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第56話 医療:新薬開発

 自宅。


「邪魔するぞ」


「おやまあ、これはまた珍しい客があったものですね」


「久しいな、ニグレオス殿」


「ゴーファ辺境伯殿もお変わりなく」


 やってきたのはゴーファ辺境伯。ルナ伯爵の父親だった。


「隣国との緊張が高まり、忙しいはずでは?」


「その通りだ。

 なので、その手助けを頼みたくてな」


「何をすれば?」


「新しいポーションの開発を頼みたい。

 今のポーションは、軽傷ならすぐ治るが、重傷だと数日かかる。前線で使うには少し弱いのだ。もう少し早く治るポーションがほしい」


「これはまた難しいことを……」


「難しいか?」


「難しいですね。薬学は専門外で?」


「うむ。恥ずかしながら」


「いえいえ。作る専門家と使う専門家は違いますからね。辺境伯殿は使う専門家ですから。

 ……そうですね、とりあえず中へどうぞ」



 ◇



「粗茶ですが」


 俺はゴーファ辺境伯を客間へ通し、お茶を出した。


「なぜ2杯?」


「ご依頼のポーションを作るのがどれだけ難しいか、という簡単なモデルです。

 色が薄いほうのお茶が今までのポーションで、色が濃いほうのお茶がご依頼のポーションだと思ってください。

 おそらく辺境伯殿のイメージでは、濃縮すれば効果が強まるはずだから、早く治るポーションもそのように作ればいいだろう、という感じでは?」


「うむ……なるほど。それで薄いお茶と濃いお茶か。

 それで?」


「お茶を飲む、その『効き目』といったら、喉を潤すか、香りや味を楽しむか……飲み比べてみてください。どちらが『早く効く』と思いますか?」


「むっ……!? そうか、そういう事か」


「はい。そういう事です」


 濃いお茶は味も濃い。香りや味を「強く」感じることはあるが「早く」感じるわけではない。むしろ苦みや渋みが増して、単純に「美味しくなった」とも言えない。喉を潤すに関しては「強く」もならないのだ。

 つまりポーションを濃縮するだけでは、効き目が「強く」なることはあっても「早く」なるわけではなく、副作用も強くなる。また、ものによっては「強く」なることもない。薬は用法用量を守って使えと言われるのは、こういうわけだ。


「無茶を言って悪かった」


「いえいえ。開発には取り組みますが、ただ『時間がかかる』とだけ、ご理解いただきたかっただけです」


「では、よろしく頼む」


「気長にお待ち下さい」


「首を長くして待っておくよ」


 ゴーファ辺境伯はひらひらと手を振って立ち去った。

 俺は肩をすくめて見送った。



 ◇



 執務室。


「というわけで、新薬の開発に取り組もうと思う」


「ギリギリですね」


 ジェームスが難しい顔をしている。


「そうだな、ギリギリだ」


 俺達は「戦争を激化する開発はしない」と誓い合っている。

 しかるに「重傷でもすぐ治るポーション」が完成したら、どうなるか?

 答え、死者数が増える。

 軍事作戦には「全力で殺すより、わざと手加減して負傷させるだけにしたほうが効果的」という考え方がある。1人を負傷させると2人で抱えて後方へ離脱するので、合計3人を無力化できるのだ。軍学の一般原理として語られるため戦法として固有の名称はないが、負傷者戦略とか無力化戦術とか呼ばれる。

 だがすぐ治るポーションが配備されたら、この戦法が使えなくなり、殺すしかなくなる。わざと手加減する戦法が廃止され、常に全力で攻撃だ。当然死者数が増える。


「幸いにも『時間がかかる』と伝えてありますから、また『例の知識を使わない』やり方で対応してはどうでしょう?」


「軍事利用だからアイデアが出ないと言い張るアレか。

 しかし今回のコレは、普通に平和利用できるしなぁ……」


「ソレでしか助からない命が、ソレによって助かる場面というのは、実際にはほとんど戦場にしか無いのでは?」


「そうか?」


「そうだと思いますよ。だって当然ソレは高価な薬になりますから。

 たとえば工事現場で作業員が高所作業中に落下して大怪我をしたとしましょう。普通は治療院へ運びますね? 工事現場から治療院へ運ぶまで生きていて、今あるポーションでは治らない傷とは、どんな傷ですか?」


「そういうことか」


 即時治るポーションでなければ助からない傷とは、すぐに死んでしまうほどの致命傷ということだ。だとすると治療院へ運ぶまでに死んでしまう。運んでギリギリ生きていたら助かるが、ちょっと時間がかかると間に合わない。助かるかどうかは運次第ということになるから、即時治るポーションがあったら助かる命というのは、ほぼ無いものと言える。今あるポーションだけで十分だ。

 一方、致命傷を受けたその場で即時治るポーションがたまたま手元にあったら、すぐ使えば助かる可能性が高い。こういう場面では即時治るポーションがあれば助かる命が「ある」といえる。だが現場にたまたま高価なポーションを持っている人がいる状況といったら、戦場ぐらいしかない。

