽい何か、という事で、まあ的を居た名前だろう。センスは無いけど。


「応援要請……辺境伯が、ですか」


 それはもう戦争レベルの状態になっているということだ。

 辺境伯とは国境警備を任された伯爵であり、隣国から侵略された場合にも国軍が到着するまで単独で持ちこたえられるほどの軍事力を持っている。

 その辺境伯が応援要請をする。つまり、そういう事だ。


「うむ。辺境伯軍でも対応しきれぬ数と頻度になったようじゃ。

 ゴーファ虫は雑食性で、畑や家畜を食い荒らす。そのくせ血液が毒という性質上、安易に殺すと土地が汚染される。そこでニグレオス、お前が突き止めてくれた通り、凍らせる攻撃が有効なのじゃが、辺境伯軍といえど冷却系の魔法が得意な者はそう多くない。

 もちろん、あくまで『全体数に比べて』じゃがな。とはいえ前線で戦うはずの戦力が手を出せぬ状況というのは、非常に苦しい。数万の軍団がいても、実際には数千しか戦えぬような有り様じゃ」


「じれったいですね。

 しかし思ったよりマシな状況で、少し安心しました。

 汚染エリアを定めて通常攻撃で倒せば、まだ対処できるということでしょう?」


「もうやっておる。

 しかし、あちこちから現れて戦線を迂回したり、戦力を展開する前に汚染エリアを通過してしまったりして、なかなか思うようにいかぬようじゃ。

 かくなる上は、ニグレオス。ここはひとつ『効果的に倒す方法』ではなく『そもそも来なくなる方法』を開発してくれぬか?」


「わかりました。やってみます」



 ◇



 研究室。

 俺は副官のジェームスと3人の部下を集めた。


「というわけで、各自方法を考えてくれ。

 まずはサンプルが必要か。前にもらったサンプルは死んだっけ?」


「はい、閣下。

 冷凍攻撃が有効だと判明したときに、必要な威力を確かめるために殺害しました」


「ああ、そうだった。

 じゃあ、とりあえずサンプルを貰ってくる。方法は考えておいてくれ。順に試そう」


 ゴーファ辺境伯の領地へ転移して、戦っている連中の中へ乱入し、ゴーファ虫を捕獲して転移で戻った。ゴーファ虫はそれほど強くないので、檻を生成すれば簡単に捕獲できる。


「さて、どうだ? アイデアは出たか?」


「短時間すぎるだろ、お前。さすがに。3秒で戻ってきたじゃねーか」


「スネーク。今は緊急事態だ。さっさとアイデアを出せ」


「じゃあ定番の音や匂いから確かめるか?」


「よし、じゃあスネークはそれを始めろ。種類が多すぎて大変だろうから、他の実験が終わったら合流する」


「マジかよ……」


「ホースディアはどうだ? 何を試す?」


「トカゲっぽくてカニっぽくて虫っぽいっすから、そのあたりの忌避剤から試してみるっす。あと体が大きいから獣避けも試すっすよ」


「よし始めろ。

 バニーはどうだ?」


「単純に壁を作るのはどうですか? 檻でこうやって閉じ込められるんですから、この檻をたくさん設置して壁のように並べるだけでも効果があるんじゃないかと思うんですけど」


「その実験には、単体ではなく群を相手にする必要があるな。

 仲間を踏み台にして後続が乗り越えてくる可能性がある。前線に送ってやるから試してこい」


「えっ!? ちょっ……! 待っ――」


「ほら行くぞ」


 バニーを前線へ転移させた。


「さて、ジェームスはどうだ?」


「以前、火による攻撃は効果的なようだった、という情報がありましたね。

 閣下には負担が大きくなるでしょうが、溶岩や木炭などを大量に生成して『熱の壁』を作るのはどうでしょう?」


「よし、ゴーファ辺境伯と相談して場所を決めてくれ」


 ジェームスもゴーファ辺境伯のところへポイ。


「お前は何するんだよ?」


「スネーク、いい質問だ。

 俺はひとつ試してみたい匂いがある」


「匂いか。じゃあ俺と一緒にやるか?」


「お前は好きなようにやってくれ」


「つれないな」


「試したい匂いが1つだけだからな」


「どんな匂いだよ?」


「死臭だ。同族の死体の匂いだよ」


 一般に動物は同族の死体から出る匂いを忌避する。死体に群がる印象が強いハエなども、仲間の死体の匂いからは距離を取ろうとする。


「腐肉食だったらどうするんだ? 忌避剤にならないだろ」


 腐肉食といって「自分が仕留めたのではない死体」を探して捕食する動物も存在する。この場合、死臭は忌避剤ではなく誘引剤になる。


「別の場所へおびき寄せるように使えば問題ない。そこにジェームスやバニーが提案した仕掛けを用意しておけば、ゴーファ虫ホイホイの出来上がりだ」


「なるほど。それじゃあ誘引できる音や匂いも探さないと」


「頑張ってくれ」


「お前、1個だけなんだから、その後手伝えよな?」


「その1個をいろいろと工夫しなきゃならん」


「どうして?」


「とりあえず死体のサンプルが必要だ。ゴーファ辺境伯のところへ行けばいくらでも手に入る。だが群で襲ってくるのに殺しても残りは逃げないってのは、興奮状態だと無視するのか? それとも新鮮な死臭だと弱いのか? 濃度を上げればいいか? 古い死体ってどうやって用意しよう?」


