第63話 依頼品:訓練用の武具
たまには外食もいいだろう。
暑さが落ち着き、秋を感じるようになった頃、俺は酒場へ出かけた。
1人なのでカウンター席へ。そうすると当然、隣に知らない人が座ることになる。
「おや? もしかして、あなたは――」
そうやって話しかけてきた「隣の客」は、冒険者ギルドの本部長だった。
「そんな偉い人が、こんな庶民向けの酒場にいるとは驚きました」
「それを言うなら、宮廷魔術師で伯爵のあなたこそ」
「そう言われると、返す言葉もありませんな」
「もしかして、あの噂は本当なのでしょうか?」
「どの噂ですか?」
「宮廷魔術師ニグレオス殿は、ビールしか飲めないと」
ビールは庶民向けの飲み物、ワインは貴族向けの飲み物。王国では、そういうイメージになっている。
そしてここは庶民向けの酒場だ。
まあ、隠しているわけでもないので――
「事実ですね。すぐ二日酔いになるので、ビール以外は飲みたくても飲めません」
「そうでしたか。私も酒にはあまり強いほうではなく……やけ酒にはワインよりビールですな」
「なるほど。たくさん飲めるので、と。
すると今日は、やけ酒に来たわけですか」
「ええ……」
本部長はうつむいた。
そして体ごと俺のほうへ向き直った。
「……お願いがあります」
「何を作れと?」
「訓練用の武具を。
新人冒険者の死亡率が高すぎるのです。登録して半年以内に、半数近くが死亡する。兵士と比べて、あまりにも高い。
ギルドでも訓練するように勧めていますが、多くの新人はまず稼ごうとして訓練を受けずに働き始めます。現場で経験を積めば、訓練など受けなくとも稼ぎながら強くなれるなどと夢を見ている者も少なくありません」
「仮登録と本登録に分ければいいのでは?
仮登録では訓練を受ける権利を得る。訓練を受けると実力テストを受ける権利を得て、合格した者だけが本登録できる。本登録して初めて仕事ができる」
「来年度から、段階的にそうする予定です。
まずは仮登録を1年間。実力テストは無しで、そのまま本登録へ。仮登録の間の衣食住はギルドで提供し、その資金は活動中の冒険者から協賛金を得ることにしています」
「なるほど。それで新しく登録する全員が訓練を受けられると。
訓練に不真面目な者は、本登録のあとで死亡率が上がるが、そこは自己責任ということですね」
「そうです。冒険者はもともと自己責任ですから、そこをナメているバカにまで甘くしてやる必要はありません。
訓練させた成果を見ながら、5年から10年後を目処に実力テストを実施する予定ですが、不合格者の再挑戦には衣食住の提供をしないつもりです。ただ、そうすると不合格者が食い詰めて治安が悪くなる可能性もありますから、できるだけ充実した訓練を施し、合格できるようにサポートしてやらねば……と考えています」
「それで訓練用の武具を」
「ええ。本当ならどこかの工房に頼むべきでしょうが、こうして知り合ったのも何かの御縁かと……」
「そうですね。どこかの工房に頼むべき仕事です」
「はい……」
「なので、必要なものを必要なだけ作ってやる、というのは無理ですが、サンプルを作る程度ならいいでしょう。
いくつかのパターンを用意して、それを実際に使ってみて、どれが良いのか吟味する。そうして選んだものを工房へ発注するという形では?」
「よろしいのですか?」
「どのパターンがどうなったのか、どういう理由でどれを選んだのか、そしてもっと良いものを作るにはどう改良すればいいか。そのあたりを報告してください。
それを国で使うものと比べてみたら、何か改良できる部分が見つかるかもしれません。そうすれば、お互いに損のない取引でしょう?」
ちょうど貴族の子供たちに向けた学校が準備中だ。そこで使う用具として、データだけでも提供すれば国益になるだろう。
「恩に着ます!」
◇
というわけで、性能が異なる武具をいろいろと作ってみた。
今、俺の手元には本部長からの報告書がある。
「結果発表だ。
スネークが作ったやつは、実際に攻撃を当てて訓練しても安全で良かったそうだ」
「そうだろう、そうだろう。へへへ……」
「しかしギルドはすぐに使うのをやめた」
「なんでだよ!?」
「実際の武具よりも半分以下の重さだから、軽すぎて訓練にならないそうだ。
武具の重さは、どう消して動くか、どう利用して動くか、いかに耐えられる体力を作るか、という事も重要だからな」
「ぐぬぬ……!」
「僕のはどうだったっすか?」
「ホースディアが作ったやつは……報告書によると『訓練用としては性能が高すぎた』とのことだ。だいぶ遠慮して書いてあるな」
「どういう事っすか? 性能が高ければ良いじゃないっすか」
「訓練のためにわざと重く作っただろう? これは『重すぎてまともに動けず、訓練にならなかった』という意味だ」
「ダメじゃないっすか!」
「ダメだよ。
近衛騎士団の訓練になら使えるかと思って持っていったが、そこでも重すぎて動きが悪くなるだけで使い物にならんと言われたぞ」
「訓練には負荷をかけないと……!」
「技術ってのは『正しい動き』が出来るかどうかだ。
ずっと『正しい動き』を維持するだけの体力は必要だが、無用な重さに耐えながら正しい動きをしようと『頑張る動き』は、いびつで使い物にならない。要するに、お前が作ったやつは重すぎる。使わないで走り込みでもやったほうが質の良い訓練になるということだ」
「そんなぁ……」
「私のはどうですか?」
「バニー」
「はい」
「問題外だ」
「ええっ!?」
「着用できれば使い物になるだろうが、一体成型で作ったせいで着脱できなかったそうだ」
「あっ」
「そもそも装備できないんじゃ、評価する以前の問題だな」
「うっかりしてました……」
「それで、ニグレオス。お前が作ったやつは、どうだったんだ?」
「スネーク」
「なんだよ?」
「大好評に決まってんだろ。俺を誰だと思ってんだ」
「うわ! いやらしい奴だな!」
「どういうのを作ったっすか?」
「俺が作ったのは腕輪だ」
「武具ですらないじゃないですか!?」
「いや、武具だよ。
起動すると水魔法が発動して、顔と耳以外を水で包む。
だから動くときには水の抵抗で負荷がかかり、横方向や下方向への動きにも負荷をかけたトレーニングができる。さらに攻撃を受けても衝撃吸収性も高い上に、他の武具と重ねて使うこともできるから、使う武具の種類を問わず、保管するにも省スペースだ」
「ちょっと見せてみろ」
「あっ、こらスネーク!」
「なんだよ、お前のだって不評じゃねーか! 『体温を奪われるため、1時間以上は連続使用できない』『訓練後に皮膚がふやけて、怪我をする者が増えた』だとよ」
「走り込みや座学を織り交ぜて使えば問題ない。それに怪我なんてちょっと指を切ったぐらいのもんだ。だから性能の問題じゃなくて使い方の問題だ」
「冒険者の訓練内容まで監修するつもりかよ」
「ほっとけば気づくだろ」
「気付かないからここに書いてあるんじゃねーか」
「うっせー! バーカバーカ!」
「バカって言うほうがバカなんですぅー!」
「……始まったっすね……」
「いつものやつですね」
ホースディアとバニーが呆れて仕事に戻った。
スネークとはしばらく言い合ったあと、通りかかった宮廷魔術師団長に叱られた。




