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第61話 諜報・潜入:逃亡貴族の帳簿

 今日は国王陛下の執務室だ。

 入室すると、元帥がいた。


「あっ、嫌な予感」


「ふっ……宮廷魔術師殿は私が嫌いかね?」


「もういいって、そのアレするやつ。

 お前ら、今度2人で飲みにでも行けばよかろうが。ここでやるな」


 元帥と定番のやり取りを始めると、陛下に止められた。


「いやぁ……元帥という役職も忙しいものですから」


「そうですよ。宮廷魔術師だって暇じゃないので」


「国王よりマシじゃろうが」


「「ごもっともです」」


 俺達は揃って頭を下げた。

 立場が上になると、部下から情報が上がってくる。配下の人数がそのまま「忙しさ」に直結するわけで、王国において国王陛下ほど忙しい人はいない。


「ふんっ。さっさと本題に入るのじゃ」


「で、本日のご用向きは?」


「黒豚傭兵団を雇っていた南岸領地の貴族の件じゃ」


「ああ、1ヶ月ほど前の……契約書を盗んできたやつですね。

 牢屋で誘導尋問して密書が……その後どうなりました?」


「単独犯ではなかった。他の貴族と共謀していて、しかも主犯格は別の貴族じゃった。じゃが調査チームを派遣したところ、主犯格はすでに逃亡した後じゃった。

 ニグレオス。すぐに現地へ向かい、追跡調査をしている現地のチームと合流し、逃亡貴族を捕まえてくれ」


「それは、待っていれば調査チームが捕まえてくるのでは?」


 尋ねると、今度は元帥が口を開いた。

 渋い顔をしている。今回の主題はこっちか。


「間に合わない見込みだ。ターゲットは現在、海上を移動中。屋敷からは隣国へ亡命を求める手紙を書いた痕跡が見つかった。逃走経路は以前から計画されていたらしく、隣国に対して『予定通りに合流地点へ船を出せ』と要請する内容があった」


 逃亡の船と隣国の迎えの船とを合わせると、けっこうな戦力になってしまう。しかも船で追いかけるのでは、速度に大きな差がないから、あまり距離が縮まらないだろうし、連れていける戦力にも限りがある。

 空を飛べる上に、その場でゴーレム軍団を生成できる俺が、ちょうどぴったり便利な戦力というわけだ。


「重要なのは、この逃亡貴族が持つ情報だ。どうやらターゲットは、海に面した領地という特性を利用して、複数の王国貴族を相手に禁制品の密輸をおこなっていたらしい。その顧客リストと取引の帳簿を持っているようだ」