「あー……クソ、なるほどな。

 じゃあ、あんまり期待しないで待ってるよ。はぁ……俺は俺で頑張るか」


 というわけで、手分けして頑張ることになった。



 ◇



「よーし、結果発表だ」


「どうなりましたか、閣下?」


「まずはスネーク。効果的な音や匂いは発見できず。ただし大きな音や強い刺激臭には忌避効果が認められた。

 次にホースディア。既存の忌避剤はほとんど効果なし。ただし獣避けはいくらか効果が認められた。唐辛子成分が入ってるせいで、刺激が強いんだろう。

 次、バニー。予想通り仲間を踏み台にして乗り越えてきたので効果は薄かった。群が小さければ十分に効果的なようだが、建築範囲が大きくなりすぎる。維持管理が大変だから保留だな。

 次、ジェームス。以下同文」


「雑!? 以下同文!?」


「詳しく言うと、燃料の上に倒れた仲間を足場にして渡ってしまった。建築範囲も大きくなりすぎる。燃料の追加投入が定期的に必要。よって維持管理が大変だから保留だ。バニーの『壁』案よりも却下寄りの保留だな」


「くっ……! 私としたことが……!」


「ジェームスにしては珍しい失敗だったな」


「それで、お前のは? 死臭はどうだったんだ?」


「状況によって、ゴーファ虫の反応はいくつかのパターンに分かれた。

 まず単純に進行してくる場合、死臭には忌避効果が認められた。強い死臭ほど忌避効果も強くなるようだ。

 だが一部の個体では、逆に誘引効果が認められた。奴らは個体によって『好み』が違うらしい。

 また興奮状態に入った場合、忌避効果は認められなかった。死臭を強くしてもダメだった」


「ダメじゃねーか」


「ダメだな。

 ちなみに、こうした性質がネズミに近いことから、追加でもうひとつ実験をおこなった。魔法で人工的に地震を起こす実験だ。実験の結果、ネズミと同じで、予兆のように即座に大移動して水に飛び込んで自滅するといった行動がみられた。これは効果的な対処法だが、その後に水質汚染が発生するため、使用できる場所が限られる。

 要するに、総じて中途半端な結果に終わった」


「では閣下、組み合わせるのが効果的ですね」


「そうなるな、ジェームス。

 運用コストを考慮して、効果的な組み合わせを考えてくれ」


「かしこまりました。データの処理は得意分野です」


「任せたぞ。

 ああ、それと」


「何でしょう?」


「副作用は無視していい」


「かしこまりました。……領地軍の兵士も気の毒に」


「何か言ったか?」


「いえ、何も」



 ◇



 ゴーファ辺境伯の領地。


「くっせぇぇぇぇ……! なんて悪臭だ……ドブかよ」


「我慢しろ……! これでほとんど戦わずに済むんだ……!」


「唐辛子成分が目とか鼻とかにしみる……! めっちゃ痛い……」


「我慢しろ……! これでほとんど戦わずに済むんだ……!」


「しかもコレ、定期的に散布しないといけない……地獄だ」


「我慢しろ……! これでほとんど戦わずに済むんだ……!」


「隊長、それしか言わない……」


「我慢しろ……! これでほとんど戦わずに済むんだ……!」


「あー……隊長もめっちゃ我慢してる感じですか」


「分かるか?」


「分かります」


 兵士たちはおもむろに固く握手を交わし、お互いの背中を叩いて慰め合い、励まし合った。

 全員の顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。唐辛子成分の刺激のせいである。


「つーか、鼻水で息ができないほどなのに、死臭は貫通してくるし」


「鼻がつまってるから、口から来るんだよな……」


「なんか腐った生ゴミでも食ってるような気分だ……」


「おえっ……! やめろ、気持ち悪い……ゲロゲロゲロ……!」


「うわあ!? 俺に向かって吐くんじゃねえ!」


「くっさ……!? 何食ったんだよ、お前……」


「こってり豚骨ラーメンだ。ニンニクたっぷり。納豆も乗せてみた」


「ひでぇ……」

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