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第65話 医療:鉛中毒

 今日は国王陛下の執務室だ。


「国内各地で貴族の令嬢が多数、原因不明の体調不良を起こしておる。体が思うように動かぬとか、錯乱して暴れるとか、突然倒れるとかじゃ。歯茎に黒い線が現れたという者もおるが……これはよく分からんのぅ。

 回復魔法をかけても翌日からどんどん体調が悪くなってしまうが、解毒魔法をかけると数ヶ月は元気に過ごせるようじゃ。つまり、どうも毒を盛られておるらしい」


「ふむ……どこかの派閥が大規模な暗殺に動いたと?」


「いや、発症者の令嬢たちには派閥も地域も関係なく、まんべんなく発症しておる。どうも権力闘争ではないようじゃ。しかし毒を盛られた経路が、どれだけ調べても分からぬ。

 それで、妻の原因不明の病を治したお前の実力を見込んで、原因の特定を頼みたいのじゃ」


 王妃陛下が謎の病に倒れたのは、もう20年も前のことだ。

 八方手を尽くしても原因が分からず、治療できずに困り果てた王宮は、治せた者に褒美を与えると言って一般公募を始めた。

 で、俺が原因を特定し、治療法を提案したというわけだ。この功績で俺は宮廷魔術師に推薦され、今に至る。


「なるほど。あの時とよく似た状況ですね」


「うむ。ニグレオス、どう見る?」


「ひとつ思い当たることはありますが、他の可能性を否定するほどではありません。

 まずは幅広く調べて、原因の特定に努めるべきかと」


「うむ。頼んだぞ」



 ◇



 俺の執務室。


「というわけで、ジェームス。調査計画を立ててくれ」


「かしこまりました、閣下。

 しかし珍しいですね。ビールが絡まない案件に、面倒くさがりもせず取り組むとは」


「ビールが絡まない? おいおい何を言ってるんだ」


「と言いますと?」


「穀倉地帯の領主が送ってくれるビールがあるだろ?

 芋男爵の所からもビールを買っているし」


「はぁ……?」


「後継者が居なくなったら困るだろうが。

 お前は男だけで繁殖できるつもりか?」


「なんとまぁ……納得いたしました」


「ため息混じりに言うな。ビールに限らず、製造技術の継承って大事なことだぞ。途絶えたら復活させるのは大変なんだからな」


「そうですね。

 それでは、とりあえずアンケートを取りましょう」


「軽いなオイ。右から左に受け流すなよ」


「すべての貴族に対して、飲食・吸入もしくは肌につけたもの全てを教えてもらいます。そこから発症者に共通するものを探しましょう」


「それって人海戦術じゃないか?」


「そうですね。閣下の魔法でゴーレム軍団を作れますが、この手の仕分け作業は?」


「無理だ。ゴーレムを動かすのは、あくまで術者たる俺だからな。視界を借りることはできるが、あまり増やすと見落としが多くなる。

 人数が必要なら、ルナの領地軍を借りよう。あいつら訓練ばかりでどうせ暇だろう」


「どうせ暇とは、ひどい言い草ですが……まあ、借りられるなら借りましょう」



 ◇



 研究室。


「てことで、調査が進んでいるから、お前ら、化粧品を作れ」


 俺は部下3人に命じた。


「意味が分からん」


 肩を竦めるスネーク。


「そうっすよ。どうして毒の調査から化粧品になるっすか?」


 首を傾げるホースディア。


「仕事で化粧品の開発ができるとか天国ですか」


 喜ぶバニー。


「発症したのは貴族の令嬢たちだ。男は発症していない。

 つまり、女性だけが身につけるもの――化粧か、ドレスか、宝飾品だろう。

 その中で『毒物を含むものは使用禁止』と通達したときに、それでも使いたがる者が後を絶たないとしたら、一番は化粧品だろう」


「なるほど。宝飾品なら貴金属や宝石の価値が大きいから、毒物を使った加工を取りやめたり、出荷前に毒物をすっかり取り去る処理をするのは難しくないだろうな」


「ドレスもっすね。毒を使うとしたら生地の製造工程でって事になるっす。生地そのものよりはデザインとか刺繍とかのほうが価値が大きいはずっす」


「化粧品は、見た目の良さや崩れにくさとか、色んな要素が関わってきますから、代わりのものを開発するのは難しいでしょうね」


「そういうことだ。

 だから、もし原因が化粧品だった場合、すぐに『こっちでも良いじゃん』と思ってもらえるものを出せるようにしなくてはならない。お前らの腕の見せ所だ。俺は調査のほうにかかりきりになるから、お前ら頼むぞ」