 そして戦場にそんなものが配備されたら……前述の通りだ。


「そういうことです。

 ですから開発する価値そのものが、ほぼ無いと言えます」


「無力化戦法を使えないせいで戦場でもそのポーションがあると死者数が増えるわけだから、無いほうがいいまであるな」


「いえ、『無い方がいい』は言い過ぎかと。価値が『ほぼ』無いと申し上げましたのは、一部では価値があるからです」


「どこの一部だよ?」


「王侯貴族の暗殺対策や、冒険者ですね。

 今あるポーションで治るまで『数日待つ』ことが出来ない場面があるかと。

 それに、他国が開発した場合、対抗して開発せざるを得なくなります。

 ですので、作っておいて隠す――できれば暗殺対策などのために『重大な副作用があるが効果は確か』というものも用意できると理想的です」


「なるほど。副作用が重大なら戦場で気軽に使うのは無理という事になるか」


「はい閣下」


「しかし余計に難しくなったぞ? 重大な副作用をわざと作り出す必要があるからな。しかも開発途中で副作用の小さい『失敗作』を作ってしまったら、なんとしても隠し通さないといけない」


「その通りです」


「その通りです、ってお前……」


「閣下」


「なんだ?」


「頑張ってください」


「ぶん殴るぞオマエ」



 ◇



 国王陛下の執務室。


「というわけで人体実験をしたいのですが」


「不穏じゃな、お前、いきなり何を言うのじゃ」


「もちろん動物実験は済ませています。

 しかし最後は人間で実験しなければ。

 とはいえ実験のためにわざと致命傷を与えるというのは……万一の場合には死にますし」


「志願者を集めろとでも言うのか?」


「その通りです。

 死刑囚の中から募れば、失敗しても問題にならないでしょう」


「成功した場合に問題じゃが!?」


「そうなったら死刑から終身刑に減刑してやればよろしいかと」


「外には出さぬ、と」


「それはもちろん。死刑は他の刑罰と違って『更生する可能性がない』と判断された者にくだされる刑罰です。解放すれば再犯に走る可能性が極めて高い、というのは死刑判決が出た時点で自動的に判定されている事ですので、解放はありえません」


「まあそうじゃな。

 では法務大臣に話を通しておこう」


「ありがとうございます」



 ◇



 法務大臣の執務室。


「というわけで、よろしくお願いします」


「死刑囚への実験ねぇ……。

 まあ、陛下のご命令だから許可はするが」


 法務大臣は、嫌そうな顔をした。


「好みませんか?」


「好まんな。当たり前だ。

 何のために死刑の方法が今の形になったと思っている?」


 今の王国では、死刑執行の方法として二枚刃のギロチンが使われている。

 首と脳を同時に両断し、確実に即死させるためだ。

 刃が1枚だけだった時代に、死刑囚を使った実験がおこなわれた。名前を呼ばれたら瞬きをする、と約束して死刑執行――結果、生首の状態でもしばらく意識があることが判明した。


「死刑は『死を与える刑罰』であって『苦しめる刑罰』ではない、でしたね?」


「その通りだ。

 だというのに、今回は実験のために、わざと『ギリギリ死なないように殺せ』という。まるで凌遅刑だ。好むわけがなかろう?」


「ですが、王侯貴族を暗殺被害から救うためには、この薬を完成させねばなりません」


「分かっている。だから反対まではせぬ。

 その薬が完成すれば、一番世話になるのは私だろうしな」


 そう言って、法務大臣は書類を差し出した。

 軽く目を通すと、この死刑囚が実験に同意したので使え、と書いてある。


「恨まれているのですね」


「死刑執行を命令する立場だ。多くの恨みを買っているさ。

 だが、その薬と同様、王国のためだ」


 俺は黙って頭を下げた。

 そして部屋を出た。



 ◇



 俺の執務室。


「というわけで、予定通り『成功』した」


 死刑囚は「重大な副作用」を起こしながらも、与えられた傷がすぐに治った。

 しばらくモガモガと苦しそうにしていたが、まあ問題ない結果に終わった。


「お疲れ様でした、閣下」


 コンコン。


「ニグレオス殿、ゴーファだ」


「お入りください」


 俺が答えて、ジェームスがドアを開けた。


「失礼する」


 ゴーファ辺境伯が入ってきた。

 廊下を振り向き、左右を確認して、ジェームスがドアを閉めるのをしっかりと確認してから、俺を振り向いた。


「……なにか内密のお話で?」


「死刑囚への実験結果を聞いたぞ。

 すまんが、急ぎで1つだけ欲しいのだ」


 声を潜めて、ゴーファ辺境伯が言った。


「どなたか怪我を?」


「いや……その……」


「……?」


 ゴーファ辺境伯が、やけにモジモジしている。


「……こっ……コレでな」


 そう言って、ゴーファ辺境伯が頭に手をのばし――かつらを外した。

 頭頂部が薄くなっており、木漏れ日のように頭皮が見えている。


「……あ~……」


 思わず声が漏れた。

 ジェームスは、サッと目を逸らした。

 死刑囚に現れた「重大な副作用」とは、全身の体毛がやたら濃くなるというものだったのだ。しかも即座に治るのと同様に、即座に体毛が伸びる。つまり、治ると同時に全身毛むくじゃら――しかも体毛が邪魔で身動きできないレベルだ。

 効果が落ち着いたあとで切ったり剃ったりすれば問題ないが、戦場ではそんな余裕はないから使い物にならない。


「ひどい副作用で売り物にならないと思ったが、これは意外と売れそうじゃないか、ジェームス?」


「閣下、私は何も見ておりません」


「気遣われたという事実が逆にグサッと来るよ、ジェームス君」


 ゴーファ辺境伯がさめざめと泣き出した。

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