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第36話 環境改善:川の汚染

 国王陛下が荒れていた。


「畜生めぇぇぇ!」


 報告書を呼んだとたんに、それを掴んで机に投げつけた。


「隣国! あんちくしょう! 調子に乗りやがって! 大ッ嫌いだ! バーカ!」


 怒りが収まらず、国王陛下は机を蹴った。

 そのあと足が痛かったようで、ちょっと涙目になっていた。



 ◇



「……という状況でして。

 ニグレオス閣下におかれましては、お忙しいことと存じますが、どうか陛下の御心を安んじるべく、お手伝いのほどをお願い致したく……」


 執政官がやたらとペコペコしながら俺の研究室を訪れた。

 宮廷魔術師の仕事じゃあないが、あの陛下が暴れるなんて心配だ。


「あの泰然自若とした陛下が、そこまで取り乱すようなことが?」


「はい。実は――」



 ◇



 陛下の執務室を訪れると、髪が乱れた陛下と紙が乱れた床が目に入った。

 陛下は肩で息をしている。だいぶ荒れているな。


「……だいぶ暴れたようですな」


「ニグレオスか。呼んでいないはずじゃが」


「執政官殿に助けを求められました。

 陛下の御心を乱すアホを何とかとっちめてくれと」


 そこまで言われてないけど、陛下の様子を見るに、そのぐらい言ったほうが良さそうだ。


「ふむ……」


 言ったとたんに、陛下がニヤッと笑った。正解だったらしい。

 悪い顔をしている。俺に何をやらせるつもりかな? ちょっと早まったかもしれない。


「何があったのですか?」


 事情はすでに執政官から聞いているが、怒っている人を落ち着かせるためには「何が原因なのか」を語らせることが効果的だ。


「ゴーファ辺境伯の領地にある川が汚染された。

 そこから取水していた領地軍に、大規模な犠牲者が出ている」


「犠牲者? どれほどの?」


「体調不良で戦闘不能が1万5000人ほどだ。ひどい下痢に苦しみ、脱水症状を起こしている者までいるらしい。

 隣国の工作だ。毒を盛られたのだろう」


 不快そうに陛下が言う。

 俺も思わず眉間にしわが寄った。


「また隣国ですか。無茶苦茶しますね、あいつら。

 もういっそ攻め滅ぼしてしまったほうがいいのでは?」


「フッフッフッ……それは良い考えじゃな」


 陛下が笑みを深める。

 しかし陛下は、すぐに考えを振り払うように頭を振った。


「そうしたいのは山々だが、実行すれば被害を受けるのは無辜の民だ。

 王国の民にせよ、隣国の民にせよ、上層部の勝手で苦しめるのは余の本意ではない」


「じゃあ上層部の連中を何人か暗殺してきましょうか?」


 そう言うと、陛下はニタァっと笑った。

 もはや凶悪犯の顔だ。


「おお……! ニグレオス、頼めるか?」


「もちろんです」


 あいつら、前からウザかったからな。ここらでシメてやるのもいいだろう。

 暴力的な解決手段はあんまり好きじゃないが、決定的なのは隣国が異世界召喚をやったことだ。世界をまたいで(いるのは、この際どうでもいいが)他国から臣民を拉致してきたわけで、到底許されることではない。

 しかし、答えた俺に、陛下は深い溜め息をついた。


「ハァ~~~……。

 非常に魅力的な提案だが、その場合は隣国がその後どう動くか予想できない。

 暴走してこちらに戦争を仕掛けてくるようなことになっては面倒だ」


 証拠もなく王国の仕業だと決めつけ――事実だとしても証拠を示して糾弾するという手続きを踏まない限りは「不法行為」に過ぎない。しかし首脳部を失えば――手続きを知らないアホが主導権を握って、報復を叫んで戦争に走るというのは、有り得る話だ。

 しかし、さすがは陛下……すごい自制心だ。凶悪顔と真面目顔との往復が激しい。これでは情緒がジェットコースターすぎてブッ壊れてしまいそうだ。ちょっとメンタルケアが必要だな。


「そうですね。

 陛下。ちょっと御前失礼します」


 俺は一旦退室して、助っ人を呼んできた。


「あらあら……あなた、ずいぶん荒れていらっしゃるようね」


 王妃陛下だ。


「お前か……。まあな。我が臣民にメチャクチャされては、腹も立つというものだ」


「お腹立ちなら、報復は苛烈になさいませ。臣民に手を出されて黙っているなど、上に立つ者としてありえませぬ。ナメたらタダではおかぬとお示しなさい。王国の威を示すのです。

 けれども心は平穏を保たねば、成功するものも成功いたしませんわ」


 王妃陛下が、国王陛下を抱き寄せて、その顔を胸にうずめた。

 国王陛下はゆっくりと王妃陛下の背中に手を回し、しばし2人は抱き合った。

 だがここは執務室だ。周囲の執政官たちが、そっと目を逸らした。


「……うおっほん!

