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第52話 諜報・潜入:黒豚海賊団

 今日は陛下に呼ばれて執務室だ。

 入室すると、元帥がいた。


「あっ、嫌な予感……」


「ふっ……私のことが嫌いかね、宮廷魔術師殿」


 薄く笑う元帥。

 嫌われることに慣れきった笑いだ。元帥なんて「無茶を言う上層部」の典型例だからな。実際には限界を見極めて命令を出すわけだが、毎回全力を要求される部下としては、嫌いたくもなるだろう。


「いえいえ、国防を担う元帥殿を嫌う理由などありませんとも。元帥殿の働きのおかげで王国の平和が保たれ、私はのんびりビールを飲んで過ごす余裕がある。感謝しかありません」


 これは本心である。

 俺が軍需品の開発に追われずに済んでいるのは、元帥が頑張ってくれて王国が平和だからだ。


「お前たち、毎回そのやり取りをしないと死ぬのか?」


 国王陛下が呆れたように言った。


「確かに毎回やってますね」


「ニグレオス殿の言葉には社交辞令がなく、聞いていて気持ちがいいものですから、つい……。どうかご容赦ください」


「まあ、元帥の気持ちは分かるのじゃ。こやつは遠慮がないからのぅ。

 事が済んだら、また飲み会をやろうかの。今度は我ら3人だけでよかろう」


 前回は王城勤務の人たちを集めて、慰労会としてバーベキューをやった。

 しかし上級貴族たちには不評だった。彼らは戦時中でさえ給仕を受けて食事するため、バーベキューの自分たちで調理する形式には戸惑いが大きかったようだ。

 その点、国王陛下や元帥は、若い頃に「前線の一般兵」を経験している。陛下は現場の過酷さや悲惨さを学ぶため、元帥は様々な部隊の能力を知るため。いずれも「率いる立場」になったときに、その体験が役立っている。


「いいですな」


「ぜひ」


 結局、メイドたちが焼いて配ってやったので、前回のあれはバーベキューと呼ぶにはあまりにも「らしく」なかった。

 慣れた3人なら、今度こそバーベキューの醍醐味を楽しめるだろう。


「さて、では本題に戻ろう」


 陛下の顔が真面目になり、自然と俺達の顔も真面目になった。


「目標は、黒豚傭兵団の団長から情報を得ることじゃ。

 奴らは命令違反が多く、略奪行為を常とする上に、その度が過ぎる」


 制圧した土地の住民から反感を買えば、戦後の統治が難しくなる。ゆえに統治者としては、略奪行為はしないでほしい。しかし実際には、ある程度の略奪行為は黙認される。士気を下げないようにするためだ。

 なので、逆に言えば「略奪し放題の部隊」がある場合、その指揮は非常に高い。世紀末に「ヒャッハー!」と叫ぶぐらい、いつでもやる気満々だ。まさにそれが黒豚傭兵団なのである。


「ゆえに奴らを雇うのは、いつも戦争の終盤――劣勢の側が巻き返しを図るために、という場合が多い。

 ところが今、どの国とも開戦していないのに、王国南部の海上で奴らが活動している。王国の船には被害が出ておらんが、隣国の船にはすでに何度も略奪行為を仕掛けているようじゃ」


