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第35話 災害対策:消火活動

 ある日、国王陛下から呼び出された。

 いつもは執務室だが、今回は珍しいことに謁見の間だ。

 どこで面会するか、というのが国王陛下との謁見ではとても重要だ。なぜなら謁見の場所がそのまま国王陛下からの「お前との距離感はこのぐらいだ」という評価になる。

 で、謁見の間は執務室よりも「遠い」のだ。より「近い」私室にも呼ばれる俺が、謁見の間に呼ばれるのは珍しい。


「ああ、すまんなニグレオス。今回はお前を呼びたかったわけではないのじゃ。

 いや、違うか。お前を呼びたかったが、呼ぶ理由が……チョットな」


「はぁ……?」


 国王陛下が困り顔だ。

 いつも泰然自若として「王国には余裕がある」と演出している陛下が、これは珍しい。


「ではス・ポンポンを入室させよ」


 国王陛下の号令で、謁見の間の巨大な扉が開かれた。

 そして40代前半と思われる痩せ型の男が現れた。


「ス・カンピン子爵が一子、ス・ポンポンにございます。

 国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、お慶び申し上げます」


「うむ。して謁見の用向きじゃが、聞けば森林火災が発生していると?」


「御意にございます。

 恥ずかしながら父は頑固一徹の戦人いくさにんで、戦働きならともかく消火活動は得意としておりません。領地軍もこのような状況には不慣れにて、発生した森林火災は拡大する一方でございます。

 およそ1週間ほどで、森に近い集落へと火の手が迫る見込みにて、国王陛下から王国民をあずかる領主として、これ以上は恥も外聞もなきものと……この度この森林火災への消火活動に応援の要請に参った次第でございます」


「うむ。

 ……という事じゃ。宮廷魔術師ニグレオス。そなたに出撃を命じる」


「は。速やかに消火してまいります」


 親しくない人目がある場所では我慢するしかないけど……面倒くせぇな。

 こんだけ言える息子がいるなら、息子が領地軍を率いて消火活動に励めば大丈夫じゃないか?

 まあ、しょうがないから行くけど。なんせ、あの森には、例の鳥がいるからな。



 ◇



 研究室。


「つーわけで、ちょっと行ってくるわ」


「あー……ご愁傷さまです」


「どういう意味だ、ジェームス?」


 副官のジェームスが心底俺を憐れんでいる。

 これは余程のことだ。

 こいつ、いつもは俺に呆れているからな。

 ……うん。それはそれで悲しいな、チクショウ。


「ス子爵親子といえば、とんだ食わせ物と評判ですから。

 その息子が殊勝なことを言ってみせたのは、ただのアピールですよ。本心では自力で消火活動するのが面倒くさいから頼んでしまおう、とか思っているはずです」


「そんな奴なのか? 普通にまともな感じで話していたのに……」


 あー……でも陛下が「お前を呼びたかったわけではないのじゃ」とか言ってたの、そういう事か? ジェームスの言葉が正しければ、消火できるなら誰でもいいわけで、子爵は「自分でなんとかしろ」と言われても動かないタイプだ。むしろ「見捨てられた」と騒いで王権を傷つける可能性まである。

 となると、子爵親子の本性を承知の上で、できるだけコスパのいい実効消火部隊を送り込みたいわけで。つまり俺ということか。


「表面だけ取り繕うのが得意技ですからね。

 領地軍を見れば分かりますよ。長く見ている彼らは、ス親子の本性を見抜いています」


「えー……なんか行くの嫌になってきたな」


「頑張ってください」


 ジェームスめ。苦笑しながら言いやがる。

 その「頑張ってください」のルビに「ご愁傷さまです」とか書いてありそうだな、畜生め。



 ◇



 ス子爵の領地。


「――というわけで、こちらの宮廷魔術師ニグレオス殿が消火活動にご協力くださることになった。

 お前たち! くれぐれも粗相のないように、しっかり指示に従うのだぞ!?」


 ス・カンピン子爵が、領地軍に俺を紹介した。

 しかし事の経緯はずいぶんと自分に都合よく曲解されており、いかにも自分の実力で俺を引きずり出したかのように語ってくれた。

 そしてジェームスから聞いた話を裏付けるように、紹介を聞く領地軍はだらけきっている。まるで夏休み明けの始業式で校長先生の長話を聞かされる学生のようだ。顔に「だっるー」と書いてある。子爵の話なんか聞いちゃいねえ。


「お前たち! 返事は!?」


「「へーい……」」


 投げやりだ。

 すごく面倒くさそうな声だ。

 夏バテしたセミの合唱みたいだ。


「ではニグレオス殿、お言葉をいただいても?」


「ああ」


 厄介なことに「正確な情報」と「そのニュアンス」とは別物だ。

 ス・カンピン子爵の話は「正確な情報」ではあるが、曲解された「ニュアンス」を持つという巧妙な代物だった。怠け者レベル99って感じだ。

 従って、訂正するのは難しい。要するに事実として……という部分に嘘がないので、後から別のニュアンスで聞かされる話は「それぞれが好き勝手なことを言っているだけ」という印象になってしまい、俺の評価を下げることになる。

 訂正する価値がないというのも計算ずくなら、これほど手強い怠け者もいない。ああ面倒くさい……。


「あー……ただいま紹介に預かったニグレオスだ。

 手っ取り早く消化するために、炎の方向を限定してしまおうと思う。中央に集めて、外側へ延焼しないようにする計画だ。その結果、現在燃えている範囲はすべて焼き尽くされる。燃える物がなくなって火が消えるという仕組みだ」


 大量の水を生成して浴びるという方法もあるが、すでに広範囲が燃えているため1発の魔法ではカバーしきれない。連発する必要があるが、魔力の消費量に対して効果が薄い。しかも全体を消火できるほど大量に水を生成すると、土砂崩れが起きる危険も出てくる。