 仲良きことは美しきかな、とは申しますが、少しばかり場所をわきまえていただきたく」


 咳払いして警告すると、国王陛下はジト目で俺を見た。


「お前がやらせたんだろう」


 まあね。

 王妃陛下は静かに苦笑している。その目の色が「これでよろしくて?」と言っているように見えた。

 俺は黙って王妃陛下に頭を下げた。


「とりあえず、その川の汚染を除去しましょうか。あと辺境伯軍の治療も。

 無駄な努力ご苦労さん、と隣国を煽ってやりましょう。

 他にリクエストはございますか?」


「うむ、その方向で頼む。

 あとは、そうじゃな……川の水を浄化する設備でも作ってもらおうか。今後の再発防止にな」


「御意のままに」


 うやうやしく一礼して、俺は陛下の執務室を出た。



 ◇



 研究室。


「ジェームス。そういうわけだ。計画を立ててくれ」


 すぐに副官のジェームスが地図を広げた。


「ゴーファ辺境伯の領地でしたら、浄化設備はこの位置がよろしいかと。

 それから、この際いっそのこと川の位置そのものを変更してしまうのはどうでしょうか?」


「いいアイデアだ。隣国が手を出せないように改造してしまおう」


「では川全体を地下に埋めてしまいましょう。

 閣下には負担が大きくなりますが――」


「ジェームス。前にも言っただろ?

 お前が計画を立てたなら、俺は実行するだけだ。何も考える必要はない」


「……いってらっしゃいませ。

 ビールを冷やしておきます」


 ジェームスが丁寧に一礼した。

 それじゃあ、ちゃっちゃと片付けてくるか。



 ◇



 ゴーファ辺境伯の領地。

 川の汚染をサクッと除去したあと、浄化施設も作って、次に軍隊病院を訪れたのだが――

 軍隊内部の病院というのは、普通の市民が利用する病院とは異なり「治療行為の効率化」に特化している。

 具体的には、個室がなくて簡易ベッドがズラリだ。前線基地で使われるようなキャンプ道具みたいな簡易ベッドではなく、どこの病院にもある処置台が並べられている。キャンブ道具みたいな簡易ベッドより快適性がありつつ、処置に適した台でもあるという、いいとこ取りだ。普通のベッドより場所を取らないのも利点である。そうした大部屋で、数人の衛生兵が数十人の患者を診る。

 ……というのが普通なのだが、今回は違っていた。


「これはまた、独特な……」


 生成魔法を使える工兵部隊が頑張ったのだろう。便器に背もたれがついたような物体がずらりと並び、患者たる兵士たちがパンツを下ろして座っている。一応プライバシー保護のためか、陰部には大きめのタオルをかけて隠されている。

 全員の症状が主に下痢なので、こういう形が効率的なのだろう。わからんでもないが、ひどい絵面だ。衛生兵が全体を見渡せるように、間仕切りなどは無い。そこかしこでブリブリと汚い音が響いているし、悪臭も立ち込めている。

 しかしここに居る連中は、すでに鼻が曲がってしまったのか、気にする様子もない。気にする元気がないだけもしれないが。


「まあ、よろしく頼むよ」


 ゴーファ辺境伯も困り顔だ。


「まずは下痢止めを処方しましょうか」


 弱い下剤として作用する酸化マグネシウムは、体内の水分を腸内に集めることで便を「かさまし」して、腸壁を刺激して蠕動運動と便意を誘発するという仕組みだ。

 つまり、その逆の作用をする物質を投与すれば、腸内の水分を減らして、下痢便を固形便に近づけることができる。具体的にはタンニン酸アルブミンや次硝酸ビスマスなどだ。

 俺が得意とする生成魔法は、分子構造が複雑になるほど生成が難しくなる性質がある。なので化学式が最もシンプルな次硝酸ビスマス――Bi5O(OH)9(NO3)4――を使おう。

 もっとも、下痢便に含まれるはずだった水分がどこへ行くのかという問題があるため、しっかりした固形便にはならず、軟便になる。残りは尿として排出される仕組みだ。


「あとは川を地下へ埋める工事ですね」


「可能なのか?」


「板を生成して、川に蓋をするだけです」


「そう言われると簡単そうに聞こえるが、絶対そんなに簡単じゃないだろう?」


「簡単ですよ。辺境伯殿の領地軍ならね。優秀な工兵部隊がいるじゃないですか」


「うぐぐ……そう言われると『難しい』とは言いにくいな」


 見本を作って、あとは工兵部隊に丸投げだ。

 まあ、辺境伯の領地のことだしな。宮廷魔術師の俺があんまり出しゃばるのも良くないだろう。

 さーて、帰ってビールでも飲むか。

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