「まるで海賊ですね」


「まるきり海賊じゃ。早急に活動を停止させねば、宣戦布告前に攻撃してきたと言われて戦争に持ち込まれてしまいかねん。

 が、さらに重要なことがある。……元帥」


「はっ。

 奴らはあくまで傭兵。雇い主の側に所属する相手からは略奪しない。つまり隣国の船ばかり襲っている今、奴らの雇い主は王国貴族の誰かだ。

 問題は奴らが話していた内容で、どうやら奴らの雇い主が隣国と通じているらしい」


「隣国との緊張が高まっている中、これを放置することはできぬ。

 何としても事の真相を調べねばならない。

 とはいえ、団長に尋問しても素直に吐かぬじゃろう。そこで、黒豚傭兵団に潜入し、雇用契約書を盗んでくるのじゃ」


「なるほど。

 契約書がなくなれば、黒豚傭兵団は代金を踏み倒されることを嫌って活動を停止。すでに発生した被害について隣国から非難されても、『奴らが勝手にやった』と言い張れる。

 一方で、契約書を証拠に、雇い主の貴族には尋問をおこなうわけですね」


「そういうことじゃ。

 では頼むぞ」



 ◇



 着る魔法で空を飛び、一気に黒豚傭兵団へ接近する。

 そして光学迷彩やノイズキャンセラーなどの原理を使った魔法で、姿や音や匂いなどを隠す。これで目の前に立っていても気づかれない。

 俺はそのまま黒豚傭兵団の中へ潜入した。

 彼らはちょうど酒盛りをしていた。


「それにしても、あの領主よォ~」


「おっ、始まったぞ」


「最近のお頭ァ、この話ばっかりだ」


「よっぽど腹に据えかねたんだろ」


「うっせえぞ、お前ら! 聞きやがれ!

 『実際には味方だから略奪は控えろ』だの『時期が来たら王国から略奪しろ』だの、王国貴族としての矜持ってもんがねぇ。

 裏切る前提で動くとか、どんだけクソだよ」


「「そうだそうだ!」」


「その点俺達ァ、どんだけ悪しざまに言われようと、クリーンにやってるってもんだ。奪うのは敵から。味方からは奪わねぇ。

 お前らも、そこんトコ徹底しろよォ~? さもねぇと俺達は傭兵じゃなくなっちまう。いいか? 俺達は盗賊じゃねえんだ。傭兵なんだよ。間違えんじゃねえぞ」


「「おおーっ!」」


 彼らには彼らなりの正義があるらしい。

 とはいえ、結局は盗賊まがいの過度な略奪行為を働くのだから、擁護するには値しない。盗賊とは違うんだ、と言うのなら、いっそ略奪全般を禁じて完全にクリーンな傭兵団としてやってほしいものだ。そうすれば「ぜひ正規軍に」という声もかかるだろうに。

 彼らに必要なのは「学び」だろう。学ぶことは視野を広げる。彼らは「自分たちが生きていくために」という現実を見て、収入と士気の高さを確保しようと「略奪し放題」の方針を打ち出しているのだろう。

 しかしもう少し視野を広げれば、正規軍になったほうが、戦闘がない時期でも収入が安定している上に、無理して危険な戦闘に参加しなくても済むというメリットが見えてくる。

 もっとも、それ以上に学ぶと「彼らに学びを与えるのは困難」という汚い現実が見えてしまうわけだが。

 学ばなければ残酷。学びすぎても残酷。物事は「適度にやる」というのが肝要だ。ゆえに度が過ぎた黒豚傭兵団は、契約書を奪われて「ただの海賊」という形にされるわけだ。

 ……さて、契約書はどこかな。



 ◇



 王城。裏庭。

 国王陛下と王妃陛下が用意してくれた食材がある。

 俺が用意した焼台と燃料がある。

 元帥が用意したビールがある。


「おお……うまい」


 国王陛下が感嘆の声を漏らす。


「いいですな。これはいい」


 元帥の手が止まらない。

 飲み込んでから喋れ。


「こんな組み合わせが……ニグレオスは物知りですのね」


 王妃陛下は、こんな時でも他人に気遣ってくれる。

 さて、彼らが何に感嘆しているのかというと――


「上等な肉を楽しみ、安物のビールで流し込む。

 最高ですね。最高の組み合わせだ」


 あえて安物のビールを飲むからこそ、口の中がさっぱりして、また上等な肉を楽しめる。

 上等な肉を食べて、口の中に残った脂を洗い流すには、上等なビールではダメなのだ。上等なビールを楽しむときには、安っぽいツマミがいい。

 バランスだ。主役を際立たせるために、脇役は控えめでなくてはならない。全部が上等なもので占められていると、コース料理のようになってしまう。今日はそういう格式張ったものではないのだ。TPOをわきまえなくては。


「上等な肉を、安物のビールで……か。

 貴族の不正を、ならず者の傭兵団で……という対比かね?」


 元帥が言った。


「バレました?」


「私とて貴族だからな」


 ドヤ顔で笑う元帥。

 こんな顔で笑うのは初めて見た。

 ちょっと仲良くなれたようだ。

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