 なので今回は別の方法だ。


「具体的には、火災が起きている範囲に煙突を作る。俺は生成魔法が得意だから作るのは一瞬だ。この煙突が、下部で周囲の炎を吸い込み、まとめて上から吐き出すことになる。

 問題はこの『上から吐き出された炎』で、火山が噴火したみたいになってしまう。そこでこれを防ぐために、煙突を冷やす必要があるのだが、残念ながら俺は冷やすのが苦手だ。

 というわけで、諸君には煙突に向かって冷却系の魔法を使ってほしい。自分たちの土地を守るためだ。力を尽くしてくれ」


「「おおー……」」


 半分は感嘆の声。

 もう半分は面倒くさそうな声だ。

 どうやら少しは聞く耳を持ってもらえたらしい。


「では早速始めよう」


 パチンと指を鳴らすと、森林火災の一部にかぶせるように煙突が生成された。

 たちまち炎に温められた空気が煙突の中を駆け上がり、下部の気圧が下がってますます周囲の空気と炎を吸い込むようになった。

 煙突の中は火災旋風の状態だ。極めて危険だが、その「危険」は炎の竜巻が無秩序に移動することこそが最大の脅威。煙突内部に固定されてしまえば、煙突自体が動かない限り周囲への影響は限定的となる。

 あとは煙突を冷やしてもらえば、煙突内で消火されることで、噴火みたいになって余計に広範囲が燃える事態は防げるはず。

 なので燃えている範囲を網羅するように、煙突をいくつも設置していく。まずは包囲網を作るように外縁部からだ。


「「おお~……」


 領地軍が俺の生成魔法に感嘆の声を漏らしている。

 が、それだけだ。

 冷やしてくれと言っておいたのに、動き出す様子がない。


「冷却魔法を! 早く!」


「「へーい……」」


 全然やる気がない。

 だらけきっている。


「つーか、冷却魔法なんて誰か使えたっけ?」


「しらね」


「俺、火魔法なら使えるぞ」


「逆だバカ。冷やせっつーのに燃やしてどうする」


 全然やる気がない。

 呑気に雑談を始めやがった。

 息子のス・ポンポンが「戦働きならともかく」とか言ってたが、この様子だとそれも眉唾物だな。

 畜生め。確かにとんだ食わせ物だ。


「誰でもいいから早く冷やせ!」


「えー……お前やれよ」


「やだよ。お前がやれよ」


「バカこけ。そういうお前がやれよ」


 こ、こいつら……っ!


「だー! もう! 面倒くせぇな!」


 転移魔法を発動。

 俺はその場から離脱した。

 そして助っ人を連れて戻ってきた。


 ザッ、ザッ、ザッ……!


 100人以上が行進するというのに、その足音さえピタリと揃っている。

 そしてパイ生地を碁盤目状に切り分けたように、ビシッと整列する兵士たち。その列の1つを端から見れば、完璧に重なり合って1人に見えるほどだ。

 すぐに点呼が開始され、ものの10秒で終わった。


「ルナ伯爵隷下、領地軍魔法攻撃部隊110名、現着しました!」


 ズバッと一斉に敬礼する兵士たち。

 そして敬礼を返すルナ。


「ご苦労。状況は説明してある通りだ。さっそく行動開始と行こう。

 者ども! 我らが威を示せ! 我こそは竜殺し! ルナ伯爵である!」


「「マムイエスマム!」」


 すでに赤熱している煙突へ、たちまち強力な冷却魔法が浴びせられた。

 煙突はすぐに冷却され、元の色を取り戻す。


「助かったよ、ルナ」


「いえいえ。ニグレオス師匠のお役に立てるなら、いつでも呼んでください」


「しかし、良い練度だな」


「ええ。仕上がってきました。

 あとはドラゴンを討伐するだけですね」


「え? マジでやんの?」


「もちろんですよ。

 陛下が私を伯爵にして領地を与えたのは、第2第3の竜殺しを育てるためですから。

 ……って前に師匠が言ったでしょう?」


「確かに言ったけど」


 比喩的な意味だよ。

 さすがに本当にドラゴンを討伐してくるレベルまで育てろとか思ってないって。

 自分ができたからって、他の人にもできるはずだと思ったら間違いだからな?


「死人が出ないように気をつけろよ?」


「はい。もちろんです」


 ちくしょう。いい笑顔だ。こいつ本当にやるつもりだな。

 しかし、こんなにバッチリ助けてもらって、「お前それはやめとけ」とも言いづらい。

 あー、畜生め。師匠としては誇らしいんだか誇らしくないんだか……。


「それより師匠、よくこんな仕事引き受けましたね?

 いつもなら面倒くさがるのでは?」


「面倒だなーと思ったよ。

 思ったけど、マヨネーズの件があるし」


「マヨネーズ?」


「材料に卵が要るじゃん。

 ここの森林、奥地にでかい卵を生む鳥がいるんだよ」


「あー……その卵が欲しくて?」


「欲しくてというか、守りたくて。

 便利な鳥なんだよ。オス同士でメスを奪い合うときに、頭をぶつけて戦うんだが、頑張りすぎて脳震盪を起こすことがしょっちゅうでな。それでバカになっちゃって、メスと交代で卵を温めるんだが、その途中で餌を取りに出かけけて、巣の場所がわからなくなるんだ。そこを狙うと、安全に卵を持ち出せる」


「マヨネーズ欲しさに森林火災を消火するとか……師匠ですねぇ」


「褒めてんのか、それ?」


「まぁ……?」


「このやろう」


 なんだかんだ、王国は今日も平和だ。

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