第46話 建築:運河
「うーむ……やはり、そうなるか」
国王の執務室。
1枚の書類に視線を落とし、国王が悩んでいた。
それは、他国へ留学に行っていた王子が提出した報告書で、現地では水路が整備されて船で大量の物資が運ばれていたという内容だった。
◇
「というわけで、運河を作ってほしいのじゃ」
「国全体の都市計画を丸投げですか!?」
馬車で運ぶより船で運ぶほうが効率的なのは同意するが、さすがに無茶振りが過ぎないか?
「計画はジェームスに立ててもらえばよかろう。あいつ得意じゃろ? そういうの。
それに物流全般を計画するのは将来的な目標じゃ。まずは穀倉地帯から穀物を運搬するための運河がほしい」
「あー……なるほど」
食料生産は各地でおこなわれているが、穀倉地帯と呼べるほど大規模な場所は限られる。小規模な物流には陸運のほうが向いているので、水運を使うのは大規模な物流が見込まれる場所だけでいいわけだ。
なので穀倉地帯から王都へ穀物を運ぶための運河があれば、王都から各地へ運ぶのは陸運でやればいい。どうせ放射状に分散するのだから、王都へ運ぶときに比べて王都から運ぶときには小規模になる。
加えて、この運河が穀倉地帯における農業用水路としても機能するはずで、非常に効率的な話だ。
「しかし陛下、それほどの大工事なら公共事業として資金を投入するほうがよろしいのでは?」
「経済を活性化するためか?
隣国との関係改善が順調な今、戦争への不安も軽減して、公共事業が必要なほど不景気ではない。劇薬が必要な時期ではないのじゃよ。
ゆえに運河を『作る段階』での経済効果よりも『作った後』の経済効果でゆるやかに景気回復を図りたいのじゃ」
「わかりました。では作ってきますね」
◇
穀倉地帯から王都へ穀物を運ぶ運河を作るということは、王都を「下流」にしたほうが具合が良い。水の流れに従うだけで労せず運べるからだ。運搬の途中で盗賊などに狙われた場合にも、そのほうが逃げやすいだろう。
というわけで、まず排水用に既存の川へ接続する形で「出口」から作っていき、王都を通って穀倉地帯まで、川を遡上する形で作っていく。最後は穀倉地帯よりも上流で水源に接続すれば完成だ。
「ありがたいですな。これほど豊かな水があれば、穀物の生産量をもっと増やせます。陛下に深く感謝を。
もちろん宮廷魔術師殿にも……そうだ。たしか宮廷魔術師殿は、我が領地の名産『夕闇マイルドウェット』を定期購入してくださっていますな。今回の感謝の印に、定期的にビールをお送りしましょうか?」
「おお!? いいのですか?」
領主は大いに喜んだ。
領主の提案に、俺も大いに喜んだ。
「もちろんです。
穀物は運ぶ時期が決まってしまいますが、ビールならほぼ1年中なにかしらの銘柄が出荷されておりますので」
「作り方の違いによって、出来上がる時期が変わるわけですね」
「その通りです。
運河の保安という意味でも、1年を通してちょくちょく輸送するのは良いことかと」
「その通りですね。収穫期を迎えていざ出荷しようと思ったら使えなくなっていた、というのでは困りますから」
「そうです、そうです。
設備を維持するための点検作業……つまり仕事ですな。いやぁ、お礼のつもりが仕事を増やしてしまって申し訳ない」
「何を仰る。こんな仕事なら大歓迎です。またいつでも呼んでください」
「よろしいのですか?
であれば、さっそくお願いがあるのですが」
「なんです?」
「先ほど、穀物の生産量を増やせると話したでしょう? しかし、いざ増やすとなると農地の拡大には時間がかかります。
働き手になる領民は豊富におりますから、農地さえあればすぐにでも増産できるのですが……どうでしょう? そのあたりをご自慢の魔法でパパッと。
そうしていただければ、増産分の穀物から作ったビールもお送りしますが」
「任せなさい。ありとあらゆる場所を農地に変えてみせましょう」
◇
というわけで、穀倉地帯の領主とは非常に良好な関係を築けた。
いやぁ、いい仕事した。今日はビールがうまいぞ。
最後に、ちょっとした仕上げが残っている。大量のビールをもらえることになったが、保管する場所が必要だ。
「というわけで、助っ人に来てもらったわけだ。
頼むぞ、ルナ」
強化魔法が得意なルナだ。
スコップを持たせれば、穴掘りなんて朝飯前だろう。
「師匠の自宅に地下室を? 掘るのはいいけど、崩れたりしませんかね?」
「そこは任せろ。アダマンタイトの柱を入れて補強するから」
「師匠がビールに本気すぎる……」
「ビールが届いたら分けてやるから、頼むよ」
「うわっ、珍しい。師匠がビールを分けてくれるなんて」
「ルナには何度か分けたことあるじゃないか」
「そういえば、そうでしたね」
「分けたっていうか、奪われたっていうか」
「何か?」
「いえ別に」
「そうですか」
「かわいい弟子だ。ビールぐらい分けてやるとも」
「むう……あくまで弟子あつかいですか。でもまあ『かわいい』と言ってくれたので許してあげちゃいます」
というわけで、ルナと一緒に地下室を作った。
あとはここに容器を生成して、ビールの到着を待てばいい。
◇
いよいよビールが届いた。
酒場でも開くのかっていうぐらい大量のビールだ。さすが生産地。桁が違う。
樽に入ったビールを大事に抱えて、1つ1つ丁寧に地下室へ運び込む。
「よいしょっと……さあ、これで全部か。
うへへへ……いい仕事した」
地下室がビールの樽でいっぱいだ。
「さっそく、ちょっと味を見てみるか。
運んでくる間に味が変わったとかだと問題だからな」
というわけで、ご開帳――
ドカアアアアン!
「ぎゃあああ!? あばばばばばばば! ビールが……! ビールがあふれ……ああっ!? 隣の樽まで連鎖的に……!? ぎゃああああ! 俺のビールがああああ!」
ビールの樽が、開けたとたんに爆発した。
運んでくる間に揺られてしまったのだろう。よく振ってから開栓すると、勢いよく吹き出すアレだ。樽でやると威力がすごい。隣のビール樽を破壊し、その樽が爆発して、そのまた隣を……と連鎖爆発がおきた。
「こ……これは……なんてこった……」
溺れそうになりながら地下室を這い出てみると、自宅の地上階は水没しており、ビールまみれの泡まみれ。
外に出ても溢れたビールの泡が広がり、周辺一帯はひどい有様だった。
◇
「何をやっておるか!」
国王陛下に叱られて、ビールまみれになった区画を掃除するハメになった。
しかも魔法禁止で。
「しっかり手作業できれいにせよ。罰じゃ」
ひでぇ。
魔法禁止じゃあ、いつまでたっても終わらねえよ。
楽しみにしていたビールは全部パーだし、踏んだり蹴ったりだ……。