「ということは……」


「もしそれが隣国に渡れば、王国貴族の大スキャンダルとして暴露されることになるじゃろう」


 机に肘をつき、両手を組んで、国王陛下が顔を伏せる。深い溜め息もついた。

 そして、鋭い眼光とともに顔を上げた。頬が動く。組んだ両手に隠れた口元が、にやりと笑っているようだ。


「じゃが、顧客リストと帳簿をこちらで確保できれば、それを証拠に処罰できる。この場合、スキャンダルはスキャンダルでも王国内の混乱は小さくできる。

 よって、隣国との競争になる。逃亡貴族の身柄と、顧客リスト、取引の帳簿、すべて回収してくれ」


「単なる追跡・捕獲ではないわけですね」


 簡単には奪われないように隠して持っているのだろう。

 どこに隠しているのかが問題だ。物理的な方法とは限らない。魔法的な方法で隠している場合、貴族の身柄だけを確保しても、リストと帳簿は行方不明に終わる可能性がある。


「準備は一任する。頼むぞ、ニグレオス」



 ◇



 俺の執務室。

 こういうときに相談する相手といったら、副官のジェームスだ。


「というわけで、計画を立ててくれ」


「海図はどちらに?」


「これだ」


 机の上に海図を広げると、ジェームスはたちまち視線を素早く動かし始めた。

 それからすぐに海図を指さしていく。


「隣国の状況から考えると、おそらく迎えの船はここから出発します。海図の情報から考えると、こう進んで、このあたりで合流することになるでしょう。

 帳簿の隠し場所を暴くのが第1目標ですので、まずその情報を暴くために――」



 ◇



 海上。


「む? あれか? おぉーい! ここだぁ!」


 船の上から貴族が声を張り上げる。

 その視線の先には、別の船があった。隣国の旗を掲げている。

 2隻の船は、ゆっくりと近づき、隣り合って静止する。

 そして渡し板がかけられ、貴族が隣国の船に乗り込んだ。


「やあやあ、出迎えご苦労」


「止まれ。近寄るな」


「なんだ? 物々しいな。私は貴族だぞ」


「陸の生き物が海で威張るな。貴族も乞食も、海の上ではただの人だ。

 それとも、俺達の機嫌を損ねて魚の餌になりたいか?」


「ふん……その態度、陸に上がったとたんに後悔することになるぞ」


「生きて陸に上がれたらの話だがな。

 まずはお前が本物なのか、証拠を見せろ」


「証拠だと? この服装を見てわからんか。平民には手に入らぬ高級品だぞ」


「バカなのか? 王国貴族がお前1人だとでも? しかも会ったことがない相手を、どうやって服装だけでなりすましか本物か見分けるんだよ」


「それを言うなら、お前たちこそ、本物の証拠は?」


「バカなんだな? 俺達が偽物なら、お前はこのあと魚の餌だ。身につけた金品をいただいて、それで終わりだよ。

 死にたくなけりゃ、お前は俺達が本物だという前提で動くしかねぇんだ」


「ぐぬぬ……! 何を見せれば納得するというのだ?」


「帳簿を出しな。持ってるんだろ? お前が本物なら、だがな。

 偽物だったらお前は魚の餌だ。ついでにそっちの船も鹵獲する。船を動かすのだってタダじゃねえ。無駄足踏む余裕はねぇんだよ」


「チッ……ならば帳簿の1冊だけ見せてやろう」


 そう言うと、貴族はズボンを下ろした。


「何やってんだ、てめえ?」


「帳簿は絶対に盗まれないところに隠してある。当然の備えだろう?」


 なんとパンツまで下ろした。


「てめ……どこに隠してやがる!?」


「はっはっはっ。ここなら絶対に盗まれん。

 野郎の尻に手を突っ込んでまさぐるなど、絶対にごめんだからな。私なら場所を知っていても手を出せん。どうだ、完璧な隠し場所だろう?」


 そう言って、貴族はその場にしゃがんだ。

 そしてちょっとプルプルしながら力み始めた。


「アホなのか、こいつ……」


 やがて鶏が卵を生んだ。

 黄金の卵の中からは、指輪が出てきた。

 金か。化学的に安定で、人体にも無毒だからな……って違う。そうじゃない。

 貴族はその指輪を装着すると、こするような仕草をして、ぬるっと帳簿を取り出した。指輪型の収納魔道具らしい。


「なんで指にはめてないんだよ……なんか触るの嫌だな。仕方ないから触るけども」


「仕方なかろう。他人にも操作できてしまう魔道具だからな。物理的にロックしなければ安心できん」


「なにが仕方ないだテメエ!? ロックの仕方がナシ寄りのナシだよ! 個人認証機能つけるんじゃダメだったのかよ!?」


「それだと容量が小さくなって帳簿が入り切らんから仕方ない」


「だからって尻にェ……」


 やれやれだ。なんて仕方のない奴だろう。

 とにかく帳簿を受け取って……あー、くそ……なんかばっちい気がする……中身を確認した。


「本物だ」


「「確保ォー!」」


 周囲に待機していた船員――に偽装した調査チームが、一斉に飛びかかった。

 たちまち貴族は押し倒され、組み伏せられ、後ろ手に縛り上げられた。


「な、な、なんだ!? どういうつもりだ!?」


 あまりの早業に、貴族がやっと反応したのは、すっかり縛られた後だった。


「王国へ戻るんだよ、鶏野郎。

 しばらく隣国の連中と仲良く船室に入ってな」


「き、貴様ら、王国の……!? いつの間に……!?」


 ジェームスの計画は3ステップだった。

 第1段階では、隣国の船を襲って制圧する。船を奪って、調査チームが操船技術を持っていたので操縦してもらった。

 第2段階では、衣服や特殊メイクで隣国に偽装する。俺の生成魔法が大活躍だ。

 第3段階では、隣国のふりをして帳簿の隠し場所を暴く。あとは、まとめて確保するだけだ。


「はっはっはっ。残念だったな。

 これからは王国のために金の卵を生んでもらうぞ」


 作戦がスムーズに進んだのは、ジェームスの「船の位置予測」が正確だったおかげだ。何か土産でも買って帰ろうかな。あいつは飲めないから、茶菓子でも……せっかく海に来たから魚とかもいいかな?

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