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第43話 lab:耳栓(前編)

「バカもん!」


 パリーン。

 国王陛下の大声で、王城の窓ガラスがことごとく割れた。

 それからたっぷり1時間以上も叱られて、俺はようやく解放された。

 国王が1時間も説教とか、暇なのかね? 王国が平和そうで何よりだ。畜生め。


「あーあ……ひどい目にあった」


 なんだか耳の奥がまだキンキンする感じだ。

 俺は愚痴をこぼしながら研究室へ戻った。


「どうしたんですか、ニグレオス先輩?」


 バニーが心配してくれる。

 いい子だ。基本的には。


「あ、おかえりなさいっす。国王陛下に呼ばれて、何の話だったんすか?」


 ホースディアは興味津々だ。

 新しい仕事でも任されたとか思ってるのか? こいつ、やる気だけはあるからな。よく失敗するけど。


「良い話のわけあるめぇ。どうせ叱られてきたんだろ」


 スネークが面倒くさそうに言う。

 さすがベテラン。わかってるじゃないか。でも今回の叱られは、お前が原因だけどな。

 しかし最も不満に思うのは、そこじゃあない。


「あのヒゲおやじめ、強化魔法まで使いやがって。耳元で爆発魔法でも食らったような大声だよ。鼓膜やぶれて、その後なに言ってたのかサッパリ分からん」


「「うわぁ……」」


「鼓膜やぶれたって、それ大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ、バニー。心配してくれて、お前は良いやつだな。

 医務室で回復魔法かけてもらったから、もう治ったよ。

 しかし毎回あれじゃあ身がもたんな。可哀想に、近衛兵なんか俺より近くにいたもんだから気絶してたよ」


 気絶しても立ったままだったのは、さすがだけど。


「何か対策が必要ですね。耳栓でも詰めていきます?」


「ホースディア、陛下の強化魔法をナメすぎだ。

 並大抵の耳栓ごときじゃあ軽く貫通してくるぜ、あの大声は。本来、王国の総力をあげた決戦の場で、全兵士に直接声を届けて鼓舞するためのものだからな」


「大声に特化して鍛えてるんですか」


「その通りだ、バニー。

 陛下が本気で大声を出した場合には、押し寄せる津波を押し返すほどの威力がある。並大抵の爆発魔法など比較にもならん」


「え。じゃあ今回かなり手加減してもらったって事っすか?」


「そういう事だよ、ホースディア。

 陛下の大声を防げるほどの耳栓を作ったなら、そもそも周りの音は何も聞こえなくなっちまう」


「そこで、だ」


 スネークが割り込んできて1枚の紙を取り出した。

 それは企画書だった。しかし大きくバツが書かれ、破棄されたものだと分かる。


「あらゆる音を一定の音量にする魔法だ。

 索敵に使えないかと思って企画したんだが、こいつは失敗だった。あらゆる音が一定の音量になるってことは、パーティー会場の話し声みたいに全部の音が同じ大きさで混じって聞こえてくるってことになるから、聞きたい音が他の音にまぎれて分からなくなっちまう。

 けどまあ、説教を聞き流すだけなら使えるぜ。どうせ説教なんてのは『次から気をつけろ』って事なんだからな」


「スネーク。それが分かっててなぜお前は毎回居眠りするんだ」


「おっと藪蛇だ。ちょっとトイレ行ってくる」


「逃げるな」


「じゃあここで漏らすか?」


「早く行け」


「ケッケッケッ」


「……クソ。あの蛇野郎め。悪知恵ばっかり働きやがる」


「でもニグレオス先輩、これ面白そうっすよ」


「ホースディア、その企画書は改良しなきゃ使えない」


「スネーク先輩が言ってた通り、聞き分けができるようにならないとですね」


「その通りだ、バニー。

 ホースディア、そこんとこが出来そうなら企画書を出してみろ」


「うっす!」


「しかし減音というのはいい考えかもな。俺もちょっと考えてみよっと」


「どうするんですか、ニグレオス先輩?

