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第57話 災害対策:チェーンソー開発検討

 ある日の夕方、王城を出て自宅へ帰ろうとすると、通り道にアーネストがいた。

 近衛騎士なので、王城のあちこちで警備に立っている。だが、いつ、どこに立つのか、俺には分からない。懐柔工作などの対策として、部外秘になっている。


「アーネスト。お勤めご苦労さん」


「ニグレオス殿。お疲れ様です。お帰りですか?」


「ああ。そっちは?」


「まもなく夜勤者と交代します」


「……少しそわそわしているな?」


「すみません。近衛騎士にあるまじき――」


「俺はそれを叱る立場にない。

 それで? 何か心配事か?」


「数時間前、陛下のところへ御用商人が」


「ふむ?」


 御用商人――王侯貴族から御用達の看板をもらった商人だ。看板をくれた王侯貴族に資金や物資を調達するのだが、それだけでなく情報をもたらす役目がある。

 王侯貴族にとっては、商人に「売れ筋」を尋ねるだけで社会情勢を把握できる。商人は売るために社会情勢を注視しているから、質の高い情報を得られるのだ。

 商人にとっても「御用達」という看板が広告になり、売上アップにつながる。情報提供はあくまで副業的で、商売活動の準備として行うので負担が少ない。

 これを王侯貴族が自前で諜報機関を組織しようと思ったら、収入にならない上に、膨大なコストがかかる。


「父上……ゴーファ辺境伯から大量注文があって忙しい、と。

 今日の商人は金物が専門ですので――」


「金物か……」


 鍋や包丁などの生活用具、釘や蝶番などの建築物資、その他もろもろ金属製品を扱う商人だ。

 ただし武具や馬具は含まない。そういうのは別に専門の商人がいる。


「隣国から何か仕掛けられたのでは……と心配でして」


 金物屋が「忙しい」と言うのなら、開拓を始めたか、防衛施設やインフラ整備を拡大したか、災害などの被害があって復旧に必要か、経済的に発展して人口が増えたか、という可能性がある。

 このうち現在のゴーファ辺境伯領で起きそうなのは、隣国の破壊工作による災害だ。


「家族を心配するのは自然なことだ。手紙でも出してみるか?

 しかし、あの辺境伯殿が不覚を取るとも思えない。余計な心配をしていないでお前はお前の務めを果たせ、と叱られるかもな。ケッケッケッ」


「ふふ……いかにも、ありそうです。

 ありがとうございます。少し気が楽になりました」


「それじゃあ、お先に」


「お疲れさまでした」



 ◇



 翌日、執務室。


「……という事があってな。どう思う、ジェームス?」


「アーネスト殿の予想通りかと。

 加えて、大量に金物を注文するということは、それを扱う人的資源が豊富であるということですので、人的被害は少ないのでしょう。医療品を専門とする商人が暇そうなら、確定かと」


「そっちは未確認だ。

 しかし備蓄物資では足りないほど大きな被害が出ているということでもある」


「そうですね。金物を備蓄していなかった、とは考えにくいですし」


「そこで、だ。

 チェーンソーの開発をするべきか、是非を討論してみたい」


「はい?」


「チェーンソーだよ、チェーンソー」


「いえ、はい、その、なぜ急にチェーンソーを?」


「人的被害は軽微だが、物的被害は甚大であると推測される。

 つまり人気のない場所で、大きな被害が……地形の変更があった、と考えるべきだろう。具体的には、土砂崩れを起こして街道を封鎖した、というような」


「なるほど……あるかもしれませんね」


「すると撤去作業が必要だが、その最初の段階で始めるのは、倒木の切断だろう?」


「ああ……まあ、そうですね。倒木を切り分けて撤去、次に土砂を掘って撤去、という流れになるでしょう。途中から入り乱れると思いますが」


「そこで『倒木の切断を高速化するには?』と考えたわけだ」


「つながりました。

 次からは順番に説明してください。いきなりすっ飛ばしすぎです」


「たまには、お前が戸惑う顔を見たかったのさ。

 いつもお前のほうが1つ2つ先を読んでいるからな」


「私は適切なタイミングを心がけているつもりですが」


「そうだな。

 しかし『その作業をいつの間に?』と思うことは、しょっちゅうだ。いつも助かってるよ」


「ぐむ……そう言われると、あまり文句も言いづらいですな」


「それで、チェーンソーの開発是非だが」


「ダメでしょうな」


「今度はお前がすっ飛ばしたぞ」


「すみません。しかしダメでしょう。

 特に動力機構がダメです。チェーンソーの代わりに別のものを回転させると、実に様々な応用が出来てしまいます。間違いなく、戦争を激化する技術です」


「そうか。じゃあダメだな」


 俺達は、戦争を激化する技術は開発しないと誓っている。

 そういう技術が行き着く先は、核戦争だからだ。


「とはいえ、チェーンソーのように『素早く木を切れる道具』があれば、助かる命もあるだろう。倒壊した家屋の下敷きとかな。

 動力機構を使わずに『切断』という結果を起こす魔法を組み込んだらどうだ? もちろん戦争に使えないように工夫して。単純に『重くする』とかどうだ?」


「たしかに救助活動には効果があるかもしれません。しかし、そういう場面では、やたら切断すると余計に崩れることがありますので、判断が難しいところです。

 魔法を使うと、動力機構が不要になるので、小型軽量化できてしまいます。わざと重くしても、すぐにその重りを外されてしまうでしょう」


「むう……そんなにダメダメ言ってたら何も作れんぞ」


「もっと大胆に『吹っ飛ばしたもの』を考えては?」


「というと?」


「すでにある物を真似して開発するのは簡単です。答えを見てから問題を解くようなものですから。

 しかし内容が極端に専門的なものだと、一般人には理解できなくなります」


「チェーンソーでは『簡単すぎる』ということか。

 100年後の技術ではなく、1000年後の技術を使えば、真似できないと」


「そういう事です。ですから、もっと大胆に途中を吹っ飛ばしてしまいましょう」


「だが、それだと900年後に先送りするだけじゃないか?」


「そこまで責任を持つなら、作ること自体をやめるべきです」


「……それもそうか」


 俺は頭の後ろで手を組んで、天井を見上げた。


「難しいものだな」


「難しいものです」

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