 ◇



 調査は意外と難航した。

 というのも、若い令嬢の中には、美貌の理由を自分だけの秘密にしておきたいと考える者がけっこう多くて、使っている物品のブランド名を答えてくれない場合があった。


「多くの貴族令嬢がこのままだと死ぬことになります」


「命より美貌です」


「まともに歩くこともできず、錯乱したり倒れたりするような令嬢の、どこに美貌が? 田舎村の健康な百姓娘のほうが遥かにマシでしょう」


「失礼な! 美貌の何たるかも分からない人に教えることはありません!」


「では国家反逆罪でしょっぴく事になりますが」


「なんですって!?」


「最初に言ったでしょう? 多くの令嬢が、このままでは命を落とすと。

 国王陛下が緊急事態と判断して調査を命じられたのですよ。それを拒むなら、国益を損なう反逆者として捕らえるしかありません」


「ぐぬぬ……!」


 老婦人は老婦人で、調査を拒む。


「20年前から使っているのに、いまさら疑えと!?」


「いえ、別にあなたは体調不良ではないのですから、あなたが使っているものなら安全ですよと周囲に教えて差し上げるだけです」


「私の愛用品を教える理由など……!」


「今の状況ならファッションリーダーになれますが、発言力は欲しくないと?」


「うぬぬ……!」


 意外な人物から、意外な回答もあった。


「……ゴーファ辺境伯が化粧を?」


「疲れたときに、血色をよく見せるために、だそうです」


「なるほど。部下の前で疲れた顔はできないと」


「場合によっては、そのために酒を飲むことがあるそうで」


「うーむ……大変なご苦労をなさっているのだな……」


 などと苦労しつつ、アンケート結果を回収できた。

 そしてルナの領地軍を使って、発症者の共通点を探した。

 結果、予想通り化粧品だった。調べてみると、成分に鉛が入っていた。



 ◇



 というわけで、部下3人が開発した化粧品が売りに出されたのだが。

 わずか数日後に、俺は王妃陛下に呼び出された。


「思わしくない状況ですわ」


 そう言って、テーブルの上に3つの化粧品を並べる王妃陛下。

 その1つを指さす。


「まずこちら」


「スネークが開発したものですね。あれこれと塗り重ねる面倒を省く、オールインワンの化粧品だとか」


「ええ。けれども仕上がりがすっぴんに近く、化粧品というよりはスキンケア用品として人気ですの。これの上から他の化粧品を塗るのがトレンドになってしまって、例の化粧品を使わせない効果はありませんわ」


「ダメじゃないですか」


「ダメですわ。

 ……次にこれ」


「ホースディアが開発したものですね。仕上げに使うと肌をいっそう美しく見せる効果がある一方、鉛と反応すると一気に黒ずむそうですが」


「ええ。そのせいで『鉛を使うか、これを使うか』という二者択一になっていて、鉛を使わせない効果は限定的ですわ」


「惜しいですね」


「惜しいですわ。

 ……そして、これ」


「バニーが開発したものですね。きめ細かく、隠蔽力も高くて、色ムラがなく、厚塗り感が出にくい上に、汗で落ちないので化粧崩れしないとか」


「ええ。特に汗で落ちない効果は抜群で、通常の方法では化粧を落とそうと思っても落とせませんの。塗りっぱなしになってしまって、長期的には肌に悪いと不評ですわ」


「残念です」


「残念ですわ。

 そういうわけですから、なんとかしてくださる?」


「では、バニーの化粧品を落とすための製品を開発しましょうか。

 そうすれば、スネークの製品で肌を整え、バニーの製品で化粧して、ホースディアの製品で仕上げ、最後にさっと落とせるので、万事解決です」


「よろしくお願いしますわね」


 そういうわけで、簡単に化粧を落とせる洗顔剤を開発した。

 これが思わぬ苦情を招いた。


「顔が崩れたと大騒ぎになりましたわよ」


 王妃陛下が面白そうに教えてくれた。

 あまりに簡単に化粧を落とせるので、前例がないほど一気に化粧が崩れて、顔ごと溶け落ちたと勘違いした令嬢が卒倒したという。

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