 ニグレオス先輩は生成魔法しか使えないんですよね?」


 生成魔法は物体や物理現象を生成する魔法だ。

 炎の壁は「火を出す」現象だから生成できるが、真空の層は「空気を取り除く」という工程が必要になるため作れない。

 足し算の魔法なのだ。引き算ができないのである。


「強化魔法は掛け算の魔法だからな……対抗策としては割り算の魔法を使うのがいいが、せめて引き算の魔法が使えないと話にならない」


「そうですよね」


「と思うだろ?」


「え? 違うんですか?」


「音は物理的な壁で反射する。一部は貫通するけどな。

 この貫通した音が『音漏れ』になる。だったら、その音漏れを反射する壁を作れば良い。

 そして、すべての反射した音が、耳の奥へ向かわずに、体の外へ逃げるようにしてやれば、耳栓の性能は高くなるはずだ」


「えっと……つまり?」


「つまり、壺の中に壺を入れたような構造にすればいい。壺の口を外側に向けて装着するんだ。

 そうすれば、壺の中に入った音は、ほとんどが反射されて入口から出ていき、わずかに貫通した音も第2第3の壺に反射されて大幅に減衰するという仕組みだ」


 さっそく実験してみよう。

 試作品を作るのは簡単だ。作ることこそ生成魔法の本質だからな。











 というわけで、助っ人を呼んだ。


「よく来てくれた、ルナ。

 本当はこっちから出向くのが筋だが……」


「いえ、それは構いませんけど。

 『ちょっと手伝ってくれ』って何をすればいいんですか?」


「お前、陛下と同じで強化魔法が得意だろ?」


 陛下は大声に特化していて、ルナは運動能力に優れるという違いがあるけども。

 ルナは強化魔法が得意で、ドラゴンを倒したほどの女傑だ。

 その功績で伯爵に任じられ、領地をもらって兵士を鍛えている。

 重要なのは、優秀な強化魔法の使い手であるということだ。


「あの陛下の大声に対抗できる耳栓を作りたくてな。

 その実験をするのに『大声を出せる人』が必要なんだ」


「強化魔法で大声出せばいいんですね?」


「そのとおりだ、ルナ。

 しかしこれをルナの領地でやると、またお前が不当に低く評価されることになりかねない」


 あのじゃじゃ馬がまたおかしな事を始めた、とか言われるだろうな。


「それで王城まで来てもらったんだ。

 ここでなら、俺達の実験だと言えば誤解もされなくて済むだろう」


「お気遣いありがとうございます、師匠」


「じゃあ、ちょっと耳栓するから、なんか適当に叫んでみてくれ」


「わかりました」


 それじゃあ耳栓を装着、っと。

 まずは俺が作ったほうから。











「ニグレオス師匠、大好きー!」











 ルナの口が動いた。

 何か叫んだようだが、全く聞こえない。


「今叫んだ?」


 耳栓を外して尋ねると。

 ルナはいい笑顔で答えた。


「はい、しっかり叫びました」


「そうか。うーむ……」


「師匠?」


「全く何も聞こえなかった。耳栓の性能が良すぎるようだ。これは失敗だな。

 あと、ホースディアが作ったやつも試そう。

 ルナ、もう1回叫んでくれるか?」


「はい、師匠!」


「何をやっとるんじゃ、お前ら」


「「あっ、両陛下」」


 国王陛下と王妃陛下が連れ立って現れた。

 俺達は慌てて頭を下げた。


「バニーが『ニグレオス先輩がルナ伯爵を連れ込んでナニかヤってます』って言うから確かめに来てみたら……ニグレオス、お前、あんな事を『もう1回叫んでくれ』とはどういう了見じゃ」


 呆れ顔の国王陛下。

 それにしてもバニーのやつ、また変な伝え方を……。そそっかしい奴め。

 ていうか、国王陛下が呆れるような事を叫んだのか? いったい何を叫んだんだ?


「おっほっほっ。仲良きことは美しきかな、ですわね。

 あなた。私もあんなこと叫ばれてみたいですわ」


「勘弁してくれ」


「あら? どういう意味ですの?」


 ニコニコしていた王妃陛下が、急にスッと真顔になった。

 こ、こわい……。


「え……ちょ……」


「あ・な・た?」


「は、はい。すぐに叫ばせていただきます」


「心を込めて、よ?」


「もちろんです」


 国王陛下が大きく息を吸い込んだ。

 まずい。

 ささっと耳栓を装着。

 ホースディアが作ったやつだ。ついでに実験しよう。











「王妃、大好きじゃー!」











「あらあら、うふふ……」


 王妃陛下は満足そうだ。

 国王陛下は顔を真赤にして、そそくさと立ち去った。


「~~~~~~っ……!」


 耳が……耳がぁ……!

 また鼓膜やぶれちゃったZE☆

 あー……クソ……。また医務室いかなきゃ。


「ホースディアのやつ、大失敗じゃねーか!」


 雑音の音量は下がったけど、陛下の大声がそのままの声量で聞こえてきた。

 つまり何も使ってないのと同じだ。


「何のための耳栓だよ、あのバカ……。目的を見失ってんじゃねーか」


 耳栓は未完成だし、ルナはおかしなこと叫ぶし、たぶんあとで国王陛下から八つ当たりで説教されるだろうし……問題が増えてんじゃねーか。

 もうやだ……ビール飲みたい……。

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