第54話 依頼品:夜間照明
自宅。
庭に小さな穴を掘り、そこに炭を入れて火をつける。
金網をかぶせて、輪切りにしたタマネギや、薄切りにしたカボチャ、ざく切りにしたキャベツなんかを乗せて焼く。
「塩と胡椒と唐辛子、それからすりおろした生姜とニンニク。とどめに少しだけマヨネーズも入れちゃおう。
よく混ぜ合わせ……と」
特性のタレが完成だ。
焼けた野菜をタレにつけて食べる。そして、すかさずビールだ。
「……かぁーっ!」
「いい匂い! あっ、ニグレオス師匠みっけ!」
「おお、ルナか。どうした?」
「……なんだ、野菜か。肉が良かったなぁ」
「野菜はいいぞ。美容と健康に。
お前も食うか?」
「もっと焼いてください」
「もう食ってたか。手のひらクルックルじゃん」
「美容と聞いては黙っていられませんからね!
あ、それより師匠、ちょっと相談があるんですけど」
「また領地で問題か?」
「まあ、そんなところです。
実は、領地軍に夜間戦闘の訓練をやらせたいと思いまして」
「いいんじゃないか? 気配を読み取る訓練にもなる」
「でも夜間に訓練すると監督するのが大変で。
何しろ、よく見えないので」
「昼間にやればいいだろ。目隠しとかで」
「それはダメです。隣の味方とハンドサインでやりとりするのも見えなくなっちゃうので、連携がとれません。声を出すと見つかるリスクが上がりますし。
それでランプや松明を使ったんですけど、照らせる範囲が狭すぎて具合が悪いので、なんとかならないかな、と思いまして」
「あー……なるほどな。
じゃあちょっと考えてみるよ」
とはいえ、これは迷いどころだ。
とりあえず副官のジェームスに相談してみよう。
◇
俺の執務室。
「というわけなんだ」
「たしかに迷いどころですな」
「作ることはできる。
だが戦争を激化する発明はしたくない」
「はい、閣下。遠い将来に起きるかもしれない核戦争を回避するため――現実的には、できるだけ遅らせるために。我らはそのための同志です。
優秀すぎる照明器具は、作るべきではないとのご判断、まったく同感です」
「今すでに夜襲が実行される事はあるから、照明器具が戦争を激化させるというのは語弊がある。
だが、優秀な照明器具によって夜間の行動が増えれば、戦争が複雑化するのは間違いないだろう」
「その通りです。漁火漁法やスポーツのナイトゲームとかの平和利用だけしてくれるなら良いのですが……」
「あとは酒場の深夜営業とかな」
「ビールですか」
「ビールだ」
「閣下……」
「呆れるな。俺にとっては平常運転だ」
「それを堂々と言ってしまうところが閣下ですね……」
「で? どうしたらいいと思う?」
「たまには『失敗』なさっては?」
「ジェームス。発明という分野において『失敗』は存在しない。うまくいかない方法を発見するだけだ。つまり、うまくいく方法を発見するまで続けてしまえば『成功』することになる。そして、いつまでも誤魔化し続けるのは事実上不可能だ」
「いえ、そういう意味ではありません。
いったん『作れる』ことを忘れて、別の方法を探すのです。そうすれば自然と『失敗』するでしょう」
ジェームスは前世の――もっと文明が発達した異世界で暮らした記憶がある。
俺は「知らないはずの知識」がある。頭の中に百科事典がある感じだ。
普段、俺達はその情報にもとづいて開発するので、あっという間に完成する。
今回はあえてそれを使わないという事だ。
「なるほど、普通の研究者のやり方を真似するわけか。たしかにそれなら時間がかかるだろう。
……けど、いまいち宮廷魔術師ニグレオスらしくない感じだ。怪しまれないか?」
「閣下はすぐに何でも作ってしまいますからね。
しかし軍事利用できるものは、あまり開発しておられません。
今回もその線で『難航している』という事にしては?」
「そうだな、『軍事目的だと思うとアイデアが出てこない』という事にするか」
「それでは、どのように開発しましょうか?」
「んー……生成魔法で光を生成する、というのは実行可能だ。
これを道具に落とし込む、というのが開発する方向性として自然だろう」
「それをどうやって難航させるか、ですね。
ちなみに、それは実際に作れますか?」
「光を生成する魔法を、魔法陣にしてみよう。
まあ、おそらく奇妙なことになるだろうな」
というわけで試作品を作ってみた。
で、実際に使ってみた。
そしたら案の定だ。
発生した光の、色が次々と変わる。
「これはまた、派手ですね」
「消耗も激しい。いい感じに失敗したな」
こんなもの軍事作戦で使ったら、敵に位置を教えるようなものだ。
しかも生成魔法の性質上、光を出している間ずっと魔力を消費し続ける。それも決して少なくない量を。
「では色の指定と、消耗の軽減ですね」
「色の指定は簡単だな。魔法陣にそういう回路を付け足すだけだ。
消耗の軽減は、いい感じに難しそうだ」
「おめでとうございます、閣下」
「おめでたいんだよなぁ……うまくいかなくて、おめでたいんだよ。
奇妙な開発だな、まったく」
「確かに本来とは正反対ですね」
俺達は笑い合った。軍事利用に適さなくて大変結構だ。
「当然だが、消費魔力を減らすと光量も減る。
これを解決せずに、方法を模索しているふりをする必要があるわけだが」
「そうですね……宝石に仕込んで売り出しましょうか。
宝石はもともと『美しく輝く』ことに価値があるので、それをさらに輝かせるのは一定の需要があるかと」
「なるほど。失敗したが利用法を見つけて資金稼ぎに動いた、という事になるわけだな。申し訳が立つ。いい考えだ」
◇
とある夜会。
「……うわぁ……みんな光ってる……」
出席したルナが、周囲の女性たちを見て顔をしかめた。
ネックレスや指輪がホタルのように光っているのだ。
しかも色とりどりである。
「夜間訓練に使えるほど強く光らせるのは難しくてな。
けど、これはこれで資金稼ぎになって助かったよ。研究費ってけっこう予定外に膨らむからね」
「いや師匠……開発者だからって、それは無いでしょう?
なんかもうクリスマスツリーみたいになってますよ?」
「そうか? じゃあもうちょっと強めに光るか」
宝石に魔力を流すと、発光が強まる。
まあ、これは豊富に魔力がある人にしかできない事だが。
「なにが『じゃあ』ですか!? 何かのお祭りの飾り付けみたいになってるじゃないですか!」
「ふはははは! 人付き合いが苦手だからな。向こうから遠ざかるように仕向けているのだ。どうだ、効果的だろう?」
「効果的ですけども……。やり方が斬新すぎますよ、まったくもう……」
「ちなみに宝石を選んで流す魔力量を調節すると、色味を変更できるぞ」
たとえば赤色に光る宝石だけに多めに魔力を流すと、全体的に赤くなる。
「きゃあ!?」「あの人、血まみれですわ!?」
周囲から悲鳴が上がった。
「何やってるんですか、師匠!」
「あっ、すまん」
赤色はやめて、青色を光らせるか。
「ぎゃああ!?」「おばけ!?」
また周囲から悲鳴が上がった。
「師匠、今度はなんかホラーな感じになってますって!」
「むう……」
これもダメか。
じゃあ黄色はどうだ?
「「…………」」
ずざざっ、と俺の周りから人が離れていった。
なお、悲鳴は上がっていない。
「よし、成功だ」
「いや何が!? 追い出しますよ、師匠!?」
むう……解せぬ。




