第48話 災害対策:スライム大発生
ある日、俺の執務室。
「ニグレオス師匠! 助けてください!」
ルナがやってきた。
ルナは俺が剣を教えた女性で、ゴーファ辺境伯の娘だ。強化魔法が得意で、ドラゴンを討伐し、その功績で伯爵に任命されて領地を与えられ、第2第3のルナを育てることを期待されて領地軍の強化に努めている。
「ジェームス、副官にメイドの真似をさせて悪いが、とりあえずお茶でも用意してくれ」
「はい、閣下」
「お茶飲んでる場合じゃないですって!」
「落ち着けルナ」
「ビール以外も飲むんですね、師匠」
「うっせーわ。落ち着きすぎだ。
まったく……それで、どうしたんだ?」
「スライムが大量発生しました」
「スライム? そんなの領地軍で対処できるだろ」
特にルナの領地軍は、ドラゴンを討伐できるレベルを期待されて、鍛えまくっている。
「討伐はできますが、スライムでは弱すぎて訓練にならないので、根本的に発生しないように対策したいんです」
「お待たせしました」
ジェームスがお茶を持ってきた。
「ありがとう、ジェームス。
発生しないように、か……」
「師匠が湿地帯を水源として整備してくれたおかげで、湧き出る水量が増えて、湿地が拡大したんですよ。それでスライムが大量発生して……」
「それでまた俺に頼ろうと?」
「せっかく師匠が作ってくれたのに、勝手に改造するのも悪いかなーって……ダメですか?」
「ふむ……まあ、大事に思ってくれるのは嬉しいが。
今回はダメだな」
「あっ、師匠が真面目だ。
てことは、本当にダメなやつですか」
「どういう判断基準だ、オマエ……」
「いやぁ……えへへ……。
それで、なんでダメなんですか?」
「俺は今、ルナに面目を施している。分かるか?」
「面目を施す……?」
「戦士の心得です、伯爵。
貴族としての心得にも通じるかと」
「うむ。ジェームスの言う通りだ。
今回ルナは自分で対処できる問題を持ってきた。
ここで俺が助けると何が起きるか?」
「何が起きるんですか?」
「ルナの名誉に傷がつく。
ドラゴンを倒した英雄が、スライムを恐れて他人を頼った、と嘲笑されることになるだろう。不当に低い評価だ。竜殺しの功績を認めて伯爵に任じてくださった陛下の顔に泥を塗ることにもなる」
「あー……陛下の顔に泥はマズイですね」
「そういうわけで、今回はお前を助けてやれない。助けてはいけないのだ。
むしろ助けないことで、お前が恥をかかずに済み、面目が保たれる。
面目を施すとは、こういうことだ」
「ありがとうございます、師匠。私が間違っていました。
時間がかかっても領地軍で対処します」
「よろしい。それでこそ俺の弟子だ。
まあ、悪いようにはならん。弱い大群は持久戦の訓練に最適だからな。余裕があるからこそ生じる暇な時間をどう活用するか……別の仕事を振ってもいいし、暇ができないように周囲とタイミングを合わせるようにしてもいい。あるいは暇をもっと拡大して休憩時間を作るのもいいだろう。そうやって集団としての戦闘力を高めれば、強敵とも効率的に戦える」
「なるほど! さすが師匠。
わかりました。とりあえず72時間耐久戦闘訓練を――」
「やめろ! 死人が出るわ!
お前、自分が出来るからって誰でも出来ると思うなよ!?」
やれやれとため息をついていると、ジェームスがぼそっと言った。
「……で、閣下、本音は?」
「来週あたりルナの屋敷に遊びに行ってもいいかね? このところ急に暑くなったからな。水遊びなんかしてみたいんだが、宮廷魔術師で伯爵っていう立場上、バカンスは人目をはばかる」
「師匠……!」
「抱きつくな! 暑いわ!」
「だって! 結局助けてくれるなんて優し……あっ」
ルナが急にパッと離れたかと思うと、苦悶の表情を浮かべていた。
「どうした?」
「来週じゃなくて、来月ぐらいになりませんか?」
「なんでだ?」
「水着がなくて……」
「そんな理由!?
そこはお前、領主としてスライム退治の陣頭指揮を執れよ! ちゃんと武装して!」
「ええ~……!?
せっかくの水着回ですよ? そうだ! 古式ゆかしき『あぶない水着』の出番です! 読者サービスしないと」
「メタいわ! やめろ!」
「閣下、私は何も聞かなかった事にします」
「そうしろ、ジェームス」
「なんでですかー!?
私のバインバインな水着姿で師匠もろとも悩殺してやりますよ!」
「あ、それは無理」
「急にスンってなった!? なんで!? まさか私、魅力ない!?」
「あのな、今『恥が大事だ』という話をしただろ?
色気を感じる瞬間ってのは、そこに『恥』があるのが大事なんだよ。分かるか?」
「ああ、すごく分かります、閣下」
「わかりません。見たいんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
「本気ですか、伯爵? 見えそうで見えないところが良いんじゃないですか。布面積が小さくても『一応隠してますよ』という『恥』があるわけです。ほんの建前にすぎなくても隠そうとする『恥』があるから色気があるんですよ。逆に『恥』がない者が見せてくるのは、ただの露出狂です。変態ですよ?」
「師匠、師匠……! ジェームスが壊れた」
「なんでだよ!? まっとうな事しか言ってないだろ」
「うわー!? 師匠も壊れてた!?」
「壊れてねーわ! 正常な範囲だ」
「そうですとも。逆を考えてみてください。パンイチのゴリマッチョが見せつけてくる筋肉より、小洒落たイケメンのチラッと見える腹筋とかのほうが――」
「もういいです! やめてください!
ていうか、内容があんまりにもあんまりすぎて『分かります』とは言いたくないです」
「分かりはするんだな」
「あっ」
「ふふふ……なんだ、同志ではありませんか」
ジェームスがにっこり笑っていた。




