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第6話 環境改善:人工森

 ある日。


「師匠! ニグレオス師匠! 助けてください!」


 弟子のルナが、俺に泣きついてきた。

 新人の近衛騎士アーネストの姉であり、俺から剣を学んだ弟子にして、その剣でドラゴンを討伐した功績をもって爵位を授かった新興貴族だ。

 彼女の弟のアーネストに頼まれて、ルナの屋敷に飾る像を作ったことは記憶に新しい。


「どうした?」


「領地に特産品がなくて産業が起こせません。

 土地も痩せていて農業も……食べていくだけでやっとです」


「そいつは大変だな。

 陛下はルナの戦力を称えて、第2第3のルナを育ててくれることを期待しているだろうに」


 農業に適さない土地を与えたのは、別に意地悪ではなく「他に使い道がない土地」は、イコール「自由に破壊・変形してよい軍事訓練に最適な土地」であるからだろう。

 となると、陛下の性格であれば十分な後方支援が与えられるはずだが、どこぞの貴族が羨んで横槍を入れた結果、届くはずの支援が届かなくなっているといったところか。


「そういうのは師匠にお願いしたいです」


 ルナが疲れたように言った。

 彼女がどこまで状況をわかっているのか不明だが、俺も話を聞くだけで気持ち的に疲れたよ。

 まあ、手伝ってやるのは、やぶさかではない。だが安易に頼ることのないよう、釘をさしておかねばなるまい。師匠としての務めだ。


「技術は継承されなくては意味がない。

 1代限りで終わるなら、それは技術ではなく、その人だけの才能だ。

 俺はルナに剣を教えた。次はルナが弟子に教える番だ。そうして受け継がれれば、俺達の剣はただの個人の才覚ではなく、ちゃんと技術なのだと、剣術なのだと証明できる。それは師匠の俺ではできない事だ。弟子がその弟子に、その弟子がそのまた弟子に伝えて初めて証明される」


 思うに、俺の剣は技術の結晶だ。

 強化魔法や付与魔法が使えない俺は、魔法ありで戦うとルナに負けるが、魔法なしで戦えばルナに勝てる。ここまでが俺にできる証明だ。

 それでも反射神経が優れているとか、戦術的組み立てが優れているとかの理由で「個人の才覚だ」と反論されたら、俺には証明できない。

 ルナも同じようにできる。その弟子も同じようにできる。そうやって証明するものだ。


「ううう……私には荷が重いです」


「難しいことは考えなくて良い。ただ興味があるヤツに教えてやって、ものになれば御の字だ。ただし、責任だけは取らないとな。教えた技を使って悪いことをするようなら、正しい道に戻してやらなくてはならない。戻れないようなら終わらせてやるのが務めだ。

 さて、それより領地の話だな。まあ、ワーキングプアは問題だからな。最初だけ助けてやろう」


 領地経営もまた技術だ。

 〇〇学と名がつく様々な技術で成り立っている。



 ◇



 ルナの領地にやってきた。

 前にその屋敷を訪れたから、転移魔法で一瞬だ。


「なるほど、たしかに言ってた通りだな」


 集落をいくつか視察して、状況を把握した。

 どこも限界集落みたいな様相だ。並大抵のことでは、発展せずに衰退してしまうのが見てわかる。

 しかし手がないわけではない。


「見た感じ、農業ができれば、あとは自然と発展するだろう」


 畑が痩せている。農作物が痩せている。

 だから口減らしのために、若者が村を出る。

 過疎化の典型的なやつだ。


「その農業ができないんです」


「土地がやせているからな。

 人工的に森を作るのが出発点になるだろう。森の土は栄養豊富で、やせた土地に混ぜれば農業に効果的だ」


「森を作るって、どうやれば……植樹してもすぐ枯れてしまうんですが」


 当たり前だろ、と思わず呆れたが、知らない人は知らないか……。

 焚き火をするとき、いきなり太い薪に火をつけようとする人がいるが、ルナが失敗したのはまさにそういう事だ。


「まず草を植える事からだ。

 それから枯れ草や、作物の食べられない部分を集めて、腐らせる。ひどい悪臭がするが、それが消えた頃には肥沃な土になっている。

 それを元手に森を作る。森ができれば悪臭なく肥沃な土が大量に作られるからな」


 まず必要なのは、悪臭を封じながら腐らせるための蓋付きコンポスターか。これは別に、いらない樽とかで十分だが。

 それと水を引くための灌漑設備。森を維持拡大するために、これはけっこう大規模にやる必要があるだろう。

 だが設備や技術を与えるだけでは、今から始めることになって膨大な時間がかかる。30年もあれば巨大な森が作れるだろうが、数年では何の成果も得られない。


「生命体の生成は苦手なんだがな……」


 使う元素の種類が多くて、組み立ても複雑だ。単一元素で作れる炭とか金属とかなら簡単だが。

 とはいえ、最初の10年を省略できれば、森作りの状況は一気に好転するだろう。


「森を作る場所は、このあたりでいいか?」


「ええ、はい。師匠まさか森を――」


 パチン。

 指を鳴らすと、ドバっと森が生えた。床から槍が飛び出す罠みたいな感じになったな。さすがに全体を同時に生成するのは無理だ。

 あとは腐葉土を森全体に生成して、と。


「こんなものだろう。

 森の土を持っていけば農業が発展するはずだ。ただし、持って行き過ぎると森が縮むぞ。適度に残して森を広げれば、ますます大量の養分を得られる。うまくやるんだ」


「ありがとうございます!」


「あとは設備を作ってやるから、実際の管理は自分たちでやるんだぞ」


「はい! ありがとうございます、師匠!」


 ルナは手で土をすくって、目を輝かせていた。

 まるで農民の娘だな。これがドラゴンを倒した英雄とは思えない姿だ。

 微笑ましく思いながら、灌漑設備とコンポスターを作ってやった。


「それじゃあ、いつかビールを作ったら分けてくれ。麦の栽培に適さなかったら、何かツマミになる料理や作物でもいい」


「はい、師匠! いつか必ず……!」


 別れの挨拶を済ませて、俺は王都へ戻った。



 ◇



 地面に穴を掘って、木炭を生成。

 火をつけた木炭を穴の中へ入れて、さらに木炭を追加して火力を増す。

 穴の周囲に石を3つ並べて、その上へ鍋を乗せる。そして油を注ぎ、高温になるのを待つ。

 待つ間に、小麦粉と卵液を用意して、山菜や野菜を天ぷらにしていく。混ぜてかき揚げも作ろう。


「カリカリの天ぷらを塩で食う。

 そしてビール……グビッ……かぁーっ!」


 なんだか今日は、こんなものが食べたい気分だった。

 ま、ビールのツマミには油と塩が基本だよな。

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