第60話 調査:消臭魔法の開発
夏の暑い盛りに、わざわざ猛暑の中へ出かけていくのは苦しい。
だが夏こそアウトドアを楽しむ代表的な季節だ。
矛盾している。しかし両立している。なぜか?
涼を求めるためだ。山に登るのも川で遊ぶのも、涼しいからそうする。ゆえに自宅の庭でキャンプだのバーベキューだのは、夏にやるものではない。夏にアウトドアを楽しむ肝心要の「涼」がない。
「よーし、来たぞぉ。なかなか良い地形だ」
というわけで、今回は川遊びだ。浅いところへ椅子を生成して、裸足で腰掛ける。頭上にはパラソルを生成して日陰を作り、足元を流れる川の水へビールを突っ込んで冷やしておく。
その冷却効率を高めるため、銅製の容器を作って木樽からビールを移しておいた。さらには牛肉と調味料も完備している。つまり、準備は万端だ。
「うひぃ~! 足湯ならぬ足水だな。さいこー!」
泳いでしまえばもっと涼しいが、ビールを飲むなら泳いではいけない。アルコールが判断力や運動能力を低下させるため、溺れる危険性が高まるからだ。それに、心臓に負担がかかるし、体温調節機能が低下することで、低体温症や心臓発作を引き起こすリスクも高くなる。飲酒後の水泳は、飲んでない場合に比べて死亡事故の発生率が2倍になる。
「それじゃあ、早速始めるか」
焼台を生成して、炭を生成して、着火して。
網をセットして、肉を乗せて。
焼けるのを待っている間に、まずは1杯。グビッと。
調味料をふりかけて、肉をひっくり返し、もう1杯。グビッと。
焼けた肉を頬張り、脂の甘みと肉の香ばしさを楽しみながら、さらに1杯。グビッと。
「……かぁーっ! たまらん!」
用意した肉とビールが無くなるまで楽しみ、日が傾いてきたところで切り上げる。
魔法で生成したものは、魔法を解除すれば消えるので、後片付けが楽だ。
帰るときは転移魔法で一瞬というのも良い。
シャワーだけ浴びたら、ベッドへ飛び込んだ。
◇
翌日、洗濯をしなかったことを少しだけ後悔した。
バーベキューの残り香だ。服ごとシャワーを浴びておけばよかった。
そういえばルナの領地で革職人の工房から出る悪臭が問題になったばかりだ。
「というわけで、消臭魔法を開発しよう。もちろん魔道具でもいいぞ」
「いや、お前の私欲かよ。バカバカしい」
「まあ、そう言うな、スネーク。
考えてみろ。もしトイレに入ったとき、前の奴の残り香があったら?」
「……なるほど。よし、開発しよう」
「重要な問題っすね」
「その通りだ、ホースディア。ことの重大さが分かったか」
「ほえー……男性はそういう感覚なんですね」
「どうした、バニー?」
「いえ、私は『自分が使ったあとに消臭魔法があったらいいな』と思いました」
「あー……『前の奴』じゃなくて、か。
まあ、そこはどっちでもいい。とにかく開発しよう」
というわけで、部署をあげての開発が始まった。
◇
まずはアイデアを出し合い、いよいよ実際に作ってみようという段階に入った。
ここまで1時間ほどだ。
「すまん、ちょっとトイレ行ってくる」
俺は席を外した。
昨日ビール(水分)と牛肉(油分)を食いすぎたようだ。この感じは……腹がゆるい。
「……行ったか。
よし、バニー。ちょっと手伝え」
「何するんですか、スネーク先輩?」
「消臭魔法ってことは『匂いを消す魔法』ってことだ。
この消す対象を『匂い』ではなく『気配』とか『存在感』とかにすれば、かくれんぼで最強になれる」
「あーっ! またサボろうとしてますね!? ダメですよ、スネーク先輩!」
「うるせえ黙れ! 大声出すな! ニグレオスのやつが戻ってきちまうだろーが!」
「でも……!」
「でもじゃねえ!
これは人の尊厳を守る魔法だぞ」
「何言ってるんですか?」
「誰だって『人に見つかりたくないとき』ってのはあるもんだ。
たとえば今ニグレオスのやつがトイレに行ったが、間に合わなかったら?」
「それは……困りますけど、そんなの早めにトイレに行けばいいじゃないですか」
「バニー。お前はアホなのか? セクハラだと言われないように、わざと遠回りに言った俺が悪かったのか。じゃあもう直接言うけど、騒ぐなよ?」
「な、なんですか?」
「女には生理ってもんがあるだろう? たまには気づかないうちに尻のところへ血がついていたりするもんだ。隠すものがないときに、ちょいと着替えるまでの間、気づかれなくなる魔法があったらいいと思わんか?」
「う……! ぐ……!
さ、察しが悪くてすみませんでした」
「わかればよろしい。じゃあ手伝え」
「スネーク先輩、俺は?」
「ホースディア。お前は何かやらせるとミスるからダメだ。大人しくしてろ」
「ひ、ひどい……」
「ホースディア先輩、どんまい」
「えうー……バニーの優しさがしみるよぅ」
「バカはほっとけ。バニー、まずはこれを――」
「バカ!? ……もう。スネーク先輩、見返してやるっす。
消臭魔法を作るってことは、効果があるか実験しないとダメっすね。実験用の匂いを用意して……ちょっと出かけてくるっす」
「あれっ? 何かおかしいような……えっと、こうして、こうして……あれ? あれれ?」
「うお!? やべえ! なんじゃこりゃ!? バニー、何したんだ!?」
「どどどどうしましょう!?」
「どうしましょうって、何が起きたんだよ!? 何やったんだ、お前!?」
「ひーん!」
◇
「いやぁ……ひどい目にあった……」
まさか、あんなに「くだる」とは。
最後は何も出ないのに何か出そうとして腸が勝手に動くし。
もう出ないと思って立ち上がったとたんに、また出そうになるし。
いやはや……なかなかトイレから出られなくて困ったわ。
「さーて、みんな順調か……な……? な……! な……!? なんじゃこりゃあああ!?」
研究室がすべて透明になっていた。
壁も床も天井も、室内にあった器具や書類や何もかも。
「あいつらどこだ!?」
「ニグレオス! 俺達はここだ!」
「その声はスネーク!? お前も透明になってるのか!?
てか、くっせぇ! なんだこの匂い!?」
「ラフレシアっす。消臭魔法の実験で使うように買ってきたっす」
「ホースディア!? なんでラフレシアを!? せいぜい金木犀とか香水とかでいいだろ、バカなのか!?」
「すんませんっす……! 強い匂いを消せるほうがいいと思って……」
「2人がいるってことは、バニーも居るのか?」
「ひーん! ごめんなさいニグレオス先輩! 私が何かやっちゃったみたいです!」
「何かやっちゃったみたい!? 何したのかも分かってないのか!? じゃあもとに戻す方法も?」
「わかりませーん!」
「うごごごご……!」
なんてこった……たった30分ばかり目を離した隙に……。
こ、ここから手探りで形と位置を把握して、下に戻す作業を……?
じ……地獄だ……。




